蛋白質,遺伝子,そしてあなたの体
“蛋白質”というと,大抵の人は汁の滴るおいしいステーキを思い浮かべるでしょう。しかし蛋白質はそれだけのものではありません。肉に蛋白質が含まれているのは,生物体,特に動物が,特定の働きをする様々な種類の無数の蛋白質からできているためです。
蛋白質に種類があるのですか。水分を別にすれば,あなたの体重のほぼ半分は蛋白質の分子によって占められていますが,これらの蛋白質はみな同じではないのです。髪の毛や皮膚やつめに強さを与える蛋白質もあれば,体の細胞内の化学反応を制御する,酵素と呼ばれる蛋白質や,体を病気から守る抗体を造る蛋白質もあります。
蛋白質は何からできているのでしょうか。あなたの体を形造る幾千もの異なった蛋白質はいずれも,アミノ酸と呼ばれる小さな分子が結び合わされてできています。ところが,地上のすべての樹木や花,動物,人間の形成にあずかっている様々な蛋白質すべてを造り上げるには,わずか20種ほどのアミノ酸が必要とされるに過ぎません。英語のアルファベットわずか26文字を組み合わせるだけで幾十万もの単語ができるのと同じです。
生きている細胞は,車両を連結して長い列車を作るように,幾つものアミノ酸をつないで必要な蛋白質を造ります。例えば,インシュリンを造るには,膵臓の細胞がアミノ酸鎖と呼ばれる2列の“列車”を組み立てます。この“列車”は折れ曲がって独特の形を作ることができます。最初の鎖は21文字から成る“単語”,2番目の鎖は30のアミノ酸“文字”から成る“単語”のようなものです。次いでこれらの鎖が結び合わされると,体内にインシュリンの分子が造り出されることになります。そしてこれが血流中の血糖値の抑制に寄与します。糖尿病の人がよく知っているように,インシュリンのような蛋白質は健康には欠かせません。
設計図と青写真 ― DNAとRNA
ところで,膵臓の細胞は様々なアミノ酸を連結してインシュリンを造る方法をどのように知るのでしょうか。また,足の親指の細胞の働きを抑制してインシュリンを造らせなくしているのは一体何でしょうか。その答えはDNA(デオキシリボ核酸)と呼ばれる非常に大きな特異な分子にあります。人体を構成している幾十兆個もの細胞一つ一つの核に,大抵これがあります。DNAはどのような働きをするのでしょうか。
建設現場に行ったことのある人なら,大工,レンガ工,電気工など,様々な職種の人が働いているのに気付いたことでしょう。これらの人々は,行なうべき事柄が記されている青写真をひんぱんに調べます。その青写真はどこから得られますか。建設現場事務所には何枚もの建築設計図があり,それを特殊な機械でコピーして青写真が作られます。様々な職種の現場監督が事務所から青写真を持ち出して現場の作業員に渡します。
細胞では建設工事と似たような仕事が行なわれます。細胞核(“建設現場事務所”)の中に,体が今後必要とするすべての蛋白質の“原図”が置かれています。これらの“製図”に相当するのがDNA分子です。インシュリンが必要になると,膵臓の特定の細胞の核の中でDNAの一定の区分つまり遺伝子と呼ばれるものが活性化します。
建築設計図の原図が一般に作業場で用いられないのと同様,DNAが核の外に出ることはありません。DNAは貴重で持ち出せないのです。代わりに,伝令RNA(リボ核酸)と呼ばれる特殊な分子によってDNA遺伝子の“青写真”が造られます。この“伝令”が青写真を核から“作業場”に持って行きます。そこには作業班がインシュリンの分子を組み立てるため待ち受けています。
この作業班は主に,大工の棟梁のような働きをする1個の分子リボゾームおよび転移RNAと呼ばれる幾つかの助け手から成っています。小柄な助け手の分子である転移RNAがアミノ酸を集めてリボゾームの所に連れて行きます。リボゾームは伝令RNAの“青写真”を「読んで」インシュリンの鎖を造り上げます。
各細胞の“建設現場事務所”には,その細胞の機能に必要な分をはるかに上回る“製図”が置かれています。例えば,足の親指の細胞にはインシュリンを製造するための遺伝子があります。ただ,これらの細胞は活性化されることがないのです。足の親指の細胞の中では,その製図は「鍵を掛けて厳重に保管」されています。それぞれの細胞は,自分が必要とするものを造り出すため,核内のDNAのほんの一部分だけしか使用しません。これはわたしたちにとって幸いなことです。なぜなら,使うべきでない設計図を得ようと「押し入り」,造るべきでない蛋白質を製造し始めるなら,その細胞は自分自身や他の細胞を損ないかねず,ガン細胞になる恐れさえあるからです。
設計図の変更
巨大な超高層ビルの建設の指揮に用いられた一組の複雑な製図はただ偶然に存在するようになったと言い出すなら,専門の設計技師の大半は強く抗議することでしょう。そうした製図には,高度の技術を持ち,十分の経験を積んだ設計技師が必要です。生物の細胞内のDNAには,一組の設計図よりもずっと複雑で詳細な指示が収められています。バクテリアやカエデ,人間の“建設”といった精巧な作業を指揮するDNAは,偉大な建築設計者の手によるものに違いないと考えるのは理にかなっていませんか。その偉大な建築設計者とはエホバ神です。―創世 1:11-28。
丹念に描き上げた特定の建物の製図に,権威も資格もない人が手を加えたらどう感じるか,優秀な設計技師のだれにでも尋ねてみてください。設計技師はそうした変更をいやがります。製図を書き替える人がその書き替えで全般的にどんな結果が生ずるかを考慮に入れていないことを設計技師は知っているからです。確かに洗面所は大きくなるかもしれませんが,通路から貴重な空間が奪われるならどうなるでしょうか。配管の再設計が必要になったら,どうなりますか。
科学者は今や,生物のDNAの内容を変える,つまり創造者が用意された“建築設計図”を書き替えることができるようになりました。人間のインシュリンを製造する遺伝子をバクテリアに組み入れるなどの事例では,こうした組み替えが人道主義的見地から,医学目的のためになされていると言われています。ウイルスの遺伝子をネズミの胎児に組み込むなどの他の組み替えの場合は,細胞を活動させるものを突き止めようとする科学的好奇心が一層大きな動機となっています。
科学者は今や遺伝子を造り替えることができるまでになりましたが,遺伝子の働きについて十分な理解を得ているとはとても言えません。1979年に,ニューヨーク・タイムズ紙は次のように伝えました。「新たな発見によって次のことが明らかになった。人間の遺伝子を含め動物の遺伝子の構造は,少なくともこれまで20年間受け入れられてきたものとは全く異なっている」。一体どうしたのでしょうか。それまでの科学者の考えとは違って,動物の遺伝子は一般に,バクテリアの遺伝子と違った仕方で働くことが分かったのです。動物の遺伝子はバクテリアの遺伝子より複雑です。またこれには,まだ理解されていない一続きの長い情報も収められています。実際,科学者は,期待とは裏腹に,バクテリアの“設計原図”が読めても人間の“設計原図”が読めるわけではないことを知りました。
また,科学者は最近,それまでの定説とは異なり,DNA分子の遺伝暗号<コード>が普遍ではないことも知りました。DNAが核の中ではなく,細胞の中のミトコンドリアと呼ばれる別の部分にある時には,その暗号がわずかに違うことが分かっています。「遺伝暗号は普遍であるとする定説は揺るがされてきた」とニュー・サイエンティスト誌は述べました。なぜ暗号が変わるのでしょうか。科学者にはそのことが分かりません。同誌は,「遺伝子解析が明らかにした予想外の新事実に伴って生じた疑問の幾つかは決して解けないであろう」と述べています。
ですから,遺伝子の研究に潜む危険について懸念する人がいるのも不思議ではありません。今では大抵の生物学者が,そうした研究にはほとんど危険が伴わないと主張していますが,それらの生物学者は知り尽くしていると言えるほど遺伝子のことを本当に理解しているのでしょうか。1950年代に科学者たちは,米国の西部で行なう原爆実験は一般大衆に危険をもたらすことはないと主張していました。ところが,実験場の風下に住んでいた人々のガン罹患率は今や,それらの科学者が間違っていたことを示しています。
十分に理解してもいない材料や生物学的技術をもてあそんでいるうちに,科学者がこれまで知られていない何かの恐ろしい病気を思わぬ事故で人類に臨ませてしまう恐れはないでしょうか。一部の人はそうした可能性があると考えています。
ところで,科学者はそれらの遺伝子にどのようなことを行なっているのでしょうか。
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英語のアルファベットわずか26文字の組み合わせで幾十万もの単語ができるように,わずか20種の異なったアミノ酸から,地上のすべての樹木や花,動物,人間を形成する様々な蛋白質すべてが造り上げられている
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核
伝令RNA
リボゾーム
転移RNA
アミノ酸