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塔研24 11月号 20–25ページ

研究記事 47

103番ばんの歌うた 牧ぼく者しゃという贈おくり物もの

長ちょう老ろうとして奉ほう仕しすることを目もく標ひょうにできますか

「監かん督とくになろうと努つとめている人ひとは,立りっ派ぱな仕し事ごとを望のぞんでいます」。テモテ第だい一いち 3:1

ポイント

聖せい書しょによると,兄きょう弟だいたちが長ちょう老ろうとして奉ほう仕しするためにはどんな資し格かくを満みたす必ひつ要ようがあるでしょうか。

1-2. 長ちょう老ろうはどんな「立りっ派ぱな仕し事ごと」をしていますか。

援えん助じょ奉ほう仕し者しゃとして奉ほう仕ししているなら,長ちょう老ろうになるために必ひつ要ような資し質しつを磨みがいてきたことでしょう。では,長ちょう老ろうという「立りっ派ぱな仕し事ごと」を行おこなうことを目もく標ひょうにできますか。(テモ一いち 3:1)

2 長ちょう老ろうの仕し事ごとにはどんなことが含ふくまれているでしょうか。率そっ先せんして宣せん教きょうを行おこない,牧ぼく羊ようや教おしえることに一いっ生しょう懸けん命めい取とり組くみ,言こと葉ばや行おこないで会かい衆しゅうを元げん気きづけます。このように頑がん張ばって働はたらいている長ちょう老ろうたちは,聖せい書しょにある通とおり「人ひと々びとという贈おくり物もの」です。(エフェ 4:8)

3. 長ちょう老ろうとして奉ほう仕しするためにはどうする必ひつ要ようがありますか。(テモテ第だい一いち 3:1-7。テトス 1:5-9)

3 どうすれば長ちょう老ろうとして奉ほう仕しできるでしょうか。長ちょう老ろうとしての資し格かくは,仕し事ごとに就つくための資し格かくとは違ちがいます。大たい抵てい,世よの中なかでは,求きゅう人じん募ぼ集しゅうされている仕し事ごとのスキルを持もっているなら仕し事ごとに就つくことができます。でも長ちょう老ろうになるためには,伝でん道どうや教おしえるスキルを持もっているだけでは不ふ十じゅう分ぶんです。テモテ第だい一いち 3章しょう1-7節せつとテトス 1章しょう5-9節せつに載のせられている資し格かくを満みたしている必ひつ要ようがあります。(読よむ。)この記き事じでは,長ちょう老ろうとして働はたらく上うえで求もとめられている次つぎの3つの点てんについて学まなびます。会かい衆しゅうの人ひとや会かい衆しゅう外がいの人ひとから良よい評ひょう判ばんを得えること,家か族ぞくをしっかり世せ話わすること,会かい衆しゅうのために進すすんで働はたらくことについて考かんがえます。

良よい評ひょう判ばんを得える

4. 「とがめられるところがな[い]」とはどういう意い味みですか。

4 長ちょう老ろうとして奉ほう仕しするためには,「とがめられるところがな[い]」人ひとでなければなりません。これは,行おこないの点てんで非ひ難なんされることがなく,会かい衆しゅうで良よい評ひょう判ばんを得えている必ひつ要ようがあるということです。それに加くわえて,「会かい衆しゅう外がいの人ひとからも良よい評ひょう判ばんを得えている」必ひつ要ようがあります。エホバの証しょう人にんではない人ひとたちに,私わたしたちが信しんじていることを非ひ難なんされることがあったとしても,行おこないや正しょう直じきさの点てんで疑うたがいが持もたれるようなことがあってはなりません。(ダニ 6:4,5)それで,「自じ分ぶんは会かい衆しゅうの人ひとや会かい衆しゅう外がいの人ひとから良よい評ひょう判ばんを得えているだろうか」と考かんがえてみることが大たい切せつです。

5. 「善よいことを愛あいし」ていることはどんな行こう動どうに表あらわれますか。

5 「善よいことを愛あいし」ている人ひとは,ほかの人ひとの良よい面めんを探さがして褒ほめます。また,他たの人ひとのためになることを喜よろこんで行おこないます。たとえ行おこなうよう求もとめられていないことであってもです。(テサ一いち 2:8)善よいことを愛あいすることが長ちょう老ろうたちにとって大たい切せつなのはどうしてでしょうか。長ちょう老ろうたちは会かい衆しゅうの兄きょう弟だい姉し妹まいを世せ話わしたり,割わり当あてを果はたしたりするためにたくさんの時じ間かんを使つかう必ひつ要ようがあるからです。(ペテ一いち 5:1-3)確たしかに大たい変へんな仕し事ごとではありますが,他たの人ひとに仕つかえることから得えられる喜よろこびは,払はらう犠ぎ牲せいをはるかに上うわ回まわるものです。(使し徒と 20:35)

6. どうすれば「人ひとをよくもてな[す]」ことができますか。(ヘブライ 13:2,16。写しゃ真しんも参さん照しょう。)

6 「人ひとをよくもてな[す]」人ひとは,仲なかのいい人ひとだけでなく,いろいろな人ひとに親しん切せつにします。(ペテ一いち 4:9)ある参さん考こう文ぶん献けんには,人ひとをよくもてなす人ひとのことがこのように説せつ明めいされています。「その人ひとの家いえの扉とびらも心こころの扉とびらも,見み知しらぬ人ひとに対たいして開ひらかれている」。それで,「自じ分ぶんは会かい衆しゅうを訪ほう問もんしてきた人ひとに親しん切せつにする人ひととして知しられているだろうか」と考かんがえてみましょう。(ヘブライ 13:2,16を読よむ。)人ひとをよくもてなす人ひとは,巡じゅん回かい監かん督とくや訪ほう問もん講こう演えん者しゃといった,仲なか間まのために一いっ生しょう懸けん命めい働はたらく人ひとたちや,経けい済ざい的てきに厳きびしい状じょう況きょうにある人ひとなど,いろいろな人ひとのためにできることを行おこないます。(創そう 18:2-8。格かく 3:27。ルカ 14:13,14。使し徒と 16:15。ロマ 12:13)

夫婦が,旅行する監督と妻を自分の家のゲストルームに案内している。

人ひとをよくもてなすクリスチャンの夫ふう婦ふは,旅りょ行こうする監かん督とくと妻つまを温あたたかく迎むかえる。(6節せつを参さん照しょう。)


7. 「お金かねを愛あいさ[ない]」とはどういう意い味みですか。

7 「お金かねを愛あいさ[ない]」とは,物ものやお金かねを生せい活かつの中なかで最さい優ゆう先せんにしないということです。経けい済ざい状じょう況きょうに関かかわりなく,エホバに仕つかえることを一いち番ばん大たい切せつにします。(マタ 6:33)エホバを崇すう拝はいし,家か族ぞくを世せ話わし,会かい衆しゅうに仕つかえるために,自じ分ぶんの時じ間かんや体たい力りょくや持もっている物ものを使つかいます。(マタ 6:24。ヨハ一いち 2:15-17)次つぎのように考かんがえてみましょう。「自じ分ぶんにとってお金かねはどれほど大だい事じだろうか。必ひつ要ような物ものがあれば,それで満まん足ぞくしているだろうか。お金かねに執しゅう着ちゃくしたり,欲ほしい物ものを次つぎ々つぎに手てに入いれようとしたりしているだろうか」。(テモ一いち 6:6,17-19)

8. 「節せつ度どをわきまえ」,「自じ制せい心しんがあ[る]」ことはどんなことに表あらわれますか。

8 「節せつ度どをわきまえ」,「自じ制せい心しんがあ[る]」なら,生せい活かつのあらゆる面めんでバランスが取とれるでしょう。これには,食たべ過すぎや飲のみ過すぎを避さけ,身みだしなみや自じ由ゆうな時じ間かんに楽たのしむものについて良よい選せん択たくをすることが含ふくまれます。また,世よの中なかの流りゅう行こうに振ふり回まわされないようにする必ひつ要ようもあります。(ルカ 21:34。ヤコ 4:4)いらいらさせられても穏おだやかでいるようにします。また,「酩めい酊てい」を避さける必ひつ要ようもあります。大おお酒ざけ飲のみという評ひょう判ばんが立たつようであってはいけません。それで,「自じ分ぶんの生せい活かつには節せつ度どをわきまえ,自じ制せい心しんがあることが表あらわれているだろうか」と考かんがえてみましょう。

9. どうすれば「健けん全ぜんな考かんがえ方かたをし」,「秩ちつ序じょ正ただしく行こう動どう」できますか。

9 「健けん全ぜんな考かんがえ方かたをし」ている人ひとは,聖せい書しょの言こと葉ばがいろいろな場ば面めんにどのように当あてはまるかをじっくり考かんがえます。そうすることで,関かん係けいする状じょう況きょうをよく理り解かいし,良よい判はん断だんをすることができます。すぐに結けつ論ろんを下くだそうとするのではなく,必ひつ要ような情じょう報ほうをきちんと集あつめるようにします。(格かく 18:13)そのようにして,エホバの考かんがえに沿そった良よい決けっ定ていを下くだすことができます。「秩ちつ序じょ正ただしく行こう動どう」する人ひとは物もの事ごとをよく計けい画かくし,時じ間かんを守まもります。指し示じに従したがう信しん頼らいできる人ひととしても知しられているはずです。この副ふく見み出だしで考かんがえてきた点てんを努ど力りょくするなら,良よい評ひょう判ばんを得えることができるでしょう。では次つぎに,家か族ぞくをしっかり世せ話わするという点てんについて考かんがえます。

家か族ぞくをしっかり世せ話わする

10. どうすれば「家か庭ていを立りっ派ぱに治おさめ」ることができますか。

10 夫おっとの立たち場ばにあるなら,家か族ぞくとして良よい評ひょう判ばんを得えていることも大たい切せつです。そのためには,「家か庭ていを立りっ派ぱに治おさめ」る必ひつ要ようがあります。愛あい情じょう深ぶかく責せき任にん感かんを持もって家か族ぞくを世せ話わしていることで知しられているべきです。それには,崇すう拝はいの全すべての面めんで率そっ先せんすることが関かん係けいしています。その大たい切せつさについてパウロはこう説せつ明めいしました。「自じ分ぶんの家か庭ていを治おさめられないのであれば,神かみの会かい衆しゅうを世せ話わすることなどできるでしょうか」。(テモ一いち 3:5)

11-12. 家か族ぞくの振ふる舞まいや行こう動どうは,長ちょう老ろうとして奉ほう仕しする資し格かくとどんな関かん係けいがありますか。(写しゃ真しんも参さん照しょう。)

11 父ちち親おやであるなら,未み成せい年ねんの「子こ供どもをよくしつけて従したがわせているべきです」。愛あい情じょう深ぶかく子こ供どもを教おしえる必ひつ要ようがあります。もちろん,子こ供どもたちには笑わらったり遊あそんだりして,楽たのしい時じ間かんを過すごしてほしいと思おもいます。でも,親おやに従したがうこと,ほかの人ひとに敬けい意いを示しめすこと,行ぎょう儀ぎ良よくすることを教おしえる必ひつ要ようがあります。また,エホバとの絆きずなを強つよめ,聖せい書しょの教おしえを当あてはめ,バプテスマに向むけて成せい長ちょうできるよう助たすけることもとても大たい切せつです。

12 「子こ供どもも信しん仰こうを持もっているべきで,堕だ落らくしているとか反はん抗こう的てきだと非ひ難なんされていてはなりません」。バプテスマを受うけた子こ供ども,もしくはバプテスマに向むけて進しん歩ぽしている子こ供どもが重じゅう大だいな罪つみを犯おかした場ば合あいはどうなるでしょうか。もし父ちち親おやがその子こを教おしえたり矯きょう正せいを与あたえたりしていなかったのであれば,その人ひとに長ちょう老ろうとして奉ほう仕しする資し格かくがあるとはいえないでしょう。(「ものみの塔とう」1996年ねん10月がつ15日にち号ごう21ページ6-7節せつを参さん照しょう。)

1. 父親が妻や幼い子供たちと一緒に家族の崇拝を行っている。jw.orgの「エホバの友になろう エホバのいえをあいする」の動画を見ている。2. その後,父親が2人の息子と一緒に王国会館の掃除をしている。父親と息子の1人が掃除機をかけ,もう1人の息子は拭き掃除をしている。

父ちち親おやは,エホバや会かい衆しゅうのためにいろいろなことを行おこなうよう子こ供どもたちを教おしえる。(11節せつを参さん照しょう。)


会かい衆しゅうに仕つかえる

13. どうすれば「分ふん別べつがあり」,「意い地じを張はら[ない]」人ひとになれますか。

13 クリスチャンとしての人じん格かくを身みに付つけている兄きょう弟だいたちは,会かい衆しゅうにとって大おおきな助たすけになります。「分ふん別べつがあ[る]」人ひとは平へい和わをつくることができます。また,ほかの人ひとの話はなしをよく聞きいて,その人ひとたちの見み方かたを理り解かいするように努ど力りょくします。長ちょう老ろうになったなら,会かい合ごうに参さん加かする機き会かいがあります。そういう時とき,聖せい書しょに書かかれていることに反はんしていない限かぎり,大だい多た数すうの人ひとの意い見けんを進すすんで支し持じするでしょうか。「意い地じを張はら[ない]」ようにすることも大たい切せつです。自じ分ぶんの方ほう法ほうにこだわるのではなく,他たの人ひとの意い見けんやアイデアを大たい切せつにしましょう。(創そう 13:8,9。格かく 15:22)「争あらそいを好この」んだり「すぐに怒おこ」ったりしないようにします。人ひとに対たいして厳きびしくなったり気き難むずかしい態たい度どを取とったりするのではなく,穏おだやかで親しん切せつに接せっするようにしましょう。平へい和わを求もとめる人ひとになり,緊きん迫ぱくした状じょう況きょうの中なかでも進すすんで平へい和わをつくるようにしてください。(ヤコ 3:17,18)親しん切せつに話はなすなら,反はん対たい者しゃでさえ態たい度どを和やわらげるかもしれません。(裁さば 8:1-3。格かく 20:3; 25:15。マタ 5:23,24)

14. 「クリスチャンになって間まもない人ひとで[はない]」とはどういう意い味みですか。「神かみに尽つく」す人ひととはどんな人ひとですか。

14 長ちょう老ろうとなる人ひとは「クリスチャンになって間まもない人ひとであってはなりません」。バプテスマを受うけてから何なん年ねんもたっていないといけないわけではありませんが,十じゅう分ぶんに成せい長ちょうしたクリスチャンになるには時じ間かんが必ひつ要ようです。長ちょう老ろうに任にん命めいされるためには,イエスのように謙けん虚きょな人ひとになり,エホバから与あたえられるどんな割わり当あても喜よろこんで果はたすことが大たい切せつです。そして,会かい衆しゅうでさらに責せき任にんが与あたえられるのを辛しん抱ぼう強づよく待まちます。(マタ 20:23。フィリ 2:5-8)また,エホバとエホバの正ただしい基き準じゅんにしっかり付つき,組そ織しきを通とおして与あたえられる指し示じに従したがうなら,「神かみに尽つくし」ていることになります。(テモ一いち 4:15)

15. みんなの前まえで上じょう手ずに話はなしができなければ長ちょう老ろうにはなれませんか。

15 聖せい書しょによると,監かん督とくには「教おしえる資し格かくがなければなりません」。これはみんなの前まえで上じょう手ずに話はなしができなければいけないということでしょうか。そうではありません。話はなしが得とく意いではない兄きょう弟だいもいます。でも多おおくの長ちょう老ろうたちは,宣せん教きょうで上じょう手ずに教おしえたり牧ぼく羊よう訪ほう問もんで兄きょう弟だい姉し妹まいを元げん気きづけたりしています。(コリント第だい一いち 12:28,29,エフェソス 4:11と比ひ較かく。)とはいえ,教おしえる技ぎ術じゅつを磨みがいていくことも大たい切せつです。具ぐ体たい的てきにどんなことができるでしょうか。

16. どうすれば教おしえる面めんでさらに成せい長ちょうできますか。(写しゃ真しんも参さん照しょう。)

16 「神かみの信しん頼らいできる言こと葉ばにしっかり従したが[う]」ことは大たい切せつです。教おしえる技ぎ術じゅつを磨みがくためには,みんなの前まえで教おしえる時ときにも個こ人じん的てきにアドバイスする時ときにも,神かみの言こと葉ばに基もとづいてそうする必ひつ要ようがあります。聖せい書しょや聖せい書しょに基もとづく出しゅっ版ぱん物ぶつを真しん剣けんに学まなびましょう。(格かく 15:28; 16:23)学まなぶ時ときには,聖せい句くがどのように説せつ明めいされているかをよく調しらべ,正ただしく応おう用ようできるようにしましょう。教おしえる時ときには,聞きいている人ひとの心こころに届とどくような仕し方かたで話はなすようにしましょう。経けい験けんある長ちょう老ろうたちにアドバイスを求もとめて,その通とおりにやってみるなら,さらに成せい長ちょうできます。(テモ一いち 5:17)長ちょう老ろうたちは兄きょう弟だい姉し妹まいを「励はげますことも……戒いましめることもできる」人ひとでなければなりません。でも,どんな場ば合あいであっても親しん切せつに接せっする必ひつ要ようがあります。教きょう師しとして立りっ派ぱな手て本ほんを残のこしたイエスに倣ならって,優やさしく愛あいを込こめて聖せい書しょに基もとづいて教おしえるようにしましょう。そうするなら,上じょう手ずに教おしえる人ひとになれるでしょう。(マタ 11:28-30。テモ二に 2:24)

1. 援助奉仕者と長老が姉妹の家を訪問している。援助奉仕者の兄弟が姉妹に話している。3人とも聖書を開いている。2. 援助奉仕者の兄弟が鏡の前で話の練習をしている。

援えん助じょ奉ほう仕し者しゃは,聖せい書しょを使つかって他たの人ひとをどのように励はげませるかを経けい験けんある長ちょう老ろうから学まなぶことができる。集しゅう会かいの話はなしの練れん習しゅうを鏡かがみの前まえですることもできる。(16節せつを参さん照しょう。)


努ど力りょくを続つづけてください

17. (ア)どんなことは,援えん助じょ奉ほう仕し者しゃが頑がん張ばり続つづける上うえで助たすけになりますか。(イ)長ちょう老ろうたちは兄きょう弟だいたちを推すい薦せんできるか考こう慮りょする時とき,どんなことを思おもいに留とめるべきですか。(「兄きょう弟だいたちの推すい薦せんを考こう慮りょする時ときに覚おぼえておきたいこと」という囲かこみを参さん照しょう。)

17 援えん助じょ奉ほう仕し者しゃの中なかには,これまで取とり上あげた資し格かくについて考かんがえると,自じ分ぶんは長ちょう老ろうにはなれないと思おもう人ひとがいるかもしれません。でも,エホバもエホバが導みちびいている組そ織しきも完かん璧ぺきであることを求もとめてはいない,ということを忘わすれないでください。(ペテ一いち 2:21)長ちょう老ろうとしての資し格かくを満みたせるよう,エホバが強きょう力りょくな聖せいなる力ちからによって助たすけてくれます。(フィリ 2:13)特とくに改かい善ぜんしたいところがありますか。そのことをエホバに祈いのってください。努ど力りょくしたい点てんについて調ちょう査さして,長ちょう老ろうにアドバイスを求もとめましょう。

兄きょう弟だいたちの推すい薦せんを考こう慮りょする時ときに覚おぼえておきたいこと

兄きょう弟だいたちの資し格かくに関かんして考こう慮りょする時とき,長ちょう老ろうたちは分ふん別べつを示しめし,「正ただしさにあまりにこだわ」らないように気きを付つけます。(伝でん 7:16。ロマ 12:3)自じ分ぶんも完かん璧ぺきに資し格かくを満みたしているわけではないということを忘わすれないようにします。それで,ある兄きょう弟だいが聖せい書しょに書かかれている資し格かくを満みたしているかどうかを考こう慮りょする時ときには,完かん璧ぺきを求もとめないようにし,バランスの取とれた判はん断だんができるようにエホバに助たすけを求もとめて祈いのります。そして推すい薦せんを行おこなう際さいには,エホバの正ただしい基き準じゅんに沿そっているかや,会かい衆しゅうのためになるかどうかを考かんがえます。

18. 全すべての援えん助じょ奉ほう仕し者しゃはどんなことができますか。

18 長ちょう老ろうたちを含ふくめ,兄きょう弟だいたち全すべてはこの記き事じで考かんがえてきた点てんに取とり組くむ必ひつ要ようがあります。(フィリ 3:16)援えん助じょ奉ほう仕し者しゃの兄きょう弟だいたち,努ど力りょくを続つづけてください! エホバに助たすけてもらい,エホバや会かい衆しゅうに仕つかえる面めんでもっと多おおくのことができるように成せい長ちょうしていきましょう。(イザ 64:8)長ちょう老ろうとして奉ほう仕しすることを目め指ざして努ど力りょくするあなたにエホバが豊ゆたかに報むくいてくださいますように。

次つぎの聖せい句くからどんなことを学まなべますか

  • テモテ第だい一いち 3:1-7

  • テトス 1:5-9

  • ヘブライ 13:2,16

101番ばんの歌うた 一いっ致ちして共ともに働はたらく

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