ものみの塔 オンライン・ライブラリー
ものみの塔
オンライン・ライブラリー
日本語
  • 聖書
  • 出版物
  • 集会
  • 学ぶ 9章 52–56ページ
  • ゆうわくを退ける必要があります

視聴できるビデオはありません。

申し訳ありません,ビデオをロード中にエラーが発生しました。

  • ゆうわくを退ける必要があります
  • 偉大な教え手から学ぶ
  • 関連する記事
  • 悪魔にゆうわくされる
    偉大な教え手に聞き従う
  • 悪魔にゆうわくされる
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1971
  • 誘惑に抵抗したイエスから学ぶ
    イエス 道,真理,命
  • イエスが受けた誘惑から学ぶ
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1985
もっと見る
偉大な教え手から学ぶ
学ぶ 9章 52–56ページ

9章

ゆうわくを退しりぞける必ひつ要ようがあります

だれかから,悪わるいことをするように言いわれたことがありますか。― その人ひとは,やれるものならやってごらんと言いいましたか。あるいは,おもしろいよとか,ほんとうは悪わるいことじゃないよとか言いいましたか。― そういうことをする人ひとは,わたしたちをゆうわくしようとしているのです。

ゆうわくされたら,どうするのがよいでしょうか。ゆうわくに負まけて,悪わるいことをしてもかまいませんか。― そうしたらエホバ神かみに喜よろこんでいただくことはできません。でも,だれが喜よろこぶと思おもいますか。― 悪あく魔まサタンです。

サタンは神かみの敵てきです。サタンはわたしたちの敵てきでもあります。サタンは霊れい者しゃですから,わたしたちには見みえません。でも,サタンにはわたしたちが見みえています。ある日ひのこと,悪あく魔まは,偉い大だいな教おしえ手てイエスに話はなしかけて,イエスをゆうわくしようとしました。イエスがどうしたかを調しらべてみましょう。そうすれば,ゆうわくにあったとき,どうすればよいかが分わかります。

イエスがバプテスマを受けた後すぐに,天のほうを見て祈っている

イエスは,バプテスマを受うけたとき,何なにを思おもい出だすようになったと思おもわれますか

イエスはいつも神かみのご意い志しを行おこないたいと思おもっていました。イエスはその気き持もちを,ヨルダン川がわでバプテスマを受うけることによって公おおやけに示しめしました。イエスがバプテスマを受うけたすぐあとに,サタンはイエスをゆうわくしようとします。聖せい書しょによれば,イエスに対たいして「天てんが開ひらけ」ました。(マタイ 3:16)これは,イエスが以い前ぜんに天てんで神かみとともに暮くらしていた時ときのことを思おもい出だすようになったという意い味みでしょう。

イエスはバプテスマを受うけたあと,思おもい出だすようになった事こと柄がらについて考かんがえるため,荒こう野やに行いきます。まる40日にちたちました。イエスはその間あいだずっと何なにも食たべなかったので,すっかりおなかがすいていました。サタンがイエスをゆうわくしようとしたのはその時ときです。

悪魔はイエスをゆうわくするために石を用いる

悪あく魔まは石いしを用もちいて,どのようにイエスをゆうわくしましたか

悪あく魔まはこう言いいました。「あなたが神かみの子こであるなら,これらの石いしに,パンになるように命めいじなさい」。パンだったら,どんなにおいしいことでしょう。でもイエスには,石いしをパンに変かえることなどできるのでしょうか。― そうすることもできました。なぜなら,神かみの子こであるイエスは,特とく別べつな力ちからを持もっていたからです。

あなただったら,悪あく魔まが石いしをパンに変かえるように言いったとき,そうしたと思おもいますか。― イエスはとてもおなかがすいていました。ですから,1回かいくらいやってもいいのではないでしょうか。― イエスは,自じ分ぶんの力ちからをそのように用もちいてはいけないことを知しっていました。そうした力ちからがエホバからあたえられた目もく的てきは,自じ分ぶんのために用もちいることではなく,人ひと々びとを神かみに引ひき寄よせることでした。

それでイエスは,サタンの言いうとおりにはせず,聖せい書しょに書かいてあることをサタンに告つげました。「人ひとは,パンだけによらず,エホバの口くちから出でるすべてのことばによって生いきなければならない」と言いったのです。イエスは,エホバに喜よろこばれることをするほうが,食しょく物もつを手てに入いれるより大たい切せつであることを知しっていました。

ところが,悪あく魔まはもう一いち度どゆうわくしようとしました。今こん度どはイエスをエルサレムに連つれて行いって,神しん殿でんの高たかいところに立たたせると,こう言いいました。『もしあなたが神かみの子こなら,ここから下したに身みを投なげなさい。神かみの使つかいたちはあなたが,けがをしないよう守まもってくれる,と書かかれているからです』。

サタンはなぜ,そう言いったのでしょう。― ばかげたことをするようイエスをゆうわくしようと思おもったのです。でも,イエスは今こん度どもサタンの言いうことを聞きかず,『「あなたの神かみエホバを試こころみてはならない」と書かいてあります』と言いいました。イエスは,命いのちを危き険けんにさらしてエホバを試こころみる,つまり試ためすのはまちがっていることを知しっていたのです。

サタンはそれでもあきらめず,今こん度どはイエスをたいへん高たかい山やまに連つれて行いきました。そこで,世せ界かいのすべての王おう国こく,つまり政せい府ふと,それぞれが栄さかえている様よう子すをイエスに見みせて,こう言いいました。『もしあなたがひれふしてわたしに崇すう拝はいの行こう為いをするならば,わたしはこれらのすべてをあなたに上あげましょう』。

悪あく魔まの申もうし出でについて考かんがえてみましょう。人にん間げんの王おう国こく,つまり政せい府ふはみな,ほんとうにサタンのものだったのでしょうか。― イエスは,それらがサタンのものであることを否ひ定ていしませんでした。サタンのものでなかったなら,そう言いったことでしょう。サタンは実じっ際さいに世せ界かいのすべての国くにを支し配はいしています。聖せい書しょもサタンのことを「この世よの支し配はい者しゃ」と呼よんでいます。―ヨハネ 12:31。

世界のすべての王国を上げるというサタンの申し出を,イエスははっきり断わる

サタンがイエスに,これらの王おう国こくをみな上あげましょう,と言いえたのはなぜですか

わたしを崇すう拝はいするなら,必かならずこれを上あげます,と悪あく魔まから言いわれたら,どうしますか。― イエスは,どんなものをもらえるとしても,悪あく魔まを崇すう拝はいするのはまちがっていることを知しっていました。それでこう言いいました。『サタンよ,はなれ去され! 聖せい書しょには,あなたの神かみエホバをあなたは崇すう拝はいしなければならず,この方かただけに仕つかえなければならないと書かいてあるからです』。―マタイ 4:1-10。ルカ 4:1-13。

小さな女の子が食べたそうな表情でパイを見ている

ゆうわくされたら,どうしますか

わたしたちも,ゆうわくにあいます。どんなゆうわくがあるか知しっていますか。― 例たとえば,こんなこともあります。お母かあさんがおいしいパイかケーキのデザートを作つくりました。そして,食しょく事じの時ときまで食たべてはいけませんよ,と言いいます。ところがあなたは,とてもおなかがすいているので食たべたいというゆうわくを感かんじます。さあ,あなたはお母かあさんに従したがいますか。― サタンは,そうしてほしくないと思おもっています。

イエスのことを思おもい出だしてください。イエスも,たいへんおなかがすいていました。でも,食たべることより神かみを喜よろこばせることのほうが大たい切せつだということを知しっていました。あなたもお母かあさんの言いいつけを守まもるなら,イエスに見みならっていることになります。

もしかすると,ほかの子こから,何なにかの薬くすりを飲のむように言いわれるかもしれません。そういう子こは,これを飲のむと,とてもいい気き持もちになるよ,と言いったりします。でもそれは,麻ま薬やくかもしれません。飲のむと重おもい病びょう気きになって,死しんでしまうことさえあります。また,たばこをわたされ,吸すえるなら吸すってみろと言いわれるかもしれません。たばこにも,麻ま薬やくがふくまれています。さあ,どうしますか。―

1人の男の子が,2人の男の子にたばこを勧めている,1人はそれを受け取り,もう1人は立ち去る

イエスのことを思おもい出だしてください。サタンはイエスに,神しん殿でんから飛とび降おりるようにと言いって,イエスの命いのちを危き険けんにさらそうとしました。しかし,イエスは神しん殿でんから飛とび降おりようとはしませんでした。何なにか危き険けんなことをやってみるようにと言いわれたなら,どうしますか。― イエスはサタンの言こと葉ばに聴きき従したがいませんでした。あなたも,悪わるいことをさせようとする人ひとの言こと葉ばに聴きき従したがってはなりません。

女の子がロザリオを手にしている

崇すう拝はいに何なにかの像ぞうを使つかうことがまちがっているのはなぜですか

いつか,何なにかの像ぞうを崇すう拝はいするように言いわれる時ときがあるかもしれません。聖せい書しょには,そうしてはならない,と述のべられています。(出しゅつエジプト記き 20:4,5)像ぞうを崇すう拝はいすることが,学がっ校こうの式しき典てんにふくまれていることもあります。像ぞうは崇すう拝はいしません,と言いうと,もう学がっ校こうへ来きてはいけません,と言いわれるかもしれません。そうしたら,どうしますか。―

だれもが正ただしいことをしているときに正ただしいことをするのは,簡かん単たんです。でも,ほかの人ひとたちが悪わるいことをさせようとしているときに正ただしいことをするのは,とても難むずかしい場ば合あいがあります。その人ひとたちは,自じ分ぶんたちのしていることはそんなに悪わるくない,と言いうかもしれません。しかし,大たい切せつなのは,神かみは何なんと言いっておられるかということです。神かみは最もっともよくご存ぞんじです。

ですから,人ひとが何なんと言いおうと,神かみがまちがっていると言いっておられることを決けっして行おこなってはなりません。このようにすれば,わたしたちは,いつも神かみに喜よろこんでいただくことができ,悪あく魔まを喜よろこばせるようなことは決けっしてないでしょう。

悪わるいことをさせようとするゆうわくを退しりぞける方ほう法ほうについては,次つぎの聖せい句くを読よむともっと多おおくのことが分わかります。詩し編へん 1:1,2。箴しん言げん 1:10,11,14。マタイ 26:41。テモテ第だい二に 2:22。

    日本語出版物(1953-2026)
    ログアウト
    ログイン
    • 日本語
    • シェアする
    • 設定
    • Copyright © 2026 Watch Tower Bible and Tract Society of Pennsylvania
    • 利用規約
    • プライバシーに関する方針
    • プライバシー設定
    • JW.ORG
    • ログイン
    シェアする