マルコ,活動に満ちた福音書の筆記者
読書をする時間もないほど忙しい毎日を送っているものの,キリストの生涯のあらましやその教えの要旨を神学や哲学に煩わされることなく手早くは握したいと考えておられますか。キリスト教の音信のいわばダイジェスト版をお望みですか。そのような方は聖書を開いて,「マルコによる書」をお読みください。普通の聖書の場合,わずか35ページほどしかありませんが,これは「書」と呼ばれています。マタイやルカ,ヨハネといった他の福音書筆記者ではなく,どうしてマルコの名を挙げるのでしょうか。マルコの書き記したものは,四福音書,つまりイエス・キリストに関する「良いたより」の伝記の中で,最も簡明で活動に満ちているからです。
マルコの福音書の霊はすでにその最初の章にはっきり認められます。そこでは「直ちに」もしくは「すぐに」と訳されるギリシャ語エウトゥスが11回用いられています。マルコは自分の書き記した記録全体を通じてその語を42回用い,キリストの活動に終始,緊急感と緊迫感を添えています。
マルコの記録の第1章の初めの方に,イエスがヨルダン川でいとこのヨハネの手によりバプテスマを受けられたことが記されています。16節から21節では,ガリラヤを巡る第1回伝道旅行に伴う4人の弟子を,キリストが選んでおられます。最初に選ばれた二人は漁師であったシモンとアンデレでしたが,その二人についてこう記されています。「すると,彼らは直ちに[エウトゥス]網を捨てて彼のあとに従った」。それからイエスはヤコブとヨハネを伴うことにされました。二人は父親と一緒に網を繕っていましたが,『イエスはさっそく[エウトゥス]彼らをお呼びになりました』。―マルコ 1:10-43。
マルコ独特の活動的な文体は9章と10章にもよく表われています。マルコはそこで,群衆がイエスのもとに「走り寄って」来たと記し,また後にも,群衆が「いっしょになって[イエス]のほうに走り寄って」来たと描写しています。質問しようとした金持ちの若い支配者は「走り寄って来て[キリスト]の前にひざまずき」ました。共観福音書の筆記者(マタイ,マルコ,ルカ)の中で,これらの人々が駆け寄って来たことを記しているのはマルコだけです。a ―マルコ 9:15,25; 10:17。マタイ 19:16およびルカ 18:18と比べてください。
マルコとはどのような人物か
さてここで,「マルコとはどのような人物だったのだろうか」と尋ねる人もいるでしょう。記されている事柄の目撃証人でしたか。それとも,他の情報源から資料を集めて書いたのでしょうか。
マルコの母マリアは信者で,クリスチャンの集まりを開くのに自分の家を提供していたようです。また,「使徒たちの活動」の書から,マルコがいとこのバルナバや使徒パウロに同行して宣教者として働いたことも分かります。マルコは使徒ではなく,自分の記した出来事の多くを直接目撃してもいません。イエスが捕縛された時,すでに弟子になっていたとも考えられます。事実,一部の学者は,その時『裸のまま逃げて行ったある若者』がマルコであると考えています。―使徒 12:6-17,25; 15:36-41。マルコ 14:51,52。
「またの名をマルコというヨハネ」の名は,西暦44年に使徒ペテロが獄から奇跡的に解き放された出来事に関する聖書の記録の中に初めて出て来ます。ペテロはその晩マルコの家に行き,そこで開かれていたクリスチャンの集会の席で,自分が自由にされたことを知らせました。(使徒 12:12,18)その時マルコは,後日自分がこの訪問者からどれほどの影響を受けるようになるか考えてもみませんでした。マルコは後日ペテロと親しく交わるようになったのです。ペテロは,霊感のもとに記したその第一の手紙の中で,彼のことを「わたしの子マルコ」とさえ呼んでいます。(ペテロ第一 5:13)マルコは他の情報源からも資料を得ることができましたが,その福音書はイエスの生涯や宣教に関するペテロの知識を疑いもなく大いに反映しています。そのように言うどんな証拠がありますか。簡単な例でそれを示すことができます。
西暦31年の過ぎ越しの祭りの後のある時,イエスは十二使徒を伴って第2回のガリラヤ伝道旅行を行なっておられました。イエスはガリラヤの海を船で渡ることにされました。その時の出来事に関するマタイとマルコの記述の仕方を比較してみるのは興味深いことです。まず,マタイは次のように記述しています。
「ところが,見よ,大きな動揺が海に生じ,船は波をかぶるのであった。でも,イエスは眠っておられた」― マタイ 8:24。
これから嵐があったことは分かりますが,この記述は特に行動に焦点を合わせたり,感情を刺激したりするものではありません。マルコは同じ出来事をどのように描写しているでしょうか。
「ところが,猛烈な暴風が起こり,波が幾度も船にぶつかり,船はほとんど水浸しになった。しかしイエスは船尾のほうにおり,まくらをして眠っておられた」― マルコ 4:37,38。
マルコはその場にいませんでした。では,どうしてこのような写実的な情景描写ができたのでしょうか。マルコはこの資料を漁師であったペテロから得たに違いありません。嵐の様子やそれによって船の被った影響のことが生き生きと描かれているのに気付かれましたか。「船尾のほう」という詳細な描写さえなされています。陸で仕事をする収税人であったマタイは,同じ船に乗り合わせていながら,それを記していません。イエスが「まくらをして眠っておられた」ことを思い起こしたのですから,ペテロには目にした情景を長く思いに保つ能力と優れた記憶力があったに違いありません。―ルカ 8:23もご覧ください。
一部の聖書学者がマルコをペテロの注釈者と呼ぶ理由も分かります。では,マルコの福音書は本来,ペテロによる福音書と呼ぶべきなのでしょうか。そのようなことはありません。細部に至るペテロの観察力や注意力を反映する記述が随所に見られるとはいえ,息もつかせぬような動きを伝える,速いテンポの生き生きとした,しかも平易な文体は明らかにマルコのものです。
考慮に入れるべき別の重要な要素は,「聖書全体は神の霊感を受けたものであり」,「聖書の預言はどれも個人的な解釈からは出て(おらず)……人が聖霊に導かれつつ,神によって語ったもの」であるということです。こうして喜ばしいことに,鋭い洞察力に基づくペテロの話とマルコの動きの速い簡潔な文章とが結び合わされているのです。マルコは確かに,神の聖霊,つまり活動力に「導かれ」ていました。―テモテ第二 3:16。ペテロ第二 1:20,21。
マルコはだれのために書いたか
明らかに福音書筆記者はそれぞれ異なった読者を念頭に置いていました。マタイは主にユダヤ人のために書きました。それは,ヘブライ語聖書を幾度も引用していることや,イエスがアブラハムの正当な子孫である事実を明確に示すためイエスの系図に関心を払っていることからも明らかです。ルカは「きわめてすぐれたテオフィロ」とすべての諸国民のために書き,その系図はアダムにまでさかのぼっています。(ルカ 1:1-4; 2:14; 3:23-38)このように,それぞれの筆記者は異なった文体で書き記し,強調や焦点の置き方も異なっています。マルコは主としてだれのために書いたのでしょうか。
マルコはローマで,ローマ人の信者のことを念頭に置いてそれを書いたと思われます。マルコは一般に使われていた普通のギリシャ語を使用していますが,そこにはラテン語を転写した語が混じっています。こうした傾向はローマに住むギリシャ語を話す人々にとってごく自然なものでしょう。マルコは少なくとも九つのラテン語を18箇所で用いており,その中にはspeculator(ギリシャ語,スペクーラトラ,「護衛兵」),praetorium(ギリシャ語,プライトーリオン,「知事の官邸」),centurio(ギリシャ語,ケントゥリオーン,「士官」,つまり百人隊長)などがあります。―マルコ 6:27; 15:16,39。
マルコが主に異邦人を対象にしていたことを裏付ける別の証拠は,イエスの誕生やその系図に全く言及されていないという事実にも見られます。事実マルコは,その冒頭の部分ですぐさま,バプテスマを施す人ヨハネの宣教とメシアに関するその知らせを書き記しています。イエスの生涯の早い時期の伝記上の情報は,マルコよりも前の福音書筆記者マタイとルカが十分に扱っていますから,それを取り上げる必要はありませんでした。そうした証言を繰り返したところで,非ユダヤ人のどんな益になるでしょうか。ついでながら,これは,マルコが最初の福音書筆記者であるとする現代の多くの聖書学者の意見とは相入れません。とはいえ,最も古い権威者たちはマタイが最初の福音書筆記者であることを認めています。
人としてのキリスト
マルコはキリストをどのような人物として描いているでしょうか。ほんの数節読み進むうちに別の場所へ行っている,活発に行動する奇跡を行なう人物をそこに見ます。ガリラヤとユダヤの周辺の少なくとも十の異なった場所で,イエスが19ほどの奇跡を行なっておられることが分かります。b しかし同時に,同情心に富むイエスの姿を目の当たりにします。他の福音書にはみられない詳細な事柄に焦点が当てられ,イエスの感情の動きがはっきり示されています。例を挙げてみましょう。
「さて,彼に触っていただこうとして,人びとが幼子たちをそのもとに連れて来るのであった。ところが,弟子たちは彼らをたしなめた。これを見て,イエスは憤然として彼らに言われた,『幼子たちをわたしのところに来させなさい』……それから,子どもたちを自分の両腕にだき寄せ,その上に両手を置いて祝福しはじめられた」― マルコ 10:13-16。
その光景を頭の中に描くことができますか。「子供は大人の話に口出しすべきではない」という言葉をわたしたちは幾度も口にしたり耳にしたりしてきました。この時,弟子たちは同様の態度を示しました。それに対して主人はどのような態度を示されたでしょうか。イエスは「憤然と」されました。目撃証人であったペテロは,義にかなったイエスの感情の動きを思い起こしたのでしょう。その時イエスは,「幼子たちをわたしのところに来させなさい。止めようとしてはなりません」と言われました。マルコは次に,福音書筆記者のマタイやルカが触れなかった,イエスの実に人間味あふれた一面に言及しています。まるでズームレンズを使って拡大するかのように,一つの詳細な点に焦点を合わせ,「それから,[イエスは]子どもたちを自分の両腕にだき寄せ」たと書いています。ここには行動と同情心が共に認められます。こうして実際,人間味あふれた思いやりに富むペテロの目を通してイエスを見ることができるのです。聖霊がマルコを動かして一筆を加えさせ,その情景描写に彩りと温かさが添えられているのは喜ばしいことです。
聖書やキリスト教に接するのが初めての方は,この簡潔できびきびした文でつづられた,行動の人イエス・キリストに関する「良いたより」の物語をまずお読みになるとよいでしょう。一,二時間,世とその煩いを締め出し,マルコの記した胸を躍らせる物語,「イエス・キリストについての良いたよりのはじまり」をお読みになってください。(マルコ 1:1)それも,「すぐに」,「直ちに」行なうのはいかがですか。
[脚注]
a 「共観」という語には「同じもしくは共通の観点に立つ」という意味があります。
b 「聖書全体は神の霊感を受けたものであり,有益です」(英文),287-289ページをご覧ください。
[29ページの図版]
マタイそれともマルコ ― どちらのほうが生き生きとした筆致で描写しているか