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  • テサロニケ第一 5
  • 新世界訳聖書 (スタディー版)

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テサロニケ第一の概略

    • D. 復活とエホバの日が来ること(4:13–5:11)

      • キリストと結ばれて死んだ人たちがまず生き返る(4:13-18)

      • 「エホバの日が夜に忍び込む泥棒のように来る」(5:1-5)

      • 目を覚ましていて,頭がさえた状態を保つ。信仰,愛,希望を表す(5:6-11)

    • E. 会衆で協力して働くための指示(5:12-22)

      • 教え導いている人たちを敬う。弱い人や気落ちしている人を支える(5:12-15)

      • 絶えず祈り,聖なる力の働きを妨げない(5:16-22)

    • F. 結びの言葉(5:23-28)

      • パウロは会衆全体が非難されるところがないものであるようにと祈る(5:23,24)

      • パウロは兄弟たちに,パウロと仲間のために祈り,手紙が全ての人に対して読まれるようにすることを頼む(5:25-28)

テサロニケ第一 5:1

  • 時や時期: 使徒 1:7の注釈を参照。

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    「洞察」

    「ものみの塔」

    1986/10/1,17ページ

  • 出版物索引

    洞-1 1063; 塔86 10/1 17;

    塔81 8/15 22; 目73 4/22 14; 天 292

テサロニケ第一 5:2

  • エホバの日: 聖書全体を通して,「エホバの日」という表現は,エホバ神が敵に処罰を下しご自分の偉大な名を栄光あるものとする特別な時を指す。この表現はヘブライ語聖書に背景がある。(例えば,イザ 13:6,エゼ 7:19,ヨエ 1:15,アモ 5:18,オバ 15,ゼパ 1:14,ゼカ 14:1,マラ 4:5。)預言者ヨエルは,「エホバの大いなる畏るべき日が来る」と述べた。(ヨエ 2:31)この聖句は,使徒 2:20にあるように,西暦33年のペンテコステの時にペテロによって引用されている。(使徒 2:20の注釈を参照。)ヨエルの預言は1世紀に実現し,西暦70年にエルサレムに「エホバの日」が来た。ここテサ一 5:2で,パウロは将来のエホバの日について述べていて,それはマタ 24:21でイエスが予告した「大患難」に相当する。この節で神の名前が使われていることについては,付録C3の序文とテサ一 5:2を参照。

    夜に忍び込む泥棒のように: 泥棒はたいてい,夜中,不意に素早く忍び込む。(ヨブ 24:14。エレ 49:9。マタ 24:43)同じように,エホバの日も突然に来て,人々を驚かせる。(ペ二 3:10。啓 16:15)忠実なクリスチャンは,その日が来ることを予期しつつ生きるようにという助言に従う。(ルカ 12:39。啓 3:3)その日は誰も予期しない時に突然始まるが(マタ 24:42-44。ルカ 12:40),クリスチャンは備えができている。(テサ一 5:4)

欄外参照

  • +ゼパ 1:14
  • +マタ 24:36, 43; ペ二 3:10; 啓 16:15

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    「ものみの塔」(研究用)

    2023/6,8-9ページ

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    「神の王国は支配している!」222ページ

    「ものみの塔」

    2012/9/15,3-4ページ

    2010/7/15,5ページ

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    1988/11/1,6ページ

    1986/10/1,17-18,19-20ページ

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    塔研23.06 8-9; 塔研19.09 9; 塔研19.10 8-9; 国 222; 塔12 9/15 3-4; 塔10 7/15 5; 塔09 5/1 14; 塔08 5/15 15-16; 塔88 11/1 6; 塔86 10/1 17-20;

    塔84 10/1 23; 崇 182-183; 塔82 5/15 19; 塔78 7/15 4; 塔76 633; 塔74 744; 千 367-368; 目74 10/8 8; 目73 4/22 14; 塔60 415; 天 292; 塔54 337; 塔52 21

テサロニケ第一 5:3

  • 突然滅ぼされることになります: パウロはここで,「平和だ,安全だ!」という宣言からそう宣言する人たちの滅びまでの時間はほとんどない,もしくは全くないことを示している。滅びは突然で,逃れることはできない。このギリシャ語フレーズで,驚くほど突然に滅びることを強調するために2つの語が使われている。この2語の似た組み合わせは,エホバの日が来ることに関してルカ 21:34でも使われている。

    妊婦に起こる陣痛と同じように: 陣痛は突然に来る。正確な日と時刻は事前に分からない。とはいえ,パウロの比喩が強調しているのは,滅びが突然に来ることと始まったら止められないこと。陣痛がいったん始まったら,妊婦は,止められない過程に入ったことを知る。マタ 24:8の注釈と比較。

    彼らは決して逃れられません: パウロはここでギリシャ語の否定語を2つ使って,邪悪な人たちが「突然滅ぼされること」から逃れられないことを強調している。

欄外参照

  • +詩 37:10; エレ 8:11

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    「ものみの塔」(研究用)

    2023/10,21ページ

    2023/6,9,13ページ

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    「ものみの塔」(研究用)

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    「洞察」

    「神の王国は支配している!」222-223ページ

    「ものみの塔」

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    1991/9/15,16ページ

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    1987/9/1,18-20,23ページ

    1987/5/15,17-19ページ

    1986/10/1,18-20ページ

    「目ざめよ!」

    2008/4,7ページ

    1993/2/22,32ページ

    1989/12/8,24-27ページ

    1988/4/8,14ページ

    「啓示の書の最高潮」250-251ページ

    「神を崇拝する」182ページ

    「神は気遣っておられますか」21ページ

    「人生の目的」28ページ

    「探求」371-372ページ

    「真の平和と安全」5-7,84-85ページ

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    塔研26.02 30-31; 洞-1 1225; 塔研23.02 16; 塔研23.06 9,13; 塔研23.10 21; 塔研19.09 9-10; 塔研19.10 9; 国 222-223; 塔13 1/1 7; 塔13 11/15 12-13; 塔12 9/15 3-4; 塔10 7/15 5; 塔08 5/15 15-16; 目 08/4 7; 啓 251; 塔04 2/1 20-21; 拝 182; 塔97 6/1 9-10; 塔95 4/15 25; 塔94 8/1 6; 的 28; 目93 2/22 32; 気 21; 塔91 4/15 7; 塔91 9/1 5-8; 塔91 9/15 16; 探 371-372; 目89 12/8 24-27; 塔88 11/1 6; 目88 4/8 14; 塔87 5/15 17-19; 塔87 9/1 18-20,23; 塔86 10/1 18-20; 平 5-7,84-85;

    塔84 10/1 23; 残 186; 目84 3/22 7; 目83 11/22 6-8; 塔82 5/15 16-23; 塔82 8/1 18; 塔79 3/15 15; 塔78 7/15 4; 塔77 134; 塔76 101; 目76 2/8 7; 塔75 567; 塔74 250,428,744; 千 368; 目74 10/8 8; 平73 86; 目73 2/8 14; 目73 4/22 14,22; 塔65 18; 天 292; 宗 306; 塔54 114,337; ハ 18; 塔52 30

テサロニケ第一 5:4

  • 不意に夜が明けて驚く泥棒のように,急にその日が来て驚く: この訳は,複数形の「泥棒」を目的語とする読みに基づいていて,それには写本の有力な裏付けがある。また,パウロが「皆さんは暗闇の中に」いるのではなく「光の子であり,昼の子です」と言っている文脈とも合っている。(テサ一 5:5)しかし,聖書翻訳によっては「泥棒が来て驚くように」という考えを伝えている。これは,単数形の「泥棒」がこの部分の主語になっている幾つもの古代のギリシャ語写本に基づいている。いずれの読みの場合も,クリスチャンはエホバの日が来た時に驚きで圧倒されることはないという考えをおもに伝えている。

    泥棒のように: パウロはテサ一 5:2でエホバの日を,予告なしに突然来る泥棒に例えている。しかし,ここでパウロは別の例えを使っているようで,エホバの日を夜明けになぞらえている。その夜明けの光は,闇に紛れて物を盗む泥棒のしていることを明らかにする。(ヨブ 24:14。ヨハ 3:20)盗むことに集中している泥棒としては,夜明けに気付けず朝の光に「驚く」ことになるだろう。泥棒とは違い,真のクリスチャンは夜にも闇にも属していない「光の子」であるべき。(テサ一 5:5)2節の例えでも4節の例えでも,パウロが強調しているのは,クリスチャンとして注意を怠らないようにする必要があるということ。

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    「ものみの塔」(研究用)

    2023/6,9ページ

    「洞察」

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    洞-1 1225; 塔研23.06 9;

    塔74 620; 平73 70; 塔61 126,304; 塔54 337

テサロニケ第一 5:5

欄外参照

  • +ヨハ 12:36; ロマ 13:12; エフ 5:8
  • +ヨハ 8:12; コロ 1:13; ペ一 2:9

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  • 出版物索引

    塔74 620,760; 塔61 126

テサロニケ第一 5:6

  • 眠っていて: 「眠っていて」と訳されているギリシャ語は,聖書ではたいてい睡眠を指す。(マタ 8:24。マル 4:38。テサ一 5:7)しかし,無関心または無頓着で,注意を怠っている人を指す隠喩として使われることもある。人は眠っている時,周りで起きていることや時間の経過に気付かない。同じように,ここで言う眠っている人は,エホバの目的に関する重要な進展や,エホバの日が間近に迫っていることを識別できない。ここでパウロはクリスチャンに,エホバの裁きの日がずっと先であるかのように思っている「ほかの人のように」眠っていてはならないと警告している。(ペ二 3:10-12)

    頭がさえた状態を保ちましょう: 直訳,「しらふでいましょう」。または,「鋭敏な感覚を保ちましょう」,「冷静さを保ちましょう」。ここで使われているギリシャ語はテサ一 5:8,テモ二 4:5,ペ一 1:13; 4:7(「常に意識していましょう」); 5:8にも出ている。

欄外参照

  • +ロマ 13:11
  • +マタ 24:42
  • +ペ一 5:8

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    「ものみの塔」(研究用)

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    「ものみの塔」(研究用)

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    「ものみの塔」

    2012/3/15,10-11ページ

    2003/1/1,11ページ

    1989/10/1,30ページ

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    塔研23.06 10; 塔研19.10 9; 塔12 3/15 10-11; 塔03 1/1 11; 塔89 10/1 30;

    塔82 5/15 22-27; 塔79 6/15 28; 塔76 634; 塔74 620; 塔73 554; 目72 2/8 4; 塔63 79; 塔54 34-35; 塔52 21

テサロニケ第一 5:7

欄外参照

  • +ロマ 13:13

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    「ものみの塔」(研究用)

    2023/6,10ページ

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    塔研23.06 10

テサロニケ第一 5:8

  • 信仰と愛の胸当て: この節でパウロは2つの武具を例えにして,信仰,愛,希望という3つの重要なクリスチャンの性質について述べている。(この節の救いの希望というかぶとに関する注釈とテサ一 1:3の注釈を参照。)胸当てが兵士の心臓を守るように,信仰と愛はクリスチャンの心を守る。パウロはこうした性質を,戦場で命の危険にさらされる戦士が着ける装備に例えて,それらがクリスチャンの生活に不可欠であることを強調している。エフ 6:14では「正義」という性質を胸当てに例えている。

    救いの希望というかぶと: かぶとが兵士の頭を守るように,救いの希望はクリスチャンの思考力を守る。パウロはこのかぶとを,クリスチャンとして目を覚ましていることの大切さについて述べる中で,「信仰と愛の胸当て」と共に挙げている。(テサ一 5:6,7)このかぶとをかぶるクリスチャンは,モーセと同じように「報いを一心に」見つめる。(ヘブ 11:26)救いの希望をしっかり持ち続けるなら,クリスチャンとして目を覚ましていられる。エフ 6:17の注釈を参照。

メディア

  • ローマ兵の胸当て

  • ローマ兵のかぶと

欄外参照

  • +イザ 59:17; エフ 6:14-17

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    「ものみの塔」(研究用)

    2023/6,10-12ページ

    「ものみの塔」(研究用)

    2022/10,25-26ページ

    「洞察」

    「洞察」

    「神に愛される」232ページ

    「神の愛」203ページ

    「ものみの塔」

    2013/4/15,11ページ

    2008/12/15,6-7ページ

    2006/10/1,29ページ

    2003/1/1,20-22ページ

    2000/6/1,9-10ページ

    1993/4/15,11-13ページ

    1991/1/15,22ページ

    1989/7/15,19ページ

    「目ざめよ!」

    2004/4/22,12ページ

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    洞-1 708,988; 洞-2 657; 塔研23.06 10-12; 塔研22.10 25-26; 愛簡 232; 塔13 4/15 11; 塔08 12/15 7; 愛 203; 塔06 10/1 29; 目04 4/22 12; 塔03 1/1 20-22; 塔00 6/1 9-10; 塔93 4/15 11-13; 塔91 1/15 22; 塔89 7/15 19;

    塔84 10/15 16; 塔83 4/15 25; 塔82 5/15 26; 宣 80/6 1; 塔79 12/1 7; 塔75 68; 目73 2/8 4; 塔66 90; 塔64 757; 目62 1/22 27; 塔61 307,451; 塔54 34-35,298,497

テサロニケ第一 5:9

欄外参照

  • +テサ二 2:13

テサロニケ第一 5:10

  • 眠って: または,「死んで眠って」。「眠っている」と訳されるギリシャ語は,死んでいることと関連して使われている。(マタ 9:24。マル 5:39と注釈。ルカ 8:52)ここテサ一 5:10でパウロは,目を覚ましているとか眠っているという表現を,生きているとか死んでいるという意味で使っているようだ。

欄外参照

  • +ロマ 5:8; コ一 15:3
  • +テサ一 4:16, 17

テサロニケ第一 5:11

  • これからも励まし: または,「これからも慰め」。同じギリシャ語がテサ一 4:18で使われている。どちらも現在形で,継続的な行為を表す。ロマ 12:8の注釈を参照。

欄外参照

  • +ロマ 1:11, 12; 15:2

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    「ものみの塔」(研究用)

    2023/6,11ページ

    「ものみの塔」(研究用)

    2022/8,20-25ページ

    「いつまでも幸せに暮らせます」レッスン48

    「王国宣教」

    2005/9,7ページ

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    塔研23.06 11; 塔研22.08 20-25; 暮 レッスン48,51; 宣 05/9 7;

    塔76 566,634; 塔73 659; 塔63 21,372,563,628

テサロニケ第一 5:12

  • 皆さんを監督し: または,「皆さんの指揮を執り」,「皆さんの中で率先し」。ギリシャ語プロイステーミは,字義的には「前に立つ」という意味で,導く,指揮する,指導する,気を配る,世話するという考えを伝えている。

    助言を与え: ここで使われているギリシャ語(ヌーテテオー)は,「考え」(ヌース)という語と「置く」(ティテーミ)という語を組み合わせた語。字義的には「考えを入れること」と訳せる。テサ一 5:14のように,ある文脈では「警告を与え」るという意味を伝える。

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    「ものみの塔」

    2011/6/15,24-28ページ

    1999/6/1,18ページ

    1991/8/15,19ページ

    1988/10/1,15-16ページ

  • 出版物索引

    塔研24.10 20; 塔11 6/15 24-28; 塔99 6/1 18; 塔91 8/15 19; 塔88 10/1 15-16;

    目72 4/8 12; 塔60 347; 遠 194

テサロニケ第一 5:13

  • その人たちに……深い思いやりを示して: この表現は,クリスチャンが自分たちの中で「一生懸命に働」いている人たちに抱くべき愛情と尊敬の気持ちを強調している。(テサ一 5:12)「深い」と訳されているギリシャ語は強い表現で,「越えて」,「並外れた」,「豊かに」という意味の語を組み合わせたもの。

欄外参照

  • +フィリ 2:29, 30; テモ一 5:17; ヘブ 13:7
  • +マル 9:50; コ二 13:11; ヘブ 12:14; ペ一 3:11

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    「ものみの塔」

    1999/6/1,18-19ページ

    1991/8/15,19ページ

    1988/10/1,15-16ページ

  • 出版物索引

    塔99 6/1 18-19; 塔91 8/15 19; 塔88 10/1 15-16;

    目72 4/8 12; 塔60 347

テサロニケ第一 5:14

  • 秩序を無視する人: 「秩序を無視する」に当たるギリシャ語はしばしば,隊列を乱す兵士や規律を欠く兵士に関して使われた。1世紀の歴史家ヨセフスはこの語を使って,「無秩序に進む」部隊を描写している。ギリシャ語の口語で,この語は怠惰な人を表すことがあったが,認められた基準に従わない人を指すことの方が多かった。ここでパウロはこの語を広い意味で使っていて,クリスチャン会衆内の無規律で,不従順で,クリスチャンの基準からかなり逸脱した人を描写している。(テサ一 4:11。テサ二 3:6)

    に警告を与え: または,「を訓戒し」。テサ一 5:12の注釈を参照。

    気落ちしている人: または,「落胆している人」。ここで使われているギリシャ語(オリゴプシュコス)は,「小さい」という意味の語とプシュケーという語からできている。古代のギリシャ語著述家は,「大きい」という意味の語とプシュケーを組み合わせた反対の意味の単語を使って,自信があって自立している人を指した。それで,パウロがここで使っている語は,自尊感情が低いという意味を含むようだ。同じギリシャ語がセプトゥアギンタ訳で,ヘブライ語の「不安を抱いている」や「悲嘆に暮れた」という語の訳として使われている。(イザ 35:4; 54:6)テサロニケのクリスチャンの中には,迫害や仲間の死のために落胆している人もいたかもしれない。(テサ一 2:14; 4:13-18)パウロは仲間のクリスチャンに,気落ちしている人に訓戒や警告を与えるよう勧めてはいない。むしろ,慰めて元気づけてくださいと言っている。この節の慰めの言葉を掛けに関する注釈を参照。

    慰めの言葉を掛け: 「慰めの言葉を掛け」に当たるギリシャ語動詞(パラミュテオマイ)はラザロの死後その姉妹マリアとマルタを慰めに行ったユダヤ人に関して,ヨハ 11:19,31でも使われている。これは優しさや慰めの程度が強い語。コ一 14:3の注釈を参照。そこでは,関連する名詞が「慰めます」と訳されている。

    誰に対しても辛抱強くあってください: 「辛抱強さ」を指すギリシャ語は,穏やかに忍耐することやすぐに怒らないことを意味する。エホバとイエスは人間に対していつも辛抱強さを示している。(ロマ 2:4; 9:22。テモ一 1:16。ペ一 3:20。ペ二 3:9,15。ガラ 5:22の注釈を参照。)エホバとイエスに倣うクリスチャンは,人に辛抱強く接するようにする。(コ一 11:1。エフ 5:1)「辛抱する」というギリシャ語動詞は,2人の奴隷に関するイエスの例えの中で2度使われていて,それぞれの奴隷が「もうしばらく辛抱してください」といった懇願をしている。(マタ 18:26,29)許さない「邪悪な奴隷」は,天の父を表すこの例えの主人とは対照的に,辛抱と憐れみを示そうとしなかった。(マタ 18:30-35)イエスの例えや,同じ動詞が使われているペ二 3:9から読み取れるように,他の人のことを辛抱することには許しと憐れみが関係している。

欄外参照

  • +レビ 19:17; テモ二 4:2
  • +詩 34:18
  • +コ一 13:4; ガラ 5:22; エフ 4:1, 2; コロ 3:13

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  • リサーチガイド

    「ものみの塔」(一般用)

    2023 No. 1 14-15ページ

    「エホバに近づきなさい」102-103,166-167ページ

    「ものみの塔」(研究用)

    2017/10,10ページ

    「ものみの塔」

    2015/2/15,9ページ

    2013/8/15,22ページ

    2010/6/15,12-13ページ

    2004/5/1,21ページ

    2001/11/1,17-18ページ

    1995/10/1,15-16ページ

    1990/3/15,26-28ページ

    「目ざめよ!」

    2013/10,14ページ

    2009/7,7-9ページ

    「幸せな家庭」36-37ページ

  • 出版物索引

    塔般23.1 14-15; 近 102-103,166-167; 塔研17.10 10; 塔15 2/15 9; 塔13 8/15 22; 目 13/10 14; 塔10 6/15 12-13; 目 09/7 7,9; 塔04 5/1 21; 塔01 11/1 17-18; 庭 37; 塔95 10/1 15-16; 塔90 3/15 26-28;

    塔83 11/1 9-11; 塔82 7/15 13-15; 塔80 6/1 3; 塔80 6/15 6; 目80 8/22 25; 塔79 8/1 25; 塔79 8/15 6; 塔77 454,567,601; 塔75 722-723; 目75 7/22 20; 塔66 625; 目66 10/22 7; 塔65 6; 塔63 372,628; 塔62 341,434,496; 塔61 110,312,378,495; 塔60 212,393-394; 塔53 229

テサロニケ第一 5:15

欄外参照

  • +マタ 5:39
  • +ロマ 12:17, 19

索引

  • リサーチガイド

    「ものみの塔」

    1990/3/15,28ページ

  • 出版物索引

    塔90 3/15 28;

    目74 6/8 4; 塔68 515; 塔61 312

テサロニケ第一 5:16

欄外参照

  • +コ二 6:4, 10; フィリ 4:4

索引

  • リサーチガイド

    「ものみの塔」

    1991/12/15,8-10ページ

  • 出版物索引

    塔91 12/15 8-10;

    塔65 490; 塔61 308,339

テサロニケ第一 5:17

  • 絶えず祈ってください: パウロはテサロニケの人たちに,文字通り絶え間なく祈り続けることを求めていたのではない。むしろ,祈りを大切にし,いつも神の導きを求め,生活のあらゆる面で神に頼る必要性を常に意識するよう促している。(格 3:6)他の何通かの手紙でも,同じように勧めている。(ロマ 12:12。エフ 6:18。フィリ 4:6。コロ 4:2)

欄外参照

  • +ルカ 18:1; ロマ 12:12

索引

  • リサーチガイド

    「ものみの塔」

    2010/10/1,9ページ

    2003/9/15,15-20ページ

    1990/5/15,15ページ

  • 出版物索引

    塔10 10/1 9; 塔03 9/15 15-20; 塔90 5/15 15;

    塔78 8/1 26; 塔74 432; 目74 3/22 11; 塔72 524,596; 塔63 339,471; 塔61 308,339

テサロニケ第一 5:18

欄外参照

  • +エフ 5:20; コロ 3:17

索引

  • 出版物索引

    塔81 7/1 18,22; 目74 8/22 6; 塔72 524; 目66 2/8 28; 塔64 254; 塔61 68,308,339

テサロニケ第一 5:19

  • 聖なる力の働きを妨げてはなりません: または,「聖なる力の火を消してはなりません」。「火を消して」という表現は,字義的には「消す」,「食い止める」を意味するギリシャ語動詞1語を訳したもの。その語は,マル 9:48とヘブ 11:34で象徴的な火と文字通りの火に関して使われている。ここでパウロはその語を,神の「聖なる力」つまり神の送り出す力について比喩的な意味で使っている。この聖なる力はクリスチャンの中で火のようになって,その人がその力によって「熱意に燃え」るようにし,エホバの意志に従って話したり行動したりするよう力づけることができる。(ロマ 12:11と注釈,使徒 18:25の注釈を参照。)罪深い欲望に従って考えたり行動したりするクリスチャンは,神の聖なる力を軽視していることになり,自分の心の中で聖なる力を消していることになる。(ガラ 5:17。テサ一 4:8)

欄外参照

  • +使徒 18:25; ロマ 12:11; エフ 4:30

索引

  • リサーチガイド

    「ものみの塔」(研究用)

    2023/6,12-13ページ

    「ものみの塔」

    2000/7/1,10ページ

    1989/12/1,21ページ

  • 出版物索引

    塔研23.06 12-13; 塔00 7/1 10; 塔89 12/1 21;

    塔61 308

テサロニケ第一 5:20

  • 預言: つまり,神からの言葉。(用語集の「預言」参照。)神からの言葉を軽く扱うとは,それを無価値なものと見なし,無視し,軽蔑して退けることを意味する。

欄外参照

  • +コ一 14:1

索引

  • リサーチガイド

    「ものみの塔」(研究用)

    2023/6,12-13ページ

  • 出版物索引

    塔研23.06 12-13;

    塔68 87; 塔65 26

テサロニケ第一 5:21

  • 全てのことを確かめてください: この言葉は,クリスチャンは自分の信じる「全てのこと」が神の意志に沿っているかを確かめなければならないということを示している。(使徒 17:11と比較。)パウロはこの文脈の20節で,特に「預言を軽く扱ってはなりません」と述べている。この忠告が示す通り,テサロニケのクリスチャンは自分たちが信仰を持つどの預言も本当に神からのものかを「確かめ」るべきだった。西暦1世紀,キリストの弟子の中には,預言する能力を与えられた人たちがいた。(ロマ 12:6。コ一 14:1-3)とはいえ,イエスは偽預言者が現れることも予告していた。(マタ 24:11,24。マル 13:22)クリスチャンは,預言を語っているのがどんな人かを考慮し(マタ 7:16-20),その預言が聖書の内容と合っているかどうかに気を付けるべき。パウロがテサロニケの人たちに手紙を書いた時(西暦50年ごろ),ギリシャ語聖書の中で書き終えられていたのはマタイの福音書だけだったと思われる。それで,預言や教えが本当に神からのものかどうかを判別する上で,ヘブライ語聖書を注意深く調べることがとても重要だった。

    確かめてください: 使徒パウロが使っている「確かめ」るに当たるギリシャ語は,「試す」とも訳せる。このギリシャ語は,何かが本物かどうかを調べて精査するという意味。貴金属の鑑定に関して使われている。パウロはロマ 12:2(注釈を参照)の「見極める」という表現で,同じギリシャ語を使っている。

欄外参照

  • +ヨ一 4:1

索引

  • リサーチガイド

    「ものみの塔」(研究用)

    2023/6,13ページ

    「ものみの塔」

    1996/5/15,17ページ

    「目ざめよ!」

    1996/2/8,6ページ

    1987/6/8,18ページ

  • 出版物索引

    塔研24.10 25; 塔研23.06 13; 塔96 5/15 17; 目96 2/8 6; 目87 6/8 18;

    塔64 390; 目64 12/22 6; 塔62 394; 塔59 406

テサロニケ第一 5:22

欄外参照

  • +ヨブ 2:3

索引

  • 出版物索引

    正 50; 塔63 303

テサロニケ第一 5:23

  • 皆さんの精神と命と体: パウロが1世紀のクリスチャン会衆全体のことを深く気遣っていたことが,テサロニケの兄弟たちのための心からの祈願(23,24節)に表れている。この文脈で,3つの言葉には以下の意味があるようだ。精神とは会衆全体の精神。(コ一 5:5,ガラ 6:18の注釈と用語集の「プネウマ」を参照。)命とは会衆の存在。(用語集の「プシュケー」参照。)体とは会衆を構成する天に行くよう選ばれたクリスチャンの集合体。(コ一 12:12,13と比較。)神が会衆を「全く」神聖なものとし「全ての点で健全で」あるようにしてくださるようにというパウロの願いから,会衆への深い気遣いが分かる。

    私たちの主イエス・キリストの臨在の際に: テサ一 2:19の注釈を参照。

欄外参照

  • +コ一 1:8

索引

  • リサーチガイド

    「ものみの塔」

    2008/9/15,29ページ

    1993/5/1,11ページ

  • 出版物索引

    塔08 9/15 29; 塔93 5/1 11;

    塔67 533; 目64 8/8 27-28

テサロニケ第一 5:25

欄外参照

  • +使徒 12:5; ロマ 15:30; エフ 6:19; コロ 4:3; テサ二 3:1; フィレ 22; ヘブ 13:18

テサロニケ第一 5:26

  • 聖なる口づけによって: ロマ 16:16の注釈を参照。

索引

  • リサーチガイド

    「洞察」

  • 出版物索引

    洞-1 797;

    塔68 638

テサロニケ第一 5:27

  • 主: このような文脈で,「主」はエホバ神もイエス・キリストも指せる。ヘブライ語聖書の背景や文脈に神の名前の復元を支持する根拠がない場合,新世界訳聖書翻訳委員会はそのまま「主」と訳し,翻訳者の立場を超えないようにした。(付録C1参照。)ギリシャ語聖書のヘブライ語やその他の言語への翻訳の幾つかは,ここで神の名前を使っているが,この文脈で「主」は主イエス・キリストを指す可能性が高い。(テサ一 5:28)

メディア

  • 手紙を書く

欄外参照

  • +コロ 4:16

索引

  • 出版物索引

    塔63 506

テサロニケ第一 5:28

  • 皆さんに示されますように: 一部の写本では手紙の最後に「アーメン」とある。「アーメン」で終わっているパウロの手紙もあるが(ロマ 16:27。ガラ 6:18),ここでその語を付けることには写本による強力な裏付けがない。

訳の一覧

訳の一覧を見るには,節番号をクリックしてください。

全般

テサ一 5:2ゼパ 1:14
テサ一 5:2マタ 24:36, 43; ペ二 3:10; 啓 16:15
テサ一 5:3詩 37:10; エレ 8:11
テサ一 5:5ヨハ 12:36; ロマ 13:12; エフ 5:8
テサ一 5:5ヨハ 8:12; コロ 1:13; ペ一 2:9
テサ一 5:6ロマ 13:11
テサ一 5:6マタ 24:42
テサ一 5:6ペ一 5:8
テサ一 5:7ロマ 13:13
テサ一 5:8イザ 59:17; エフ 6:14-17
テサ一 5:9テサ二 2:13
テサ一 5:10ロマ 5:8; コ一 15:3
テサ一 5:10テサ一 4:16, 17
テサ一 5:11ロマ 1:11, 12; 15:2
テサ一 5:13フィリ 2:29, 30; テモ一 5:17; ヘブ 13:7
テサ一 5:13マル 9:50; コ二 13:11; ヘブ 12:14; ペ一 3:11
テサ一 5:14レビ 19:17; テモ二 4:2
テサ一 5:14詩 34:18
テサ一 5:14コ一 13:4; ガラ 5:22; エフ 4:1, 2; コロ 3:13
テサ一 5:15マタ 5:39
テサ一 5:15ロマ 12:17, 19
テサ一 5:16コ二 6:4, 10; フィリ 4:4
テサ一 5:17ルカ 18:1; ロマ 12:12
テサ一 5:18エフ 5:20; コロ 3:17
テサ一 5:19使徒 18:25; ロマ 12:11; エフ 4:30
テサ一 5:20コ一 14:1
テサ一 5:21ヨ一 4:1
テサ一 5:22ヨブ 2:3
テサ一 5:23コ一 1:8
テサ一 5:25使徒 12:5; ロマ 15:30; エフ 6:19; コロ 4:3; テサ二 3:1; フィレ 22; ヘブ 13:18
テサ一 5:27コロ 4:16
  • 新世界訳聖書 (スタディー版)
  • 聖書を変更する: 新世界訳(新世)
  • 聖書を変更する: 参照資料付き聖書(聖8-参)
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新世界訳聖書 (スタディー版)
テサロニケ第一 5:1-28

テサロニケ​の​クリスチャン​へ​の​第​一​の​手紙

5 兄弟たち,時や時期については,皆さんに何も書き送る必要はありません。 2 エホバの日+が夜に忍び込む泥棒のように来る+ことを,皆さんはよく知っているからです。 3 人々は,「平和だ,安全だ!」と言っている時に,突然滅ぼされることになります+。妊婦に起こる陣痛と同じように突然で,彼らは決して逃れられません。 4 しかし,兄弟たち,皆さんは暗闇の中にはいませんから,不意に夜が明けて驚く泥棒のように,急にその日が来て驚く,ということはありません。 5 皆さんは光の子であり,昼の子です+。私たちは夜のものでも闇のものでもありません+。

6 ですから私たちは,ほかの人のように眠っていてはなりません+。目を覚ましていて+,頭がさえた状態を保ちましょう+。 7 眠る人は夜に眠り,酒に酔う人は夜に酔います+。 8 しかし,昼のものである私たちは,頭がさえた状態を保ち,信仰と愛の胸当てを着け,救いの希望というかぶとをかぶりましょう+。 9 神が私たちを選んだのは,憤りを表すためではなく,主イエス・キリストを通して救うためです+。 10 キリストが私たちのために死んでくださったので+,私たちは目を覚ましていても眠っていても,キリストと共に生きることができます+。 11 それで,すでにしている通り,これからも励まし合い,力づけ合ってください+。

12 兄弟たち,次のことをお願いします。皆さんの中で一生懸命に働き,主に仕えつつ皆さんを監督し助言を与えている人たちに,敬意を払ってください。 13 そして,よく働いているその人たちに愛と深い思いやりを示してください+。誰とでも平和な関係でいるようにしましょう+。 14 兄弟たち,さらに勧めます。秩序を無視する人に警告を与え+,気落ちしている人に慰めの言葉を掛け+,弱い人を支え,誰に対しても辛抱強くあってください+。 15 誰かに傷つけられても,決して仕返しをしないようにしましょう+。仲間や他の人全てに,いつも善いことを行いましょう+。

16 常に喜んでください+。 17 絶えず祈ってください+。 18 全てのことに感謝してください+。これは,キリスト・イエスに従う皆さんに神が望んでいる事柄です。 19 聖なる力の働きを妨げてはなりません+。 20 預言を軽く扱ってはなりません+。 21 全てのことを確かめてください+。立派なことを行い続けてください。 22 あらゆる悪いことを避けてください+。

23 平和の神が,皆さんを全く神聖なものとしてくださいますように。そして,皆さんの精神と命と体が,全ての点で健全であり,私たちの主イエス・キリストの臨在の際に非難されるところがないものでありますように+。 24 皆さんを招いているのは信頼できる方であり,必ずその通りにしてくださいます。

25 兄弟たち,私たちのために祈り続けてください+。

26 聖なる口づけによって兄弟たち皆とあいさつを交わしてください。

27 主の名によって真剣にお願いします。この手紙が全ての兄弟たちに対して読まれるようにしてください+。

28 私たちの主イエス・キリストの惜しみない親切が皆さんに示されますように。

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