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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1953
塔53 9/15 319–331ページ

聖書時代に於ける神権大会

宇宙の大創造者であり,全能の神であるヱホバ神は,又叡智ある,愛の神でもあります。ヱホバは,彼の正しい,愛ある目的を達成するに何が一番役立つかよく御存知です。又彼の僕達が創造者の御心に沿つて,彼に讃美を捧げ彼ら自身の幸福を齎すようにするには僕達の備えをどのようにすれば一番良いかも,よく知つて居られます。この証拠として,ヱホバはその僕達が大会で共に集うように準備されます。亦,ヱホバこそ偉大な神そして統治者 ― すなわち,神権者ですから,彼によつて取極められた大会は神権大会と呼ばれるものです。

ヱホバが,彼の地上の僕達に聞かせた一番最初の大会に数えられるものの中に,次のようなものがあります。それは,エジプトの奴隷の束縛からイスラエルの子孫を解放するヱホバの予定の時がきた時に開かれたものでした。その大会で『アロン,ヱホバのモーセに語り給いし言を尽く告ぐ。又彼,民の目の前にて奇蹟を為しければ,民即ち信ず。……身をかがめて拝をなせり。』(出埃 4:29-31)疑いもなく,その大会は歓喜に溢れていたものに違いありません,何故ならヱホバが彼の御名の民を救助しようとした目的が,その大会で明らかに啓示されたのですから。

幾月かの後に,ヱホバの民は又も集いました。彼らはヱホバの誡命により,シナイ山の麓に集つて,律法が与えられる時の様を目のあたりに見たのです。『シナイ山すべて煙を出せり,ヱホバ火の中にありてその上に下り給えばなり。その煙竈の煙の如く立ちのぼり,山すべて震う。……ラッパの声いよいよ高くなりゆきたり。』(出埃 19:18,19)モーセが詐欺師でもなく,真に最高至上者,ヱホバ神の代弁者であることを示すのに,何んと豊富な証拠が与えられたことでしよう! それを信仰するのに,何んと力強い基礎が与えられたことでしよう! その大会でイスラエルの子孫は,「ヱホバの宣う所は皆われらこれを為して遵う」ことに同意したのです。この大会で,先にエジプトの地で過越の節の時に作られた律法の契約が正式に始められました。―出埃 24:7。

然しながら,イスラエル人は,その大会で結んだ契約通りに行動しませんでしたから,幾月かの後に約束の地に到着することが出来ず,年老いたるものは ― ほんの僅かの例外を除いて ― 凡てが荒野で死にました。さらにそれから39年の後にイスラエルの子孫は,ヨルダン河のこちら側であるモアグの平野で集まつたという記録があります。この大会でモーセは神の律法を繰返し,ヱホバが自分達を保護し,導いて下さつた時に示された,驚嘆すべき業に就いて詳細に述べました。更にモーセは,繰り返し繰り返し忠実であれとイスラエルの民を誡め,自分の後継者である,ヨシュアを紹介したのです。モーセが,ここに集まつたイスラエル人に与えた信仰についての心温る教訓を深く知るためには申命記を読まねばなりません。

この大会とモーセによつて述べられた言葉が,ヨシュアの心に深く焼き付けられた事に就いては,何らの疑問を挿む余地はありません。何故なら,イスラエルを指揮して,ヨルダン河を越え20年もの間軍事的司令官として又神権的士師としての役目を果したヨシュアは,死ぬ少し前に再び大会を召集して居るからです。シケムの土地に凡ての人々を集めてから,ヱホバがその民をどのように扱かわれてきたかに就いてヨシュアは詳しく語り,次に自分の決意を述べました。即ち,他の人々は何を為そうとも,「我と我家とは共にヱホバに事えん」との強い決意を披瀝したのであつて,民も同じような決意を宣言しました。(ヨシュア 24:1-28)

ヨシュア,ギデオン,サムソン,サムエルのような士師が,350年間居りましたが其の後に,更にもう一つの顕著な大会が開かれました。この大会こそ,イスラエル民族歴史上の劃期的事件の一つです。これは,イスラエルの民が目見えぬ王ヱホバに満足せず,周囲の国々のように彼等にも王を与えよと歎願した時に開かれたものでした。最初に,ヱホバの御心とその問題に対するヱホバの意向とを聴いてから,サムエルはミズパに人々を集めて,彼等の歎願についてヱホバの言われたことを告げたのです。くじによつてサウルがヱホバに選ばれた者であることが判明しましたが,実際にはその前に既にサウルはサムエルによつて王になるべく油注がれて居りました。―サムエル前 10:17-24。

エルサレムに於ける大会

モーセの手を経てイスラエルの民達にヱホバが与えられた律法には,毎年3回の大会が規定してあり,すべての男子は其処に出席することになつて居りました。これらの大会は神が選択なされる都市で為されるべきものでした。その都市はエルサレムでした。これら毎年行われる大会の第一のものは無酵パンの節礼であつて,これは過越の節の直ぐ後に続き,アビブはニサンの月の15日から始まり7日間続く節礼でした。直ぐ前に行われる過越節と同じくこれはエジプトからイスラエルの民達が解放された事を記念するためのものです。その時イスラエルの民達は急いで旅立たなければならなかつたのでパンが酵母でふくらむのを待つてから,それを焼くことは出来ませんでした。―出埃 12:39; 23:14-17。

次に穡時の節筵又は初穂の節筵の時が訪れます。それは,最初の穀物の束が祭司の許に持つてこられヱホバの前に振られてから50日を祝うためのものでした。そして最後に,収穫の節筵,又は幕屋の節筵がそれは収穫の終りを告げる7番目の月に行はれたのです。贖罪の日の後の5日目から始まつて,7日間の間祝われました。その節筵については,イスラエル人に次のような誡命が発せられて居たのです。『汝ら七日のあいだ(枝より作られたる)茅廬に居るべし。……斯くするは我がイスラエルの子孫をエジプトの地より導き出せし時に之を茅廬に住しめし事を汝らの代々の子孫に知らしめんためなり』― レビ 23:39-43。

エルサレムの土地で年毎に行われた大会には疑いもなくその都と郊外一帯の宿舎施設は最大限に利用されたに違いありません。多分テントとかその他の仮の宿舎を一時建てることも必要だつたでしよう。然し凡ての者が茅廬に住むことになつて居た幕屋の節筵の時は例外でした。贖罪の日に行われる重要な儀式が祭司達によつて行われる様子を,人々は目撃し,又,神の聖言が読み上げられるのを聴いたのです,そして大規模な楽団の伴奏による数千の訓練されたレビ族の歌手の唱する歌に聴き入つたのでした。

これら年毎の大会によつて,イスラエル人の心には,彼らの神ヱホバの畏るべき至上性とヱホバの律法に対する畏敬の念とが強く植えつけられたのです。そして過ぐる年月の間ヱホバ神がイスラエルの民の為になされた驚くべき解放の業をイスラエル人に想い起こさせたのです。これら凡てのことは,讃美と感謝の歌を以つて彼らを欣ばせずにはおかなかつたものでした。疑いもなくこれらの大会中にお互いに親しく交際し沢山の知り合いが出来たに違いありません。そしてそれらイスラエル人は旅行によつてパレスチナの異る各地を親しく見ることにより彼らの視野はますます拡げられたことでしよう。

ダビデは宮の建築のために必要な材料が凡て整えられた後に,エルサレムに人々を特別に召集したのです。この大会の時にダビデはソロモンに対して,彼の立場と宮の建築に関する教訓を与え,人々には忠実を維持するよう励ましたのです。その折の状況を知るにはどうぞ歴代志略上 29章の10節から19節までお読み下さい。

約11年後にエルサレムに於いてもう一つの大会が召集されました。これは栄光に輝く宮を献げるためのものでした。その「時にソロモン王……の許に集まれるイスラエルの会衆,多くの犠牲を献げたりしが,その数多くして書すことも数うることも能わざりき。」その大会は3週間以上も続き,人々は23日目に『皆ヱホバが施こし給いし恩恵のために喜び且心に楽しみて去れり。』― 歴下 5:2–7:10。

初代キリスト教徒の大会

イエスの時代に於いても当時のユダヤ人は律法によつて命ぜられていた節筵を注意深く守り続けて居ました。数千の人々がイエスの許に集りました。その集まりは数時間にも及んだ為にイエスは群衆に食物を与えねばなりませんでした。或る意味でこの時が最初のクリスチャン大会ともいえましょう。然しながら五旬節<ペントコスト>が実際には一番最初のクリスチャンの大会です。

クリスチャン会衆の開始を示したこの大会に於いて聖霊が注がれるという超自然的現象は,律法契約の開始時に,シナイ山に於いて開催された大会とよく対照できることでしよう。『彼らはみな聖霊に満たされ,み霊が言わせるままにもろもろの外国語で話し出した。』このようにして当時エルサレムに居た各国から来ているユダヤ人で信心深い人々に,彼らは伝道し,五旬節について語ることが出来ました。

120人のクリスチャンの大会はその最初の日に25倍の増加 ― 即ち一時に3000人へと飛躍したのでした。(使行 1:15; 2:1-41)それは真に喜びに満ちた機会に違いありません! 真に聖書時代に於ける神権大会はヱホバに讚美を齎し,人々には知識と教訓とを与えそして非常に歓喜させました。この事は近代に於ける神権大会にも全く同じです。

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