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  • ティルス ― 不信実な都市
    ものみの塔 1976 | 9月15日
    • 不信実なティルスは,自国の奴隷市場でイスラエル人をギリシャ人やエドム人に売り渡すことまでしました。聖書には,ティルスとイスラエルが直接戦火を交えたことは記録されていませんから,これらの奴隷は,他の民族によって捕えられ,その後ティルスの奴隷商人の手に渡ったものと思われます。あるいは,保護を求めてティルスやその近辺の地域に逃げて来たイスラエルの逃亡者を,これらティルス人が奴隷にしたのかもしれません。

  • ティルス ― 不信実な都市
    ものみの塔 1976 | 9月15日
    • 「[エホバ]はこう言われる,『[ティルス]の三つのとが,四つのとがのために,わたしはこれを罰して許さない。これは彼らが人々をことごとくエドムに渡し,また兄弟の契約を心に留めなかったからである。

  • ティルス ― 不信実な都市
    ものみの塔 1976 | 9月15日
    • アレクサンドロス大王による攻囲

      しかし,ティルスに対する預言の言葉は死文化してはいませんでした。同市は,その栄光のすべてを奪い去られることになっていました。ティルスがまだその預言の最終的な成就を経験していないことを示すため,エホバ神は預言者ゼカリヤを用いて,こう宣告させました。『[エホバ]はティルスを攻め取り,その富を海の中に投げ入れられる。これは火で焼き滅ぼされる』。(ゼカリヤ 9:4,口[新])この預言やそれ以前の預言は西暦前332年に驚くべき成就を見ることになりました。

      そのころ,マケドニアのアレクサンドロス大王は中東に進攻し,ティルスを含むフェニキアの諸都市に屈服するよう要求しました。他の都市がアレクサンドロスに恭順の意を示したのに対し,ティルスはその門を開きませんでした。当時のティルスは,海岸から0.8㌔ほど離れた島にあり,堅固な要塞で守りを固めていました。陸に面した側の城壁の高さは,46㍍余りもありました。

      ティルスががん強にも屈服するのを拒んだため,アレクサンドロスは配下の軍を用いて同市を攻囲し始めました。アレクサンドロスは艦船を保持していなかったため,陸地にあったティルスの旧市街を破壊し,その残がいで島の都市に向けて半島堤つまり突堤を作りました。幅が61㍍ほどある突堤の先端部には,塔が築かれ,兵器が据えられました。ティルス人は焼き打ち船を使ってこれらの塔を破壊し,突堤にも損害を与えました。アレクサンドロスは,これにひるまず,塔を再建し,突堤の幅も広げました。

      攻囲の長びくのを嫌ったアレクサンドロスは,破城つちを載せた攻囲用のいかだの建造を命じました。アレクサンドロスの軍は,これを使ってティルスの二つの港に突破口を開き,同市の要塞によじ登ったのです。

      7か月の攻囲の後,ティルスは陥落しました。同市が陥落した後も,ティルス人は必死の抵抗を続けたためアレクサンドロス配下の将兵は同市に火を放ちました。戦いで殺された8,000人のティルス人を別にしても,後日報復手段として2,000人が殺され,3万人が奴隷として売られました。

      ティルスの栄華の果て

      その後,幾度も再建が行なわれたとは言え,ティルスに対する聖書の預言は完全な成就を見ました。今日,ティルスのかつての栄華はもはやどこにも見られません。スールと呼ばれる小さな海港が遺跡とともにその場所に残っているにすぎません。大英百科事典(1971年版)によると,同市には「とりたてて重要な意義はなく,1961年の推定人口は1万6,483人」でした。(第22巻,452ページ,英文)

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