あなたの家族を養うバクテリア
肉眼では見ることのできないほど小さいバクテリアが,あなたの家族の全員に栄養価の高い食品を造りだしています。そのままで食べても風味があり,他のいろいろな食物に調味料として加えることもでき,そうすると,料理された食事は一層おいしくいただけます。この美味な食品こそチーズです。
種類が非常に多く,マーケットで目につくものがすべてではもちろんありません。全部で約400もの異なった種類があります。買い物に行ってさまざまのチーズをごらんになるとき,いったいチーズはどのようにして造られるのか,またその違いはどこからくるか,などと考えたことがありませんか。
普通チーズは牛乳から造られますが,乳汁であれば,どの動物のものでもかまいません。インドでは水牛の乳汁からチーズが造られますし,中東ではラクダの乳汁からクルットと呼ばれるチーズが製造されます。ラップランド人はトナカイの乳汁,またネパールではヤクの乳汁からチーズを造ります。ヤギやヒツジの乳汁を使う国もあります。
しかし,コップ一杯の乳汁とチーズ一切れとを比べてみても,特に似通っているところはありませんが,一方は他方からの産物なのです。このように,乳汁がチーズへと驚くような変化を遂げるのはバクテリアのおかげなのです。
乳汁の準備
あなたがチーズを造るとしたら,どのようにしますか。まず,乳汁が微生物の成長にたいへん適しているため,他のバクテリアに侵されやすいことを忘れてはなりません。チーズの製造に使われる容器や用具を消毒しなければならないのはそのためです。もし望ましくないバクテリアが乳汁にはいり込むと,チーズを製造するために払った努力はむだになってしまうかもしれません。
チーズ製造用のバクテリアが作用しやすいようにするため,乳汁を暖めて,その中にすでに寄生している微生物を相当数殺します。それから,乳汁をチーズに変化させるバクテリアをいれます。それは乳汁を発酵させて,みずから乳酸を造り出す一種のバクテリアです。
このバクテリアは,良質の培養菌を製造する専門の会社から,液状また粉末状のいずれでも入手できます。その粉末状のものを,殺菌された少量の乳汁にいれると,バクテリアは再び活性化します。この乳汁がスターター,つまり培養菌の種になるわけです。それでこれを他の微生物から侵されないよう注意深く保管します。
培養菌の種が,大量のスターターを準備できるのに適した状態になるまでには,12時間から18時間かかります。大量のスターターが用意されると,今度はそれをチーズ製造用乳汁のはいった大型のおけの中に添加します。そのときのスターターの適量は,おけの全量の約100分の4です。
大量のスターターが乳汁に混ぜ合わされると,発酵作用が始まり,その結果,バクテリアの活動で乳汁は酸性を呈します。バクテリアの活動を助けるために,最初1時間ほど乳汁を約29度に暖めます。
凝固
乳汁の酸度が最適なところで,凝乳素(レンネット)を少量加えます。凝乳素には,子牛の胃の内膜細胞から取られた酵素レンニンが含まれています。凝乳素の製造元は,子牛の第4胃の加工過程中に本品を抽出しています。
凝乳素は触媒の働きをして,化学作用を起こし,そのため乳汁中の乾酪素は可視,不溶解性の凝固状(カード)になります。乳汁の酸度が最適であれば,約40分から50分間でカードは十分に固まり,おけのなかみは固体のかたまりの観を呈し,一見するとヨーグルトにたいへん似ています。
多くの種類のチーズに最適のカードを凝乳素が造り出すには,温度を30度に保つのが望ましいようです。凝乳素が乳汁に十分混ぜ合わされたなら,けっしてかきまぜてはなりません。乳汁が凝固するまでは絶対に動かしてはいけません。
カードの切断
カードが十分に固まったなら,それを細かく切って,乳漿,つまり液状部(ホエー)を除きます。チーズ製造元ではそのために,針金が平行に何本か張ってあるワイアーナイフを使用します。それをカードに差し込んで切ると,一辺0.6ないし1.3センチの立方体に細かく切断されます。チーズに高い温度を持たせたい場合は,もっと大きめに切断すれば良いのです。
カードの乾酪素が酸化するにつれて,カード本来の特性は変化します,つまり,まざりやすく,なめらかで,かたくなると同時に,弾性を帯びてきます。そうなると,チーズ製造元は特定のチーズを造るために,まざり合わされたカードを切断機で小片に切断します。
この時点でカードに加塩する場合もありますが,そうでない場合は後ほど,長方形のチーズを塩溶剤にひたして加塩処置を施します。それがすむと,カードを型詰めにし,4トンから8トンの圧力を加えて圧縮します。
加圧の度合いは製造されるチーズのタイプによって異なります。全然加圧されない場合もあります。その例はロックフォール・チーズです。圧縮されすぎると空気が浸透できないため,中で適当な型にならないことがあります。
カッテージ・チーズの処理方法はそれと違っています,まざり合う前に,二,三度洗って酸度を除きます。それに殺菌されたクリームを加え,チーズを柔らかく,なめらかにします。カッテージ・チーズは熟成させませんので,長期間の保存はできません。新鮮なうちに食べなければなりません。
熟成
加圧処理が施されると,チーズは貯蔵室に運ばれ,そこで熟成させます。ここでもバクテリアの作用で,脂肪・たん白質・炭水化物が融解します。バクテリアが造り出す酵素の働きで,そうしたチーズの化学作用が起き,その作用は熟成の期間中続きます。
熟成を成功させるには,貯蔵室の温度と湿度を注意深く調節しなければなりません。チーズの種類・風味・組成・外形に応じて,温度は5度ないし15度に保ちます。
この温度調節室にどれだけの期間貯蔵されるかは,2か月から48か月というように,チーズの種類によって異なります。その間,バクテリアとバクテリアの造り出す酵素の働きによって,チーズに化学変化が起こり,チーズはさらに柔らかく,曲がりやすくなり,その風味も一段と増してきます。チーズの着色には,色素を添加します。
害虫
チーズをだめにする害虫がいることはご想像のとおりです。その一つに,チーズダニがいます。くもに似たたいへん小さいこん虫です。チーズダニに荒らされたチーズの表面は,茶色の粉末をかぶります。そして,ちょっとの間にチーズを茶色い粉末の山にしてしまいます。
別の害虫はチーズハエです。かなり古くなったチーズの割れめや,くぼみに卵を生みつけます。卵からかえったうじが,チーズを食べながら内部にはいって行き,ハエになるまでその空洞の中で過ごします。そうなったチーズは,もちろん食用にはなりません。さらに,バクテリオフワージと呼ばれるウィルスもチーズにとっては害虫の一種で,チーズの製造工場に寄生すると,たいへんな被害をもたらします。
チーズの種類
チーズは18種類に分類され,普通その組成と風味とによって,さらに区分されています。組成は,軟質・半硬質・硬質があり,また風味には,弱いもの,中程度のもの,鋭いものの別があります。
軟質チーズには熟成させたカマンベールや,熟成させないカッテージ・チーズなどがあります。後者はチーズの中で最も簡単なものです。
半硬質のチーズは熟成させたもので,リンバガー,ミュンスターなどがあります。
硬質チーズも熟成させたもので,スイスやチェダーがそうです。1ポンド(約450グラム)の硬質チーズを造るのに,約10ポンドの乳汁が必要です。
一般に広く賞味されている種類にプロセス・チーズがあります。これは,幾種類かのナチュラル・チーズを混ぜ合わせ,加熱して造ります。それに乳化剤を添加すると,品質の一定した半流動体となります。なめらかにとける性質があるため,料理用に好んで使われます。ただし,乳化・着色・保存・安定・濃化の過程で,種々の化学薬品が使用されるため,望ましくないところが全然ないわけではありません。
おいしいチーズはほんとうに多種類あり,いろいろ選ぶことができます。チーズはどれを取ってもすぐれたたん白質食品で,各種ビタミン・カルシウム・リンその他の灰分を含んでいます。ですから,夕食のテーブルにチーズが出されたとき,チーズ製造に重要な役割を果たしているバクテリアのことを思い起こせば,あなたの家族を養っているのはバクテリアであると言えないでしょうか。