宗教は一致の鍵を持つていますか
『心理学に関する本はたくさんあるではないか。何トンという程ある。だが,どれ一つとして有益なものはない。世界の混乱している状態から判断すると,そんな心理学の本など書かれなくても良いものだ。』これは,ブルックリンに住んでいる有識の一回教徒の言葉で,訪問した一人のヱホバの証者に向つて言われたものです。その言葉は何と正しいのでしよう!
奇妙なことに,明白に推論といえるものが多数の人々をごまかしているのです。心理分析学の父と言われるフロイドは,それらの人々に尊崇されていますが,フロイドの偽りの理論は人々を盲目にしています。そのため,人間の諸問題を解決するために必要な事柄とは知識だけであり,宗教は無用なものである,と人々は考えています。しかし,フロイドは間ちがつています。そのことは次のことからも示されます。いま,人間は性についての知識を多く持つていますが,しかしいまほど性に束縛されている時はかつてありません。
心理学者が最返になつて分り始めたことに,次のようなものがあります。すなわち,愛について聖書が強調していることは正しい,成功を収める調和のとれた生活をするのに愛は是非肝要なものである。そして,情欲を充す為の性をも含むあらゆる形の利己主義に対して,愛は反対のものである,ということです。
人類を一致させるこの愛の鍵は誰が持つていますか。宗教ですか。聖カトリック大伽藍の牧師ウィリアム・オブライエンは,然りと言つています。彼の教会は『人類の分裂の力を抑制し得る唯一つの生ける勢力である。ここに一致と兄弟愛を求める人間の渇を医す爽やかな水がある。―すべての人は(キリストの)教会内に引き寄せられる。』― 1957年6月10日,ニューヨーク・タイムス誌。
オブライエンの教会が人類を一致させて兄弟愛をもたらす鍵を持つているなら,カトリックの政治家たちがいつもカトリックの政治をそしるのはなぜですか。カトリックの労働者がカトリックの資本家にストライキするのはなぜですか。カトリックの教会だけが人類の分裂の力を制御し得るというのであるなら,第二次世界大戦中の時のように,幾百万人というカトリックの人々が互に殺し合うのはなぜですか。
もちろん,キリスト教国内にあるカトリック教会以外のものにもこの非難はあてはまるものです。カトリック教会の一代弁者の言葉があるから,カトリック教会を一つの例に用いただけです。その帰依者を一致させることのできない宗教は,人類を一致せしめる鍵を持つていません。その鍵を持つていることをはつきり示す宗教がありますか。たしかにあります。ヱホバの証者の新世社会内にある平和と一致は,その宗教こそ鍵を持つていると証明しています。
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義しき者は患難多し。されどヱホバはみなその中よりたすけいだし給う ― 詩 34:19。