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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 2013
塔13 2/15 13–16ページ

親衛隊は証言を受ける

西暦59年のことです。長旅で疲れた兵士たちの監視の下,囚人たちがカペーナ門を通ってローマ市に入ります。パラティヌスの丘には皇帝ネロの宮殿があり,トーガという外衣の下に剣を帯びた親衛隊の兵士たちが警護に当たっています。a 百人隊長ユリウスは囚人たちを引いて,フォロ・ロマーノ(ローマの公共広場)を通り,ウィミナリスの丘に登って,ローマの神々の祭壇がたくさん置かれている庭園を過ぎ,練兵場のそばを通ります。

親衛隊の兵士のレリーフ。西暦51年に建てられたクラウディウスの凱旋門のものと思われる

囚人たちの中に使徒パウロがいます。その数か月前,荒れ狂う海に浮かぶ船の中でパウロは神のみ使いから,「あなたはカエサルの前に立たねばならない」と告げられていました。(使徒 27:24)本当にそうなるのでしょうか。後ろを振り返って,ローマ帝国の首都を目にしたパウロは,エルサレムのアントニアの塔で主イエスから告げられた次の言葉を思い出したに違いありません。「勇気を出しなさい! あなたは,わたしに関する事柄についてエルサレムで徹底的な証しをしてきたが,それと同じようにローマでも証しをしなければならない」。―使徒 23:10,11。

パウロは立ち止まって,カストラ・プラエトリアを見つめたかもしれません。それは赤レンガ塀のある大きな要塞で,狭間胸壁と塔があり,皇帝の護衛を行なっていた親衛隊と都市警察の兵舎でした。そこには,親衛隊の12の歩兵隊bと,都市警察の幾つかの歩兵隊がいたと思われます。騎兵隊もその中に含まれていました。カストラ・プラエトリアは皇帝の権威の象徴でした。親衛隊はローマの属州の囚人に対する責任も負っていたので,ユリウスは囚人たちを引き連れていました。ローマ市の主要な四つの門の一つを通って市内に入ります。数か月にわたる危険な旅の末,ようやく囚人たちを目的地に連れて来ることができたのです。―使徒 27:1-3,43,44。

使徒は「妨げられることなく」宣べ伝える

ローマに向かう途中,パウロは神の幻を受け,全員が難船を生き残ると告げられました。また,毒蛇にかまれても危害を受けず,マルタ島の病人を癒やし,人々から神だと言われました。こうした事柄が迷信深い親衛隊の間で話題になったことでしょう。

パウロは「“アピウスの市場”および“三軒宿”まで……出迎えに来てくれた」兄弟たちとすでに会っていました。(使徒 28:15)しかし,ローマでも良いたよりを宣明したいと願っていました。囚人の身でありながら,どのようにできるでしょうか。(ロマ 1:14,15)囚人はまず護衛の長に引き渡された,と考える人もいます。もしそうだとすれば,パウロはおそらく,皇帝に次ぐ地位にいたと思われる親衛隊の司令官アフラニウス・ブルスのもとに連れて行かれたことでしょう。c いずれにしても,パウロは,百人隊長ではなく,親衛隊の一兵士に監視されることになります。パウロは,自分の家を借りて,「妨げられることなく」訪問者に宣べ伝えることを許されます。―使徒 28:16,30,31。

ネロの時代の親衛隊

西暦1世紀に発行されたこの硬貨には,親衛隊の兵舎が描かれている

親衛隊は,皇帝とその親族を守る誓いのもとに置かれました。従軍の際は,皇帝のイコンが描かれた軍旗や,盾を持っていました。盾には多くの場合,ティベリウス・カエサルの星座であるサソリの紋章が描かれていました。司令官や百人隊長の命を受け,競技会や劇場での治安維持に当たり,消防活動にも参加しました。親衛隊の兵役期間は,他の兵士が25年であるのに対し,16年でした。また3倍の報酬,多額のボーナスや退役金が支払われました。親衛隊は囚人の拷問や処刑にも当たりました。パウロは親衛隊を助けたいと思っていましたが,2度目の投獄の後,その親衛隊の手により殉教の死を遂げたと思われます。―テモ二 4:16,17。

Courtesy Classical Numismatic Group, Inc./cngcoins.com

小なる者と大なる者に証しをする

今日のカストラ・プラエトリアの塀

ブルスはこの件をネロに提出するに先立ち,司法上の務めの一環として,使徒パウロを宮殿か親衛隊の兵舎で尋問したようです。パウロは,「小なる者にも大なる者にも証し」するこの貴重な機会を逃すことはありませんでした。(使徒 26:19-23)ブルスの評価がどのようなものであったにせよ,パウロは親衛隊の兵舎の監獄に収容されずに済みます。d

パウロの借りた家は,「ユダヤ人の主立った人々」や,「さらに大勢で彼の宿所にやって来た」人々を迎え入れて証言できるほど広いものでした。親衛隊の兵士たちは,パウロの証言をいや応なく聞かされました。パウロが王国とイエスについて,ユダヤ人たちに「朝から晩まで」「徹底的な証し」をするのを聞いていたのです。―使徒 28:17,23。

パウロが捕らわれていた間,兵士たちはパウロが手紙を口述するのを聞いた

宮殿の警護に当たる親衛隊は,毎日第8時に交替しました。パウロの監視をしていた兵士も一定の間隔で交替しました。パウロが捕らわれていた2年の間,兵士たちは,パウロがエフェソス人やフィリピ人,コロサイ人,ヘブライ人のクリスチャンたちに宛てて手紙を口述するのを聞いたり,フィレモンというクリスチャンに手紙を書くのを見たりしていました。パウロは逃亡奴隷オネシモに個人的な関心を示し,「獄につながれている間にその父とな(り)」,主人のもとに送り返しました。(フィレ 10)監視に当たる兵士たちにも,パウロは個人的な関心を示したに違いありません。(コリ一 9:22)兵士たちに様々な武具の目的について質問し,得られた情報を例えの中で用いたのでしょう。―エフェ 6:13-17。

「神の言葉を恐れずに語る」

パウロの投獄は,親衛隊の全員とほかの人々の間で「良いたより(が)前進」するのに役立ちました。(フィリ 1:12,13)カストラ・プラエトリアの兵士たちは,ローマ帝国各地の人々および皇帝やその大勢の家の者たちと接触がありました。家の者たちには,皇帝の親族や僕たち,奴隷たちがおり,その中にはクリスチャンになった人もいます。(フィリ 4:22)パウロの大胆な証言により,ローマの兄弟たちは「神の言葉を恐れずに語る」勇気を得ました。―フィリ 1:14。

どんな状況に置かれていても,色々な世話をしてくれる人たちに証言できるかもしれない

わたしたちにとっても,ローマにおけるパウロの証言は,「み言葉を……順調な時期にも難しい時期にも」宣べ伝える励みとなります。(テモ二 4:2)介護施設や病院にいて外出できない兄弟姉妹たちや,信仰ゆえに投獄されている人たちもいます。どんな状況に置かれていても,例えば,往診に来る医師たちや,色々な世話をしてくれる人たちなどに証言できるかもしれません。勇気を出してあらゆる機会に証言するなら,「神の言葉がつながれているわけでは(ない)」ことを目の当たりにするでしょう。―テモ二 2:8,9。

セクストゥス・アフラニウス・ブルス

セクストゥス・アフラニウス・ブルスの名が刻まれた碑文

ブルスは,現在の南フランスのベゾンラロメーヌで生まれたと思われます。1884年にそこで,ブルスの名が刻まれた碑文が発見されています。西暦51年,ブルスは,クラウディウス・カエサルの妻であり姪でもあった小アグリッピナによって,唯一の親衛隊長官の地位に高められます。アグリッピナは,年若い息子ネロに二人の養育係をつけ,皇帝になるための教育を施します。その一人が著名な軍人であったブルスでした。ネロはブルスから軍事面での手ほどきを受けます。もう一人の養育係は哲学者のセネカで,ネロが知性を育むことができるよう力を尽くしました。アグリッピナは時を見計らい,夫を毒殺します。ブルスは,クラウディウスの死が公になる前にネロをカストラ・プラエトリアへ連れて行き,親衛隊に,ネロが皇帝になったことを宣言させます。元老院はそれを受け入れざるを得ませんでした。西暦59年にネロが母親を殺害すると,ブルスはその隠ぺい工作をします。ローマの歴史家スエトニウスとカッシウス・ディオによれば,ブルスは西暦62年にネロによって毒殺されました。

Musée Calvet Avignon

a 「ネロの時代の親衛隊」の囲みを参照。

b ローマの一歩兵隊は,最高1,000人の兵士で構成されていました。

c 「セクストゥス・アフラニウス・ブルス」という囲みを参照。

d ヘロデ・アグリッパは西暦36年か37年,ティベリウス・カエサルによってここに投獄されました。カリグラが皇帝になってほしいとの願いを口にしたためです。カリグラは皇帝に即位すると,ヘロデに報いとして王権を授けます。―使徒 12:1。

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