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目ざめよ! 1980
目80 1/8 14–17ページ

聖書本文の純粋さが脅かされる

「兄弟たちの要請に応じて,私は手紙を書いた。ところが,悪魔の使徒たちが,多くの事柄を取り除き,他の事柄を付け加え,それらの手紙を害毒で満たしてしまった。そのような者たちには必ず災いが来る。ある者たちは主の聖なる書物にさえ臆面もなく手を加えてきたのだから,それほど重要でない文書に対して攻撃を加えたとしても驚くには当たらない」。これは,自分の著述に対してなされた事柄を嘆いた,コリントのディオニュシオスの言葉です。この人は2世紀にクリスチャンの監督を自任していました。

この言葉は,当時,「聖なる書物」すなわち聖書「にさえ臆面もなく手を加える」者がいたことを示しています。事実,それと同じ年代のマルキオンについて,テルツリアヌスはこう述べています。「[マルキオンは]ペンではなく,ナイフを公然と使った。自分の論議に合うよう,聖書の一部を削除してしまったからである」。「彼は自分の意見に反するものはすべて消し去ってしまった」。

聖書の本文をいじくり回そうとする試みがなされたと聞いて驚かれるかもしれません。そのような試みは結局のところ成功せず,聖書の音信の意味は変わっていないと確信することができますか。また,聖書は幾世紀もの間,手書きで写本されねばなりませんでした。写字生の誤りによって,その純粋さが損なわれることはありませんでしたか。これらの質問に対する答えを知れば,聖書の生きた音信を取り返しのつかないほどに損なうのは何の造作もなかったことが分かります。しかし,幾つかの極めて例外的な状況のおかげで,聖書の本文は損なわれずに保存されてきました。

これほどの注意を払って写本された本はない

西暦紀元よりも幾世紀も昔から,ヘブライ語聖書の写本が,献身的な書士たちにより細心の注意を払って作られました。これらの書士たちはソフェリムと呼ばれました。この呼び名は,「数える」を意味するヘブライ語の動詞に由来すると思われます。なぜでしょうか。タルムードには,『初期の学者たちはソフリムと呼ばれた。律法の文字すべてを数えたからである』とあります。

新しくできた写本の文字は注意深く数えられ,その数は原本と一致していなければなりませんでした。実に細かい注意が払われたではありませんか。文字という文字を数えるのに,どれほどの苦労があったか,少し考えてみるとよいでしょう。ソフェリムの計算によれば聖書中には,81万5,140字のヘブライ文字があると伝えられています。本文の原形を損なうことがないように,ありとあらゆる注意が払われました。

しかし,写本に当たって間違いが全く起こらないようにするには,書士が筆記用具を取り上げるたびに神が奇跡を起こさねばなりません。そのようなことは全く起こりませんでした。誤りはありました。では,そうした誤りは聖書の意味するところを損なってしまうほど重大なものだったでしょうか。それとも,幾千年間も再写本されてきながら,ヘブライ語本文はほぼ同一であるという証拠があるでしょうか。そのような質問は長年の間,答えられぬままになってきました。ヘブライ語の最古の写本といっても,せいぜい西暦900年前後のものでしかなかったからです。

「全く信じ難いような発見!」

1947年の初頭,パレスチナの死海を見下ろす小さな洞穴の中で,15歳の少年が薄暗い光の中に立ちつくし,亜麻布に包まれた皮の塊を不思議そうに見つめていました。その不格好な束は,高さ60㌢ほどの大きなつぼの中に入っていました。少年は拍子ぬけがしました。つぼの中には宝物が隠されていると期待していたのです。

しかし,この少年は,それ以降,「現代における写本の発見としては最大のもの……全く信じ難いような発見」と呼ばれるようになったものを手にしていたのです。西暦前2世紀,すなわち,その当時入手できた最古の写本より1,000年以上も昔の聖書の断片がそこにあったのです。それらの断片をより現代に近い写本と比べてみると,何が分かりますか。幾年にもわたってこの巻き物に取り組んできたミラー・バーロウズは,その内容を注意深く分析し,次のような結論を出しています。

「聖マルコのイザヤの巻き物とマソラ本文[9世紀の聖書写本]の間に見られる相違の多くは,写本の際の誤りとして説明できる。それらの点を別にすれば,全体として,中世の写本に見られる本文との間に著しい調和がある。かくまで古い写本に見られるそのような調和は,伝統的な本文の全般にわたる正確さを再保証する証拠となっている」。

「一千年もの年月がたっていながら,本文がこれほどわずかばかりの改変しか経なかったというのは,驚くべきことである」―「死海文書」,109,303,304ページ。

一つの巻き物には,イザヤ書のほぼ全体が含まれていました。英語の聖書のイザヤ書にある1,292節のうち,この巻き物の字句に基づいて改訂標準訳の翻訳者たちが調整を加えたものはわずか13節にすぎませんでした。これは変化している箇所がほかになかったという意味ではありません。しかしほかの変化の大半は,綴りや文法の変化にすぎませんでした。これらのヘブライ語の巻き物が書かれた年代は1,000年間も隔っていたということを忘れてはなりません。

クリスチャン・ギリシャ語聖書のほうはどうか

正確に伝わってきたかどうかの問題は,クリスチャン・ギリシャ語聖書に関して特に激しい論争を呼んでいます。前述のとおり,それに手を加えようとする試みがなされたからです。ギリシャ語本文の純正さに対する疑念は,幾世紀もの間,暗雲のようにたれこめていました。なぜなら,17世紀当時でさえ,原語のギリシャ語で書かれた「新約聖書」の権威ある最古の写本は,たかだか10世紀のものでしかなかったからです。それは原本が書き著わされてから900年以上も後代のものだったのです。加筆や書士の不注意な筆運びによってキリスト教の音信がゆがめられなかったと証明できる人は一人もいませんでした。

人里離れた修道院に隠されていた「真珠」

1844年,コンスタンティン・フォン・ティッシェンドルフは,古代写本を探して,パレスチナの南,シナイ山麓の修道院の図書館へ入りました。ばらばらになった本の入った大きなかごがこの学者の目に留まりました。それをさらによく見て,ティッシェンドルフは我と我が目を疑いました。

自分がこれまでに見たことのある写本よりもはるかに古い,ギリシャ語の聖書の写本の数葉がそこにあったのです。自らを抑え切れず,この学者はその写本について尋ねました。が,意気消沈してしまいました。それはたきつけに使われていたのです。二山がすでに焼かれていました。修道士たちはティッシェンドルフに43葉を与えましたが,それ以上協力することを拒みました。

彼はその修道院を再度訪れましたが,何の成果もありませんでした。三度目に訪れたときも,すべては失われてしまったように見えました。ティッシェンドルフはその探索に見込みがないと考えて,帰る手はずを整えました。出発の三日前,修道院の執事つまり管理人と話していたところ,執事はティッシェンドルフを小さな部屋へ招き入れました。執事は聖書の古い写本を読んだことがあると述べ,やぶから棒に,赤い布に包んだばらばらになりかけた紙葉の山を引きずり下ろしました。

その包みを開けてみると,何と,そこにはティッシェンドルフが15年来探し求めてきた「真珠」ともいえるものがあったのです。今ではシナイ写本と呼ばれているこの聖書写本には,「新約聖書」全巻が含まれていました。この写本は,西暦350年前後に書かれたものと思われますが,発見された当時の権威ある写本より6世紀以上も古いものでした。この写本は,聖書本文に手が加えられたことを明らかにしましたか。

加筆部分が発見され,訂正される

ティッシェンドルフの発見した写本が,今日の聖書の基礎となったものと基本的に同一であることは当初から明らかでした。しかしその写本は,聖書に手が加えられたことを明らかにしました。

その一例は,ヨハネ 8章1-11節(欽定訳)にある,なじみ深い記述です。それは石打ちに遭いそうになった,姦淫を犯した女に関する記述で,イエスが『罪なき者まず石を投げ打て』と言われたと伝えるものです。この初期の写本にはその記述はありませんでした。ですからこの写本の発見後に翻訳された聖書は,その箇所を削除するか,脚注に入れるかして,聖書本文を純化しています。加筆部分はほかにも見付かり,削除されました。―マタイ 17:21; 18:11。使徒 8:37。

より重大な事例としては,偽りの教えを支持するため本文に手が加えられた箇所があります。テモテ第一 3章16節はその例です。欽定訳は,「彼は肉において現われた」(アメリカ標準訳)とする代わりに,「神は肉にて現われ給えり」と,訳出しています。かなりの相違です。どちらが正しいのでしょうか。もし欽定訳が正しいとすれば,イエスが神であるように思われ,イエスは神の子であると述べた聖句と矛盾します。―マルコ 13:32。

古い写本において,英語の“God”(神)と“Who”(男性形の関係代名詞)に当たる語は似通っています([アートワーク ― ギリシャ文字]-“Who”,男性形の関係代名詞)([アートワーク ― ギリシャ文字]-神)。比較的新しい写本は,大抵,[アートワーク ― ギリシャ文字]か,それに相当する形を載せていました。しかし,ティッシェンドルフの発見した写本では,[アートワーク ― ギリシャ文字],つまり神ではなく,イエスを指す関係代名詞になっていました。ある書士がその語句を改変し,「神」と読ませるようにしたのです。5世紀のアレクサンドリア写本を見ると,それが悪意のない誤りだったのかどうか疑わしく思えます。ちょっと見ると,それは[アートワーク ― ギリシャ文字]に見えますが,顕微鏡を使って調べてみたところ,元々[アートワーク ― ギリシャ文字]だったものが,『ずっと後代の人の手で』その意味を変えるために線が書き加えられたことが分かりました。最近の翻訳は本文を純化し,「彼は肉において現われた」という正しい解釈をしています。(「ネッスル,希英行間新約聖書」および「エンファティック・ダイアグロット」の行間逐語訳の読み方をご覧ください。)

手を加えたはなはだしい例は,ヨハネ第一 5章7節にも見られます。そこには,「天には,父と言葉と聖霊(がある)。そして,この三つは一つである」(欽定訳)という句が付け加えられています。この言葉はシナイ写本にないだけでなく,16世紀以前のどのギリシャ語写本にもありません。証拠の示すところによると,現在ダブリンのトリニティ(三位一体)大学に見られる写本は,その偽造した節を挿入するために,1520年ごろ意図的に書かれたものなのです。基本的に言って,現代版の聖書は,例外なくこの加筆部分を削除しています。

大勢の証人たち

西暦4世紀の写本よりも,さらに時代をさかのぼる写本が出て来ようとしていました。エジプトではパピルスに書かれた聖書の写しが発見されました。その中にはミイラを包んでいたものさえあります。これらの写本は細心の注意をもって復元されました。その作成年代は3世紀にまでさかのぼります。ヨハネによる書の断片の一つは,西暦125年もの昔に作成されたものでした。それらの写本を,4世紀の写本,そして今日のわたしたちの聖書と比較した結果はどうでしょうか。一言半句の違いもないというわけではありませんでしたが,その音信に変わりはありません。どこであれ手が加えられた箇所は,すぐに明らかにされます。その音信は,はっきりと響き渡っています。

5,000を超すギリシャ語写本のおかげで,原本の本文を実際に復元する上で,手づるに事欠くことはありません。これら古代写本の研究にほとんど一生を費やしたフレデリック・ケンヨンは次のような結論を出しています。

「これら幾千部もの写本すべての起源をたどってゆくと,地球上の非常に多くの異なった土地や,非常な相違の見られる環境に到達する。ところが本文の変異は,全く末梢的な問題に関するものにすぎず,実質的なものではない。これはまさに,本質的に正しい方法で伝承が行なわれてきたことを示す驚くべき証拠である。

「また,これらの発見すべて,およびこの研究すべての全般的な結果が聖書の真正さの証拠となっていることを,最終的に見いだせたのは心強い限りである。そして,わたしたちは,実質的には損なわれていない,まがうことのない神の言葉を手にしていると確信しているのである」―「聖書の話」,136,144ページ。

聖書は二重の勝利者になります。聖書は本として生き続けるだけでなく,本文の高い純度を保っています。しかし,正確な本文が保たれてきたのは単なる偶然だ,という考えは道理にかなっていますか。二千年近くも前に完成され,激しい攻撃に直面した本が,幾千部もの古代写本という形で,依然として存在しているのは単なる偶然によると言えますか。しかもその古代写本の中には,原本ができてから25年以内に作成されたと思われるものもあるのです。これは,『われらの神のことばは永遠にたたん』と言われている方の力を示す豊かな証拠ではありませんか。―イザヤ 40:8。

聖書の生き延びるための闘いに関するこの記録には,まだ最後の章が残っています。東洋で「生まれた」この本は,どのようにして地の隅々まで生きた言語で配布されるようになったのでしょうか。また,神はなぜ,ご自分のみ言葉があらゆる土地の人々の手に入るよう見守られたのでしょうか。その理由は非常に重要です。

[14ページの図版]

非常に古い死海文書は,聖書翻訳に用いられている本文が基本的に正確であることを確証した

[16ページの図版]

写字生たちが本文に手を加えたが,聖カタリナ修道院でシナイ写本を見いだしたティッシェンドルフのような人の発見によってそれは暴露された

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