ローマの親衛隊はどんな服装をしていましたか
親衛隊は,紀元前27年にカエサル・アウグストゥスによって結成されたエリートの兵士たちのグループです。皇帝とその家族のボディーガードとして働きました。
チュニックを着ている親衛隊。
ローマでは一般人と同じような服装をした。親衛隊は普段,動きやすいチュニックやマントを着ていました。ローマ市内で皇帝のボディーガードをする時には,当時フォーマルとされていたトーガという服を着ていたようです。
武器を持っていた。「新パウリ古代百科事典」(英語)にはこう書かれています。「これらの部隊の人たちは任務に就いている間,市民と同じような装いをしていたが,武器や盾も携えていた」。おそらくこの武器とは,剣やナイフのことだと思われます。1つは腰に巻いたベルトの右側に,もう1つは左側につり下げていました。
皇帝の護衛をするフォーマルな場面で,トーガを着ている親衛隊。
パウロは裁判が始まるまでの2年間,ローマの自宅に軟禁されていました。親衛隊に監視されていたと思われます。パウロは自宅を借りていて,誰でも自由に呼ぶことができました。来る人来る人に聖書を使って,イエスがメシアであること,神の王国が明るい未来を準備していることについて伝えていました。(使徒 28:16,23,30,31)
パウロは「私がキリストのために拘禁されていることが,親衛隊の全員……に知られるようになっています」と言いました。(フィリ 1:12,13)当時,親衛隊には何千人もの人がいたことを考えると,パウロがこう言えたのは本当にすごいことです。パウロは自宅から出られない状況でも,エホバのおかげでたくさんの人に良い知らせを伝えることができました。