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死者は再び生きるかものみの塔 1962 | 7月15日
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よって生命にもどり,いま死者をいたむ人々の心は喜びにかわります。
イエスに娘をよみがえらせてもらった両親の喜びを,覚えていますか。「彼らはたちまち非常な驚きに打たれた」。(マルコ 5:42,新口)個人的に,あるいは聖書を読んで知っている人々の復活を見る人も,驚きに打たれるでしょう。子供から大人に成長しても,また外見は時によって変化しても人は変わりません。同じく,復活を受ける人々は神からどんなからだを与えられても,同じ個性を持っているので,特定の人であることが分かります。
死んだ子供をとり戻した両親は,大きな喜びを得るので,子供が成長し,ひとり立ちしてゆくことを嘆かないでしょう。キリストの「花嫁」として天的な復活を受け,永遠の喜びにあずかるプリスカとアクラのような夫婦は,夫と妻の関係が消滅しても,そのことを悲しみません。(ロマ 16:3)アブラハムとサラ,イサクとレベカ,ヤコブとレア,ラケルの復活の喜びは,その人々が「めとったり,とついだりすることはない」と言っても,少なくなるわけではありません。「復活にあずかるゆえに」,神の家族の中で生きることに,その人々は至上の喜びを味わいます。(ルカ 20:34-36,新口)従って死に別かれた子供,妻,夫,父,母の復活を見る人は,喜びに我を忘れる思いをするでしょう。天の父は,復活した人を元の結婚の絆に結び合わせません。しかしそのために復活の喜びが少なくなることはありません。生命を受け継ぐ者となって互いに交わりを楽しむことで,人々の喜びはあふれます。正義の新しい世で永遠に生きる祝福にあずかるため,愛する者が神の家族の中に戻ったことに対し,感謝の祈りがエホバ神にささげられるでしょう。感謝の心を持つ神の子たちは,それ以上のことを求めません。
この正義の世は間もなく実現して,エホバが愛,知恵,公正と力の神であることを立証します。「死者は再び生きるか」との質問に対しては,権威をもっていま次のように答えることができます,「記憶の墓にいる者がみな彼の声を聞いて出てくる時がくる」。―ヨハネ 5:28,29,新世。
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エホバを待ちのぞんで勇ましく伝道するものみの塔 1962 | 7月15日
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エホバを待ちのぞんで勇ましく伝道する
アゾレス諸島
人口: 348,000人
伝道者新最高数: 62名
比率: 5,613人に1人
一人の伝道者は,ある日円熟した伝道者といっしょに奉仕して,時計,ラジオ,その他を修理する小さなお店を訪問しました。そのお店の人は,ふつうの人よりも物分かりが良く,音信を受入れて,その場で「楽園」の本による研究が始まりました。その研究が行なわれていたとき,お店の人は修理中のテープレコーダーのスイッチを入れてその話を録音しました。後に,お店に来る人々にそのテープを聞かせたいと思ったのです。彼は毎回の研究ごとにそうしました。そして,毎週研究のレコードを聞きに戻る大ぜいの人々は,そのテープを聞いて興味を持つようになりました。この人は,そのような方法で近所の人々にすばらしい証言をしています。
約2年前,ひとりの開拓者は72歳の人に証言しました。その人は読み書きができなかったのですが,「ものみの塔」誌を1部取りました。彼と彼の妻は両方ともカトリック信徒でした。開拓者が再訪問したとき,その人はもっと聞きたいが読み書きができないので理解はおそいと語りました。また,彼の一生の念願は,いつか聖書を読めるようになることだとも語りました。開拓者が,読めるようになるようお手伝いしましょうと申し出たとき,彼はひじょうによろこびました。6ヵ月後,その人は聖書中のいくらかの言葉が読めるようになり,「楽園」の本が発表された小さな大会に出席して大よろこびでした。この人は,「楽園」の本から大きな援助が受けられることを知りました。本当にそうでした。今ではその人は「楽園」の本を正しく読んで,研究の時には自分の言葉で注解をしています。彼は以前のカトリック活動をすぐに中止し,今では神の御心が何であるかを知っています。
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