ものみの塔 オンライン・ライブラリー
ものみの塔
オンライン・ライブラリー
日本語
  • 聖書
  • 出版物
  • 集会
  • イ聖 記事118
  • 契約の箱とは何ですか

視聴できるビデオはありません。

申し訳ありません,ビデオをロード中にエラーが発生しました。

  • 契約の箱とは何ですか
  • 聖書 Q&A
  • 副見出し
  • 関連する記事
  • 聖書の答え
  • 契約の箱
    聖書に対する洞察,第1巻
  • 読者よりの質問
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1963
  • 読者からの質問
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 2006
  • 8人の人が生き残る
    聖書から学べる大切なこと
もっと見る
聖書 Q&A
イ聖 記事118
契約の箱

契けい約やくの箱はことは何なんですか

聖せい書しょの答こたえ

契けい約やくの箱はことは,神かみのご命めい令れいにより,古こ代だいイスラエル人じんが神かみの設せっ計けいどおりに造つくった神しん聖せいな櫃ひつのことです。それには「証あかし」,つまり,十じっ戒かいが記しるされた2枚まいの石いしの書かき板いたが保ほ管かんされていました。―出しゅつエジプト記き 25:8-10,16; 31:18。

  • 構こう造ぞう。箱はこの寸すん法ぽうは,長ながさ2.5キュビト,幅はば1.5キュビト,高たかさ1.5キュビト(111×67×67センチ)でした。それはアカシアの木きで造つくられており,内うち側がわにも外そと側がわにも金きんがかぶせられ,縁ふち飾かざりが付ついていました。箱はこを覆おおうふたは純じゅん金きんで造つくられており,その両りょう端はしにある2つの金きんのケルブが特とく色しょくとなっていました。2つのケルブは互たがいに向むかい合あっており,顔かおはふたの方ほうに向むけられていました。ケルブの翼つばさはふたを覆おおうような形かたちで上じょう方ほうに広ひろがっていました。箱はこの足あしの上じょう方ほうには4つの金きんの輪わがありました。金きんをかぶせたアカシアの木きのさおがその輪わに通とおされ,箱はこを運はこぶために使つかわれました。―出しゅつエジプト記き 25:10-21; 37:6-9。

  • 場ば所しょ。当とう初しょ,契けい約やくの箱はこは幕まく屋やの至し聖せい所じょに置おかれました。幕まく屋やとは,契けい約やくの箱はこと同どう時じ期きに造つくられた,崇すう拝はい用ようの移い動どう式しきテントのことです。至し聖せい所じょは祭さい司しや人ひと々びとから見みえないように仕し切きられていました。(出しゅつエジプト記き 40:3,21)大だい祭さい司しだけが,年ねんに1度どの贖しょく罪ざいの日ひに至し聖せい所じょに入はいり,契けい約やくの箱はこを見みることができました。(レビ記き 16:2。ヘブライ 9:7)後こう代だいに,契けい約やくの箱はこはソロモンの神しん殿でんの至し聖せい所じょに移うつされました。―列れつ王おう第だい一いち 6:14,19。

    幕屋の至聖所の中にある契約の箱
  • 用よう途と。契けい約やくの箱はこは,神しん聖せいなものを保ほ管かんするのに使し用ようされていました。神かみがシナイ山さんでイスラエル人じんたちと結むすばれた契けい約やくを彼かれらに思おもい起おこさせるものが収おさめられていました。さらに,その箱はこは贖しょく罪ざいの日ひに行おこなわれる儀ぎ式しきでも重じゅう要ような役やく割わりを果はたしました。―レビ記き 16:3,13-17。

  • 収しゅう蔵ぞう品ひん。十じっ戒かいが刻きざまれた石いしの板いたが,契けい約やくの箱はこに入いれられた最さい初しょの品しなでした。(出しゅつエジプト記き 40:20)後のちに,マナを入いれた金きんのつぼと「芽めを吹ふいたアロンの杖つえ」も加くわえられました。(ヘブライ 9:4。出しゅつエジプト記き 16:33,34。民みん数すう記き 17:10)神しん殿でんに箱はこを移うつした際さい,つぼと杖つえはその中なかになかったため,どこかの時じ点てんで除のぞかれたものと思おもわれます。―列れつ王おう第だい一いち 8:9。

  • 運うん搬ぱん方ほう法ほう。箱はこに付ついているアカシアの木きのさおを,レビ人びとが肩かたに担かついで運はこぶことになっていました。(民みん数すう記き 7:9。歴れき代だい第だい一いち 15:15)さおは箱はこから外はずされることがなかったので,レビ人びとが箱はこに触ふれる必ひつ要ようは全まったくありませんでした。(出しゅつエジプト記き 25:12-16)聖せい所じょと至し聖せい所じょを隔へだてていた「仕し切きりの垂たれ幕まく」は,箱はこを運はこぶときの覆おおいとして使し用ようされました。―民みん数すう記き 4:5,6。a

  • 象しょう徴ちょう。契けい約やくの箱はこは神かみの臨りん在ざいと結むすび付つけられていました。例たとえば,至し聖せい所じょにある契けい約やくの箱はこの上うえやイスラエルの宿しゅく営えい地ちに現あらわわれた雲くもは,エホバの臨りん在ざいと祝しゅく福ふくのしるしでした。(レビ記き 16:2。民みん数すう記き 10:33-36)聖せい書しょでは,エホバが契けい約やくの箱はこのふたの上うえにある2つの「ケルブたちの上うえに座ざしておられる」とも述のべられています。(サムエル第だい一いち 4:4。詩し編へん 80:1)ですから,ケルブたちはエホバの「兵へい車しゃ……のひな型がた」,つまりエホバの兵へい車しゃを象しょう徴ちょうしていました。(歴れき代だい第だい一いち 28:18)箱はこがシオンに置おかれた後あと,ダビデ王おうは,契けい約やくの箱はこが象しょう徴ちょうしていたこうした点てんを踏ふまえて,エホバが「シオンに住すんでおられる」と書かくことができました。―詩し編へん 9:11。

  • 他たの名めい称しょう。聖せい書しょはこの神しん聖せいな箱はこを指さして様さま々ざまな名めい称しょうを用もちいています。例たとえば,「証あかしの箱はこ」,「契けい約やくの箱はこ」,「エホバの箱はこ」,「あなたの[エホバの]み力ちからの箱はこ」などです。―民みん数すう記き 7:89。ヨシュア 3:6,13。歴れき代だい第だい二に 6:41。

    箱はこのふたは「なだめの覆おおい」もしくは「憐あわれみの座ざ」と呼よばれています。(歴れき代だい第だい一いち 28:11; 「ジェームズ王おう欽きん定てい訳やく(きんていやく)」[英えい語ご])この表ひょう現げんは,贖しょく罪ざいの日ひにふたが重じゅう要ような役やく割わりを果はたすことを示しめしています。その日ひ,イスラエルの大だい祭さい司しは犠ぎ牲せいとしてささげられた動どう物ぶつの血ちをふたの方ほうに向むけて,ふたの前まえではね飛とばしました。大だい祭さい司しのこの行こう為いは「自じ分ぶん自じ身しんのため,自じ分ぶんの家いえのため,そしてイスラエルの会かい衆しゅう全ぜん体たいのため」の罪つみのなだめ,つまり,罪つみを覆おおうものでした。―レビ記き 16:14-17。

契けい約やくの箱はこは今いまもありますか

現げん存そんしているという証しょう拠こは全まったくありません。聖せい書しょは,契けい約やくの箱はこが不ふ要ようになったことを示しめしています。それは,契けい約やくの箱はこに関かん連れんした契けい約やくが,イエスの犠ぎ牲せいに基もとづく「新あたらしい契けい約やく」に置おき換かえられたからです。(エレミヤ 31:31-33。ヘブライ 8:13; 12:24)それで聖せい書しょは,契けい約やくの箱はこがなくなり,それを神かみの民たみが惜おしまない時ときが来くることを預よ言げんしていました。―エレミヤ 3:16。

新あたらしい契けい約やくが結むすばれた後のちに使し徒とヨハネに与あたえられた幻まぼろしでは,契けい約やくの箱はこが天てんに現あらわわれました。(啓けい示じ 11:15,19)この象しょう徴ちょう的てきな箱はこは,神かみの臨りん在ざいと新あたらしい契けい約やくにおける神かみの祝しゅく福ふくを表あらわしています。

契けい約やくの箱はこはお守まもりのようなものでしたか

いいえ。契けい約やくの箱はこを所しょ有ゆうしていただけで成せい功こうが保ほ証しょうされたわけではありませんでした。例たとえば,アイとの戦たたかいの際さいに,イスラエル人じんは契けい約やくの箱はこを宿しゅく営えいに置おきましたが,1人ひとりのイスラエル人じんの不ふ忠ちゅう実じつにより敗はい北ぼくを喫きっしました。(ヨシュア 7:1-6)後のちに,契けい約やくの箱はこを戦せん場じょうに持もって行いったにもかかわらず,イスラエル人じんはフィリスティア人じんに打うち負まかされました。この敗はい北ぼくはイスラエルの祭さい司し,ホフニとピネハスの悪わるい行おこないが原げん因いんでした。(サムエル第だい一いち 2:12; 4:1-11)フィリスティア人じんは戦たたかいで箱はこを奪うばいましたが,神かみは彼かれらがイスラエルに返かえすまでフィリスティア人じんを災さい厄やくで撃うたれました。―サムエル第だい一いち 5:11–6:5。

契けい約やくの箱はこの歴れき史し

年ねん(西せい暦れき前ぜん)

出で来き事ごと

1513年ねん

ベザレルとその補ほ佐さたちが,イスラエル人じんが寄き付ふした材ざい料りょうを用もちいて箱はこを造つくる ― 出しゅつエジプト記き 25:1,2; 37:1

1512年ねん

モーセにより,幕まく屋や,祭さい司し団だんと共ともに奉ほう献けんされる ― 出しゅつエジプト記き 40:1-3,9,20,21

1512-1070年ねん以い後ご

様さま々ざまな場ば所しょに移うつされる ― ヨシュア 18:1。裁さばき人びと 20:26,27。サムエル第だい一いち 1:24; 3:3; 6:11-14; 7:1,2

1070年ねん以い後ご

ダビデ王おうによりエルサレムに運はこばれる ― サムエル第だい二に 6:12

1026年ねん

エルサレムのソロモンの神しん殿でんの中なかに移うつされる ― 列れつ王おう第だい一いち 8:1,6

642年ねん

ヨシヤ王おうにより神しん殿でんに戻もどされる ― 歴れき代だい第だい二に 35:3b

607年ねん以い前ぜん

神しん殿でんから取とり除のぞかれたと思おもわれる。西せい暦れき前ぜん607年ねんに神しん殿でんが滅ほろぼされた時ときにバビロンへ持もち出だされた物ぶっ品ぴんの一いち覧らん表ひょうにも,エルサレムに戻もどされた時ときの一いち覧らん表ひょうにも箱はこに関かんする言げん及きゅうはない ― 列れつ王おう第だい二に 25:13-17。エズラ 1:7-11

63年ねん

ローマの将しょう軍ぐんポンペイウスがエルサレムを征せい服ふくし,神しん殿でんの至し聖せい所じょに入はいった時とき,箱はこはなくなっていると伝つたえているc

a 箱はこの運うん搬ぱんと覆おおいに関かんする神かみの律りっ法ぽうに従したがわなかったイスラエル人じんは悲ひ惨さんな結けっ果かを身みに招まねきました。―サムエル第だい一いち 6:19。サムエル第だい二に 6:2-7。

b いつ,なぜ,だれによって箱はこが取とり除のぞかれたのか聖せい書しょは述のべていない。

c タキツス著ちょ「歴れき史し」第だい5巻かん9節せつを参さん照しょう。

    日本語出版物(1953-2027)
    ログアウト
    ログイン
    • 日本語
    • シェアする
    • 設定
    • Copyright © 2026 Watch Tower Bible and Tract Society of Pennsylvania
    • 利用規約
    • プライバシーに関する方針
    • プライバシー設定
    • JW.ORG
    • ログイン
    シェアする