なぜ自分の宗教を調べてみるべきですか
わたしたちは自分と神との関係をまじめに考えてみるべきです。なぜですか。なぜなら,実際の証拠も示すとおり,神はまもなく邪悪な者を滅ぼし,正義の新しい体制を建てられるからです。それでわたしたちは,「自分は神の是認を受けるようなしかたで神を崇拝しているだろうか」と自問すべきです。
何が神の御旨にかなうかを決めるのは,人間ではなく,神ご自身です。神の見方を知るには,聖書をひもとかねばなりません。神は聖書の中で,とこしえの命を求める者が取るべき道を明確に示しておられます。(箴言 3:1,2)神の言われる事柄を心に刻み,それに従って生活してゆくなら,現在,また将来いつまでも,すばらしい祝福を受けることになるでしょう。
神はすべての宗教を是認されますか
この問題について聖書はなんと述べていますか。幾億人もの人々がさまざまなしかたで宗教を奉じていますが,聖書はそのすべてが神の御旨にかなうと教えていますか。宗教はすべて良いものであると教えていますか。
この点をどう見るかを示すため,神はご自分のみことばの中に次の簡明なことばを記録させられました。「滅びに至る道は大きくて広く,そこを通って行く者が多い……他方,命に至る門は狭く,その道は通りにくい。そして,それを見いだしている者は少ない」。(マタイ 7:13,14,新)このことばはわたしたちの疑問に明瞭に答えているではありませんか。これは,御旨にそわないしかたで神を崇拝している人が多いことを示しています。命に至る道を行く人は少ないのです。
神の是認を受けない慣行
あなたは,神の是認を受けていない宗教が多いということに,容易に同意されるでしょう。宗教の名の下に行なわれていても,あなたの是認しない事柄が数多くあるに違いありません。たとえば教会を見て,不道徳な生活をしながら義を装っている人々がいるのを知れば,どこかがまちがっていることに気づかれるでしょう。(テモテ後 3:4,5)そして,新聞などで,結婚関係外の性交を公然と是認し,事情によっては同性愛行為も全く許される,と唱える牧師もいますが,あなたはこれが神のお考えでないことを知っておられるでしょう。
神が昔,ソドムとゴモラの町を滅ぼされたことを覚えていますか。それはなぜでしたか。それらの町の人々がこうした不道徳な行為にふけっていたからです。聖書はこう述べています。「ソドム,ゴモラおよびまはりの町々もまたこれと同じく,淫行にふけり,背倫の肉欲に走り,永遠の火の刑罰をうけてかがみとせられたり」。(ユダ 7)それで,このような行為を許す宗教が神の是認を受けないことを忘れてはなりません。
正しい教理を持つことの大切さ
「道徳的に生活し,つとめて人に親切にしていれば,何を信じていてもよい」と言う人がいます。あなたもそのようなことばを聞いたことがあるでしょう。しかしこれだけで神に受け入れられる崇拝をしていることになりますか。これらは確かに必要なことですが,神はさらに多くを要求しておられるのです。教理に関連した点もあるからです。聖書は,「真の崇拝者(は)霊と真理とをもって父を崇拝する」と述べています。―ヨハネ 4:23,新。
それで,神に受け入れられる崇拝は,真理つまり神のみことばに基づくものでなければなりません。イエスは,神に仕えることを公言しながら,神のみことばより人間の言い伝えに頼っていた人々をとがめられました。イエスはイザヤ書 29章13節を引用し,「彼らがわたしを拝み続けてもむだである。人間の戒めを教理として教えているからである」という,神ご自身のことばをその人々にあてはめました。(マタイ 15:9,新)わたしたちは自分の崇拝がむだに終わることを望みません。それで大切なのは,わたしたち各自が自分の宗教を調べてみることです。
わたしたちは,自分自身が信じている事柄だけでなく,どんな組織であれ,自分の関係している宗教組織の教える事柄をも調べてみるべきです。その教えは神のみことばと完全に一致していますか。それとも,人間の言い伝えに基づいていますか。真理を愛しているなら,こうして調べてみることを恐れてはなりません。わたしたちに対する神の御心を学び,それを行なうことは,わたしたちすべての誠実な願いであるべきです。―ヨハネ 8:32。
信徒が聖書をもち,説教壇から時おり聖書が読まれるからといって,そこで教えられることのすべてが聖書に一致しているとはかぎりません。聖書をもつのは良いことです。そして,人はみな聖書をもつべきです。しかし同時に,聖書の述べることを理解し,それを信ずることも必要です。聖書を神のみことばとして真実に受け入れる宗教であれば,聖書のある部分を用い,ある部分を退けるということをしません。「聖書はすべて神の霊感によるものであり,教え,戒め,物事を正(す)……のに有益である」。(テモテ後 3:16,新)それで,神の是認を受ける宗教はあらゆる点で聖書と一致していなければなりません。
誠実さだけでは足りない
神に喜ばれようとする人は誠実でなければなりません。しかし,誠実でさえあれば,その人の宗教は神に受け入れられるという意味ではありません。使徒パウロは神の霊に動かされつつ,自分の時代のある人々についてこう書きました。「彼らが神に対して熱心であることを,わたしはあかしするが,その熱心は正確な知識に基づいていない……というのは,神の義を知らず,自分の義を立てようとしているので,彼らは神の義に従わなかったからである」― ロマ 10:2,3,新。
結果として,この人々の誠実さは誤った方向に向けられました。まちがった所に導きを求めたことが彼らの問題となったのです。彼らは,神の御子を退け,それがゆえに神に退けられたユダヤ教制度から離れませんでした。―使行 2:36,40。箴言 14:12。
では,キリストの名をにない,キリストを自分たちの主としていることを公言する,いろいろな宗教についてはどうですか。キリストの名によって伝道しているものはみな神の御旨にかなっていますか。これまでに取り上げた聖句から,あなたはすでに否定の答えをしておられるでしょう。もしそうなら,あなたはこの点で,天の審判者として神に任命されたイエス・キリストに同意されるでしょう。なぜなら,イエスはこう警告しておられるからです。「わたしにむかって,『主よ,主よ』と言う者すべてが天の御国にはいるのではない。天におられるわたしの父の御心を行なう者がはいるのである。その日には,多くの者がわたしにむかって,『主よ,主よ,わたしたちはあなたの名によって預言し……たではありませんか』と言うであろう。そのとき,わたしは彼らに告げる。わたしは決してあなたがたを知らない。不法を働く者どもよ,わたしから離れ去れ,と」― マタイ 7:21-23,新。
神の御心を行なうことが必要
神の是認を受けるには,聖書と神の御心とについて知ることが必要です。しかしイエスがここで言われたごとく,真に重要なのは,その御心を行なうことです。人は自分が学んだことに従って行動しなければならないのです。「行為なき信仰(は)死にたるものなり」。(ヤコブ 2:26)それで,神の御旨にかなう宗教は,聖書と完全に一致し,かつ人の全生活で実践されるものでなければなりません。―ルカ 6:46-49。
イエスは,人が真の宗教を実践しているかどうかは,「実」つまりその人の行なう事柄によって判断できると言われました。(マタイ 7:20)同じように,個々の宗教は,それがどんな人々を生み出しているかによって見分けることができます。真の宗教は良い人々,つまり良い夫と良い父親,また良い妻と良い母親を生み出すはずです。真の宗教は正直な人々,正しいことを行なうがゆえに他と異なる人々を生み出すはずです。人をほんとうに神に近づかせる宗教なら,当然そうあるべきではありませんか。神はこうした事柄も求めておられ,またこれが,神の是認を受ける宗教であるかどうかを決めるものとなるのです。
もとよりあなたは,神の御心を行なわないために御国にはいれない人と同じになりたくはないでしょう。それで,聖書についてよく知ることはあなた自身の益になるのです。神のみことばは,「このうえなく熱心な態度でみことばを受け入れ,これらのことがそのとおりであるかどうかと,聖書を日毎に注意ぶかく調べた」として,昔のベレヤの人々をほめています。あなたもこれと同じ態度をとってください。―使行 17:11,新。
忍耐を試みるもの
神のみことばを調べるにつれ,神に対するあなたの愛は試みられるでしょう。あなたが聖書を調べることを快く思わない人々が,あなたの親しい友人や親族の中にさえいるかもしれません。イエスは,「人の仇は,その家の者なるべし」と言われました。(マタイ 10:36,37。ペテロ前 4:4)。聖書にあるすばらしい真理を知らないため,そうした人々自身は全く誠実な気持ちで反対するかもしれません。それで,あなたは,自分の学んだ正しい崇拝をやめるよりも,誤解して反対するそうした人々を助け,聖書のすばらしい真理を理解させることができるでしょう。
また,神を少しも愛さない人々からの反対に面する場合もあります。そのときには,人間の是認を得るより,神の是認を得るほうがはるかに大切であることを忘れないでください。あなたが他のいかなる者,また他のいかなる事柄にもまさって神を愛するとき,そのあなたにとこしえの命を与えるのは,人間ではなく,神だからです。―マタイ 22:37-39。
常に神の助けと導きを求めてください。「おおエホバよ,わたしの祈りを聞き……御心を行なうことをわたしに教えてください。あなたはわたしの神だからです」と祈った詩篇作者のごとく,神に祈り続けてください。(詩 143:1,10,新)神の是認される宗教を知り,それを実践しようと誠実に願うなら,神は必ずあなたの祈りに答えられるでしょう。そして神は,ほんとうに「霊と真理とをもって父を崇拝する」人々との交わりに,あなたを導き入れてくださるでしょう。―ヨハネ 4:23,新。マタイ 7:7,8もごらんください。