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神の王国について徹底的に教える
徹 7章 52–59ページ

7章

「イエスについての良よい知しらせ」を伝つたえる

フィリポがした福ふく音いん伝でん道どうは私わたしたちの手て本ほんになっている

使し徒と 8:4-40

1,2. 1世せい紀きの迫はく害がいはどのように逆ぎゃく効こう果かになりましたか。

激はげしい迫はく害がいの波なみが押おし寄よせます。サウロが会かい衆しゅうに「手て荒あらなことをする」ようになります。ギリシャ語ごでこの表ひょう現げんは,残ざん酷こくな仕し打うちを意い味みします。(使し徒と 8:3)弟で子したちが散ちっていったので,サウロの狙ねらい通どおりキリスト教きょうが根こん絶ぜつされるかに見みえたかもしれません。しかし,意い外がいな展てん開かいになります。どうなったのでしょう。

2 追おい散ちらされた人ひとたちは,行いった先さきで「神かみの言こと葉ばの良よい知しらせを広ひろめ」ました。(使し徒と 8:4)迫はく害がいによって,良よい知しらせは封ふうじ込こめられるどころか,かえって広ひろまっていきました。すごいことではないでしょうか。反はん対たいする人ひとたちは弟で子したちを追おい散ちらすことによって,皮ひ肉にくにも,伝でん道どうの範はん囲いを遠えん方ぽうにまで広ひろげてしまいました。後あとで見みますが,現げん代だいでも同おなじようなことが起おきています。

「散ちらされた人ひと々びと」(使し徒と 8:4-8)

3. (ア)フィリポはどんな人ひとでしたか。(イ)サマリアではあまり伝でん道どうが行おこなわれていなかったのはどうしてですか。とはいえイエスは,サマリアについてどんなことを言いっていましたか。

3 「散ちらされた人ひと々びと」の中なかにフィリポがいました。a (使し徒と 8:4。「『福ふく音いん伝でん道どう者しゃ』フィリポ」という囲かこみを参さん照しょう。)フィリポはサマリアに行いきました。それまでサマリアでは,ほとんど伝でん道どうが行おこなわれていませんでした。イエスが使し徒とたちにこう指し示じしていたからです。「サマリア人じんの町まちに入はいってはなりません。いつも,イスラエル国こく民みんの迷まよい出でた羊ひつじの所ところに行いきなさい」。(マタ 10:5,6)とはいえイエスは,やがてサマリアでも徹てっ底てい的てきな伝でん道どうが行おこなわれることを知しっていました。天てんに戻もどる前まえにこう言いっていました。「あなたたちは……エルサレムで,ユダヤとサマリアの全ぜん土どで,また地ち上じょうの最もっとも遠とおい所ところにまで,私わたしの証しょう人にんとなります」。(使し徒と 1:8)

4. サマリア人じんは,フィリポのメッセージについてどう感かんじましたか。どうしてだと考かんがえられますか。

4 フィリポがサマリアに着ついてみると,そこは「もう色いろづいて収しゅう穫かくでき」る畑はたけのようでした。(ヨハ 4:35)サマリアの人ひとたちにとって,フィリポが伝つたえる良よい知しらせは涼すずしい風かぜのように爽さわやかでした。彼かれらはユダヤ人じんから避さけられ,毛け嫌ぎらいされていました。でも,フィリポから聞きくメッセージには,階かい級きゅう差さ別べつなど全まったく感かんじられず,パリサイ派はの狭せまい見み方かたとは全ぜん然ぜん違ちがっていました。フィリポは偏へん見けんから人ひとを下したに見みたりせず,誠せい実じつな心こころでサマリアの人ひとたちに伝でん道どうしました。「群ぐん衆しゅうは皆みな,フィリポが言いうことにじっと耳みみを傾かたむけ」た,とあるのもうなずけます。(使し徒と 8:6)

5-7. クリスチャンが追おい散ちらされたことにより,かえって良よい知しらせが広ひろまったどんな例れいがありますか。

5 現げん代だいでも,迫はく害がいは功こうを奏そうしておらず,伝でん道どうの勢いきおいは全まったく弱よわまっていません。クリスチャンが刑けい務む所しょに入いれられたり別べつの国くにへ避ひ難なんを余よ儀ぎなくされたりしても,それによってかえって良よい知しらせが広ひろまっていきました。例たとえば,第だい2次じ世せ界かい大たい戦せん中ちゅう,エホバの証しょう人にんはナチの強きょう制せい収しゅう容よう所じょで神かみの王おう国こくについて熱ねっ心しんに語かたりました。収しゅう容よう所じょでエホバの証しょう人にんに会あったあるユダヤ人じんはこう言いっています。「エホバの証しょう人にんの囚しゅう人じんたちの不ふ屈くつの精せい神しんを目めにし,聖せい書しょにしっかり基もとづいた信しん仰こうを持もっていることがよく分わかりました。私わたしもエホバの証しょう人にんになりました」。

6 迫はく害がいしていた人ひとがエホバの証しょう人にんになった例れいもあります。フランツ・デッシュ兄きょう弟だいは,オーストリアのグーゼン強きょう制せい収しゅう容よう所じょに移うつされた時とき,親しん衛えい隊たいの将しょう校こうに聖せい書しょを教おしえることができました。何なん年ねんも後のち,2人ふたりはエホバの証しょう人にんの大たい会かいで再ふたたび会あいました。その将しょう校こうはクリスチャンになっていました。どんなにかうれしい再さい会かいだったことでしょう。

7 クリスチャンが別べつの国くにへ避ひ難なんを余よ儀ぎなくされたときもそうです。例たとえば,1970年ねん代だいに,モザンビークにマラウイのエホバの証しょう人にんが避ひ難なんしてきた時とき,活かっ発ぱつな伝でん道どうが行おこなわれました。その後ご,モザンビークで迫はく害がいが起おこった時ときも,伝でん道どうは続つづけられました。フランシスコ・コアーナはこう話はなします。「伝でん道どうしていたために何なん度ども逮たい捕ほされた人ひともいます。それでも,多おおくの人ひとが神かみの王おう国こくについて学まなぶようになり,私わたしたちは神かみが助たすけてくれているんだと確かく信しんしました。1世せい紀きのクリスチャンのことを神かみが助たすけたのと同おなじです」。

8. 政せい治じや経けい済ざいの影えい響きょうで人ひとが移い動どうし,伝でん道どうにどんな進しん展てんが見みられていますか。

8 もちろん,迫はく害がいだけをきっかけに良よい知しらせが国くにを越こえて広ひろまっているわけではありません。近きん年ねん,政せい治じや経けい済ざいの影えい響きょうで人ひとの移い動どうがあり,それによって多おおくの人ひとが神かみの王おう国こくについて知しるようになっています。紛ふん争そう地ち域いきや貧まずしい国くにから別べつの国くにに移うつった人ひとたちが,移い住じゅう先さきで聖せい書しょを学まなんでいます。多おおくの都と市しや町まちで,外がい国こく語ごを話はなす人ひとたちの人じん口こうが増ふえています。あなたは,「全すべての国くにや民みん族ぞくや種しゅ族ぞくや言げん語ごの人ひと々びと」に伝でん道どうすることを心こころ掛がけていますか。(啓けい 7:9)

「私わたしにもその権けん威いを与あたえ……てください」(使し徒と 8:9-25)

元魔術師のシモンがお金を手に,使徒に近づいている。使徒はクリスチャンの男性の肩に手を置いている。後ろの方では,別のクリスチャン男性が足が不自由な女の子を癒やし,みんなが喜んでいる。

「シモンは,使し徒とたちが手てを置おいた人ひとに聖せいなる力ちからが与あたえられるのを見みた時とき,お金かねを渡わたそうとし[た]」。使し徒と 8:18

9. シモンはどんな人ひとでしたか。フィリポがしたことに関かん心しんを持もったのは,どうしてだと考かんがえられますか。

9 フィリポはサマリアでたくさんの奇き跡せきを起おこし,体からだが不ふ自じ由ゆうな人ひとを治なおしたり,邪じゃ悪あくな天てん使しを追おい出だしたりしました。(使し徒と 8:6-8)ある人ひとがフィリポの能のう力りょくに魅み了りょうされます。シモンという名な前まえの魔ま術じゅつ師しです。この人ひとはみんなから注ちゅう目もくされ,「神かみの力ちから……と呼よぶべき人ひとだ」と褒ほめたたえられていました。シモンはフィリポが起おこした奇き跡せきを見みて,本ほん物ものの神かみの力ちからを目まの当あたりにし,クリスチャンになりました。(使し徒と 8:9-13)でも,自じ分ぶんの心こころを見みつめ直なおさなければいけませんでした。

10. (ア)ペテロとヨハネはサマリアで何なにをしましたか。(イ)ペテロとヨハネが手てを置おいた人ひとたちが聖せいなる力ちからを受うけるのを見みて,シモンはどうしましたか。

10 サマリアでクリスチャンになる人ひとが増ふえていたため,エルサレムの使し徒とたちはペテロとヨハネを遣つかわします。(「ペテロは『王おう国こくの鍵かぎ』をいつ使つかったか」という囲かこみを参さん照しょう。)到とう着ちゃくした2人ふたりは,新あたらしく弟で子しになった人ひとたちに手てを置おいていきます。すると,その人ひとたちは聖せいなる力ちからを受うけました。b それを見みたシモンは興きょう味みをそそられ,「私わたしにもその権けん威いを与あたえ,私わたしが手てを置おく人ひとが聖せいなる力ちからを受うけられるようにしてください」と言いいます。その特とく別べつな能のう力りょくをお金かねで買かおうとまでしました。(使し徒と 8:14-19)

11. ペテロはシモンにどんなことを言いいましたか。それを聞きいてシモンはどうしましたか。

11 ペテロはきっぱりこう言いいます。「あなたのお金かねもあなたも消きえてしまいなさい。神かみの無む償しょうの贈おくり物ものをお金かねで手てに入いれられると考かんがえたからです。あなたはこのことに一いっ切さい関かかわることができません。神かみから見みて心こころが真まっすぐではないからです」。そして,悔くい改あらためて許ゆるしを祈いのり求もとめるよう勧すすめます。「あなたの悪わるい考かんがえをできれば許ゆるしてもらえるようエホバに祈き願がんしなさい」。シモンは悪わるい人ひとではなく,正ただしいことをしたいと願ねがっていました。でも,この時ときは考かんがえ方かたが間ま違ちがっていました。それに気き付づいたシモンは,2人ふたりにこうお願ねがいします。「あなた方がたが言いったことが何なにも私わたしに起おきないよう,私わたしのためにエホバに祈き願がんをしてください」。(使し徒と 8:20-24)

12. 幾いくつかの言げん語ごにはどんな語ごがありますか。キリスト教きょうの一いっ般ぱんの教きょう派はでどんな習しゅう慣かんが見みられてきましたか。

12 ペテロが指し摘てきしたことに,現げん代だいのクリスチャンも注ちゅう意いしなければいけません。幾いくつかの言げん語ごでは,この出で来き事ごとに由ゆ来らいする語ごが,聖せい職しょく売ばい買ばい(宗しゅう教きょう組そ織しきでの地ち位いを売うり買かいすること)を意い味みしています。キリスト教きょうの一いっ般ぱんの教きょう派はには,古ふるくからこの間ま違ちがった習しゅう慣かんがよく見みられてきました。「ブリタニカ百ひゃっ科か事じ典てん」第だい9版はん(1878年ねん[英えい語ご])にはこうあります。「教皇選挙会コンクラーベの歴れき史しを調しらべる人ひとは,聖せい職しょく売ばい買ばいに汚けがされない選せん挙きょなど行おこなわれたためしがないことを確かく信しんする。選せん挙きょ会かいでは,ゆゆしくて破は廉れん恥ちで,あからさまなことこの上うえない聖せい職しょく売ばい買ばいの行おこなわれることがきわめて多おおかった」。

13. 私わたしたちもどんなことに注ちゅう意いしなければいけませんか。

13 私わたしたちも注ちゅう意いしなければいけません。例たとえば,特とく定ていの立たち場ばに推すい薦せんしてもらおうとして,監かん督とくたちにたくさん贈おくり物ものをしたり褒ほめちぎったりするのは間ま違ちがっています。反はん対たいに,監かん督とくたちは,豊ゆたかな暮くらしをしている人ひとをえこひいきしてはいけません。このどちらもシモンと同おなじようなことをしていることになります。いつも「より小ちいさな者ものとして行こう動どう」し,エホバの聖せいなる力ちからによって任にん命めいされる時ときを待まちましょう。(ルカ 9:48)「自じ分ぶんの栄えい誉よ」を決けっして求もとめてはいけません。(格かく 25:27)

ペテロは「王おう国こくの鍵かぎ」をいつ使つかったか

イエスはペテロに,「私わたしはあなたに天てんの王おう国こくの鍵かぎを与あたえます」と言いいました。(マタ 16:19)これはどういう意い味みでしょうか。イエスが使つかった「鍵かぎ」という語ごは元もと々もと複ふく数すう形けいになっています。それで,幾いくつかのグループの人ひとたちのために,鍵かぎが複ふく数すうあることが分わかります。鍵かぎを使つかうと,その人ひとたちのために新あたらしい道みちが開ひらけます。良よい知しらせを学まなんでメシア王おう国こくに入はいるための道みちです。ペテロはいつそれらの鍵かぎを使つかったのでしょうか。

  • ペテロは33年ねんのペンテコステの日ひに最さい初しょの鍵かぎを使つかい,ユダヤ人じんとユダヤ教きょうに改かい宗しゅうした人ひとに,悔くい改あらためてバプテスマを受うけるよう勧すすめました。約やく3000人にんがその通とおりにし,王おう国こくで統とう治ちする見み込こみを持もつようになりました。(使し徒と 2:1-41)

  • 2番ばん目めの鍵かぎは,ステファノの殉じゅん教きょう後ご,間まもなくして使つかわれました。ペテロとヨハネが,新あたらしくクリスチャンになったサマリア人じんに手てを置おいていくと,その人ひとたちは聖せいなる力ちからを受うけました。(使し徒と 8:14-17)

  • ペテロは3番ばん目めの鍵かぎを36年ねんに使つかい,割かつ礼れいを受うけていない異い国こく人じんも天てんで統とう治ちする見み込こみを持もつようになりました。ペテロがコルネリオに良よい知しらせを伝つたえ,コルネリオはキリストの弟で子しになりました。割かつ礼れいを受うけていない異い国こく人じんとしては,最さい初しょのクリスチャンでした。(使し徒と 10:1-48)

「読よんでいる内ない容ようが分わかりますか」(使し徒と 8:26-40)

14,15. (ア)エチオピアの宦かん官がんはどんな人ひとでしたか。フィリポはどのようにして宦かん官がんと出で会あいましたか。(イ)フィリポの話はなしを聞きいて,宦かん官がんはどうしましたか。彼かれが単たんに思おもい付つきでバプテスマを受うけたわけではない,といえるのはどうしてですか。(脚きゃく注ちゅうを参さん照しょう。)

14 フィリポはエホバの天てん使しから,エルサレムからガザに向むかう道みちを行いくよう指し示じされます。出で掛かけて間まもなく,そう指し示じされた理り由ゆうが分わかります。「預よ言げん者しゃイザヤの書しょを朗ろう読どくしている」エチオピアの宦かん官がんに出で会あったからです。(「エチオピアの宦かん官がんはどんな人ひとだったか」という囲かこみを参さん照しょう。)エホバの聖せいなる力ちからに導みちびかれて,フィリポは宦かん官がんの兵へい車しゃに近ちかづきます。並へい走そうしながら,「読よんでいる内ない容ようが分わかりますか」と尋たずねます。宦かん官がんは,「誰だれかが教おしえてくれなければ,どうして分わかるでしょうか」と答こたえます。(使し徒と 8:26-31)

15 宦かん官がんはフィリポに,一いっ緒しょに兵へい車しゃに乗のるようにと言いいます。その後ごの2人ふたりの会かい話わを想そう像ぞうしてみてください。イザヤの預よ言げんに出でてくる「羊ひつじ」つまり「私わたしに仕つかえる……者もの」が誰だれなのかは,ずっと謎なぞに包つつまれていました。(イザ 53:1-12)道みちを進すすみながら,フィリポは宦かん官がんに,それがイエス・キリストであることを説せつ明めいします。ペンテコステの日ひにバプテスマを受うけた人ひとたちと同おなじように,宦かん官がん(すでにユダヤ教きょうに改かい宗しゅうしていた)はすぐに何なにをすべきかを悟さとり,こう言いいます。「見みてください,水みずがあります。私わたしがバプテスマを受うけられない理り由ゆうが何なにかあるでしょうか」。こうして,宦かん官がんはためらうことなくバプテスマを受うけました。c (「『水みずがある所ところ』でバプテスマを受うける」という囲かこみを参さん照しょう。)フィリポはその後ご,聖せいなる力ちからによってアシュドドへと導みちびかれ,そこでも良よい知しらせを広ひろめました。(使し徒と 8:32-40)

エチオピアの宦かん官がんはどんな人ひとだったか

宦かん官がんと訳やくされるギリシャ語ごエウヌーコスは,生せい殖しょく能のう力りょくを奪うばわれた人ひとを指さすこともあれば,単たんに高こう位いの廷てい臣しんを指さすこともあります。王おうのハレム(婦ふ人じん部べ屋や)を監かん督とくする廷てい臣しんは去きょ勢せいされていたかもしれませんが,王おうの献けん酌しゃく人にんや宝ほう物もつ庫この監かん督とくなど,他たの役やく人にんたちに去きょ勢せいは要よう求きゅうされていませんでした。フィリポがバプテスマを施ほどこしたエチオピアの宦かん官がんは,そのような役やく人にんだったと思おもわれます。王おう家けの宝ほう物もつ庫こを監かん督とくしていたからです。いわば財ざい務む大だい臣じんでした。

また,この人ひとは改かい宗しゅう者しゃ(ユダヤ人じんではないがエホバを崇すう拝はいするようになった人ひと)でした。この時ときも,崇すう拝はいのためにエルサレムに行いってきたところでした。(使し徒と 8:27)そうであれば,この人ひとは去きょ勢せいされていたわけではないはずです。モーセの律りっ法ぽうは,去きょ勢せいされた人ひとがイスラエルの会かい衆しゅうに加くわわることを禁きんじていたからです。(申しん 23:1)

「水みずがある所ところ」でバプテスマを受うける

バプテスマの正ただしい施ほどこし方かたとはどのようなものでしょうか。頭あたまに水みずを注そそいだり振ふり掛かけたりするだけで十じゅう分ぶんだと考かんがえる人ひともいます。しかし,エチオピアの宦かん官がんは「水みずがある所ところ」でバプテスマを受うけました。「フィリポは高こう官かんと水みずの中なかに下おりていき,バプテスマを施ほどこした」と書かかれています。(使し徒と 8:36,38)水みずを注そそいだり振ふり掛かけたりするだけでよければ,水みずがある所ところで兵へい車しゃを止とめる必ひつ要ようはありませんでした。皮かわ袋ぶくろに入はいっているような,少しょう量りょうの水みずで十じゅう分ぶんだったはずです。宦かん官がんは「砂さ漠ばくの道みち」を旅たびしていたので,水みずが入はいった皮かわ袋ぶくろを持もっていたと思おもわれます。(使し徒と 8:26)

リデルとスコットの「希き英えい辞じ典てん」によれば,ギリシャ語ごのバプティゾー(日に本ほん語ごのバプテスマはこの語ごに由ゆ来らいする)は,「浸ひたす,つける」という意い味みです。バプテスマについてのほかの記き録ろくも,この定てい義ぎに合あっています。ヨハネ 3章しょう23節せつによると,ヨハネは「サリムに近ちかいアイノンでバプテスマを施ほどこして」いました。それは,「そこに水みずがたくさんあったから」です。また,イエスのバプテスマについても,「イエスは水みずから上あがるとすぐ,天てんが分わかれ……るのを見みた」と書かかれています。(マル 1:9,10)完かん全ぜんに水みずに浸ひたすのがバプテスマの正ただしい施ほどこし方かただと分わかります。

16,17. 私わたしたちの伝でん道どうに天てん使しはどのように関かかわっていますか。

16 現げん代だいのクリスチャンもフィリポに倣ならえます。移い動どう中ちゅうなどにたまたま会あった人ひとたちに神かみの王おう国こくについて話はなせます。時ときには,出で会あうべくして出で会あったかのように思おもえるほど,良よい人ひとと話はなせることもあります。それもそのはずです。聖せい書しょには,「あらゆる国くにや民みん族ぞくや言げん語ごや種しゅ族ぞくの人ひと々びと」に良よい知しらせが伝つたわるよう,天てん使しが導みちびいているとはっきり書かかれています。(啓けい 14:6)イエスもそう言いっていました。小こ麦むぎと雑ざっ草そうの例たとえの中なかで,収しゅう穫かくの時とき(体たい制せいの終しゅう結けつの時とき)に「刈かり取とる者ものは天てん使したちです」と言いいました。「天てん使したちは,人ひとに罪つみを犯おかさせる人ひとたちと不ふ法ほうなことを行おこなう人ひとたちを王おう国こくから取とり除のぞき」ます。(マタ 13:37-41)さらに天てん使したちは,神かみの王おう国こくで統とう治ちする人ひとたちと,「ほかの羊ひつじ」の「大だい群ぐん衆しゅう」の両りょう方ほうを,エホバのもとに集あつめます。(ヨハ 6:44,65; 10:16。啓けい 7:9)

17 その証しょう拠こに,宣せん教きょうで出で会あった人ひとが,「ちょうど助たすけを求もとめて神かみに祈いのっていた」と言いうことがあります。こんな例れいがあります。2人ふたりのエホバの証しょう人にんが小ちいさな男おとこの子こと一いっ緒しょに伝でん道どうしていた時ときのことです。お昼ひる近ちかくになって伝でん道どうを終おえようとすると,男おとこの子こが次つぎの家いえにどうしても行いきたがりました。ついには自じ分ぶんで歩あるいていってドアをノックしました。若わかい女じょ性せいが出でてきたので,2人ふたりは近ちかづいて話はなし掛かけました。すると何なんと,女じょ性せいは,「聖せい書しょを教おしえてくれる人ひとが家いえに来くるようにしてください,と祈いのっていたところだった」と言いいました。聖せい書しょレッスンが始はじまりました。

伝道中の夫婦が家のチャイムを鳴らしている。家の中では女性が祈っている。

「神かみ様さま,もしおられるなら,助たすけてください」。

18. どんなことを考かんがえるとわくわくしますか。

18 今いま,クリスチャン会かい衆しゅうが一いち丸がんとなって,これまでにない規き模ぼで伝でん道どうをしています。良よい知しらせを広ひろめるために天てん使しと一いっ緒しょに働はたらけると思おもうと,とてもわくわくします。本ほん当とうに素す晴ばらしいことではないでしょうか。これからも伝でん道どうに打うち込こみ,「イエスについての良よい知しらせ」を伝つたえることを楽たのしんでいきましょう。(使し徒と 8:35)

「福ふく音いん伝でん道どう者しゃ」フィリポ

クリスチャンたちが迫はく害がいのせいであちこちに追おいやられた時とき,フィリポはサマリアに行いきました。彼かれは統とう治ち体たいに状じょう況きょうを報ほう告こくしながらサマリアで伝でん道どうしたようです。「エルサレムにいる使し徒とたちは,サマリアの人ひと々びとが神かみの言こと葉ばを受うけ入いれたことを聞きくと,ペテロとヨハネを遣つかわした」とあるからです。サマリアの新あたらしいクリスチャンたちは,こうして聖せいなる力ちからを受うけることができました。(使し徒と 8:14-17)

フィリポがエチオピアの宦官と一緒に兵車に座っている。

使し徒と 8章しょうより後あとの記き録ろくに,フィリポがもう1回かいだけ出でてきます。サマリアでの伝でん道どうから20年ねんほど後あとのことです。その頃ころ,使し徒とパウロが3度ど目めの宣せん教きょう旅りょ行こうの終おわりに旅たび仲なか間まと一いっ緒しょにエルサレムに向むかい,プトレマイスに立たち寄よります。ルカはこう書かいています。「次つぎの日ひ,そこを出でてカエサレアに行いき,あの7人にんの男だん性せいの1人ひとりである福ふく音いん伝でん道どう者しゃフィリポの家いえに入はいって,そこに泊とまった。この男だん性せいの4人にんの娘むすめは未み婚こんで,預よ言げんをしていた」。(使し徒と 21:8,9)

この時ときフィリポは,伝でん道どうのために移うつり住すんだ先さきのカエサレアに落おち着つき,家か庭ていを大たい切せつにする人ひとになっていました。興きょう味み深ぶかいことに,それでもルカはそのフィリポを「福ふく音いん伝でん道どう者しゃ」と呼よんでいます。聖せい書しょ中ちゅうでこの語ごは,自じ分ぶんの故こ郷きょうを離はなれ,まだ奉ほう仕しされていない場ば所しょで良よい知しらせを伝つたえる人ひとを指さしています。フィリポはその時ときも宣せん教きょうへの情じょう熱ねつを持もっていたことが分わかります。4人にんの娘むすめが預よ言げんしていたことから,しっかり家か族ぞくを教おしえ,エホバを愛あいして奉ほう仕しを楽たのしむよう助たすけていたことも分わかります。

a これは使し徒とのフィリポではありません。この本ほんの5章しょうに出でてきた「評ひょう判ばんの良よい男だん性せい」7人にんのうちの1人ひとりです。7人にんは,エルサレムにいるギリシャ語ごを話はなすやもめとヘブライ語ごを話はなすやもめに食しょく料りょうを配くばるために任にん命めいされた人ひとでした。(使し徒と 6:1-6)

b 当とう時じ,新あたらしい弟で子したちは,バプテスマの時ときに聖せいなる力ちからを受うけたと思おもわれます。そうやって聖せいなる力ちからで選えらばれ,将しょう来らい,天てんでイエスと一いっ緒しょに王おうまた祭さい司しとして統とう治ちできるようになりました。(コリ二に 1:21,22。啓けい 5:9,10; 20:6)しかし,今こん回かいの場ば合あい,新あたらしい弟で子したちはバプテスマの時ときに聖せいなる力ちからを受うけていなかったようです。ペテロとヨハネに手てを置おいてもらって初はじめて,聖せいなる力ちからを受うけ,奇き跡せき的てきな能のう力りょくを持もつようになりました。

c 宦かん官がんは単たんに思おもい付つきでバプテスマを受うけたわけではありません。すでにユダヤ教きょうに改かい宗しゅうしていて,メシアについての預よ言げんなど聖せい書しょの知ち識しきがありました。その上うえで,イエスには神かみから与あたえられた大たい切せつな役やく目めがあることを知しり,ためらわずにバプテスマを受うけました。

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