20章
反対に遭っても,「広まって勢いを増していった」
アポロとパウロの奮闘により,逆境を乗り越えて良い知らせが広まる
1,2. (ア)パウロたちはエフェソスでどんな危険な目に遭いますか。(イ)この章ではどんなことを考えますか。
エフェソスの通りに怒号が飛び交い,人々が走る音がどどっと響きます。群衆が暴徒と化し,暴動が起きます。パウロに同行していた2人が捕らえられ,引きずっていかれます。町には,2万5000人を収容できる円形劇場があります。群衆は狂ったようにそこになだれ込み,柱の奥に店が立ち並ぶ大通りはすぐに空っぽになります。ほとんどの人はどうして騒動になっているのかも分かっていません。でも,自分たちの神殿と崇敬する女神アルテミスの立場が危うくなっているようだ,と感じます。熱狂して,「偉大なのはエフェソスのアルテミス!」と叫び始めます。(使徒 19:34)
2 またしても,サタンは暴徒たちを使って,神の王国の良い知らせが広まるのをとどめようとしています。もちろん,サタンの手口は暴力だけではありません。この章では,1世紀のクリスチャンの活動の邪魔をし,会衆をばらばらにさせようとするサタンの手口の幾つかを取り上げます。素晴らしいことに,サタンがどんな手口を使っても,「エホバの言葉は力強く広まって勢いを増して」いきました。(使徒 19:20)クリスチャンたちがサタンの攻撃に負けず,伝道を続けられたのはどうしてでしょうか。今の私たちも同じく,サタンに負けていません。そうできているのはもちろんエホバのおかげですが,私たちにもすべきことがあります。良い宣教ができるよう内面を磨いていくことが大切です。エホバの聖なる力に助けてもらいながら,そうします。では,まずアポロの例から学びましょう。
「聖書によく通じていた」(使徒 18:24-28)
3,4. アクラとプリスキラは,アポロについてどんなことに気付きましたか。気付いてどうしましたか。
3 パウロが3度目の宣教旅行でエフェソスに向かっている間に,アポロというユダヤ人がエフェソスに着きます。エジプトのアレクサンドリアという有名な都市の出身です。アポロには,いろんな優れたところがありました。話がとても上手です。しかも「聖書によく通じて」いて,「聖なる力によって熱意に燃え」ています。アポロは,会堂でユダヤ人たちに熱心に語り始めました。(使徒 18:24,25)
4 アポロが話すのを,アクラとプリスキラが聞きました。アポロが「イエスに関する事柄を正確に……教え」ているのを聞いて,2人はうれしくなったはずです。アポロはイエスについて正しく教えていました。でも2人は,アポロには分かっていないことがあるのに気付きます。「ヨハネのバプテスマしか知らなかった」のです。天幕作りを仕事にしている,いつも謙虚なこの夫婦はどうするでしょうか。教育があって雄弁なアポロの前で遠慮してしまい,何も言えないでしょうか。そうではありませんでした。2人はアポロを「連れていって,神の道をより正確に説明し」ました。(使徒 18:25,26)アポロはどうするでしょうか。謙虚な姿勢で2人の話をよく聞き,自分のできていないところを認めました。そうすることは,クリスチャンにとって特に大切です。
5,6. アポロはどうやって,エホバにとってますます使いやすい人になりましたか。アポロからどんなことを学べますか。
5 反発せずに2人に助けてもらったおかげで,アポロはますます教えるのが上手になり,エホバにとって使いやすい人になりました。その後,アカイアに行き,クリスチャンたちを「大いに助け」ました。また,イエスについて誤解しているユダヤ人たちにも熱く語り,イエスがメシアであることを教えました。こう書かれています。「[アポロは]熱意を持って……ユダヤ人の誤りを徹底的に証明し,イエスがキリストであることを聖書から示した」。(使徒 18:27,28)本当に大きな活躍です。「エホバの言葉」が広まっていくのに大きく貢献しました。アポロからどんなことを学べるでしょうか。
6 謙虚に自分を見つめることは,クリスチャンにとって欠かせません。私たちにはみんな,エホバからもらった良いところがあります。才能,経験,知識などです。でも,そのどれよりも,謙虚な姿勢が目立っていなければいけません。そうでないと,せっかくの良いところが悪いところになってしまいかねません。自分の優れたところにうぬぼれ,心の中に傲慢さが雑草のように生え出てしまうかもしれません。(コリ一 4:7。ヤコ 4:6)謙虚さを忘れない人は,周りの人は自分より上だといつも考えます。(フィリ 2:3)何かを指摘された時にいら立ったり,教わるのを嫌がったりしません。自分の考えが聖なる力の流れに合っていないことに気付いたなら,固執せずにすぐ考えを改めます。謙虚な心を持ち続ければ,エホバとイエスにとって使いやすい人でいられます。(ルカ 1:51,52)
7. パウロとアポロはどのように謙虚な姿勢を示しましたか。
7 謙虚な心があれば,ライバル意識を捨てやすくなります。サタンは,1世紀のクリスチャンの中に分裂を引き起こしたいと思っていました。もしアポロとパウロという,やる気にあふれた2人がお互いをライバル視し,クリスチャン会衆の中で張り合うとしたら,サタンの思うつぼでした。2人がそうなることは十分にあり得ました。コリントのクリスチャンの中には,「私はパウロに従う」と言う人もいれば,「いや,私はアポロに」と言う人もいました。パウロとアポロは,兄弟たちを自分に付かせようとしたでしょうか。いいえ,そんなことはしませんでした。パウロは謙虚に,アポロが伝道に大きく貢献していることを認め,さらに責任を任せました。アポロは,パウロの指示に従いました。(コリ一 1:10-12; 3:6,9。テト 3:12,13)謙虚な心で協力し合う素晴らしい手本です。
「神の王国について……人々を説得しようとした」(使徒 18:23; 19:1-10)
8. パウロはどんなルートでエフェソスに向かいましたか。どうしてですか。
8 パウロは以前,エフェソスの人たちに「また戻ってきます」と言っていました。その約束を守るため,エフェソスに向かいます。a (使徒 18:20,21)注目したいのは,どういうルートで向かったかです。パウロは,シリアのアンティオキアに戻ってきていました。そこからエフェソスに行くには,近くのセレウキアから船に乗っていくのが手っ取り早いはずです。ところが,パウロは「内陸部を通ってエフェソスに行った」とあります。使徒 18章23節と19章1節のパウロの旅路をたどると,1600㌔にもなるようです。どうしてそんなにきついルートを選んだのでしょうか。「全ての弟子たちを力づけ」るためです。(使徒 18:23)これまでの旅と同じく,3度目の宣教旅行も大変な旅になりそうです。でも,パウロはそうするだけの価値が十分にあると思いました。現代の巡回監督や妻も同じような気持ちで,各地を回っています。心から感謝したいと思います。
9. 12人ほどの弟子たちが,あらためてバプテスマを受けなければいけなかったのはどうしてですか。彼らの例から,どんなことを学べますか。
9 パウロはエフェソスに着くと,バプテスマを施す人ヨハネの弟子を12人ほど見つけます。彼らが受けていたのは「ヨハネのバプテスマ」で,今は有効ではないものでした。しかも,聖なる力についてほとんど知らなかったようです。それでパウロは最新の教えを理解できるよう助けます。彼らはアポロのように謙虚な姿勢で真剣に学びました。イエスの名によって(イエスの権威と地位を認めて)バプテスマを受け,その後,聖なる力を受け,奇跡的な能力を持つようになりました。エホバから来る最新の指示に合わせていけば必ずうまくいく,ということが分かります。(使徒 19:1-7)
10. パウロが会堂から講堂に移ったのはどうしてですか。パウロにどのように倣えますか。
10 エフェソスでは,さらに別の出来事もありました。パウロは3カ月間,会堂で熱心に伝道しました。「神の王国について……人々を説得しようとし」ましたが,ある人たちは信じようとせず,パウロの話を批判します。パウロは,「この道について悪く言」う人たちに時間を割くのはやめ,学校の講堂で話すことにします。(使徒 19:8,9)神の王国についてもっと学びたい人は,会堂から講堂に移る必要がありました。家の人が聞こうとしないときや,ただ議論をしたいだけのとき,私たちもパウロのように会話を切り上げます。ぜひ良い知らせを聞いてほしい,心のきれいな人たちがまだたくさんいるからです。
11,12. (ア)パウロはどのように融通を利かせつつ,よく働きましたか。(イ)エホバの証人はどのように融通を利かせつつ,よく働いていますか。
11 パウロは学校の講堂で毎日,午前11時ごろから午後4時ごろまで話したと思われます。(スタディー版の使徒 19:9の注釈を参照。)それは暑いけれども静かな時間帯で,多くの人が仕事の手を止めて食事をしたり休んだりしていたようです。このスケジュールを丸2年続けたとすれば,パウロは教えることに3000時間以上(1カ月当たり125時間)費やしたことになります。b 「エホバの言葉[が]広まって勢いを増していった」のもうなずけます。パウロは融通を利かせつつ,労を惜しまずに働きました。伝道する時間を,地域の人たちの生活パターンに合わせました。どうなったでしょうか。「アジア州に住む人はユダヤ人もギリシャ人も皆,主の言葉を聞いた」とあります。(使徒 19:10)パウロはまさに,神の王国について徹底的に教えました。
12 現代のエホバの証人も,融通を利かせつつ,労を惜しまずに働いています。人に会える時間と場所をよく考えて,伝道します。道で,商店街で,駐車場で人に話し掛けます。電話や手紙でも伝道します。人がいそうな時間に,家を一軒一軒訪ねます。
邪悪な天使を打ち負かし,「エホバの言葉は……広まって勢いを増していった」(使徒 19:11-22)
13,14. (ア)エホバはパウロにどんなことをさせましたか。(イ)スケワの息子たちはどんな間違ったことをしましたか。現代でも,どんな人たちがいますか。
13 続く記録によれば,エホバはパウロに「並外れた強力な行い」をさせました。パウロの手拭いや前掛けを病気の人たちの所に持っていくだけで,その人たちは癒やされました。人に取りついた邪悪な天使たちも,同じようにして追い出されました。c (使徒 19:11,12)邪悪な天使たちを打ち負かす力が,大きな注目を集めます。でも,そうなったせいで厄介なことも起きました。
14 その頃,「各地を旅して邪悪な天使を追い出すユダヤ人たち」がいて,パウロが起こす奇跡のまねをしていました。イエスとパウロの名前を使って邪悪な天使を追い出そうとしたりしました。記録によれば,そういういんちきをしていた人の中に,祭司長スケワの7人の息子がいました。邪悪な天使は彼らにこう言います。「イエスを知っているし,パウロもよく知っている。だが,おまえたちは何者だ」。邪悪な天使に取りつかれた男は,野獣のように彼らに飛び掛かって,傷を負わせます。彼らは裸にされ,逃げていきました。(使徒 19:13-16)パウロと彼らの力の差は歴然としていました。エホバがパウロに力を与えていたからです。「エホバの言葉」は本当に強力です。現代でも,イエスの名前を呼ぶだけでいいとか,自分はクリスチャンだと言うだけでいい,と考える人がいます。でも大切なのは,エホバが望んでいることを実行することです。そうする人には,神の王国が実現させる明るい未来が待っています。(マタ 7:21-23)
15. エフェソスの人たちにどのように倣えますか。
15 スケワの息子たちが悲惨な目に遭ったことが広く知られ,神を畏れる人が増えていきました。たくさんの人がクリスチャンになり,オカルト的な習慣をやめました。エフェソスの文化には魔術の影響が強く,まじないやお守り,呪文が書かれた書物が広まっていました。そういう中で,多くの人たちが魔術の本を持ってきて,みんなの前で燃やしました。それらの本は,現在の価値で数百万円にもなると思われます。d 「こうして,エホバの言葉は力強く広まって勢いを増してい」きました。(使徒 19:17-20)エホバの教えの前では,間違った教理やオカルトは全く無力でした。エフェソスのように,今の世の中にもオカルトや占いが広まっています。悪魔に関係した物は,エフェソスの人たちに倣って,すぐに処分しましょう。どんなに愛着があるものや高価なものだとしても,処分して,オカルト的なものとは一切関わらないようにしましょう。
「大きな騒動が起きた」(使徒 19:23-41)
16,17. (ア)デメテリオはどのようにして騒動を引き起こしましたか。(イ)エフェソスの人たちは宗教に熱狂するあまり,どうしましたか。
16 ルカは続けて,「この道に関して大きな騒動が起きた」と書いています。これもサタンが使った手口で,パウロたちはとても危険な状況に追い込まれます。e (使徒 19:23)騒動のきっかけになったのは,銀細工人デメテリオです。デメテリオはまず仕事仲間たちに,偶像を買う人がいるおかげで商売が成り立っていることを話します。そして,クリスチャンたちは偶像を崇拝しないので,パウロの伝道は営業妨害だと言います。それから,市民のプライドと愛国心に訴えます。このままだと,女神アルテミスと,エフェソスにある世界的に有名な神殿が「無価値なものと見なされ」てしまう,と言いました。(使徒 19:24-27)
17 デメテリオの狙い通りになりました。銀細工人たちが「偉大なのはエフェソスのアルテミス!」と叫びだし,町は混乱状態になります。冒頭で取り上げたような,暴動が起きました。f 勇敢なパウロは,劇場に入っていって暴徒たちと話そうとします。でも,危険なことはしないようにと,弟子たちに止められます。アレクサンデルという人が群衆の前に立ち,話そうとします。彼はユダヤ人だったので,ユダヤ人とクリスチャンの違いを説明したかったのかもしれません。そういう説明は,群衆にとってはどうでもいいことでした。彼がユダヤ人だと分かった群衆は,黙らせようとして,「偉大なのはエフェソスのアルテミス!」と叫び,約2時間も続けました。宗教的熱狂の恐ろしさは今も変わっていません。人に常軌を逸した行動を取らせます。(使徒 19:28-34)
18,19. (ア)町の記録官はどのようにして暴動を鎮めましたか。(イ)権力者たちのおかげで,エホバの証人はどのように守られてきましたか。私たちとしてはどんなことを心掛けますか。
18 ようやく暴動が収まります。賢くて冷静な,町の記録官が群衆を説得したからです。記録官は次のようなことを話します。クリスチャンたちがいても神殿と女神アルテミスの存在は危うくなりません。パウロたちはアルテミスの神殿に対して何も違法なことをしていません。訴えたいのであれば正規の手順を踏むべきです。しかも,訳もなく騒ぎを起こしたため,暴動の罪でローマから訴えられる恐れがあります。記録官はそう言ってから,群衆を解散させます。群衆はもっともな指摘に説得され,突如巻き起こった暴動は一気に収まります。(使徒 19:35-41)
19 このように,良識のある権力者たちのおかげでクリスチャンたちが守られるのは珍しいことではありません。使徒ヨハネが見た幻の中で,そうなることが描かれていました。終わりの時代に,穏健な行政・司法機関(幻に出てくる「地」)が,クリスチャンを襲う洪水のような迫害を抑え込むことになっていました。(啓 12:15,16)この預言の通りになってきました。公平な判断をする裁判官のおかげで,崇拝のために集まる権利や伝道する権利が守られたことがあります。もちろん,理解を得られるよう,私たちが良い振る舞いをすることも大切です。エフェソスでも,役人たちがパウロに好感を持っていたので,身の安全を考えてくれたようです。(使徒 19:31)いつも正直でいて,礼儀正しく接すれば,良い印象を持ってもらえます。こちらの誠実さが伝わると,相手の対応も変わってくるものです。
20. (ア)昔も今もエホバの教えが広まっていることを考えると,あなたはどんな気持ちになりますか。(イ)どのようにして少しでも貢献していきたいと思いますか。
20 「エホバの言葉[が]広まって勢いを増していった」記録を読むと,元気が湧いてきます。現代でも,エホバの教えが反対をものともせずに広められていっています。それに少しでも貢献できるのであれば,素晴らしいことです。では,謙虚な心を持ち,エホバから来る最新の指示に合わせ,一生懸命に働きましょう。オカルト的なものには一切関わらないようにします。いつも正直でいて,感じ良く人に接するようにしましょう。そのようにして,1世紀の兄弟たちに倣っていきましょう。
a 「エフェソス アジアの州都」という囲みを参照。
b パウロはエフェソスで,「コリントのクリスチャンへの第一の手紙」を書くこともしました。
c 手拭いとは,汗が目に入るのを防ぐために額に巻いた布のことかもしれません。前掛けも着けていたことからすると,パウロは自由な時間,おそらく午前の早い時間に,天幕作りの仕事をしていたのかもしれません。(使徒 20:34,35)
d ルカの記録によれば,銀5万枚の価値がありました。デナリであれば,当時の賃金の5万日分(週7日働いたとして約137年分)に当たります。
e パウロはコリントのクリスチャンへの手紙で,「命さえ危うい状況でした」と書いています。これは,このエフェソスでの騒動のことを言っていたのかもしれません。(コリ二 1:8)あるいは,もっと危険だった別の時のことを言っていたのかもしれません。パウロは別の手紙で,「エフェソスで野獣と戦った」と書いています。これは,闘技場でどう猛な動物と戦わされたということかもしれず,人間たちから迫害されたということかもしれません。言葉の通りに理解することも,例えとして解釈することもできます。(コリ一 15:32)
f こうした職人たちの組合には,かなり力があったようです。この出来事の1世紀ほど後には,パン職人の組合がエフェソスで同様の騒動を起こしました。