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  • 盲目の男性を癒やし,ザアカイを助ける

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イエス 道,真理,命
イ道 99章 230ページ–231ページ 3節
木の上にいるザアカイ

99章

盲もう目もくの男だん性せいを癒いやし,ザアカイを助たすける

マタイ 20:29-34 マルコ 10:46-52 ルカ 18:35–19:10

  • イエスはエリコで盲もう目もくの男だん性せいを癒いやす

  • 徴ちょう税ぜい人にんのザアカイが悔くい改あらためる

イエスは一いっ緒しょに旅たびをしている人ひとたちと共ともにエリコに着つきます。そこからエルサレムまでは歩あるいて1日にちで着つきます。エリコは2つの町まちから成なっていました。古ふるい方ほうのエリコは,ローマ時じ代だいに建たてられた新あたらしい方ほうのエリコから1.6㌔ほどの所ところにありました。イエスと人ひと々びとが片かた方ほうの町まちから出でてくると,2人ふたりの盲もう目もくの物もの乞ごいがざわめきを聞きき付つけます。その1人ひとりの名な前まえはバルテマイです。

イエスがそばを通とおっていると聞きくと,バルテマイともう1人ひとりの男だん性せいは,「主しゅよ,憐あわれみをお掛かけください,ダビデの子こよ!」と叫さけび始はじめます。(マタイ 20:30)ある人ひとたちは静しずかにしているようにと厳きびしく言いいますが,2人ふたりはますます大おお声ごえで叫さけびます。騒さわぎに気きが付ついたイエスは足あしを止とめ,叫さけんでいる人ひとたちを連つれてくるようにと言いいます。人ひと々びとは2人ふたりの所ところに行いってその片かた方ほうに,「勇ゆう気きを出だして,立たち上あがりなさい。あなたをお呼よびだ」と伝つたえます。(マルコ 10:49)するとその人ひとは大おお喜よろこびし,外がい衣いを脱ぬぎ捨すてて躍おどり上あがり,イエスの所ところに行いきます。

イエスが盲目の男性を癒やしているところ

イエスは,「何なにをしてほしいのですか」と尋たずねます。すると2人ふたりは,「主しゅよ,目めが見みえるようにしてください」と頼たのみ込こみます。(マタイ 20:32,33)かわいそうに思おもったイエスは2人ふたりの目めに触ふれます。そして1人ひとりに向むかって,「行いきなさい。あなたが良よくなったのは信しん仰こうがあったからです」と言いいます。(マルコ 10:52)すると2人ふたりとも目めが見みえるようになり,神かみをたたえ始はじめました。起おきた出で来き事ごとを見みた人ひと々びとも神かみを賛さん美びします。そして,盲もう目もくだった2人ふたりはイエスの後あとに従したがい始はじめます。

非ひ常じょうに大おお勢ぜいの人ひとに取とり囲かこまれながらイエスはエリコの中なかを進すすんでいきます。盲もう目もくの2人ふたりを癒いやした人ひとを一ひと目め見みたいと皆みなが思おもっています。イエスの元もとに前ぜん後ご左さ右ゆうから人ひとが押おし寄よせているので,イエスの姿すがたをちらりとさえ見みることができない人ひともいます。エリコとその周しゅう辺へん地ち域いきの徴ちょう税ぜい人にんの長ちょうであるザアカイもその1人ひとりです。背せが低ひくいザアカイには何なにが起おきているか見みえません。それで先さきの方ほうに走はしっていって,エジプトイチジク(またはイチジクグワ)の木きに登のぼります。そこからだと全すべてが見みえます。近ちかくに来きたイエスは木きの上うえにいるザアカイを見みて,「ザアカイ,急いそいで下おりてきなさい。私わたしは今日きょうあなたの家いえに必かならず行いきます」と言いいます。(ルカ 19:5)それでザアカイは下おりてきて急いそいで家いえに戻もどり,大たい切せつな客きゃくを迎むかえる準じゅん備びをします。

このやりとりを見みた人ひとたちは文もん句くを言いい始はじめます。罪つみ人びとと見みなされているような男おとこの所ところへイエスが客きゃくとして行いくのはふさわしくないと思おもっているのです。ザアカイは徴ちょう税ぜいの仕し事ごとの際さい,不ふ正しょう直じきな方ほう法ほうで人ひと々びとからお金かねを巻まき上あげ,裕ゆう福ふくになっていたからです。

イエスがザアカイの家いえに入はいると人ひと々びとは,「罪つみ人びとの家いえに客きゃくとして行いった」と不ふ平へいを言いいます。でもイエスはザアカイが悔くい改あらためる可か能のう性せいを見みていました。イエスの期き待たいは裏うら切ぎられません。ザアカイは立たち上あがり,イエスにこう言いったのです。「主しゅよ,持もち物ものの半はん分ぶんを貧まずしい人ひと々びとに与あたえますし,ゆすり取とったものは何なんでも4倍ばいにして返かえします」。(ルカ 19:7,8)

本ほん当とうに悔くい改あらためていることがよく分わかります。ザアカイは,誰だれからどのくらい巻まき上あげていたかを徴ちょう税ぜい帳ちょう簿ぼから計けい算さんできたようです。そして4倍ばいにして返かえすと誓ちかいました。これは,律りっ法ぽうで規き定ていされている以い上じょうの額がくを払はらうことを意い味みしていました。(出しゅつエジプト記き 22:1。レビ記き 6:2-5)それだけでなく,自じ分ぶんの持もち物ものの半はん分ぶんを貧まずしい人ひとたちに与あたえるとまで約やく束そくしたのです。

イエスはザアカイが悔くい改あらためたことがはっきり分わかったのでうれしく思おもい,こう言いいます。「今日きょうこの家いえは救すくわれました。この人ひともアブラハムの子こだからです。人ひとの子こは,迷まよい出でた人ひとを捜さがして救すくうために来きたのです」。(ルカ 19:9,10)

最さい近きんイエスは,いなくなっていた息子むすこについての例たとえ話ばなしをして,迷まよい出でた人ひとの状じょう況きょうに注ちゅう意いを向むけたばかりです。(ルカ 15:11-24)そして今いま,いなくなっていたも同どう然ぜんの人ひとが見みつかるという実じつ例れいを示しめしたのです。宗しゅう教きょう指し導どう者しゃやその支し持じ者しゃたちはイエスに不ふ平へいを言いい,ザアカイのような人ひとに注ちゅう目もくしたことでイエスを批ひ判はんします。それでもイエスは,アブラハムの子こで迷まよい出でた人ひとたちを捜さがし,連つれ戻もどす努ど力りょくを続つづけます。

  • イエスはどこで2人ふたりの盲もう目もくの男だん性せいに出で会あいましたか。イエスは2人ふたりのために何なにをしましたか。

  • ザアカイとはどんな人ひとでしたか。ザアカイは本ほん当とうに悔くい改あらためていることをどのように示しめしましたか。

  • イエスのザアカイへの接せっし方かたからどんな教きょう訓くんを学まなべますか。

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