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わたしたちの住む不可思議な宇宙目ざめよ! 1974 | 3月22日
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たとえば,ヨシュアの時代に太陽と月が停止したことに関する聖書の記述に異義をとなえる人がいます。そのでき事を覚えておられますか。聖書の記録にはこう書かれています。
『エホバ,イスラエルの子孫の前にアモリ人をわたしたまいし日に,ヨシュア,エホバにむかいて申せしことあり。すなわち,イスラエルの目の前にて言いけらく,日よギベオンの上に止まれ,月よアヤロンの谷にやすらえ。民その敵を撃ち破るまで日は止まり月はやすらいぬ。これはヤシャルの書に記さるるにあらずや。すなわち,日そらの中にやすらいていそぎ入りざりしことおよそ1日なりき。
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わたしたちの住む不可思議な宇宙目ざめよ! 1974 | 3月22日
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もちろん,太陽がどのように止まったかを詳細に説明できる人は現在だれもいません。たとえ聖書を信じている人であってもそれは無理です。しかし,だからといって聖書に対する信仰を揺がすべきでしょうか。そうすべきではありません。これまで考えてきたように,現在のところ人類は,今まさに生じつつある天文学上の不可思議な事象をさえ理解してはいないのです。では,太陽が止まるようなことはない,といったいだれが断言しえるでしょうか。だれもできません。
創造者である神は,もし望むなら,太陽系全体の動きを止めることができたでしょう。あるいは地球の動きだけを止めて,地球から見た太陽と月の位置が変わらないようにすることもできました。一方,太陽,月,地球の三者が通常の運行を続け,かつ太陽と月の光が,現在のわたしたちでは理解できない何らかの方法で屈折し,間断なく光り輝いたとも考えられます。いずれの場合であっても,それはほんとうに特異なでき事でした。というのは,聖書は,『これより先にも後にもエホバかくのごとく人のことばを聞き入れたまいし日はあらず』と述べているからです。
19世紀の人であったヘンリー・クックの次の簡明な論理は,聖書に記録されている前述のでき事に関して今でも適用できます。クックはこう論じました。
「智者と呼ばれる人々が,天体の年間運動や日周運動の動因をもし熟知していたなら,この奇跡に対する評価はより正しいものとなっていただろう。全能の神にとっては,すべての奇跡は一様に容易であるが,そうした奇跡がきわめて単純であるゆえに,われわれの目にそれが非常な驚きと映ることも事実である。心臓の鼓動が停止するということはきわめて単純なことであるが,そうした奇跡はおそらくそれ以上に単純であろう。……もしも,卒倒つまり気絶した人のことが数千年前に一度報告されただけで,それ以後全く報告されなかったとすれば,ちょうど信仰のない知恵者に太陽が止まったことが信じられないのと同じように,現代の生理学者には卒倒する人がいることなど信じられないだろう」。
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