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『あなたがたは頭を上げなさい』ものみの塔 1979 | 11月1日
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この社会は,来たるべき神の「新しい地」の土台となるでしょう。(ペテロ第二 3:13)この世の諸国民とは異なり,彼らは「自分の剣を鋤の刃に,槍を刈り込みばさみに打ち変える」ことをすでに学びました。そうすることによって,彼らは今でさえ次の預言を成就しているのです。「国民は国民に向かって剣をあげず,戦争を学ぶことももはやない」― イザヤ 2:2-4,新。
それで神から独立した諸国家が,ますます大きな苦悩に陥る一方,神の王国の治める地的な領域を相続する人々を集めるという神のお目的は,堂々と進められています。(マタイ 25:34)現在の邪悪な体制の間近い終わりと,目前に迫った正義の新体制について今学んでいる事柄のゆえに,もはや彼らは前途を見て希望を失うことはありません。希望を失うかわりに,彼らは『自分たちの救出が近づいているゆえに頭を上げる』のです。(ルカ 21:28)彼らは将来に大きな確信を抱いています。それは聖書の言葉どおり,「人の心の中にある計画は多い。しかしエホバの図り事,それが立つのである」ということを確かに知っているからです。―箴 19:21,新。
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『エホバを捨て去る者たちは滅びる』ものみの塔 1979 | 11月1日
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『エホバを捨て去る者たちは滅びる』
預言者イザヤの時代,エルサレムおよびユダの地に住む人々の多くは,自分たちの神エホバに不忠実でした。彼らは偶像崇拝のならわしに深く染まっていました。ゆえに預言者イザヤによって告げられたエホバの次の言葉は,彼らに向けられていたのです。「エホバを捨て去る者たちはその終わりに至るであろう。彼らはあなたがたが慕った強大な樹木を恥じ,あなたがたは自分の選んだ園のために恥じ入るのである」― イザヤ 1:28,29,新。
園すなわち神聖な果樹園において,人々は偽りの神々に犠牲をささげ,香をたくのを常としていました。(イザヤ 65:3; 66:17)「強大な樹木」もこのような偶像崇拝に一役買っていました。エホバの裁きが執行される時に,神聖な樹木と園とは,偶像崇拝者に恥をこうむらせるもとになるでしょう。彼らの仕えた神々は,怒りの日に彼らを覆いかくす,つまり保護することができません。
イザヤの預言は次のように言葉を続けています。「あなたがたは,自分の葉が枯れてゆく大木のように,水のない園のようになるからである」。(イザヤ 1:30,新)このように「大木」と「園」の比喩を偶像崇拝者に移し変えて,預言は不忠実な人々が神の怒りの熱によってどのように『枯れてゆき』,日照りの季節の庭のように乾ききってしまうかを示していました。預言の言葉は続いています。「そして強壮な者[偶像崇拝者]は必ず[燃えやすく,ぼろぼろできめの粗い,亜麻の一部である]麻くず,その働き[偶像]の結果は火花となり,どちらも[偶像崇拝者も偶像も]必ず同じ時に炎となって上りゆき,だれもそれを消す者はいないであろう」。(イザヤ 1:31,新)これは偶像崇拝をいましめる何と力強い警告なのでしょう。『エホバを捨て去る者たちが滅びる』ことに疑問の余地はありません。
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