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  • 塔研23 09月号 20–25ページ
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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2023
塔研23 09月号 20–25ページ

研究記事40

決けっして諦あきらめなかったペテロに倣ならう

「私わたしから離はなれてください,主しゅよ。私わたしは罪つみ深ぶかい男おとこなのです」。ルカ 5:8

38番ばんの歌うた 神かみはあなたを強つよい人ひとにしてくださる

何なにを学まなぶかa

1. ペテロは,イエスの奇き跡せきによって大たい量りょうの魚さかなが捕とれた時とき,どんな反はん応のうをしましたか。

ペテロは一ひと晩ばん中じゅう漁りょうをしましたが,何なにも捕とれずに帰かえってきました。そんなペテロにイエスは,「沖おきに乗のり出だし,網あみを下おろして漁りょうをしなさい」と言いいます。(ルカ 5:4)ペテロは,本ほん当とうに捕とれるんだろうかと思おもいましたが,言いわれた通とおりにします。すると,あまりにもたくさんの魚さかなが掛かかり,網あみが裂さけそうになります。ペテロと仲なか間またちは,これはイエスの奇き跡せきだと気き付づいて「非ひ常じょうに驚おどろき,圧あっ倒とうされて」しまいます。ペテロは,「私わたしから離はなれてください,主しゅよ。私わたしは罪つみ深ぶかい男おとこなのです」と言いいます。(ルカ 5:6-9)自じ分ぶんなんかがイエスと一いっ緒しょにいるのはふさわしくない,と感かんじたのでしょう。

2. ペテロについて学まなぶとよいのはどうしてですか。

2 確たしかに,ペテロは「罪つみ深ぶかい」人ひとでした。聖せい書しょにある通とおり,後こう悔かいするようなことを言いったりしたりしてしまうことがありました。あなたもペテロのような気き持もちになることがありますか。何なにかの欠けっ点てんや弱よわさと闘たたかっているでしょうか。もしそうなら,ペテロについて学まなぶと力ちからをもらえます。エホバは,ペテロの欠けっ点てんや失しっ敗ぱいについて聖せい書しょに含ふくめないでおくこともできました。でも,私わたしたちが大たい切せつな点てんを学まなべるようにあえて記き録ろくさせたのです。(テモ二に 3:16,17)ペテロが私わたしたちと同おなじような弱よわさや感かん情じょうを持もっていたということを知しると,エホバが私わたしたちに完かん璧ぺきを期き待たいしていないということが分わかります。エホバは,弱よわさがあっても諦あきらめずに頑がん張ばり続つづけてほしいと思おもっています。

3. 諦あきらめないことが大たい切せつなのはどうしてですか。

3 諦あきらめないことが大たい切せつなのはどうしてでしょうか。「継けい続ぞくは力ちからなり」ということわざがあります。例たとえば,楽がっ器きを上じょう手ずに演えん奏そうできるようになるには何なん年ねんもかかるものです。初はじめのうちは何なん度ども音おとを外はずすかもしれませんが,練れん習しゅうしていくうちに上じょう手ずになっていきます。上じょう達たつしてからもミスをすることがあるかもしれません。でも,諦あきらめずに練れん習しゅうを続つづけます。同おなじように,何なにかの弱よわさを乗のり越こえたと思おもっても,また失しっ敗ぱいしてしまうことがあるかもしれません。後こう悔かいするようなことを言いったりしたりしてしまうことは,誰だれにでもあります。でも,諦あきらめずに努ど力りょくを続つづけるなら,エホバは私わたしたちが成せい長ちょうできるように助たすけてくださいます。(ペテ一いち 5:10)では,弱よわさがあっても決けっして諦あきらめなかったペテロの手て本ほんについて考かんがえましょう。ペテロに対たいするイエスの思おもいやりにも注ちゅう目もくするなら,エホバに仕つかえ続つづけたいという気き持もちを強つよめられるでしょう。

ペテロは諦あきらめずに闘たたかい続つづけ,素す晴ばらしい経けい験けんをした

たくさんの魚が捕れたため,ペテロの船が沈みそうになっている。ペテロはとても驚き,恐れている。イエスはペテロの言葉に優しく耳を傾けている。もう一人の男性は,必死に網を引き上げようとしている。

あなたがペテロと同おなじような経けい験けんをしたら,どんな反はん応のうをすると思おもいますか。(4節せつを参さん照しょう。)

4. ルカ 5章しょう5-10節せつによると,ペテロは自じ分ぶんのことをどう思おもっていましたか。イエスはペテロについてどんなことを確かく信しんしていましたか。

4 ペテロはどうして自じ分ぶんのことを「罪つみ深ぶかい男おとこ」と言いったのでしょうか。どんな罪つみのことを言いっていたのでしょうか。聖せい書しょには特とくに書かかれていません。(ルカ 5:5-10を読よむ。)もしかすると,大おおきな失しっ敗ぱいを何なん度どかしていたのかもしれません。イエスは,ペテロが自じ分ぶんの至いたらなさを痛つう感かんして恐おそれているということに気き付づきました。それでも,ペテロがイエスに忠ちゅう実じつに従したがい続つづけられるということを知しっていました。それでペテロに優やさしく,「恐おそれることはありません」と言いいます。イエスに信しん頼らいされていることを感かんじたペテロは,生いき方かたを大おおきく変かえます。兄きょう弟だいのアンデレと一いっ緒しょに漁りょう師しを辞やめ,イエスの弟で子しになったのです。この決けっ定ていによって,ペテロはたくさんの素す晴ばらしい経けい験けんをすることになりました。(マル 1:16-18)

5. 恐おそれを乗のり越こえてイエスの招しょう待たいを受うけ入いれたペテロは,どんな素す晴ばらしい経けい験けんをしましたか。

5 ペテロはキリストの弟で子しとして,素す晴ばらしい経けい験けんをたくさんしました。イエスが病びょう人にんを癒いやし,邪じゃ悪あくな天てん使しを追おい出だし,死しんだ人ひとを復ふっ活かつさせるのを目めの前まえで見みることができました。b (マタ 8:14-17。マル 5:37,41,42)また,イエスが将しょう来らい王おう国こくの王おうとして受うける栄えい光こうを表あらわす幻まぼろしも目もく撃げきしました。この幻まぼろしはペテロに強きょう烈れつな印いん象しょうを与あたえました。(マル 9:1-8。ペテ二に 1:16-18)イエスの弟で子しになっていなければ,こうした経けい験けんはできなかったでしょう。ペテロは,自じ分ぶんに対たいする消しょう極きょく的てきな感かん情じょうに負まけずに頑がん張ばり続つづけてよかった,と思おもったはずです。

6. ペテロはすぐに自じ分ぶんの弱よわさを克こく服ふくすることができましたか。

6 ペテロは素す晴ばらしい経けい験けんをたくさんしましたが,それでも自じ分ぶんの弱よわさと闘たたかい続つづける必ひつ要ようがありました。イエスが,聖せい書しょの預よ言げん通どおり自じ分ぶんが苦くるしみ,殺ころされると言いった時とき,ペテロはイエスを叱しかってしまいました。(マル 8:31-33)誰だれが一いち番ばん偉えらいのかについて,ほかの使し徒とたちと言いい争あらそったことが何なん度どもあります。(マル 9:33,34)イエスが亡なくなる前まえの晩ばんには,ある人ひとに襲おそい掛かかり,耳みみを切きり落おとしてしまいました。(ヨハ 18:10)さらに,人ひとへの恐おそれに負まけて,イエスを知しっていることを3回かいも否ひ定ていしました。(マル 14:66-72)ペテロはこのことをとても後こう悔かいし,激はげしく泣なきました。(マタ 26:75)

7. イエスが復ふっ活かつした後あと,ペテロはどんな経けい験けんをしましたか。

7 ペテロは自じ分ぶんにがっかりしていたことでしょう。でもイエスは諦あきらめていませんでした。復ふっ活かつした後あと,ペテロにイエスへの愛あいを言いい表あらわす機き会かいを与あたえます。そして,イエスの羊ひつじを世せ話わするという大たい切せつな仕し事ごとを委ゆだねます。(ヨハ 21:15-17)ペテロは喜よろこんでイエスから言いわれた通とおりにしました。そして,ペンテコステの日ひにエルサレムで天てんに行いく人ひとたちが初はじめて選えらばれた時とき,ペテロもそのうちの1人ひとりになりました。

8. アンティオキアでペテロはどんな失しっ敗ぱいをしてしまいましたか。

8 ペテロは天てんに行いくよう選えらばれた後あとも,自じ分ぶんの弱よわさと闘たたかい続つづける必ひつ要ようがありました。西せい暦れき36年ねん,ペテロはコルネリオが聖せいなる力ちからによって天てんに行いくよう選えらばれるのを目もく撃げきします。コルネリオは無む割かつ礼れいの異い国こく人じんでした。これによって,「神かみが不ふ公こう平へいではな[く]」,異い国こくの人ひとたちもクリスチャン会かい衆しゅうに加くわわれるということがはっきりしました。(使し徒と 10:34,44,45)ペテロは異い国こくの兄きょう弟だいたちと一いっ緒しょに食しょく事じをするようになります。以い前ぜんでは考かんがえられなかったことです。(ガラ 2:12)でも,ユダヤ人じんのクリスチャンの中なかには,ユダヤ人じんと異い国こく人じんが一いっ緒しょに食しょく事じをすべきではないと考かんがえていた人ひとたちもいました。そうした人ひとたちがアンティオキアに来きた時とき,ペテロは異い国こく人じんの兄きょう弟だいたちと食しょく事じをするのをやめてしまいます。おそらく,ユダヤ人じんのクリスチャンの目めを気きにしてしまったのでしょう。パウロはこの偽ぎ善ぜん的てきな行こう動どうを見みて,ペテロをみんなの前まえで正ただします。(ガラ 2:13,14)このように失しっ敗ぱいしたこともありましたが,ペテロは諦あきらめませんでした。どんなことが助たすけになったのか,考かんがえてみましょう。

何なにが頑がん張ばり続つづける力ちからになったか

9. ペテロが揺ゆるぎない愛あいを持もっていたことは,ヨハネ 6章しょう68,69節せつからどのように分わかりますか。

9 ペテロは揺ゆるぎない愛あいを持もっていました。だからこそ,どんなことがあってもイエスに従したがい続つづけることができました。ある時とき,弟で子したちはイエスの話はなしを理り解かいできないことがありました。(ヨハネ 6:68,69を読よむ。)多おおくの人ひとは質しつ問もんしたり説せつ明めいを待まったりするのではなく,イエスに従したがうのをやめてしまいました。でも,ペテロはそうはしませんでした。イエスだけが「永えい遠えんの命いのちの言こと葉ば」を持もっている,と信しんじていたからです。

復活したイエスがペテロを力づけている。

イエスがペテロに示しめした信しん頼らいについて考かんがえることは,どうして力ちからになりますか。(10節せつを参さん照しょう。)

10. イエスがペテロを信しん頼らいしていたことは,どんな点てんから分わかりますか。(挿さし絵えも参さん照しょう。)

10 イエスも揺ゆるぎない愛あいを示しめし,ペテロのことを見み放はなしませんでした。イエスが亡なくなる前まえの晩ばんのことです。イエスはペテロや使し徒とたちが自じ分ぶんを見み捨すてるということを知しっていました。それでも,ペテロが立たち直なおり,また忠ちゅう実じつに奉ほう仕しすると信しんじていることを伝つたえました。(ルカ 22:31,32)イエスは,「心こころは強つよく願ねがっていても,肉にく体たいは弱よわい」ということをよく理り解かいしていました。(マル 14:38)それで,イエスのことを知しらないと言いったペテロのことを見み限かぎることはしませんでした。復ふっ活かつした後あと,イエスは1人ひとりでいたと思おもわれるペテロの前まえに現あらわれます。(マル 16:7。ルカ 24:34。コリ一いち 15:5)気き落おちしていたペテロはとても力ちからづけられたに違ちがいありません。

11. ペテロがエホバの支ささえを確かく信しんできるように,イエスはどんなことをしましたか。

11 イエスは,ペテロがエホバからの支ささえを確かく信しんできるように助たすけました。復ふっ活かつした後あとに奇き跡せきを行おこない,ペテロとほかの使し徒とたちがまた大たい量りょうの魚さかなを捕とれるようにしました。(ヨハ 21:4-6)この奇き跡せきを見みたペテロは,生いきていくのに必ひつ要ような物ものをエホバが必かならず与あたえてくれるということを確かく信しんしたはずです。使し徒とたちは,「王おう国こく……をいつも第だい一いちに」するならエホバがほかのものを与あたえてくれる,というイエスの言こと葉ばを思おもい出だしたことでしょう。(マタ 6:33)ペテロはその言こと葉ばに従したがって,漁ぎょ業ぎょうではなく宣せん教きょうを生せい活かつの中なかで一いち番ばん大たい切せつにしました。西せい暦れき33年ねんのペンテコステの時ときには,何なん千ぜん人にんもの人ひとが良よい知しらせを聞きいて受うけ入いれるように助たすけました。(使し徒と 2:14,37-41)その後ご,サマリア人じんや異い国こくの人ひと々びとがイエスに信しん仰こうを持もつようにも助たすけました。(使し徒と 8:14-17; 10:44-48)このようにして,エホバはペテロを用もちいてあらゆる人ひとをご自じ分ぶんの元もとに引ひき寄よせたのです。

どんなことを学まなべるか

12. ペテロの手て本ほんは自じ分ぶんの弱よわさと闘たたかい続つづける上うえで,どのように助たすけになりますか。

12 エホバは私わたしたちが頑がん張ばり続つづけられるよう助たすけてくれます。なかなか克こく服ふくできない弱よわさと闘たたかい続つづけるのは,簡かん単たんなことではないでしょう。自じ分ぶんの方ほうがペテロよりも大たい変へんだと感かんじることもあるかもしれません。でも,エホバが力ちからを与あたえ,支ささえてくださいます。(詩し 94:17-19)例たとえば,ある兄きょう弟だいは真しん理りを学まなぶ前まえ,同どう性せい愛あい者しゃで,その生いき方かたを何なん年ねんも続つづけていました。その後ご,不ふ道どう徳とくな行おこないを一いっ切さいやめ,聖せい書しょの基き準じゅんに合あわせた生いき方かたをするようになりました。それでも,間ま違ちがった欲よく望ぼうと闘たたかわなければいけないことがありました。兄きょう弟だいが諦あきらめずに頑がん張ばり続つづけられたのはどうしてでしょうか。こう言いっています。「エホバが力ちからを与あたえてくださいます。……エホバの聖せいなる力ちからの助たすけがあれば,エホバに喜よろこばれる生いき方かたを続つづけることができるということが分わかりました。……エホバはいろいろな弱よわさがある私わたしに力ちからを与あたえ,用もちいてくださっています」。

幼少期のホルスト・ヘンシェル兄弟と両親の再現。1. ホルスト兄弟が気まずそうに右手を挙げている。ほかの男の子たちは右手を挙げ,「ヒトラー万歳!」と言っている。2. 父親と母親がホルスト兄弟と一緒に祈っている。3. ホルスト・ヘンシェル兄弟の最近の写真。

ホルスト・ヘンシェル兄きょう弟だいは1950年ねん1月がつ1日ついたちに全ぜん時じ間かん奉ほう仕しを始はじめた。エホバに捧ささげた人じん生せいを兄きょう弟だいは後こう悔かいしているだろうか。(13,15節せつを参さん照しょう。)d

13. ペテロの手て本ほんにどのように倣ならえますか。(使し徒と 4:13,29,31)(写しゃ真しんも参さん照しょう。)

13 ペテロは人ひとへの恐おそれに負まけてしまったことが何なん度どかありました。でも,大だい胆たんさを求もとめてエホバに祈いのることによって,勇ゆう気きを持もって行こう動どうできました。(使し徒と 4:13,29,31を読よむ。)私わたしたちも,恐おそれを克こく服ふくすることができます。ホルスト兄きょう弟だいが若わかい頃ころに経けい験けんしたことについて考かんがえてみましょう。兄きょう弟だいは,ナチ政せい権けん下かにあったドイツで暮くらしていました。当とう時じ学がっ校こうでは,「ヒトラー万ばん歳ざい!」というあいさつをすることが求もとめられていました。兄きょう弟だいは,先せん生せいやクラスメートへの恐おそれの気き持もちに何なん度どか負まけてしまったことがありました。そんな兄きょう弟だいのことを両りょう親しんは叱しかるのではなく,勇ゆう気きを求もとめて一いっ緒しょに祈いのってくれました。このように,親おやに助たすけてもらい,エホバに頼たよることによって,兄きょう弟だいはしっかり立たつための力ちからを得えることができました。兄きょう弟だいは後のちにこう言いっています。「エホバは決けっして私わたしを見み捨すてられませんでした」。c

14. 愛あい情じょう深ぶかい牧ぼく者しゃは,落おち込こんでいる人ひとをどのように安あん心しんさせることができますか。

14 エホバとイエスは私わたしたちのことを見み放はなしません。ペテロは,キリストを知しらないと言いった後あと,人じん生せいの分わかれ道みちに立たたされました。一ひとつはキリストの弟で子しをやめるという道みち,もう一ひとつは頑がん張ばり続つづけるという道みちです。イエスは,ペテロの信しん仰こうが尽つきないように祈き願がんしたこと,そして仲なか間まの兄きょう弟だいたちを力ちからづける人ひとになると確かく信しんしていることをペテロに伝つたえていました。(ルカ 22:31,32)ペテロは,イエスのこの言こと葉ばを思おもい出だすたびに安あん心しんしたことでしょう。私わたしたちも,道みちに迷まよう時ときがあるかもしれません。そんな時ときエホバは,愛あい情じょう深ぶかい牧ぼく者しゃによって私わたしたちを安あん心しんさせ,強つよい信しん仰こうを保たもてるように助たすけてくれるでしょう。(エフェ 4:8,11)長なが年ねん長ちょう老ろうとして奉ほう仕ししているポール兄きょう弟だいは,落おち込こんでいる兄きょう弟だい姉し妹まいをいつも元げん気きづけています。兄きょう弟だいはそうした人ひとにまず,エホバがどのように引ひき寄よせてくださったかを思おもい返かえすように勧すすめます。そして,揺ゆるぎない愛あいを持もつエホバが見み捨すてるはずはないと確かく信しんできるように助たすけます。兄きょう弟だいはこう言いっています。「落おち込こんでいたもののエホバに助たすけられて頑がん張ばり続つづけている兄きょう弟だい姉し妹まいの様よう子すをたくさん見みてきました」。

15. マタイ 6章しょう33節せつがその通とおりであることは,ペテロやホルスト兄きょう弟だいの例れいからどのように分わかりますか。

15 エホバは,ペテロや使し徒とたちに必ひつ要ような物ものを与あたえました。私わたしたちが生せい活かつの中なかで宣せん教きょうを第だい一いちにするとき,エホバは同おなじように支ささえてくださいます。(マタ 6:33)先さきほど出でてきたホルスト兄きょう弟だいは,第だい2次じ世せ界かい大たい戦せん後ごに開かい拓たく奉ほう仕しをしようと思おもいました。でも,とても貧まずしかったので,ちゃんと自じ活かつしながら全ぜん時じ間かん奉ほう仕しを続つづけられるんだろうか,と不ふ安あんになりました。兄きょう弟だいはどうしましたか。巡じゅん回かい訪ほう問もん中ちゅう,毎まい日にち奉ほう仕しに出でて,エホバが必ひつ要ような物ものを本ほん当とうに与あたえてくださるかを試ためしてみることにしました。週しゅうの終おわりに,兄きょう弟だいは巡じゅん回かい監かん督とくから匿とく名めいの封ふう筒とうを渡わたされ,びっくりしました。中なかには数すうカ月げつ開かい拓たく奉ほう仕しをやっていくのに十じゅう分ぶんなお金かねが入はいっていたのです。兄きょう弟だいは,エホバが「必かならず支ささえるよ」と言いってくれているように感かんじました。その後ごも兄きょう弟だいは王おう国こくを第だい一いちにし続つづけました。(マラ 3:10)

16. ペテロやペテロの手て紙がみについて調しらべるとよいのはどうしてですか。

16 ペテロはイエスに,「私わたしから離はなれてください」と言いいましたが,イエスはそうはしませんでした。ペテロは,イエスが諦あきらめずに教おしえてくれて本ほん当とうに良よかったと思おもったに違ちがいありません。おかげで,強つよい信しん仰こうを持もつ使し徒とになり,クリスチャンの立りっ派ぱな手て本ほんになることができました。その記き録ろくについて読よむと,私わたしたちも大たい切せつなことをたくさん学まなべます。ペテロは自じ分ぶんが学まなんだことを手て紙がみにして,1世せい紀きのクリスチャンに送おくりました。次つぎの記き事じでは,その手て紙がみの中なかから幾いくつかの点てんを取とり上あげ,私わたしたちがどのように当あてはめられるかを考かんがえます。

どのように答こたえますか

  • ペテロはどんな弱よわさと闘たたかう必ひつ要ようがありましたか。

  • ペテロにとって何なにが頑がん張ばり続つづける力ちからになりましたか。

  • ペテロからどんなことを学まなべましたか。

126番ばんの歌うた 目めを覚さましていて,しっかり立たち,強つよい人ひとになる

a 自じ分ぶんの弱よわさと闘たたかっているとしても,それを乗のり越こえてエホバに仕つかえ続つづけることができます。この記き事じから,その確かく信しんを強つよめましょう。

b この記き事じに出でてくる多おおくの聖せい句くは,「マルコによる福ふく音いん書しょ」から取とられています。マルコは,いろいろな出で来き事ごとを実じっ際さいに目もく撃げきしたペテロから話はなしを聞きいて,この福ふく音いん書しょを書かいたようです。

c 「家か族ぞくが示しめした神かみへの忠ちゅう節せつに動うごかされて」という題だいのホルスト・ヘンシェル兄きょう弟だいのライフ・ストーリーは,「目めざめよ!」1998年ねん2月がつ22日にち号ごうに載のせられています。

d 写しゃ真しんや挿さし絵え: 再さい現げん。ホルスト・ヘンシェル兄きょう弟だいの両りょう親しんが兄きょう弟だいと一いっ緒しょに祈いのり,しっかり立たつことができるように助たすけている。

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