社交上の責務を第一にする牧師
● 今日,牧師は多くの時間を,聖書の教育と研究にではなく,社交的な事柄にもっぱら用いています。「サタデー・イブニング・ポスト」紙は,今日の普通の牧師についてこう伝えています。
「むしろ牧師は……委員会の組織者であると同時に,クラブの司会者であり,また婦人の教会員の間のささいな争いの調停者,基金の調達者,建築家,午さん会の演説者,あらゆる有益な社会事業への参加者および貢献者であり,絶えずそれら諸活動のことで引っぱり出されるため,黙想,祈り,聖書研究により霊的に満たされる時間を得ようとすれば,文字どおり,身を隠さねばならない」。
同様に,「教会の安楽な座席」と題する本はこう述べています。「牧師はあまりにも多くの時間をお茶のつきあいや,土地の人とのたあいない雑談に費やしているので牧師生活の束縛から抜け出て,何か異なったことを行なうのは困難である……社交クラブの雰囲気の漂う牧師生活が幅をきかせているということは,教会が一般社会の社会的な階級制度と深く結びついているという意味である」。