5章
油そそがれた者にかかわる,神の「とこしえの目的」が立てられる
1 神の目的は,人類が地上でどんな生活をすることですか。
地上の人間の生活は申し分のないものになり得ます。人間の創造者は申し分のない生活を営み,ご自分の創造物である人間にも同様の生活をさせたいと望んでおられます。ところが,人類は自分たちの生存様式を自ら台なしにしてきました。もっとも,人類の成員すべてがそうしてきた訳ではありません。しかし人類が今まで失敗を重ねてきたにもかかわらず,今や創造者の慈悲深い目的によれば,人間男女は地上の生活を申し分のないものにする機会にやがてあずかれるのです。
2 (イ)人類はどんな生活を始めましたか。(ロ)人間が死に至る道を取るよう神が計画したかどうかを,何が示していますか。
2 最初,人類の生活は申し分のないものでした。それは,およそ六千年前,地上のパラダイスで始まりました。そこで生活するのは喜びでした。だからこそ,それはエデンの園,あるいは楽しみのパラダイスと呼ばれました。(創世 2:8,ドウェー訳聖書)わたしたち人間の最初の二親,つまり最初の男と女は完全で,健康そのものであり,決して死なないという見込みがありました。両人は人間なので,不死ではありませんでしたが,ふたりの前には創造者から,いつまでも永遠に楽しみのパラダイスで生活する機会が差し伸べられていました。したがって,両人の天の,命の授与者は,その永遠の父となり得ました。両人が死に至る道を取って,やがて死ぬよう計画したりはなさいませんでした。ご自分の永遠の子供として両人が永遠に生きることを願われました。三千年余の後,神はこの問題に関するご自身の誠実な気持ちを表明して,その選民にこう言われました。
「『わたしは邪悪な者の死を,いったい喜ぶだろうか』― 主権者なる主エホバのみ告げ。―『彼がその道からもとに戻って,実際に生きつづけることを喜ばないだろうか』」― エゼキエル 18:23,新。
3 神の願いは人類がパラダイスで生き続けることでしたから,今日,わたしたちはどんな質問をせざるを得ませんか。
3 それで,創造者は,楽しみのパラダイスにいた潔白な人間の夫婦が,「邪悪な」者となり,死に値するようになることなど,少しも欲してはおられませんでした。両人が生きつづけ,そうです,引き続き生きて,創造者である天の父と平和な,愛ある関係を持つ,彼らと同様の完全で幸福な子孫で全地が適度に満たされるのを,やがて見られるようになることを,神は願っておられました。にもかかわらず,今日,全人類は次々に死んでおり,汚染された地球は,パラダイスとはほど遠い状態にあります。これはなぜですか。人間の創造者は,その説明を聖書中に書き記させました。
4 へびがパラダイスのなかでその姿をはっきりと人間に見せたのは,どうして不思議なことでしたか。
4 聖書の創世記 3章の冒頭にあるとおり,問題の場所は楽しみのパラダイスでした。地上のあらゆる下等な生き物は,人間の最初の二親,アダムとエバに服しており,両人はそれら地上の下等な生き物のどれをも,へびをさえ恐れてはいませんでした。そうです,楽しみのパラダイスにはへびがいましたが,それを観察するのは興味深いことでした。手足のないへびの動き方には,設計の点での神の多種多様な知恵を示す,驚くべきものがありました。しかし,へびはおく病な動物です。創世記 3章1節(新)は,その種の爬虫類についてこう述べています。「さて,エホバ神が造られた,野のすべての野獣のうちで,へび[ナーハーシュ]は最も用心深いものであった」。それで,へびは待ち伏せして人間に危害を加えるよりはむしろ,人間との接触を避けようとする傾向を持っていました。ところが今や,不思議なことに,地面の上か樹上かはわかりませんが,へびがはっきりと姿を見せたのです。どうしてですか。
5 そのへびがエバにある質問をしたのは,どうして不思議なことでしたか。それはどうして,間接的に伝えられた神の声ではありませんでしたか。
5 創世記 3章1節(新)はこう続けています。「そこで,へびは女に言い始めた,『あなたがたは園のどんな木からも食べてはならない,と神が言われたのはほんとうですか』」。ところで,そのへびはどうしてそういうことを聞いていたのでしょうか。あるいは,どうして理解していたのでしょうか。また,その女の夫アダムに一度も話しかけたことがなかったのはどうしてですか。いったいどうして,人間の言語を用いて話せたのでしょうか。それ以前も,またそれ以後も,へびが人間に話しかけたことは一度もありませんでした。エバは,だれかが自分に話しかけているのだと想像していたのではありません。頭の中で,自分に話しかける,つまり単に考えていたのではありません。人間の話し声に似たその声は,へびの口から出ているように思えました。どうしてそのようなことがあり得るのでしょうか。エバが園のなかでかつて聞いた唯一の声は,夫アダムのそれを別にすれば,人間以下のある動物を通してではなく,直接聞いた神の声でした。へびの言った事からすれば,どう見てもその声は神のそれではありませんでした。その声は,神の言われた事柄についてエバに尋ねたのです。
6 へびを用いて質問をしたその質問者は,どのように行動しましたか。どうしてエバは答えましたか。
6 質問に答えたエバは,そのへびにではなく,腹話術者のようにへびを用いていた,目に見えない知的存在に話しかけました。目に見えない知的存在であるその話し手は,神に好意を寄せていましたか。あるいはその逆でしたか。確かに,見えないその話し手がエバに話しかけるのに用いた方法は欺まん的なもので,エバはへびが話をしているのだと思い込まされました。その質問者は目に見えるへびの背後で正体を隠し,欺まん的な仕方で行動していたのです。しかし,へびを用いたその話し手が悪意をいだいてエバを欺こうとしていたことを,彼女は悟ってもいなければ,察知してもいませんでした。エバは怪しむこともなく答えました。
「そこで女はへびに言った,『わたしたちは,園の木の実を食べてよいのです。しかし,園の真ん中にある木の実を食べることについては,神は言われました,「あなたがたは,それから食べてはならない。いや,それに触れてもならない。あなたがたが死ぬといけないからだ」』」― 創世 3:2,3,新。
7 エバは園の真ん中にある木に関する情報をどこから得ましたか。
7 その木を「園の真ん中にある木」と呼んだエバは,善悪の知識の木のことを言っていました。しかし,どうしてその木のことを知っていましたか。神の預言者であるアダムがエバに告げたからに違いありません。彼こそ,エバが創造される前に,独りでいたとき,神から次のように言われていたのです。「園のあらゆる木から,あなたは満足のゆくまで食べてよい。しかし,善悪の木からは,食べてはならない。それから食べる日には,あなたは確かに死ぬからである」。(創世 2:16,17,新)エバの言葉によれば,神はまた,禁じられた木には触れてもならないと言われました。それで,エバは神の律法の違反に対する処罰について知らなかったのではありません。それは死でした。
8 その見えない話し手が単に情報を求めていたに過ぎないかどうかは,どうしてわかりますか。
8 へびの背後にいた見えない話し手が,単に情報を求めていたに過ぎないのであれば,その情報を得しだい,会話をやめていたはずです。この時,へびが,禁じられた木のある園の真ん中にいたか,地面の上あるいは樹上にいたかどうかは述べられていません。ただ,少なくとも,その「園の真ん中にある木」のことが話し合われていました。
9,10 へびの背後にいた,その見えない話し手は,どのようにして自ら悪魔,またサタンになりましたか。
9 さて,単なるへびなら,次のようにエバに話された事をどうして知ったり,あるいは口にする権威を得たりすることができたのでしょう。「そこでへびは女に言った,『あなたがたは決して死にません。あなたがたがそれから食べるその日に,あなたがたの目が必ず開かれ,あなたがたが必ず神のようになって,善悪を知ることを,神は知っているのです』」― 創世 3:4,5,新。
10 ここで,目に見えるへびの背後の,見えない話し手は,自らをうそつきにしました。エホバ神の言葉に反ばくしていたからです。その見えない話し手は厚かましくも,神は間違った動機をいだいて,アダムとエバに善悪の知識の木から食べないよう禁じたのだと言明して,自らをエホバ神に対する中傷者,つまり悪魔にしました。彼はエバの永遠の命に愛ある関心をいだくどころか,その死をもたらすことをたくらんでいたのです。事実,彼は死,それも彼の手による死ではなく,神から知らされた命令を破ってエホバ神の手から受ける死の恐れを,エバから除き去ろうとしました。見えないその話し手は,自ら神に反抗し,そうすることによって自ら,反抗者という意味のサタンになりました。彼はだれかほかの者を神に反抗させて自分の側につかせることに関心がありました。わたしたちは,そうしたうそや中傷を述べた現実の話し手がだれかを知っています。それはへびではありませんでした!
11 今やエバはどのようにして,神には忠誠を,夫には敬意を示すこともなく,誘惑されるがままになりましたか。
11 残念にもエバは,その中傷的なうその陳述に異議を唱えませんでした。彼女は愛情と忠誠をこめて天の父を弁護しようとはせず,さっそく自分に対する夫アダムの頭の権を認めて,その問題に関する自分のわがままな行為を認めてもらえるかどうかを尋ねるため夫のもとに行こうともしませんでした。アダムならその欺まんをあばくことができたかもしれませんが,エバは完全に欺かれるがままになり,天の父なる神に逆らううそつきで,中傷者である反抗者から示された,間違った考えをもてあそびました。彼女は不従順に対する恐るべき処罰についての恐れを薄れさせ,心の中で利己的な欲望を募らせ始め,そうした欲望に引かれて誘惑されるがままになりました。彼女とアダムが,禁じられた実を食べるのは悪いことであると,神から言われていたのに,彼女は善悪を自分で規定することに決めました。したがって,自分の天の父なる神がうそつきであることを示すことにしたのです。ですから,今やエバがその木のことを思い巡らしたとき,それは魅力的な木となりました。
12 弁解の余地のないことですが,エバは禁じられた実を食べることによって何になりましたか。
12 「そこで女が見ると,その木は食べるのに良く,それは目に慕わしいもので,しかもその木は眺めるのに好ましかった。それで彼女はその実を取って食べ始めた」。(創世 3:6,新)こうして彼女は神に背く者,罪人になりました。完全に欺かれたとはいえ,弁解の余地はありませんでした。彼女は倫理的完全性を失いました。
13 それを食べたアダムは,何をし損いましたか。彼はどんな影響を受けましたか。
13 その夫はそこに居合わせなかったので,彼女の気ままな行動は妨げられませんでした。次に夫と一緒になったとき,彼女は夫を口説いて食べさせなければなりませんでした。彼は少しも欺かれてはいなかったからです。ところが彼は,へびを通して話をした者がうそつきであること,しかしエホバ神はご自分の宇宙主権を正しい仕方,益となる仕方で行使する方であることを立証したいとは考えませんでした。では,アダムがエバに加わって違犯をしたとき,何が起きましたか。創世記 3章6,7節(新)はこう述べています。
「その後,彼女はその幾らかを,一緒にいた夫にも与えたので,夫もそれを食べ始めた。そこで,彼ら両人の目は開かれ,彼らは自分たちが裸であることを自覚し始めた。それで,彼らはいちじくの葉をつづり合わせて,自分たちのために腰の覆いを作った」。
14 神が有罪宣告を下す前に,アダムとエバは何に動かされて,自らを有罪と定めましたか。神が近づいたとき,ふたりはどんな行動を取りましたか。
14 エホバ神の定めた善悪の基準をもはや受け入れず,善悪に関して自ら審判者になったという点で,両人は今や,「神のようになって,善悪を知る」ようになりました。にもかかわらず,ふたりは良心のかしゃくを感じはじめ,また自分たちがむき出しなので身を覆うものの必要を感じました。エホバ神の前に現われるのに,裸であることは,ふたりにとって,もはや清い潔白な状態ではなくなりました。それで,ふたりは身にまとうものを作り,同類を殖やす誉れある目的で神から付与された陰部を覆い始めたのです。こうして,主権者なるエホバから有罪宣告を受ける前でさえ,自分たちの良心の有罪宣告の証を受けて,自らを有罪と定めました。ゆえに,こう記されています。
「後に,日のそよ風の吹くころ,彼らは園の中を歩いておられるエホバ神の声を聞いた。それで人とその妻は,エホバ神のみ顔を避けて園の木々の間に身を隠した。すると,エホバ神はその人を呼びつづけ,彼に仰せられた,『あなたはどこにいるのか』。ついに彼は言った,『わたしは園で,あなたの声を聞きましたが,わたしは裸なので,恐れて,隠れました』。そこで,仰せになった,『あなたが裸であるのを,だれがあなたに告げたのか。あなたは,食べてはならない,とわたしが命じておいた木から食べたのか』」― 創世 3:8-11,新。
15 (イ)アダムとエバは悔い改めていませんでした。何がそのことを示していますか。(ロ)次いで,神はへびに何と言われましたか。
15 ところで,アダムとエバは悔い改めを示す言葉を述べるどころか,言い訳をしようとしていることに注目してください。ほかの者のせいにしたのです。「すると,人はさらに言った,『わたしと一緒になるよう,あなたが与えてくださった女が,木から実を取ってわたしにくれたので,わたしは食べたのです』。そこで,エホバ神は女に仰せられた,『あなたは,いったい何ということをしたのか』。女は答えた,『へびが,わたしを欺いたのです。それでわたしは食べたのです』」。(創世 3:12,13,新)しかし,言い訳をしたからといって,それら故意の違犯者の罪は許されませんでした。とはいえ,へびについてはどうですか。
「次いで,エホバ神はへびに仰せられた,『おまえがこんなことをしたので,おまえはすべての家畜,野のすべての野獣のなかでのろわれたものである。おまえは,命の日のかぎり,腹ばい這いあるき,塵を食べるであろう。わたしは,おまえと女との間に,またおまえの胤と女の胤との間に,敵意をおく。彼はおまえの頭を砕き,おまえは彼のかかとを砕く』」― 創世 3:14,15,新; リーサー; ズンツ。
16,17 (イ)へびに話された神の言葉は,実際にはだれに適用されますか。(ロ)そのように卑しめられることを,一世紀のある筆者は何になぞらえましたか。
16 これはへび科全体に対するのろいの言葉だったのではありません。神の言葉はその文字どおりの一匹のへびに対して述べられたように見えますが,そのへびは,それまで神の天の従順な子であった,目に見えない超人的な霊者の手先として仕えるよう欺かれていたに過ぎないことを,神はご存じでした。この霊者もまた,利己的な欲望に引かれ,誘惑されるがままになりました。それは,エホバの宇宙主権から独立し,人類を治める主権を得たいという欲望でした。彼はそうした欲望が自分の心のなかで根を下ろすがままにし,それを培ったので,ついにその欲望ははらんで,主権者なる主エホバに対する違犯つまり反逆を生み出しました。次いで,この霊の違犯者は,まさにその楽しみのパラダイスで自らをうそつき,中傷者つまり悪魔,また反抗者つまりサタンにしたのです。
17 欺かれたそのへびに下された,卑しめられるという宣告が暗示するように,神は,新たに立ち上がったそのうそつき,悪魔,サタンを卑しめました。一世紀のある聖書注釈者は,そのように卑しめられることを,神に非とされ,神からの啓発を受けない霊的暗やみの状態である『タルタロスに投げ込まれる』ことになぞらえています。―ペテロ第二 2:4。
予告された,神の油そそがれた者
18 ここで,どんな新しい事柄が発表されましたか。それには特質すべきどんな事が関係していますか。
18 ここで,エホバ神は新しい目的を立てて,発表されました。うそをつく悪魔サタンが既に表われたので,今や,油そそがれた者,つまりアダムの言語によればマーシアー(メシア)を起こすことが神の目的となりました。(ダニエル 9:25)神はこの油そそがれた者,つまりメシアのことを「女」の「胤」と言われました。神はこの油そそがれた者と,今やへびで象徴される悪魔サタンとの間に敵意をおき,さらにその敵意を油そそがれた者と大いなるへびの「胤」との間にもおくことになりました。
19 (イ)その敵意はどんな闘争をもたらすことになりましたか。(ロ)エホバ神の目的にかかわる油そそがれた者は,なぜ天的な存在でなければなりませんか。
19 予告された敵意は,苦しい影響を及ぼす戦いをもたらしますが,「女」の「胤」の勝利をもって終わりを告げることになります。へびが足のかかとを襲うように(創世 49:17),大いなるへび,悪魔サタンは「女」の「胤」のかかとに傷を負わせます。しかし,そのかかとの傷は致命傷とはならずに癒され,女の「胤」は大いなるへびの頭を砕いて致命傷を負わせることができるようになります。こうして,大いなるへびはその「胤」もろともに滅ぼされるのです。この闘争に関して注目すべき重大な事柄があります。それはすなわち,大いなるへび,悪魔サタンの頭を打ち砕く女の「胤」は,地上の女の単なる人間の子ではなく,天の霊者でなければならないということです。なぜですか。なぜなら,その大いなるへびは,超人的な霊者で,反逆した,神の天の子だからです。地上の女の単なる人間の子は,霊界にいる,目に見えない悪魔サタンを滅ぼすに足る強力な存在ではありません。それで,エホバの目的にかかわる,油そそがれた者は,天的なメシアでなければなりません。
20 では,創世記 3章15節の「女」とはだれのことですか。
20 では,「女」についてはどうですか。その「胤」は,油そそがれた者,つまりメシアとなりますが,その女もやはり天的な存在でなければなりません。頭を砕かれることを宣告されたへびは,エバを欺くのに用いられたあの文字どおりのへびではなかったのと同様,創世記 3章15節(新)のエホバの預言に出てくる「女」は,地上の文字どおりの女ではありません。エバ自身は神の律法の違犯者で,夫アダムを誘惑して違犯を行なわせたのですから,約束された「胤」の直接の母となるにふさわしい女ではありませんでした。神の預言の「女」は,象徴的な女でなければなりません。それはエホバ神がご自分の選民のことをご自身の妻また女と言って,彼らにこう言われたとおりです。「主は仰せられる。背信の子供らよ,帰れ。わたしがあなたがたの夫になるからだ」。(エレミヤ 3:14; 31:31,リーサー[31:32,新])同様に,聖なるみ使いたちで成る神の天の組織は,エホバ神にとって妻のようです。それが問題の「胤」の天的な母であり,「女」です。神はこの「女」とへびの間に敵意をおかれるのです。
潰えることのない最初の目的
21 違犯が生じたため,地に関する神の最初の目的は,今や失敗に帰することになりましたか。
21 とはいえ,創造の第六「日」の終わりにアダムとエバに述べられた,地に関する神の目的についてはどうですか。エバとアダムがその違犯ゆえに死に値する者となったため,神の目的は今や潰えることになりましたか。その最初の目的は,パラダイスとなる地表全面に地上の最初の男女アダムとエバの子孫を住まわせることでした。神の言明された目的に関しては,失敗は起こり得ません。悪魔サタンといえども,神の目的を潰えさせ,神を辱めることはできません。ここで,最高の審判者エホバ神が,女エバに言われた事は,神の最初の目的がなおも進展し,やがてその成就を見て勝ち誇るものであることを示しています。
22 (イ)地にだれを住ませることは,はかどりましたか。(ロ)へびの頭を砕けば,人類に益がもたらされると考えるのは,理にかなったことでしたか。
22 「女にはこう仰せられた。『わたしは,あなたの妊娠の苦しみを大いに増す。あなたは,産みの苦しみを経て子を生むであろう。また,あなたは夫を慕い求めるが,彼はあなたを支配することになる』」。(創世 3:16,新)これは,その最初の人間の夫婦が地の住民をさらに生み出すことが許されたことを示しています。その目的は今に至るまで持続しており,今日では「人口爆発」が憂慮されています。大いなるへび,悪魔サタンは,最初の人間の夫婦の子孫すべてに死をもたらす事態を引き起こしたのですから,その大いなるへびの「頭」を砕けば,アダムの違犯ゆえに損われたそれら子孫に益がもたらされるのは明らかです。厳密に言って,それはどのようにしてなされますか。それはエホバ神がやがて明らかにされる事柄でした。それは神の最初の目的を首尾よく果たすのに資するものとなります。
23-25 (イ)アダムがその違犯ゆえに死の宣告を受けたのはいつでしたか。(ロ)では,アダムはどのようにして,禁じられた実を食べたその日に死にましたか。その子孫についてはどうですか。
23 さて,違犯を行なった順序としては三番目である男の番がついに来ました。神はアダムに,禁じられた実を食べるなら,その日に確実に死ぬと告げておられました。(創世 2:17)その妻が産みの苦しみを経て子供を産むためには,アダムは彼女の夫として生き続け,その子供たちの父となる必要がありました。では,神が彼に警告なさった事は,どのようにして履行されましたか。
24 創世記 3章17-19節(新)はそのことを明らかにしています。「また,アダムに仰せられた,『あなたが,妻の声に聞き従い,「それから食べてはならない」とわたしが命じておいた木から取って食べたので,土地は,あなたのゆえにのろわれてしまった。あなたは,命の日のかぎり,苦しんでその産物を食べるであろう。土地は,あなたのために,いばらとあざみを生えさせ,あなたは野の草を食べなければならない。あなたは,顔に汗してパンを食べ,ついにあなたは土に帰る。あなたは土から取られたのだから。あなたは塵だから,塵に帰らなければならない』」。エホバ神はこの判決の言葉を述べて,その違犯者に死刑を宣告されました。しかも,アダムが違犯をしたその同じ日のうちに,そうなさったのです。
25 神の見地からすれば,司法上,アダムはまさにその日に死にましたし,違犯をした妻エバもそうでした。楽しみのパラダイスで永久に生きる機会や見込みは両人から断たれ,彼は今や自らの違犯ゆえに,死んだも同然となりました。その後,彼がエバによって子孫に伝え得たのは,受け継がれた人間の不完全さゆえに死を免れられない生存と有罪宣告を受けた状態だけでした。その子孫はすべて,何千年も後に詩篇作者ダビデが述べたように,「見よ,わたしは,生みの苦しみとともに,過ちをもって産み出され,わたしの母は,罪のうちにわたしを宿しました」と言わねばならなくなりました。(詩 51:5,新)神は罪深い全人類に向かって,かつてご自分の選民に言われたように,『あなたの父,最初の者は罪を犯した』と言うことができます。(イザヤ 43:27,新)最高の審判者がアダムにその罪のゆえに宣告を下したその日,全人類はアダムのうちにあって死にました。宣告を下された後,アダムにとって物理的死は不可避となりました。
26 一「日」を千年と見る場合でさえ,アダムはどのように,違犯をしたその日に死にましたか。また,どんなものではなくなりましたか。
26 いみじくも,「アダムの歴史の書」はこう述べています。「彼は息子や娘たちの父となった。それで,アダムが生きた日は全部で九百三十年となった。そして彼は死んだ」。(創世 5:1-5,新)彼は千年より70年少ない期間生きました。その子孫で,丸千年生きた人はいません。最長寿者メトセラでも九百六十九年生きたに過ぎません。(創世 5:27)千年を一日のようにみなす神の見地からしても,アダムは人類生存の最初の千年の「日」のうちに死にました。その肉体の死にさいして彼はどこへ行きましたか。その「魂」(ネフェシュ)は天から取られたのではありませんでしたから,彼は天にではなく,確かに土の塵に帰りました。神が言われたように,アダムは土から取られたからです。それで,「生きた魂」ではなくなりました。(創世 2:7,新)存在しなくなったのです。その妻エバが肉体的に死んだとき,彼女もやはり「生きた魂」ではなくなりました。バビロニア神話にいう,限りなく永久に生き続ける魂なるものはありませんでした。
パラダイスの喪失
27 土地に対するのろいは,地上のどんな部分に適用されましたか。のろわれた土地を耕して働くことは,アダムとエバにとって何を意味しましたか。
27 アダムに対する神の宣告の言葉,とりわけ『土地が……のろわれた』ことに関する言葉は,アダムがパラダイスを失うことを意味しました。彼はまさしく失いました。エバとアダムの違犯のゆえにパラダイスがのろわれたのではありません。それは引き続き,命を享受する場所であり,そのなかには依然「命の木」がありました。創世記 3章20-24節(新)はこう告げています。
「その後,アダムはその妻の名をエバと呼んだ。それは,彼女がすべて生きている者の母とならなければならなかったからである。次いでエホバ神は,アダムとその妻のために,長い皮の衣を作り,彼らに着せてくださった。そしてエホバ神はさらに仰せられた,『さあ,人は,善悪を知る点で,われわれのひとりのようになった。今,彼が,手を伸ばし,実際に命の木からも実を取って食べ,定めのない時まで生きることがないように,―』。そこでエホバ神は,彼をエデンの園から追い出し,彼が取り出されたその土を耕させた。そこで,人を追放し,命の木への道を守るために,エデンの園の東に,ケルブたちと,絶えず回りつづける,燃える剣の刃とを置かれた」。
28 定めのない時まで続く命を享受することは,アダムにとってはなぜもはや不可能でしたか。
28 死の力を持つエホバ神は,アダムに対する死の処罰を執行するため,命の木に届くところから人を追い出されました。その妻は,アダムの子供たちの母となるため,夫とともに去りました。エバを誘惑するのに用いられたへびを神が追い出したかどうかについては,記録は何も示していません。アダムとエバにとって,定めのない時まで続く命を享受することは,もはや不可能でした。
29 (イ)神は今やどのように「女」と「へび」の間に「敵意」をおきましたか。(ロ)発表された神の目的は,地に対する最初の目的にどんな影響を及ぼしましたか。わたしたちはなぜ今喜べますか。
29 エデンの園の外で,エバは息子を育て,へびを憎ませたという記録はありません。しかし,創世記 3章15節(新)の神の預言の意味する真の「女」である,聖なるみ使いたちで成る,神の天の組織は直ちに,大いなるへび,悪魔サタンを憎み始めました。女のようなその組織は,その天の夫エホバ神に対する愛に動かされて,そうしたのです。確かに神は,ご自分の「女」と大いなるへびの間に敵意をおかれました。その女が,大いなるへびの頭を砕く「胤」をいつ生み出すかは,エホバ神の目的のなかに秘められていました。神は今や,ご自分の油そそがれた者,つまりメシアにかかわる目的を立て,今からほとんど六千年前の昔の当時,そのことを天と地に知らされたのです。それは遠い昔のことでした。この付加された目的は,パラダイスの地に関する神の最初の目的を強化し,その成就を確かなものにしました。不変の神は,ご自分の油そそがれた者,つまりメシアにかかわる,その発表された目的を依然として堅持しておられます。わたしたちは,その目的が今や人間の益のために勝ち誇っていることを大いに喜べます。