将来における裁きの執行
聖書は,ヘブライ語聖書の預言を別にしても,刑が執行される将来の幾つかの裁きについてはっきりと述べています。啓示の書は,「大いなるバビロン」が火で完全に焼き尽くされる時を指し示しています。同バビロンは諸国民と淫行を犯し,イエスの証人たちの血に酔っているために,この司法上の処罰がもたらされます。(啓示 17:1-6; 18:8,20; 19:1,2)ペテロは別の裁きの執行について述べた際,ノアの日の出来事を引き合いに出して,「不敬虔な人々の裁きと滅びの日」を予告しました。(ペテロ第二 3:7)啓示の書はそのような滅びを長い剣で諸国民を討つ,「神の言葉」と呼ばれる方によって刑が執行される事態として述べています。(啓示 19:11-16。ユダ 14,15と比較してください。)また,1世紀には,悪魔はすでに裁きの宣告を受けており,悪魔の率いる悪霊たちも,将来,サタンと同様,底知れぬ深みに投げ込まれることを知っていました。(テモテ第一 3:6。ルカ 8:31。啓示 20:1-3)ですから,彼らを待ち受けている裁きとは,すでに決定された裁きの単なる執行に過ぎないということになります。―ユダ 6。ペテロ第二 2:4。コリント第一 6:3。