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フィラデルフィアの使いへ『その時,神の秘義は終了する』
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示された忍耐の模範に倣おうとすることにより,その言葉を守ってきました。彼の名に不実な者とならず,国家主義や,国家唯一の指導者として総統<フューラー>,首領<デューチェ>を自任する全体主義的独裁者の存在にもかかわらず,キリストを自分たちの指導者,また,神に油そそがれた王である,と言い表わしてきました。彼らは,「ダビデの鍵」を持つキリストによって自分たちの前に置かれた,「開かれた戸」を通って入ったのです。そしてこの「戸」によって開かれた,神のメシアによる王国を支持するクリスチャン活動を,この世のあらゆる反対や迫害にもかかわらず,決して断念しようとはしませんでした。しかし,キリストの到来が今や間近とはいえ,その時までなおこの王国の奉仕を固く守り続けねばなりません。彼らは,クリスチャンの忍耐と奉仕に関する良い記録を神に対して持っており,キリストと共に天で支配するという正当な希望を抱いています。こうした事柄を彼らはしっかり守る必要があるのです。そうすれば,他のだれにも冠を取られることはありません。
26,27 (イ)油そそがれたクリスチャンのある者が地上の試みに失敗するなら何が起こりますか。(ロ)王国相続者が天の冠に対する資格を確かなものにするよう,キリストはどんな励ましを与えますか。
26 キリストと共になる天の王国において,王冠の数は限られており,14万4,000の王冠があるのみです。天の冠の各は,最後には,忠実なふさわしいクリスチャンが着けることになります。天の冠に対する希望を神から与えられた,油そそがれ,霊によって生み出されたクリスチャンが,地上の試みに失敗し,約束の冠に値しない者となり,その結果,他の人が王国に召され,終わりまで忠実を実証するその者に冠が取って置かれねばならないというような事態になるなら,最初の人は失望を味わうことでしょう。それで,王国相続者が自分の持っているものを固く守り,天の冠に対する資格を確かなものにするよう励ますため,イエス・キリストは神の霊により次の音信を全会衆に送ります。
27 「征服する者 ― わたしはその者をわたしの神の神殿の中の柱とし,彼はもはやそこから決して出ないであろう。そしてわたしは,わたしの神の名と,わたしの神の都市,すなわち天からわたしの神のもとから下る新しいエルサレムの名と,わたしの新しい名をその者の上に書く。耳のある者は霊が諸会衆に述べることを聞きなさい」― 啓示 3:12,13。
28 (イ)キリストはこの音信の中で,「わたしの神」という表現を四回使っておられますが,それはどんな意義がありますか。(ロ)神殿が神のものであるのに,キリストはなぜご自分が「わたしの神の神殿の中の柱」の各を立てると言い得るのですか。
28 「征服する者」に対するこの音信の中で,主イエス・キリストが「わたしの神」という表現を四回使っている点に注目してください。彼はご自分が,三「者」の各が同等かつ永遠に共存する三位一体の「第二位の者」であると主張したのではなく,天の父を,ご自分の崇拝し,仕え,従う神であること,また,霊的「神殿」がご自分の神のものであることを認めたのです。彼は,その霊的神殿に霊により住まわれるその所有者たる神により,「土台の隅石」として据えられたかたです。(エフェソス 2:20-22)しかしイエス・キリストは,神によりその霊的神殿の共同建築者として用いられるので,ご自分が「わたしの神の神殿の中の柱」の各を立てる,ということができるのです。
神の神殿における永久的立場
29 征服を遂げるクリスチャンが神の神殿の中の柱とされることは何を意味しますか。
29 征服者となるクリスチャンがその神殿で柱とされることは,当人がその霊的建造物の中で固定した立場を与えられることを意味しています。代理の建築者イエス・キリストが,そうした霊的な柱に関し,「彼はもはやそこから決して出ないであろう」と断言されたのはそのためです。昔のフィラデルフィアの地域を揺るがす地震のようなものは何も,神の神殿のその者の立場から霊的な柱を取り除くことはできません。彼はあらゆる出来事や状況の中にあってとこしえに,神の真理および,全宇宙における唯一の生けるまことの神の崇拝を擁護する柱として奉仕するという,祝福された特権を享受するのです。(テモテ第一 3:15,16。ペテロ第一 2:4-6)これは征服者たちにとって,なんと高貴な奉仕,神とのなんと貴重な親密さを意味するのでしょう。
30 (イ)イエスは地上におられた時,ご自分の父の名の正確な発音をご存じでした。どうしてそれが分かりますか。(ロ)征服を遂げるクリスチャンの体のどこに,イエスは「エホバ」という名を記されますか。それは何を意味しますか。
30 征服者に対するこの約束の中でイエス・キリストは,ご自分の神が固有の名を持っておられることを証ししています。神のみ子は,イエスという,固有の名を持っておられ,それに「キリスト」という称号が付されています。同様に,神もご自身の名を持っておられます。イエスはご自分の神のみ名を知っており,「征服する」ご自分の追随者おのおのの上にその名を記されるのです。イエス・キリストは地上におられた時,霊感を受けたヘブライ語聖書を読み,その中に神のみ名が幾千回も出てくることを知っておられました。そこには神のみ名が,JHVHまたはYHWHに相当する,ヘブライ語のアルファベットの四文字でつづられています。イエス・キリストはその名の正確な発音をご存じでした。今日それはエホバ,最近ではヤハウェと発音されています。主イエス・キリストはこの名を,征服を遂げるクリスチャンおのおのの上に記すと約束しておられます。疑いなく,見る人すべてがはっきり目にすることのできる,額に相当する部分にそれを記されるのでしょう。古代の聖書時代,人びとは,額に主人の名の焼印を押された奴隷を見ると,それにより,当の奴隷が記された名の主人に属する者であることを知りました。同様に,イエス・キリストが征服者に記す「わたしの神の名」も,その征服者がイエスの神であるエホバに属することを印するものとなります。
31 (イ)主イエス・キリストは,他のどんな誉れある名を征服者の上に記されますか。(ロ)その名にはどんな意義がありますか。その名はどれほど重要ですか。
31 征服者は,恥ずべき必要のない,別の誉れある名をもしるしとして受けます。主イエスはこう付け加えておられるからです。「わたしは……わたしの神の都市,すなわち天からわたしの神のもとから下る新しいエルサレムの名……をその者の上に書く」。昔の地上のエルサレムが,イスラエル連合王国の政府所在地また首都であったのと同じく,「天からわたしの神のもとから下る新しいエルサレム」は,天と地における神の全創造物の首都,また首都組織となります。啓示の幻の中で使徒ヨハネは後に,この象徴的な都市である新しいエルサレムが,全人類を完全な政府をもって支配し祝福するため,天から,神のもとから下って来るのを見ました。(啓示 21:2-4)エルサレムという名それ自体は,「平和の所有」を意味します。征服を遂げるクリスチャンが,「ダビデの鍵」を持つかたにより,新しいエルサレムの名をしるしとして付けられる時,その者はその象徴的な都市に属す者,その一部,その市民となるのです。フィリピ 3章20節によると,その「市民権は天にあり」ます。彼は神の首都組織の成員なのです。それはなんと高貴な職ではありませんか。―詩篇 87篇5,6節と比較してください。
32 イエスが「征服する者」の上に書かれる「わたしの新しい名」とは何ですか。この「新しい名」はついにはだれの知るところとなりますか。
32 神の首都組織の中で最も重要なかたは,み子イエス・キリストです。であれば,み子が,「征服する者」に対するご自分の約束に,次の結びの言葉を付け加えられるのは極めて適切なことといえます。「わたしは……わたしの新しい名をその者の上に書く」。(啓示 3:12)後に,啓示 14章1-3節で,14万4,000人の征服者たちは,子羊イエス・キリストと共に天のシオンの山に立ち,「彼の名と彼の父の名をその額に書かれて」いると示されています。しかしその個所では,彼らの上に彼の新しい名が書かれているとは述べられていません。彼の「新しい名」が何かは,「彼には記された名があるが,彼自身のほかはだれもそれを知らない」と書かれている,啓示 19章12節においてさえ啓示されていません。それは,征服を遂げるクリスチャンに与えられる「白い小石」の上の名のように,他の被造物に対しては秘されているのです。「その小石には,それを受ける者以外にはだれも知らない新しい名が書かれている」,とあるとおりです。(啓示 2:17)キリストの天における「新しい名」は,彼が14万4,000人の弟子たちの上にそれを書く時,いうまでもなく,彼らの知るところとなります。
33 (イ)イエス・キリストの「新しい名」の創始者また与え主はだれですか。(ロ)キリストの「新しい名」を書かれることは,14万4,000人にとって何を意味しますか。(ハ)彼らは征服者となるがゆえに,どんな三重の方法で報われますか。
33 当然,神エホバは,キリストの天的な「新しい名」をご存じです。それを彼に与えたのは神だからです。イエス・キリストは定めの時に,この「新しい名」を14万4,000人の共同相続者の上にいわば書くことにより,彼らとそれを分け合います。その「新しい名」を自分の上に書かれることは,彼の共同者とみなされ,神との新しい天的関係におけるイエス・キリストに属する者である,という意味です。天と地の他のいかなる被造物も,イエス・キリストが神エホバと持たれる極めて個人的かつ親密なこの新しい関係を分け合う特権にはあずかりません。このように名を記される14万4,000人のクリスチャン征服者は,天的な父である神の名,み子イエス・キリストの名,天の都である新しいエルサレムの名を帯びます。このようにして彼らは,霊が諸会衆に述べたことに注意を払う征服者となった報いとして,三重の仕方で,この上ない誉れを与えられるのです。
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ラオデキアの使いへ『その時,神の秘義は終了する』
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第14章
ラオデキアの使いへ
1 ラオデキア市はいつ創建されましたか。その名は何に由来していますか。
ラオデキア市は,セレウコス・ニカトル将軍の孫で,セオスつまり「神」と呼ばれるようになった,セレウコス王朝の支配者アンティオコス二世の妻の名を取って命名されました。彼は西暦前3世紀に同市を創建し,その名をラオデキアと呼びました。a
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