鳥の飛翔の奇跡
オーストラリアの「目ざめよ!」通信員
スコットランドのスターリング城には,劇的な出来事を目撃しようと,大勢の人々が詰めかけていました。城の屋上にはイタリアの錬金術師が立っています。彼は,鳥の羽をたくさん付けた特製の翼を使って,フランスまで飛んでみせると予告していました。
彼は飛び立ちました! が,どこへ着陸したでしょうか。城の真下です。そして大腿骨を折っていました。こうして,鳥の飛翔の奇跡をまねようとする16世紀の試みは失敗に終わったのです。
空を飛ぶ鳥の姿は,いつの時代でも人の心を引き付けずにはおきませんでした。三千年ほど昔,自分の周囲の世界に対する鋭い観察力を持ったひとりの人は,自分にとって「不思議にたえないこと」として,「天における鷲の道」を挙げています。―箴 30:18,19,口。
長い間多くの人は,人間に羽さえあれば,翼を上下に羽ばたかせて空を飛べるものと考えていました。しかし,過去二世紀ほどの間に,人間は,空を飛ぶための鳥の装備がこれまで考えられていた以上にすばらしいことを認識するようになりました。この比類のない装備には,その羽,翼の型,特殊化した筋肉,体型,骨格,そしてもちろん,空を飛ぶ際の様々な要素を操る本能などが含まれます。人間は鳥から多くを学び,その飛行をつたないながらもまねることのできる機械を発明しました。しかし,人間そのものとしては空を飛ぶようには造られていないのです。
空を飛ぶ必要性
人間はもちろん生きてゆくために飛ばねばならないということはありませんが,ほとんどの鳥にはその必要性があります。鳥は極めて活動的な生物で,大量の食物を必要としています。例えば,鳥の心臓の鼓動は毎分200回から1,000回にも上り,その体温は摂氏39度から44度の間にまでなります。普通のアマツバメは,平常えさを求めて飛ぶ場合,時速約65㌔のスピードで,一日に12時間ないし14時間飛ぶものと思われます。ひなを養っているときには,一日に960㌔も飛ぶこともあるのです。
短い時間であれば,驚くべきスピードで飛べる鳥もいます。ハヤブサは時速約290㌔で急降下することが知られています。インドで計測されたところによると,ハリオアマツバメは時速約320㌔で飛びます。
鳥がいともやすやすと空を飛ぶのを見ると,鳥はどのようにして飛ぶのだろうか,鳥はどのようにして空中に浮かんでいられるのだろうか,と尋ねざるを得ません。
空を飛ぶ秘訣
わたしたちの周りにある空気は目に見えませんが,ひとたび動くと大きな力を出すことをご存じでしょう。あらしになると,木々が根こぎにされ,家の屋根が飛ばされることもあります。同様に,鳥の特別な形をした翼の周りを動く空気は,引力に抗するだけの揚力を与え,鳥が地面に落ちないですむようにします。空気の動きがなければ,鳥は石のように地面へ墜落してしまいます。
鳥の翼の形は,翼の上面に添って動く空気の方が翼の下面に添って動く空気よりも多くの距離を動かねばならないようになっています。そのため,翼の上面の空気はいわば下面の空気に“追い付く”ために加速しなければなりません。
翼の上面の空気は,加速された結果,下面の空気よりも“希薄”になります。翼の下面の,圧縮された“濃密な”空気はさらに大きな圧力を加え,鳥を押し上げて,必要とされる揚力を与えます。ストローを使って飲み物を飲むとき,似たような現象が起こります。ストローを吸うと,ストローの内部の空気が希薄になり,その結果,ストローの外側の空気のほうが相対的に“濃密”になり,液体をストローの上へと押し上げるのです。
鳥の翼を下から吹き上げる空気も,鳥を上昇させます。しかしそれだけでなく,鳥は空気の抗力を克服するため,自らの力を幾らか使わねばなりません。
鳥は空に舞い上がるため,大抵,翼を羽ばたかせて空中へ飛び立ちます。ちょっと見ると,鳥はただ翼を上下に動かしているだけのように思えますが,詳しく調べてみると,この羽ばたきによる飛行はずっと複雑であることが分かります。鳥はたくさんの羽をぴったりとくっつけ,翼を広げ,それをやや後方へ押し下げます。こうして,できるだけ多くの空気を押し下げるのです。その後,羽と羽の間にすき間を作って空気が通れるようにして,翼を前方に押し上げます。翼はまた,空気の抵抗を最小限にとどめるため,体のすぐそばまで引き付けられます。
翼の動きは,“抗力”を相殺してスピードを上げるのに必要な推進力と揚力を生み出します。鳥の翼の動きは,水泳の“バタフライ”の動きと比べられるでしょう。その際,泳者の腕は肩の関節をかなめにして回転し,水の上では前方に向かって伸び,それから水の中で後ろにかき戻されます。しかし,空を飛ぶことには翼の回転とそれに伴う翼の様々な部分の動きが関係しており,はるかに複雑です。
鳥が速く飛べば飛ぶほど,翼の周りを通る空気から大きな揚力が得られます。ハトは空へ舞い上がる際に,一定の速度で飛んでいるときの五倍のエネルギーを消耗するとされています。
大きな鳥は大抵,翼幅が広くても,特に飛び上がるときなど,自らの体重を支え,より大きな抗力を相殺することはできません。そのため,ペリカンのように,地上を数メートル走って,揚力を得るためのスピードをつける鳥もいます。一方,ハゲワシのような鳥は,木や柵の上に留まり,そこから飛び降り,重力を利用して,翼が揚力を得るのに必要なスピードをつけます。
空を飛べる鳥の中で最も重いのは,体重18㌔のナキハクチョウです。体の重い鳥は,羽ばたく際に大きな力を要するので,羽ばたく回数がおのずと限られてきます。それでも,その飛行能力が制限されることはありません。それらの鳥は,別の飛び方の達人だからです。
舞い上がりと滑空
大きな鳥は,気流を巧みに利用するので,ほとんど羽ばたくことなく,長い距離を幾時間も飛ぶことができます。こうした気流の正体を身近な例えで説明できるでしょう。何か熱い物の上に手をかざすと,暖かい空気が上昇しているのを感じます。同様に,太陽が地球を暖めると,その表面の成り立ちによって,ある場所は他の場所よりも暖まります。その結果,地上では何一つ動いていないように見えても,暖められた場所の上にある空気が上昇し,強い気流を作り出します。“上昇温暖気流”と呼ばれるこの上昇気流は,ドーナツ型をした熱い空気のあわのようなもので,高度3,000㍍まで上昇することが知られています。
風が丘陵や山の斜面に当たったときにも上昇気流が発生します。風はおのずと山腹に添って上昇し,山頂に達してからも上昇し続けるのです。
鳥は自分の降下速度よりも速い勢いで上昇している気流を見つけると,その上昇気流に“乗る”ことができます。その際,鳥は上昇する空気の範囲内にとどまるために,普通,弧を描いて上昇してゆきます。大きく広げられた翼は,ちょうど帆のように,上昇気流を捕らえます。こうして鳥は,事実上力を使わずに,高い所へ舞い上がれるのです。この種の飛翔は“舞い上がり”と呼ばれます。
この飛び方と関連があるのは“滑空”と呼ばれる飛び方です。その際,鳥は降下速度を遅くするために,翼を広げ,体全体を伸ばします。滑空の最も達者な鳥は,降下を始める際の高度の約20倍の距離を滑空できます。
ハゲワシ,カモメ,ペリカン,タカ,そしてワシなど,滑空する鳥は,一つの上昇気流に乗って上昇し,別の上昇気流に出会うまで滑空することにより,ほとんど力を使わずに長い距離を飛べます。こうした鳥は,翼の動きを調節して,上昇気流に乗りながら同じ高さのところに浮いていることも,瞬時に滑空から舞い上がりの体勢に移ることもできます。中には,こうした方法で,ほとんど一日中,時速50㌔ないし80㌔の速さで飛んでいられる種類の鳥もいます。そのようにすれば,自分たちのエネルギーを消耗しないですみます。この種の飛び方をしている鳥は,普通,一目でそれと分かります。というのはそうした飛び方をしている場合,鳥は弧を描いて上昇し,それから真っすぐに長い距離を滑空します。
アホウドリのような鳥は,海上の強風を巧みに操ります。アホウドリは追い風に乗って,海面を目がけて長い滑空を始め,徐々に速度を上げてゆきます。水面から数十㌢のところまでゆくと,アホウドリは向きを変えて風上に向かい,その力で上昇します。こうすると高度は上がりますが,スピードは落ちます。それからまた向きを変えて,同じことを繰り返すのです。この循環のどこかで飛行距離を調節することにより,アホウドリは好きな所へ飛んでゆけます。ロイヤル・アホウドリの場合を例に取ると,こうした飛行術を使って時速80㌔ないし110㌔で長時間飛ぶことができます。その際必要とされる労力は,翼をずっと広げていることと時々翼を羽ばたかせることだけです。
羽ばたきするには多大のエネルギーを要するので,大きな鳥はできる限り,舞い上がりと滑空を用います。羽ばたくのは,主に,枝から枝へ移るときや飛び立つときだけです。こうした大きな鳥は一秒間に一回から三回しか翼を動かしませんが,鳴き鳥の大半はその二倍の速さで羽を動かします。体長わずか5㌢で,体重が3㌘しかないハチドリは,その羽を毎秒60回ないし70回動かします。ハチドリはヘリコプターのように空中に浮かんでいられます。また,実際に後ろ向きに飛ぶことのできる唯一の鳥です。
方向転換と着地の妙技
空中で身を御してゆく,鳥の能力は見事なものです。片側の翼をもう一方よりも速く動かして,方向転換ができます。こうすると,片方の翼が上がった姿勢にもなり,かなり急角度で方向を変えることが可能になります。この点で,鳥の尾羽も独自の役割を果たしています。さらに尾羽はバランスを保つのに役立ち,必要な時にはブレーキにもなるのです。木の枝を巧みにかわし,互いに衝突しそうになりながらもぶつかることなく飛び交う様は,鳥が確かに飛行の名人であることを示しています。
着地に関する限り,鳥は,信じ難いほど完全な着地をするのに必要な,あらゆる機能を備えています。鳥は,地面に落ちたり,着地する際につんのめったりしないように,自分の高さ,速度,方向,そしてあらゆる気流を考慮に入れねばなりません。体の重い鳥の中には,着地する際にバランスを保つため,少し走らねばならない鳥もいます。
鳥はその翼と尾を巧みに使ってスピードを落とし,着地をコントロールするので,木の枝をほとんど動かさずに樹上に舞い降りることもできます。着地点に近づくときの鳥の速度を考えれば,それはかなりの離れ業です。時には,素早く速度を落とすために,飛んでいる方向とは逆向きに翼を羽ばたかせることもあります。
驚嘆すべき造り
鳥が飛ぶように造られていることは,その骨格や羽を見てもよく分かります。鳥には肩の関節につながる上腕と二本の骨から成る前腕があります。翼は上下に自由に動き,またねじれるような骨組みになっています。鳥の胸骨は人間の胸骨のように平らではなく,船の竜骨のような形をしています。ですから,胸骨の両側には,飛翔のための特殊で,ごく強力な筋肉のつく場所があるのです。
骨そのものも理想的に造られています。その骨は,主に,壁面の薄い管状になっており,大きな鳥の場合には,その中に微細な支柱がかってあります。そのため,骨は非常に軽いながらも,強力な支えになるのです。例えば,翼幅2㍍もあるグンカンドリの骨は,全体で113㌘そこそこです。大きい骨の中には気嚢が収められています。これらの気嚢は肺の付属物,または補助器官で,鳥の激しい活動を維持するのに必要とされる,余分の酸素を供給するのに使われます。
羽も実にすばらしく造られています。一羽の鳥には,2,000本から6,000本の羽があります。一本一本の羽には,中空の羽幹から枝分かれした幾百もの羽枝が付いています。その羽枝各々は幾百もの小羽枝に枝分かれし,さらにその小羽枝はもっと小さい,釣り針のような小鉤に分かれています。長さ15㌢のハトの羽一本には,約99万本の小羽枝があり,数百万の小鉤が付いているとされています。このすべてが重なり合って,極めて効率の良い,空気を通さない翼面を成すのです。それは,軽くて,熱を逃がさない,防水性の翼面です。羽はまた,余計な重量をほとんど加えずに,翼の面積を大いに増やします。
翼の羽は主に三つの種類に分類されます。最も大きい初列風切り羽は,翼の先端にあり,方向を変える際や羽ばたく際に重要な役割を果たします。猛鳥の初列風切り羽の幅は,真ん中あたりから狭くなります。このため,これらの猛鳥は,自然の気流を一層巧みに利用することができ,ずっと鋭い角度で上昇できるようです。次列風切り羽は前腕部に,三列風切り羽は上腕部に付いています。これらの種類の羽は,飛行の際に各々重要な役割を果たします。
奇跡,それとも全くの偶然?
鳥の飛翔についてごく簡単に調べただけでも,人を考えさせずにはおきません。人間は,幾十年にもわたる,集中的な設計,実験,そして知的分析の末,ようやく鳥の飛翔の一面を模倣できるようになりました。それでも,人間は,鳥が本能でする事柄を行なうために,複雑な器具を使わねばなりません。しかも,鳥のほうが人間よりも巧みに同じことを行なえるのです。人間はグライダーを作り,今では超音速ジェット機を製作するまでになってはいますが,推進力と揚力を同時に生み出す,鳥の翼の羽ばたきを正確に模倣することはできません。多くの複雑な要素に依存する飛翔能力を備えた鳥の起源は,一体どこにあるのでしょうか。
鳥は,何らかの方法で,は虫類から進化したのだと唱える人もいます。うろこが徐々に羽に変わっていったというのです。そうした人々は,歯と長い骨質の尾のある始祖鳥という古代の鳥の化石に注意を向け,これこそ“失われた環”であると主張します。しかし,その際に,数多くの重大な側面が無視されています。は虫類は冷血動物で,大抵の場合,動きの鈍い生物です。一方,鳥は温血動物で,地上で最も活動的な生物です。鳥が飛ぶためには,同時に存在しなければならない,数多くの秩序立った要素が必要とされます。
始祖鳥には,(羽になりかけたうろこではなく)完全に羽毛で覆われ,すでに十分発達した翼があり,そのうえ木に留まるのに適した特別な足もありました。頭部と頭蓋骨の相対的な割合は,鳥類のそれであり,は虫類とはかなり異なっています。ですから,始祖鳥は,は虫類が鳥に進化したものではありません。
確かに,空を飛ぶ能力を単なる偶然に帰すことはできません。注意深く調べてみれば,鳥の飛翔が神に源を有することを示す,納得のゆく証拠が得られます。鳥に関するあらゆる事柄,すなわちその流線型の体,大きくて軽い翼,骨の特殊な構造,そして複雑な飛翔に求められるありとあらゆる本能などは,人間よりもはるかに優れた,理知ある設計者の存在を物語っています。そうです,わたしたちは,鳥の飛翔の奇跡のためにも,その方,エホバ神に畏敬の念を表わしたいものです。―詩 148:1,7,10。
[21ページの図]
(正式に組んだものについては出版物を参照)
空気の流れ
揚力
抗力
重力
鳥の翼に働く力
[22ページの図]
(正式に組んだものについては出版物を参照)
上昇温暖気流
滑空
上昇温暖気流