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イエス 道,真理,命
イ道 27章 68ページ–69ページ 6節
マタイの家で徴税人や罪人と食事をするイエスを見ているパリサイ派の人たち

27章

マタイが加くわわる

マタイ 9:9-13 マルコ 2:13-17 ルカ 5:27-32

  • イエスは徴ちょう税ぜい人にんのマタイを招まねく

  • キリストは罪つみ人びとを助たすけるため,一いっ緒しょに食しょく事じをする

体からだがまひした男だん性せいを癒いやした後のち,イエスはガリラヤの海うみのそばのカペルナウムの辺あたりにとどまっています。その時ときも群ぐん衆しゅうがやって来きたため,イエスは再ふたたび教おしえ始はじめます。その後ごイエスは歩あるいている時ときに,レビとも呼よばれているマタイが徴ちょう税ぜい所しょに座すわっているのを見み掛かけ,「私わたしの弟で子しになりなさい」と言いいます。素す晴ばらしい誘さそいです。(マタイ 9:9)

マタイはイエスが教おしえている事こと柄がらや,この地ち域いきでイエスが行おこなっていた活かつ動どうをある程てい度ど知しっていたようです。ペテロやアンデレ,ヤコブやヨハネもそうでした。その4人にんと同おなじく,マタイもすぐに行こう動どうを起おこします。福ふく音いん書しょの中なかでこう記しるしています。「するとマタイは立たち上あがって,イエスの後あとに従したがった」。(マタイ 9:9)マタイは徴ちょう税ぜい人にんの仕し事ごとを辞やめて,イエスの弟で子しになります。

イエスが徴税所に座っているマタイに会い,弟子になるよう誘っているところ

その後ごマタイは,イエスから特とく別べつな誘さそいを受うけたことへの感かん謝しゃを表あらわすためだと思おもわれますが,イエスと弟で子したちを招しょう待たいして盛せい大だいにもてなします。ほかに誰だれが招まねかれていたでしょうか。マタイの同どう僚りょうだった徴ちょう税ぜい人にんたちです。徴ちょう税ぜい人にんは,憎にくまれていたローマの当とう局きょく者しゃのために税ぜい金きんを集あつめていました。港みなとに入はいる船ふねや輸ゆ入にゅう品ひん,主しゅ要よう道どう路ろを通とおる商しょう人にんたちの荷に物もつに課かされた税ぜいを徴ちょう収しゅうしていました。徴ちょう税ぜい人にんは一いっ般ぱんのユダヤ人じんからどう見みなされていたでしょうか。彼かれらは税ぜい率りつ以い上じょうのものを要よう求きゅうすることが多おおかったため,ひどく嫌きらわれていました。徴ちょう税ぜい人にんたちに加くわえて,この時ときマタイの家いえには,不ふ道どう徳とくな生いき方かたで知しられている「罪つみ人びと」たちも招まねかれていました。(ルカ 7:37-39)

自じ分ぶんが正ただしいと信しんじて疑うたがわないパリサイ派はの人ひとたちは,イエスがそうした人ひと々びとと一いっ緒しょにいるのを見みて,弟で子したちに,「あなたたちの先せん生せいが徴ちょう税ぜい人にんや罪つみ人びとと食しょく事じをするのはどうしてか」と尋たずねます。(マタイ 9:11)それを聞きいたイエスは,こう言いいます。「健けん康こうな人ひとに医い者しゃは必ひつ要ようではなく,病びょう気きの人ひとに必ひつ要ようなのです。『私わたしが望のぞむのは憐あわれみであって,犠ぎ牲せいではない』ということの意い味みを,行いって学まなんできなさい。私わたしは,正ただしい人ひとではなく罪つみ人びとを招まねくために来きました」。(マタイ 9:12,13。ホセア 6:6)パリサイ派はの人ひとたちは,イエスのことを誠せい実じつな気き持もちで「先せん生せい」と呼よんだのではありませんでしたが,何なにが正ただしいかについてイエスから学まなべることがありました。

マタイが徴ちょう税ぜい人にんや罪つみ人びとたちを招まねいたのは,そうした人ひとたちがイエスの話はなしを聞きき,神かみについて学まなんで爽さわやかにされるためだったようです。実じっ際さい,「そのような人ひとが大おお勢ぜい,イエスの後あとに従したがっていた」とあります。(マルコ 2:15)イエスは,人ひと々びとが神かみとの良よい関かん係けいを得えられるよう助たすけたいと思おもっています。自じ分ぶんこそ正ただしいと考かんがえるパリサイ派はの人ひととは違ちがい,罪つみ人びとたちを見み下くだしたりはしません。思おもいやりと憐あわれみに動うごかされ,心こころを爽さわやかにする医い師しとして,罪つみ人びとたちを癒いやします。

イエスが徴ちょう税ぜい人にんと罪つみ人びとに憐あわれみを示しめすのは,罪つみを大おお目めに見みているからではありません。病びょう気きの人ひとに対たいするのと同おなじ優やさしい気き持もちを抱いだいているからです。重おもい皮ひ膚ふ病びょうの人ひとに思おもいやり深ぶかく触ふれたイエスのことを思おもい出だしてください。イエスは,「そう望のぞみます。良よくなりなさい」と言いいました。(マタイ 8:3)私わたしたちも,憐あわれみ深ぶかい態たい度どを身みに付つけ,困こまっている人ひとが神かみを知しって心こころが爽さわやかになるよう助たすけていきたいものです。

  • イエスがマタイに会あった時とき,マタイは何なにをしていましたか。

  • ユダヤ人じんが徴ちょう税ぜい人にんをひどく嫌きらっていたのはなぜですか。

  • イエスが罪つみ人びとたちと食しょく事じをしたのはなぜですか。

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