イエスが伝道期間中に繰り返し教えたのは,祈りのことだけではありません。ガリラヤでイエスの奇跡を見た人々は,そうした奇跡は邪悪な天使の支配者の力によるのだと批判しました。今回,ユダヤの人々も同じことを言います。
イエスは,邪悪な天使のせいで口が利けなかった男性を癒やします。群衆はとても驚きますが,イエスに敵対する人たちはガリラヤの人々と同じ批判をし,こう言います。「彼は邪悪な天使の支配者ベエルゼブブの力で,邪悪な天使を追い出しているのだ」。(ルカ 11:15)また,イエスが何者であるかを突き止めたくて,天からのしるしをもっと見せてくれるよう頼む人たちもいます。
イエスは彼らが自分を試そうとしていることに気付き,ガリラヤの人々にしたのと同じ返事をします。まず,内部で分裂している王国はどれも倒れてしまうと話してから,「サタンも自分自身に敵対して分裂しているなら,その王国はどうして長く続くでしょうか」と尋ねます。それから彼らに対しはっきりこう言います。「私が邪悪な天使を追い出すのが神の力[または指]によるのであれば,神の王国はもうあなた方の所に来ています」。(ルカ 11:18-20)
イエスがそう言った時,人々はイスラエルの歴史で生じたある出来事を思い出したことでしょう。ファラオの宮廷にいた人たちはモーセが行った奇跡を見た時,「これは神の力[または指]です!」と叫びました。また,石板2枚に十戒を書き記したのも「神の指」でした。(出エジプト記 8:19; 31:18)その同じ「神の指」つまり聖霊によって,イエスは邪悪な天使を追い出したり病気を癒やしたりしています。イエスはそれを神から指名された王として行いました。ですから,神の王国はイエスの反対者たちの所に来ていると言えるのです。
イエスが邪悪な天使を追い出せることは,イエスがサタンを支配できる証拠です。それは,十分に武装して邸宅を守っている人をもっと強い人が打ち負かすのと同じです。ここでイエスは,邪悪な天使が出ていった人の例えをもう一度話します。その人は自分を良いもので満たさなかったので,最初の邪悪な天使が7人の天使を連れて戻ってきてしまい,最終的な状態は最初より悪くなるのです。(マタイ 12:22,25-29,43-45)これはイスラエル国民の状態にぴったり当てはまります。
ここで,話を聞いていた1人の女性が,「あなたを産んで乳を飲ませた女性は幸福です!」と大声で言います。ユダヤ人の女性たちは預言者の母親,特にメシアの母親になりたいと願っていました。それでこの女性は,こんなに素晴らしい教師の母親になったマリアは幸せだ,と思ったのでしょう。しかしイエスは,本当に幸福なのはどんな人かを教え,「いいえ,神の言葉を聞いて守っている人たちこそ幸福です!」と言います。(ルカ 11:27,28)イエスは,マリアに名誉が与えられるべきだということは絶対に言いませんでした。むしろ,男女を問わず本当の幸福は,血縁関係や達成した事柄ではなく,神に忠実に仕えることから味わえると教えたのです。
イエスはガリラヤで行ったように,しるしを求めた人たちを非難します。そして,「ヨナのしるし」以外のしるしは与えられないと言います。ヨナは魚の中に3日間いたこと,また大胆に伝道したことでしるしとなり,ニネベの人々は悔い改めました。イエスはこう言います。「しかし見なさい,ヨナを上回る者がここにいます」。(ルカ 11:29-32)さらにイエスは,シェバの女王が知恵を聞くためにやって来たソロモンを上回る者でもあります。
イエスは話を続け,「人はランプをともした後,それを人目に付かない所や籠の下ではなく,台の上に置」く,と言います。(ルカ 11:33)イエスは,これらの人々の前で教えたり奇跡を行ったりするのはランプを人目に付かない場所に置くようなものだ,と言っていたのかもしれません。彼らの目の焦点は合っていないので,イエスの奇跡の目的を理解できないのです。
イエスは邪悪な天使を追い出し,口が利けなくなっていた男性が話せるようにしました。それを見た人たちは神を賛美し,エホバが行っていることを他の人に話すよう動かされるはずです。しかし,イエスを批判した人たちはそのような反応をしません。そのためイエスは彼らにこう警告します。「それで,あなたの内の光が闇にならないように用心していなさい。あなたの体は,全体が明るく少しも暗い所がないなら,ランプが照らすときのように全く明るいでしょう」。(ルカ 11:35,36)