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決定の谷で諸国民に一致して立ちむかうものみの塔 1962 | 5月1日
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した仲間の人々すなわち「大ぜいの群衆」です。(ヨエル 2:32)彼らは,エホバから次の預言的な言葉を告げられている人々です。「かくて汝ら我はヱホバ汝等の神にして我聖山シオンに住むことをしるべし」。彼らは息をのみ,畏怖の念をもって安全な高処からさばきの谷を見おろして,エホバのすばらしい勝利を目撃します。エホバはキリストにより,サタンの見える制度の結束した諸国民のすべてに対して勝利を得ます。
60 それゆえに神の勝利を見て私たちは何をしますか。しかしその時まで,私たちは命令に従って何をしますか。
60 宇宙至上権を立証するエホバの勝利を見て,私たち証者は喜びの声をあげてエホバの賛美を歌い,常に,またとこしえまでエホバを私たちの神と認めます。エホバの戦いと大いなる勝利の時は近づいています。その時まで私たちに対するエホバのご命令は,私たちがエホバへの奉仕に一致を保つことです。神の刑罰の日を宣べ伝えつつ,またキリストの御国による永遠の救いの良いたよりを伝道し教えつつ,私たちはこのことをします。
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箴言の背後にある考えものみの塔 1962 | 5月1日
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箴言の背後にある考え
聖書の箴言が書かれた当時も今日も,人情にたいした相違はありません。これを書いた賢い人は,多くの善と多くの悪を人間性の中に見ました。それらはすべて書きとめて注釈を加えるだけの価値あるものでした。この事は善をすすめ,悪を罰すると共に,実際的な知恵の道を確かには知らない人に正しい道を教えることになりました。箴言の根底にあるものを理解するとき,いっそう有益な教訓を学び取ることができます。次にあげる箴言の背後にある考えをご存じですか。
箴言 4章18,19節(新口)
「正しい者の道は,夜明けの光のようだ,いよいよ輝きを増して真昼となる。悪しき人の道は暗やみのようだ,彼らは何につまずくかを知らない」。
太陽が東に昇る頃,パレスチナを旅する人を思い浮かべてごらんなさい。太陽の光が空を染めはじめるとき,物の形はぼんやりと見えます。輝きが次第に増すにつれて,すべての物は細部に至るまではっきりと見えてきます。正午になって太陽が頭上に輝くとき,道の上に落ちる影はありません。神の僕の道もそれと同じです。神の言葉を絶えずしらべることによって,神の御目的に関するその知識,知恵と理解は常に増し加えられてゆきます。間違った,あるいは不明確な考えや,理解できなかった教えも,神の言葉の増し加わる光の中で次第に明らかとなり,行くべき道は明白となります。他方,悪しき人は夜のやみの中でつまずく人に似ています。エホバの御言葉と御目的を少しも理解せず,啓示された真理を受け入れてそれに従おうとしないので,悪しき者は無知のままにつまずきます。皮肉なことに,彼らは自分が盲目にも認めないあやまりにつまずくのです。
「知慧ある婦はその家をたて,愚なる婦はおのれの手をもてこれを毀つ」。
この箴言は,良きにつけ悪しきにつけ,妻が家庭内に及ぼす影響を示しています。よく働く賢い,献身的な妻は,家計を上手にきりもりして家族を豊かにします。このような妻は,家具,食物,衣類を増し加え子供の宗教教育に大切な彼割をはたします。敬うことと倹約することを知らない愚かな妻は,それと正反対です。夫がどんなに勤勉に働き,また倹約しても,妻の時間と金銭の浪費のために家族は栄えません。家具はいたみ,子供たちの衣服と食物が粗末なだけでなく,その精神的な教育も顧みられません。彼女は家族の頭上に家をこわすに等しいことを
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