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  • 塔研22 04月号 16–21ページ
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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2022
塔研22 04月号 16–21ページ

研究記事17

母はは親おやの皆みなさん,ユニケの手て本ほんから学まなびましょう

「母ははの教おしえを捨すててはならない。それは,あなたの美うつくしい冠かんむり,立りっ派ぱな首くび飾かざりである」。格かく言げん 1:8,9

137番ばんの歌うた 忠ちゅう実じつな女じょ性せいたち

何なにを学まなぶかa

テモテの母ははユニケと祖そ母ぼロイスが,テモテがバプテスマを受うけるのを見みて心こころから喜よろこんでいる。(1節せつを参さん照しょう。)

1-2. (ア)ユニケはどんな人ひとでしたか。母はは親おやとして,どんな問もん題だいにぶつかりましたか。(イ)表ひょう紙しの絵えからどんなことが分わかりますか。

聖せい書しょには,テモテのバプテスマのことは何なにも書かかれていません。それでも,その日ひに母はは親おやのユニケが味あじわった喜よろこびについて想そう像ぞうすることは難むずかしくありません。(格かく 23:25)ユニケは,腰こしまで水みずに漬つかって立たっているテモテを見みて,誇ほこらしく思おもっています。笑え顔がおのユニケのすぐ隣となりには,テモテの祖そ母ぼロイスがいます。ユニケが固かた唾ずをのんで見み守まもる中なか,テモテが水みずの中なかに沈しずみます。大おおきな水みずしぶきと共ともに,テモテが満まん面めんの笑えみを浮うかべて水みずの中なかから現あらわれるのを見みて,ユニケは涙なみだをこらえることができません。ユニケは,エホバと独ひとり子ごイエス・キリストを愛あいするよう自じ分ぶんの息子むすこを教おしえることができたのです。では,テモテがバプテスマを受うけるまでに,ユニケはどんな難むずかしい問もん題だいを乗のり越こえる必ひつ要ようがあったでしょうか。

2 テモテは,両りょう親しんの宗しゅう教きょうが異ことなる家か庭ていで育そだちました。父ちち親おやはギリシャ人じんでしたが,母はは親おやと祖そ母ぼはユダヤ人じんでした。(使し徒と 16:1)母ははのユニケと祖そ母ぼのロイスがクリスチャンになったのは,テモテが10代だいの時ときだったようです。しかし,父ちち親おやはクリスチャンになりませんでした。では,テモテはどうするでしょうか。その時とき,テモテはすでに自じ分ぶんで決けっ定ていできる年ねん齢れいになっていたようです。父ちち親おやの宗しゅう教きょうを選えらぶでしょうか。子こ供どもの頃ころからずっと教おしえられてきたユダヤ教きょうの伝でん統とうを引ひき続つづき守まもるでしょうか。それとも,母ははや祖そ母ぼと同おなじように,クリスチャンになるでしょうか。

3. 格かく言げん 1章しょう8,9節せつからすると,エホバとの友ゆう情じょうを育はぐくむよう子こ供どもを助たすけている母はは親おやの努ど力りょくをエホバはどう見みていますか。

3 現げん代だいでも,クリスチャンである母はは親おやは家か族ぞくを愛あいしています。エホバとの固かたい友ゆう情じょうを育はぐくむよう子こ供どもを助たすけたいと何なによりも願ねがっています。エホバはそうした努ど力りょくを高たかく評ひょう価かしています。(格かく言げん 1:8,9を読よむ。)そして,真しん理りの道みちを歩あゆむよう子こ供どもたちを教おしえることができるよう,大おお勢ぜいの母はは親おやを助たすけてきました。

4. 母はは親おやたちはどんな問もん題だいにぶつかりますか。

4 母はは親おやは,自じ分ぶんの子こ供どもはテモテのようにエホバに仕つかえるようになるだろうか,と心しん配ぱいになることがあるものです。サタンが支し配はいする世よの中なかで,子こ供どもたちが本ほん当とうに大おおきなプレッシャーを受うけていることを知しっているからです。(ペテ一いち 5:8)それに加くわえて,夫おっとがいなかったり,夫おっとがエホバの証しょう人にんではない場ば合あいは,なおのこと大たい変へんでしょう。クリスティーン姉し妹まいはこう言いいます。b 「主しゅ人じんはとても良よい父ちち親おやで,家か族ぞく思おもいの人ひとでしたが,私わたしがエホバの証しょう人にんになるよう子こ供どもたちを教おしえることには強つよく反はん対たいしました。それで,子こ供どもたちはエホバの証しょう人にんになれるのだろうかと思おもい,涙なみだを流ながしたことが幾いく度どもありました」。

5. この記き事じではどんなことを考かんがえますか。

5 母はは親おやの皆みなさん,あなたもユニケと同おなじように,エホバを愛あいし,エホバに仕つかえるよう子こ供どもたちを助たすけることは可か能のうです。この記き事じでは,言こと葉ばと行おこないによって子こ供どもたちを教おしえる上うえで,ユニケの手て本ほんにどのように倣ならえるかを考かんがえます。そして,エホバが助たすけてくださることについても取とり上あげます。

言こと葉ばによって子こ供どもを教おしえる

6. テモテ第だい二に 3章しょう14,15節せつからすると,テモテはどのようにしてクリスチャンになりましたか。

6 テモテが幼おさない頃ころ,ユニケはイエス・キリストについて全まったく知しりませんでしたが,ユダヤ人じんの理り解かいに沿そって「聖せいなる書しょ物もつ」をテモテに教おしえるためにできる限かぎりのことを行おこないました。そのおかげで,テモテはクリスチャンになるための良よい基き礎そができていました。では,テモテはクリスチャンになるでしょうか。テモテは,クリスチャンとして生いきるかどうかを自じ分ぶんで決きめられる年ねん齢れいになっていました。そして,イエスについての真しん理りを「納なっ得とくして信しんじるようにな」りました。そうできたのは,母はは親おやからの助たすけがあったからに違ちがいありません。(テモテ第だい二に 3:14,15を読よむ。)ユニケは,エホバに仕つかえるよう子こ供どもを教おしえることができて,本ほん当とうにうれしかったことでしょう。ユニケは自じ分ぶんの名な前まえに沿そった生いき方かたをした,と言いうことができます。その名な前まえは,「征せい服ふくする」という意い味みの言こと葉ばから来きているからです。

7. ユニケはテモテがバプテスマの後あとも進しん歩ぽできるよう,どのように助たすけましたか。

7 バプテスマはテモテにとって人じん生せいの重じゅう要ような一いっ歩ぽでした。でも,ユニケの心しん配ぱいが終おわったわけではありません。テモテは,その後ごの人じん生せいをどのように送おくっていくでしょうか。悪わるい友とも達だちと付つき合あうようになってしまわないでしょうか。アテネの学がっ校こうに行いって,異い教きょうの哲てつ学がくを信しんじるようになってしまわないでしょうか。裕ゆう福ふくになることに思おもいを奪うばわれて,時じ間かんや体たい力りょくや若わかさを無む駄だにしてしまうことはないでしょうか。ユニケはテモテの代かわりに決けっ定ていすることはできません。でも,助たすけになることはできました。エホバを愛あいし,独ひとり子ごイエスへの感かん謝しゃを培つちかうよう教おしえることによってです。こうした問もん題だいにぶつかるのは,夫ふう婦ふの片かた方ほうだけがエホバの証しょう人にんという家か庭ていに限かぎったことではありません。両りょう親しんがエホバの証しょう人にんであっても,エホバに忠ちゅう実じつに仕つかえるよう子こ供どもの心こころを動うごかすのは,時ときに難むずかしいことがあります。では,親おやはユニケの手て本ほんからどんなことを学まなべるでしょうか。

8. 夫おっとがエホバの証しょう人にんである場ば合あい,エホバについて子こ供どもに教おしえる面めんで,妻つまはどのように助たすけになれますか。

8 子こ供どもと一いっ緒しょに聖せい書しょを勉べん強きょうする。母はは親おやである皆みなさん,ご主しゅ人じんがエホバの証しょう人にんであるなら,ご主しゅ人じんはエホバについて子こ供どもに教おしえたいと思おもっているでしょう。エホバは,その面めんであなたがサポートすることを願ねがっています。そうする1つの方ほう法ほうは,毎まい週しゅうの家か族ぞくの崇すう拝はいがうまくいくようサポートすることです。家か族ぞくの崇すう拝はいの良よい面めんについて語かたるようにしましょう。どうすればその時じ間かんを温あたたかく楽たのしいものにできるだろうか,と考かんがえてください。夫おっとが聖せい書しょを学まなぶための特とく別べつなプロジェクトを計けい画かくする時ときには,協きょう力りょくすることができます。また,子こ供どもが「いつまでも幸しあわせに暮くらせます」の本ほんを1人ひとりで勉べん強きょうできる年ねん齢れいになっているなら,必ひつ要ように応おうじて,夫おっとと共ともに助たすけを与あたえるようにしましょう。

9. 夫おっとがエホバの証しょう人にんではない場ば合あい,母はは親おやが子こ供どもを教おしえる上うえでどんなことが役やくに立たちますか。

9 ひとり親おやであったり夫おっとがエホバの証しょう人にんでなかったりする場ば合あいには,母はは親おやであるあなたが子こ供どもに聖せい書しょを教おしえる必ひつ要ようがあります。それでも,心しん配ぱいし過すぎないでください。エホバが助たすけてくださいます。エホバは組そ織しきを通とおして,子こ供どもに聖せい書しょを教おしえるのに役やく立だつツールを準じゅん備びしてくださっています。それを活かつ用ようしましょう。子こ育そだてをしてきた人ひとに,そうした道どう具ぐを家か族ぞくの崇すう拝はいで使つかうためのヒントについて尋たずねることもできます。c (格かく 11:14)エホバは,子こ供どもとコミュニケーションを取とる面めんでも助たすけてくださいます。子こ供どもがどんなことを考かんがえたり感かんじたりしているのかを知しることができるよう,助たすけを求もとめてエホバに祈いのってください。(格かく 20:5)「最さい近きん,学がっ校こうどう? 何なにか大たい変へんなことある?」といった,ちょっとした質しつ問もんをするなら,子こ供どもの心こころの中なかにあるものを引ひき出だすことができるでしょう。

10. エホバについて子こ供どもに教おしえるために,どんなこともできますか。

10 いろいろな機き会かいにエホバについて教おしえる。エホバについて,また,エホバが自じ分ぶんにしてくださったたくさんのことについて話はなすようにしましょう。(申しん 6:6,7。イザ 63:7)子こ供どもと家いえで聖せい書しょを定てい期き的てきに勉べん強きょうできない場ば合あい,そうするのは特とくに重じゅう要ようです。先さきほどのクリスティーン姉し妹まいはこう言いいます。「家いえでエホバについて話はなすのは難むずかしかったので,どんなチャンスも逃のがさないようにしました。散さん歩ぽに行いく時ときやカヌーに乗のる時ときに,エホバが創そう造ぞうした素す晴ばらしいものや,どうすればエホバと友とも達だちになれるかについて話はなしました。子こ供どもがある程てい度ど大おおきくなると,自じ分ぶんで聖せい書しょを学まなぶように励はげましました」。さらに,エホバの組そ織しきや仲なか間まの兄きょう弟だい姉し妹まいについて良よいことを語かたるのも大たい切せつなことです。長ちょう老ろうを批ひ判はんしたりしてはいけません。親おやが長ちょう老ろうについていつも良よいことを語かたっているなら,子こ供どもは助たすけが必ひつ要ような時ときに長ちょう老ろうに頼たよろうとするでしょう。

11. ヤコブ 3章しょう18節せつからすると,家か庭ていを平へい和わな所ところにすることが大たい切せつなのはなぜですか。

11 家か庭ていを平へい和わな所ところにする。夫おっとや子こ供どもを愛あいしていることをいつも伝つたえるようにしましょう。夫おっとについて話はなす時ときには,親しん切せつで敬けい意いのこもった話はなし方かたをし,同おなじようにするよう子こ供どもたちにも教おしえましょう。そうするなら,家か庭ていは平へい和わな所ところになり,子こ供どもたちはエホバについて学まなびやすくなります。(ヤコブ 3:18を読よむ。)ルーマニアで特とく別べつ開かい拓たく奉ほう仕しをしているヨーゼフ兄きょう弟だいの例れいを考かんがえてみましょう。兄きょう弟だいが子こ供どもの頃ころ,父ちち親おやは妻つまや子こ供どもたちがエホバに仕つかえることに強つよく反はん対たいしていました。兄きょう弟だいはこう言いいます。「母ははは家か庭ていを平へい和わな所ところにするために,本ほん当とうに努ど力りょくしていました。父ちちが厳きびしい態たい度どを取とれば取とるほど,母はははいっそう穏おだやかに接せっしていました。私わたしたち子こ供どもが父ちちに敬けい意いを示しめしたり従したがったりするのを難むずかしく感かんじていることに気き付づくと,エフェソス 6章しょう1-3節せつについて話はなし合あってくれました。そして,父ちちの良よい点てんについて話はなし,私わたしたちが父ちちに敬けい意いを示しめすのが大たい切せつなのはどうしてかを教おしえてくれました。母ははがこのように努ど力りょくしてくれたおかげで,緊きん張ちょうが和やわらいだことが何なん度どもありました」。

行おこないによって子こ供どもを教おしえる

12. テモテ第だい二に 1章しょう5節せつによると,ユニケの手て本ほんは,テモテにどんな影えい響きょうを与あたえましたか。

12 テモテ第だい二に 1:5を読よむ。ユニケはテモテに良よい手て本ほんを示しめしました。本ほん物ものの信しん仰こうには行こう動どうが伴ともなうということを教おしえたはずです。(ヤコ 2:26)テモテは,ユニケがエホバへの強つよい愛あいに動うごかされて行こう動どうしていることや,エホバに仕つかえることによって幸しあわせを味あじわっているのを目めにしたに違ちがいありません。こうしたユニケの手て本ほんは,テモテにどんな影えい響きょうを与あたえたでしょうか。パウロが述のべている通とおり,テモテはユニケと同おなじように強つよい信しん仰こうを持もつようになりました。これは偶ぐう然ぜんではありません。テモテはユニケの手て本ほんを見みて,自じ分ぶんも同おなじようにしたい,と思おもったのです。同どう様ように,現げん代だいの大おお勢ぜいの母はは親おやも,「言こと葉ばではなく」行おこないによって家か族ぞくの心こころを動うごかしています。(ペテ一いち 3:1,2)あなたもそうすることができます。どのようにでしょうか。

13. 母はは親おやがエホバとの友ゆう情じょうを何なによりも大たい切せつにする必ひつ要ようがあるのはなぜですか。

13 エホバとの友ゆう情じょうを何なによりも大たい切せつにする。(申しん 6:5,6)多おおくの母はは親おやと同おなじように,あなたもさまざまな犠ぎ牲せいを払はらっています。時じ間かんやお金かねを費ついやし,寝ねる時じ間かんを削けずってまで,子こ供どもを世せ話わするためにさまざまなことをしています。とはいえ,忙いそがしさのあまり,エホバとの友ゆう情じょうを犠ぎ牲せいにすることがあってはなりません。時じ間かんをきちんと取とり分わけて,エホバに祈いのり,聖せい書しょを勉べん強きょうし,集しゅう会かいに出しゅっ席せきするようにしましょう。そうするなら,エホバとの友ゆう情じょうはいっそう強つよまり,家か族ぞくやほかの人ひとの手て本ほんとなることができるでしょう。

14-15. リーアン姉し妹まい,マリア姉し妹まい,ジョアン兄きょう弟だいの例れいから,どんなことを学まなべますか。

14 母はは親おやの手て本ほんを見みて,エホバを愛あいし,信しん頼らいするようになった若わかい人ひとたちの例れいを幾いくつか考かんがえてみましょう。クリスティーン姉し妹まいの娘むすめであるリーアン姉し妹まいはこう言いっています。「父ちちが家いえにいると,自じ由ゆうに聖せい書しょを勉べん強きょうすることはできませんでした。でも,母ははは集しゅう会かいを決けっして休やすんだりはしませんでした。私わたしたち子こ供どもは,聖せい書しょの知ち識しきは限かぎられていましたが,母ははの手て本ほんのおかげで,強つよい信しん仰こうを持もてるようになりました。集しゅう会かいに出しゅっ席せきするようになる前まえから,エホバの証しょう人にんは真しん理りを教おしえていると確かく信しんすることができました」。

15 マリア姉し妹まいの家か族ぞくは,集しゅう会かいに出しゅっ席せきすると,父ちち親おやからひどい仕し打うちを受うけることがありました。姉し妹まいはこう言いいます。「母ははほど勇ゆう気きのある人ひとはなかなかいないと思おもいます。私わたしは子こ供どもの頃ころ,何なにかをしようと思おもっても,ほかの人ひとから何なんと言いわれるかを気きにして,できないことがありました。でも,母ははの勇ゆう気きや,母ははが生せい活かつの中なかでエホバを第だい一いちにしている様よう子すを見みて,私わたしも人ひとへの恐おそれを乗のり越こえることができました」。ジョアン兄きょう弟だいの父ちち親おやは,家か族ぞくが家いえでエホバや聖せい書しょについて話はなすことを禁きん止ししていました。兄きょう弟だいはこう言いいます。「母ははの姿すがたには心こころを打うたれました。父ちちに喜よろこんでもらうためにはどんなに大たい変へんなことでも行おこなっていましたが,エホバへの愛あいについては絶ぜっ対たいに譲ゆずりませんでした」。

16. 母はは親おやの手て本ほんは,家か族ぞく以い外がいの人ひとにもどんな良よい影えい響きょうを与あたえますか。

16 母はは親おやの皆みなさん,あなたの手て本ほんは,家か族ぞく以い外がいの人ひとたちにも良よい影えい響きょうを与あたえます。どのようにでしょうか。ユニケの手て本ほんがパウロにどんな影えい響きょうを与あたえたか,考かんがえてみましょう。パウロは,テモテの偽ぎ善ぜんのない信しん仰こうは「ユニケがまず」抱いだいたものだった,と書かきました。(テモ二に 1:5)パウロがユニケの信しん仰こうを初はじめて目めにしたのは,いつのことだったでしょうか。それは恐おそらく,第だい1回かい宣せん教きょう旅りょ行こうの時ときでしょう。パウロは,ルステラでユニケとロイスに会あい,クリスチャンになるよう2人ふたりを助たすけたようです。(使し徒と 14:4-18)そして,それから15年ねんほど後のち,テモテに手て紙がみを書かいた時ときにも,信しん仰こうに基もとづくユニケの行おこないを覚おぼえていました。ユニケを倣ならうべき手て本ほんと考かんがえていたのです。ユニケの手て本ほんは,パウロにとっても,1世せい紀きのほかのクリスチャンにとっても,心こころに残のこるものだったに違ちがいありません。あなたも,ひとり親おやであったり夫おっとがエホバの証しょう人にんでなかったりする中なかで子こ供どもを育そだてているなら,あなたの信しん仰こうの手て本ほんは周まわりの人ひとに励はげみを与あたえるものとなります。

木の成長と子供の信仰面での成長は似ている。1. 種をまいているところ。丸の中では,母親が幼い息子に,「聖書から学べる大切なこと」の本を読み聞かせている。2. 若木に水をやっているところ。丸の中では,10代初めくらいになっている息子がボールを持っているが,母親は息子と聖書を勉強しようとしている。3. 木になっている実を収穫しているところ。丸の中では,さらに成長した息子がバプテスマを受けている。母親がその様子をうれしそうに見守っている。

エホバを愛あいするよう子こ供どもを助たすけるには時じ間かんがかかります。諦あきらめないでください。(17節せつを参さん照しょう。)

17. 子こ供どもを教おしえる面めんでの努ど力りょくが実みを結むすんでいないように感かんじる場ば合あい,どうするとよいですか。

17 子こ供どもを助たすける面めんでの自じ分ぶんの努ど力りょくが実みを結むすんでいないように感かんじる場ば合あいは,どうでしょうか。子こ供どもを教おしえるには,時じ間かんがかかるものです。挿さし絵えに注ちゅう目もくしてみましょう。何なにかの種たねをまいた場ば合あい,それが本ほん当とうに成せい長ちょうして実みを結むすぶだろうか,と心しん配ぱいになるかもしれません。確たしかに,必かならず実みがなるようにコントロールすることはできません。それでも,水みずをやり続つづけるなら,その植しょく物ぶつの成せい長ちょうのために精せいいっぱいのことをしていることになります。(マル 4:26-29)同おなじように,母はは親おやであるあなたも,子こ供どもの心こころを動うごかすことができているだろうか,と心しん配ぱいになることがあるかもしれません。確たしかに,結けっ果かをコントロールすることはできません。それでも,自じ分ぶんにできる限かぎりのことを行おこなって子こ供どもを教おしえ続つづけるなら,子こ供どもがエホバの友ともになるよう精せいいっぱい助たすけていることになります。(格かく 22:6)

助たすけを求もとめてエホバに頼たよる

18. エホバはご自じ分ぶんの友ともとなるよう,子こ供どもたちをどのように助たすけてくださいますか。

18 聖せい書しょの時じ代だいから現げん代だいに至いたるまで,エホバはご自じ分ぶんの友ともとなるよう大おお勢ぜいの若わかい人ひとたちを助たすけてきました。(詩し 22:9,10)あなたの子こ供どもがエホバの友ともになりたいと思おもっているなら,エホバはその子このことも助たすけてくださいます。(コリ一いち 3:6,7)子こ供どもが真しん理りの道みちからそれているように思おもえるとしても,エホバはその子こを温あたたかく見み守まもっています。(詩し 11:4)その子こが「正ただしい態たい度ど」を持もっていることを少すこしでも示しめすなら,エホバは引ひき寄よせてくださいます。(使し徒と 13:48。代だい二に 16:9)またエホバは,あなたが適てき切せつなことを適てき切せつな時ときに,つまり子こ供どもにとって一いち番ばん必ひつ要ような時ときに話はなせるようにも助たすけてくれるでしょう。(格かく 15:23)あるいは,あなたの子こ供どもに関かん心しんを示しめすよう,会かい衆しゅうの兄きょう弟だい姉し妹まいを動うごかすかもしれません。子こ供どもが大人おとなになった後あとでも,その子こが親おやから教おそわったことを思おもい出だせるようエホバは助たすけてくれます。(ヨハ 14:26)あなたが言こと葉ばと行おこないによって子こ供どもを教おしえ続つづけるなら,エホバは豊ゆたかな祝しゅく福ふくを与あたえてくださるのです。

19. エホバがあなたのことを喜よろこんでくださると確かく信しんできるのはなぜですか。

19 あなたの子こ供どもがどんな決けっ定ていをするとしても,あなたに対たいするエホバの愛あいは変かわりません。エホバがあなたを愛あいするのは,あなたがエホバのことを愛あいしているからです。あなたがひとり親おやであるなら,エホバは,あなたの子こ供どもの父ちち親おやになり,あなたを保ほ護ごすると約やく束そくしています。(詩し 68:5)あなたは,子こ供どもがエホバに仕つかえるかどうかを決きめられるわけではありません。それでも,エホバに頼たよってできる限かぎりのことを行おこなうなら,エホバはあなたのことを喜よろこんでくださいます。

母はは親おやにはどんなことができますか

  • 言こと葉ばによって子こ供どもを教おしえる面めんで

  • 行おこないによって子こ供どもを教おしえる面めんで

  • 助たすけを求もとめてエホバに頼たよる面めんで

134番ばんの歌うた 子こ供どもたちは神かみからの財ざい産さん

a クリスチャンである母はは親おやは,テモテの母ははユニケの手て本ほんから,どんなことを学まなべますか。エホバを知しって愛あいするよう自じ分ぶんの子こ供どもを助たすけるために,どんなことができるでしょうか。この記き事じではこうした点てんを考かんがえます。

b 一いち部ぶの名な前まえは変かえてあります。

c 「いつまでも幸しあわせに暮くらせます」の本ほんのレッスン50や,「ものみの塔とう」2011年ねん8月がつ15日にち号ごう6-7ページの「家か族ぞくの崇すう拝はいと個こ人じん研けん究きゅうのためのアイデア」という記き事じなどを参さん照しょう。

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