覚えていますか
あなたは最近の「ものみの塔」を注意深くお読みになりましたか。そうでしたら,次の点を覚えておられるでしょう。
● 「ヘブライ語でハルマゲドンと呼ばれる場所」とは何ですか。―啓示 16:16。
それは文字どおりの場所ではなく,決定的な戦争の行なわれる世界の局面をさしている。それは,時が満ちた時に,神とこの世界との敵対関係において,その敵対関係の生じている論争に対する決着の求められるような段階をさしている。―236,237ページ。a
● 「大きな地震が……あるでしょう」というイエスのことばが1914年以来成就してきたことを何が示していますか。―ルカ 21:11。
地震そのものの力,地震で失われた人命,そして資産におよんだ被害という点で,1914年以降の地震は『大きい』ものであった。事実,そうした地震による破壊の規模は,1914年以前におけるものより,ずっと広範囲に及ぶ強大なものであった。過去千年間に生じた地震による死亡者総数のほぼ30%が,1914年以降の地震で死んだと言われている。―252,253ページ。
● 信仰をいだいてささげられた祈りに答えが与えられることに関する,弟子ヤコブの,「神はすべての者に寛大に,またとがめることなく与えてくださるのです」ということばをどう理解すべきでしょうか。―ヤコブ 1:5。
神はわたしたちの弱さを非難したり,わたしたちを“愚か”とみなしたりはなさらない。神は,わたしたちがお願いしてよかったと思えるような方法で,寛大に,心から与えてくださる。―266ページ。
● キリスト教世界の諸教会や他の宗教団体が依然として力を保持していても,エホバの激しい裁きの日がずっと先のものであると言えないのはなぜですか。
「大いなるバビロン」を構成している宗教体制の終わりは,それが依然機能を果たしていて,表面上は力のある組織と見られているときに突然臨む。ヨハネへの啓示 17:16,17は,宗教組織を滅ぼそうとする動機付けを,神が政治体制の心に与えることを示している。―277,278ページ。
● 何かの提案を受ける時,「心のへりくだった」人であるクリスチャンの監督は,どんな態度を避けますか。
そうした提案を自分の動機や問題の扱い方に対する批判として取らずに,むしろ自分も助言から益を得られることを認めて,その提案にしかるべき考慮を払う。―296ページ。
● 神のしもべたちは,「大患難」のさなかに神の保護をどの程度まで期待できますか。
神のしもべたちは,イエス・キリストと配下の天使の軍勢が邪悪な者たちに対して行動を起こす時,自分たちのだれ一人として誤って滅ぼし去られることはないと確信できる。象徴的な「ゴグ」であるサタン悪魔の攻撃の結果,神のしもべの中には死ぬ人がいるかもしれないが,一つの級としては彼らは救出される。(エゼキエル 38:2)「大患難」によって引き起こされる周囲の状況から来る圧迫のためにある人は死ぬかもしれないが,エホバが,身体上の弱さを持っている人たちをどの程度まで強め,そのたてとなってくださるかを見守るべきである。「大群衆」が生き残ることを確信できる。―363,364ページ。
● どういう意味で,使徒たちは「劇場の見せ物」でしたか。―コリント第一 4:9。
辱しめを受け迫害されることにより,使徒たちは,あたかもローマの劇場で一般の観衆の前にさらされているかのようであった。―436ページ。
「それゆえわたしたちは,自分が聞いたことに普通以上の注意を払い,決して流されないようにすることが必要です。み使いたちを通して語られたことばがゆるがぬものとなり,違犯と不従順のすべてが公正にかなう応報を受けたのであれば,わたしたちの主を通して語りはじめられ,彼のことばを聞いた人びとによってわたしたちのために真実さを立証されたという点で,これほど偉大な救いをおろそかにした場合,わたしたちはどうして逃れられるでしょうか」― ヘブライ 2:1-3。
[脚注]
a 数字はすべて1974年の「ものみの塔」のページ数を表わします。