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  • バプテスマは始まりに過ぎない
    ものみの塔 1976 | 11月15日
    • 「バプテスマを受けるために」「[バプテストの]ヨハネのところに来られ」る前に,イエスがどんな思いでおられたか,福音書には何も述べられていません。(マタイ 3:13)

  • バプテスマは始まりに過ぎない
    ものみの塔 1976 | 11月15日
    • バプテスマがほんの始まりに過ぎないことをイエスはご存じでした。それはただイエスの宣教と,忠実を証明することに対して報いが与えられる将来との始まりに過ぎなかったでしょうか。そうではありません。それらの事柄にはあるものが付随していましたが,今やそれはずっと深くなります。そのより深い,より重要で貴重なものとは,今や一層の霊的意味を帯びるものとなった,イエスと天の父との関係です。このことは詩篇 40篇6-10節に示されています。この詩篇は,イエスご自身について預言的に語り,モーセを通して与えられた律法に従ってささげられた動物の犠牲すべてに勝ってイエスの完全な人間としての肉体の犠牲が好まれることを告げていますが,イエスはそれに気付いておられたに違いありません。この理解が正しいことは,パウロがこのくだりをヘブライ 10章5-9節で引用していることから分かります。ところで,この犠牲には苦しみと死が関係していましたが,イエスはどんな態度を取られたでしょうか。またイエスにそのような態度を取らせたものは何でしたか。詩篇 40篇8節(新)にある答えに注目してください。「あなたのご意志を行なうことを,ああ,わたしの神よ,わたしは喜びました。そしてあなたの律法はわたしの内にあります」。

      7 (イ)イエスは父とどんな関係を常に保たれましたか。何がそうするようイエスを動かしましたか。(ロ)バプテスマを受けた後,イエスはその関係をどのように維持し,強化されましたか。(ヘブライ 5:7-9)

      7 この言葉は,イエスの精神態度のみならず,天の父に対する絶え間ない服従と献身の関係を維持するようイエスを動かす深い感謝と,真心に基づく動機とを,なんと雄弁に物語っているのでしょう。イエスは父のご意志を行なうことを常に喜ばれました。ご自分が犠牲の道を歩み始める定めの時が来たことを知った時は特にそうでした。イエスのバプテスマはその第一歩に過ぎませんでした。

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