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エホバは「ご自分に求めている者に聖霊を」与えてくださるものみの塔 2006 | 12月15日
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イエスが,その人は「その大胆な執ようさのゆえに」自分の必要としている物を得ることに成功する,と言っている点に注目してください。(ルカ 11:8)「大胆な執ようさ」という表現は,聖書中に1回しか出ていません。これはギリシャ語の,文字どおりには「恥知らずの態度」という意味の言葉を訳したものです。恥知らずの態度は,多くの場合,良くないものです。しかし,恥知らずの態度もしくは執ようさは,良い目的のために示されるとき,褒めるべき特質となります。例えの,客をもてなそうとする人の場合がそうです。恥をも顧みず,自分の必要とする物を粘り強く願い求めています。イエスが,客をもてなすその人をわたしたちの模範として示しているのですから,わたしたちも粘り強く祈り求めるべきでしょう。エホバがわたしたちに望んでおられるのは,『求めつづけ,探しつづけ,たたきつづける』ことです。そうすれば,エホバは「ご自分に求めている者に聖霊を与えて」くださいます。
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エホバは「ご自分に求めている者に聖霊を」与えてくださるものみの塔 2006 | 12月15日
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同様に,真のクリスチャンも,いわば緊急事態に直面しており,それが続いています。なにしろ,サタンが「ほえるライオン」のようにうろついて,わたしたちをむさぼり食おうとしているのです。(ペテロ第一 5:8)わたしたちが霊的な意味で生きているためには,神の聖霊の助けが絶対に必要です。神の助けを求めなければ,命を失ってしまうかもしれません。ですから,大胆な執ようさをもって神に聖霊を願い求めます。(エフェソス 3:14-16)そのようにして初めて,『終わりまで耐え忍ぶ』のに必要な強さを維持できるのです。―マタイ 10:22; 24:13。
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