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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2023
塔研23 12月号 8–13ページ

研究記事51

私わたしたちの希き望ぼうが失しつ望ぼうに終おわることはない

「その希き望ぼうが失しつ望ぼうに至いたることはありません」。ローマ 5:5

142番ばんの歌うた 希き望ぼうをしっかり持もち続つづける

何なにを学まなぶかa

1. アブラハムはどんな約やく束そくに基もとづいて希き望ぼうを持もつことができましたか。

エホバはご自じ分ぶんの友ともアブラハムに,「あなたの子し孫そんによって地ち上じょうの全すべての国こく民みんが祝しゅく福ふくを受うける」と約やく束そくしました。(創そう 15:5; 22:18)アブラハムはエホバへの強つよい信しん仰こうを持もっていたので,その約やく束そくが実じつ現げんすることを確かく信しんしていました。とはいえ,アブラハムが100歳さい,妻つまのサラが90歳さいになっても,2人ふたりにはまだ子こ供どもがいませんでした。(創そう 21:1-7)でも聖せい書しょにはこうあります。「アブラハムは希き望ぼうに基もとづいて信しん仰こうを持もちました。……多おおくの国くにの人ひと々びとの父ふ祖そとなることを信しんじたのです」。(ロマ 4:18)私わたしたちがよく知しっている通とおり,アブラハムの希き望ぼうは現げん実じつのものになり,待たい望ぼうの息子むすこイサクが生うまれました。アブラハムはどうしてエホバの約やく束そくが実じつ現げんすることを確かく信しんできたのでしょうか。

2. エホバの約やく束そくが実じつ現げんするとアブラハムが確かく信しんできたのはどうしてですか。

2 アブラハムはエホバとの強つよい絆きずながあったので,「神かみが約やく束そくを必かならず果はたされるということを確かく信しんしていました」。(ロマ 4:21)エホバは信しん仰こうを持もっていたアブラハムのことを正ただしい人ひとと認みとめました。(ヤコ 2:23)ローマ 4章しょう18節せつによると,アブラハムの信しん仰こうは希き望ぼうに基もとづいていました。では,ローマ 5章しょうで使し徒とパウロが希き望ぼうについて何なんと書かいているか考かんがえてみましょう。

3. パウロは希き望ぼうについてどんなことを説せつ明めいしていますか。

3 パウロは,私わたしたちの「希き望ぼうが失しつ望ぼうに至いたることは[ない]」と確かく信しんできる理り由ゆうについて説せつ明めいしています。(ロマ 5:5)また,希き望ぼうに対たいする確かく信しんをどのように強つよめられるかについても書かきました。これからローマ 5章しょう1-5節せつを考かんがえます。自じ分ぶんの経けい験けんと照てらし合あわせて考かんがえるなら,希き望ぼうが時じ間かんと共ともにより確たしかなものになっていることが分わかるでしょう。そして,どうすれば希き望ぼうに対たいする確かく信しんを強つよめられるかについても考かんがえます。ではまず,決けっして失しつ望ぼうに至いたることはないとパウロが語かたった素す晴ばらしい希き望ぼうについて考かんがえましょう。

素す晴ばらしい希き望ぼう

4. ローマ 5章しょう1,2節せつから何なにが分わかりますか。

4 ローマ 5:1,2を読よむ。パウロはこの言こと葉ばをローマにいるクリスチャンに書かき送おくっています。ローマの兄きょう弟だい姉し妹まいはエホバとイエスについて学まなび,信しん仰こうを行こう動どうに表あらわしてクリスチャンになりました。エホバは,それらの人ひとたちを「信しん仰こうのゆえに正ただしいと認みとめ」,聖せいなる力ちからによって選えらびました。そのようにして選えらばれたクリスチャンは,必かならず実じつ現げんする素す晴ばらしい希き望ぼうを持もつようになりました。

5. 聖せいなる力ちからによって選えらばれたクリスチャンにはどんな希き望ぼうがありますか。

5 後のちにパウロは,エフェソスのクリスチャンに宛あてた手て紙がみの中なかで,聖せいなる力ちからによって選えらばれたクリスチャンにどんな希き望ぼうが与あたえられているかについて書かきました。それら「聖せいなる人ひとたち」には「素す晴ばらしい財ざい産さん」が与あたえられることになっていました。(エフェ 1:18)また,コロサイのクリスチャンに宛あてた手て紙がみの中なかで,この希き望ぼうは「天てんで実じつ現げんする」と言いっています。(コロ 1:4,5)それで,選えらばれたクリスチャンには,復ふっ活かつ後ごに天てんでの永えい遠えんの命いのちを与あたえられ,そこでキリストと一いっ緒しょに統とう治ちするという希き望ぼうがあることが分わかります。(テサ一いち 4:13-17。啓けい 20:6)

フレデリック・フランズ兄弟。隣には,「私たちの希望は確かなものであり,……待つだけの価値があるのです」という兄弟の言葉が書かれている。

F・W・フランズ兄きょう弟だいは,天てんに行いくクリスチャンが持もっていた希き望ぼうに対たいする確かく信しんを言いい表あらわした。(6節せつを参さん照しょう。)

6. 天てんに行いくよう選えらばれたある兄きょう弟だいは,自じ分ぶんが持もっている希き望ぼうについて何なんと言いいましたか。

6 天てんに行いくよう選えらばれたクリスチャンは,この希き望ぼうを大たい切せつにしています。その1人ひとりであるフレデリック・フランズ兄きょう弟だいは1991年ねんにこう言いいました。「私わたしたちの希き望ぼうは確たしかなものであり,私わたしたちが想そう像ぞうさえしなかったほどに,小ちいさな群むれの14万まん4,000人にんの成せい員いんの最さい後ごの一人ひとりに至いたるまで完かん全ぜんに成じょう就じゅするでしょう」。この時とき,兄きょう弟だいはすでに何なん十じゅう年ねんもエホバに仕つかえていましたが,さらにこう言いっています。「[私わたしたちは]その希き望ぼうの価か値ち観かんを失うしなってしまったのではありません。……それを待またねばならない期き間かんが長ながければ長ながいほど,その希き望ぼうの価か値ちを深ふかく認にん識しきします。その希き望ぼうは,たとえ100万まん年ねんかかろうとも待まつだけの価か値ちがあるのです。私わたしは自じ分ぶんの希き望ぼうをかつてなかったほど高たかく評ひょう価かしています」。

7-8. エホバに仕つかえる多おおくの人ひとはどんな希き望ぼうを持もっていますか。(ローマ 8:20,21)

7 現げん代だい,エホバに仕つかえるほとんどの人ひとは別べつの希き望ぼうを持もっています。それはアブラハムが持もっていたのと同おなじ希き望ぼうで,神かみの王おう国こくが統とう治ちする地ち球きゅうで永えい遠えんに生いきるというものです。(ヘブ 11:8-10,13)パウロはこの希き望ぼうを持もつ人ひとたちがどんな素す晴ばらしい経けい験けんをするかについて書かきました。(ローマ 8:20,21を読よむ。)聖せい書しょに書かかれている将しょう来らいの約やく束そくについて初はじめて知しった時とき,一いち番ばん心こころを引ひかれたのはどんなことでしたか。完かん全ぜんになり,罪つみの影えい響きょうがなくなるということでしょうか。亡なくなった愛あいする人ひととパラダイスになった地ち球きゅうでまた会あえることでしょうか。こうした素す晴ばらしい希き望ぼうをエホバが与あたえてくださっているので,私わたしたちは将しょう来らいを楽たのしみにすることができます。

8 天てんと地ち上じょうのどちらで生いきる希き望ぼうを持もっているとしても,私わたしたちはその希き望ぼうによって喜よろこぶことができます。この希き望ぼうへの確かく信しんは強つよめていくことができます。パウロは,どうしてそう言いえるのかについて続つづく節せつで説せつ明めいしています。パウロの言こと葉ばを考かんがえるなら,私わたしたちの希き望ぼうが必かならず実じつ現げんするという確かく信しんをさらに深ふかめていくことができます。

希き望ぼうに対たいする確かく信しんをどのように強つよめられるか

苦難を経験している兄弟姉妹。1. 学校で昼食の前に祈ろうとしている若い姉妹を見て,2人の女の子がひそひそ話をしている。姉妹はそのことに気付いている。2. 姉妹がエホバの証人ではない夫に怒鳴られている。3. 兄弟が職場で賄賂を渡されそうになっているが,それを断っている。4. 兄弟が独房から外を見つめている。

クリスチャンは誰だれもが苦く難なんを経けい験けんする。(9-10節せつを参さん照しょう。)

9-10. パウロの例れいから分わかる通とおり,クリスチャンはどんな経けい験けんをしますか。(ローマ 5:3)(写しゃ真しんも参さん照しょう。)

9 ローマ 5:3を読よむ。ここでパウロは苦く難なんを経けい験けんすることと希き望ぼうへの確かく信しんが強つよまることを関かん連れん付づけています。これを不ふ思し議ぎに思おもう人ひともいるかもしれません。実じっ際さい,キリストに従したがう人ひとたちはみんな苦く難なんを経けい験けんします。パウロはテサロニケのクリスチャンにこう言いいました。「皆みなさんと一いっ緒しょにいた時とき,私わたしたちはいずれ苦く難なんに遭あう,と話はなしていましたが,……その通とおりになりました」。(テサ一いち 3:4)コリントの兄きょう弟だいたちにはこう書かきました。「私わたしたちが経けい験けんした苦く難なんについて知しってほしいと思おもいます。私わたしたちは,……命いのちさえ危あやうい状じょう況きょうでした」。(コリ二に 1:8; 11:23-27)

10 現げん代だいのクリスチャンも何なんらかの苦く難なんを経けい験けんします。(テモ二に 3:12)あなたは,イエスに信しん仰こうを持もち,イエスに従したがっているために迫はく害がいされていますか。友とも達だちや親しん族ぞくからばかにされたり,厳きびしい接せっし方かたをされたりすることもあるかもしれません。正しょう直じきに行こう動どうしているために,職しょく場ばで嫌いやがらせを受うけていますか。(ヘブ 13:18)政せい府ふから伝でん道どう活かつ動どうをやめるようにと圧あつ力りょくをかけられているかもしれません。でもパウロは,どんな苦く難なんに遭あったとしても喜よろこぶようにと言いっています。どうしてでしょうか。

11. 苦く難なんを忍にん耐たいすることを心こころに決きめておく必ひつ要ようがあるのはどうしてですか。

11 苦く難なんに遭あうとしても,どんな良よい結けっ果かになるかを考かんがえると喜よろこぶことができます。ローマ 5章しょう3節せつには,「苦く難なんによって忍にん耐たい力りょくが身みに付つく」とあります。全すべてのクリスチャンは苦く難なんを経けい験けんすることになっているので,忍にん耐たいすることを心こころに決きめておく必ひつ要ようがあります。忍にん耐たいして初はじめて,将しょう来らいの希き望ぼうが現げん実じつのものとなるのを自じ分ぶんの目めで見みることができます。イエスが例たとえ話ばなしの中なかで話はなした,岩いわ地じにまかれた種たねのことを思おもい出だしましょう。イエスはそこで,良よい知しらせを聞きくと喜よろこんですぐに受うけ入いれるものの,「苦く難なんや迫はく害がいが生しょうじると」信しん仰こうを捨すててしまう人ひとのことを言いっていました。そうした人ひとたちのようにはなりたくありません。(マタ 13:5,6,20,21)もちろん,苦く難なんや試し練れんを忍にん耐たいすることは簡かん単たんではありませんが,そうするなら必かならず良よい結けっ果かにつながります。どのようにでしょうか。

12. 苦く難なんを忍にん耐たいするならどんな良よい結けっ果かになりますか。

12 ヤコブは苦く難なんを忍にん耐たいするとどんな良よいことがあるかについてこう書かきました。「忍にん耐たいするのをやめないでください。忍にん耐たいがその役やく割わりを果はたす時とき,皆みなさんは完かん全ぜんになり,全すべての点てんで健けん全ぜんな,欠かけたところがない人ひとになります」。(ヤコ 1:2-4)ヤコブはここで,忍にん耐たいには役やく割わりがあると言いっています。どんな役やく割わりでしょうか。忍にん耐たいは,辛しん抱ぼうや信しん仰こうやエホバへの信しん頼らいをもっと示しめす助たすけになります。でも,忍にん耐たいすることによって,さらに素す晴ばらしい結けっ果かを経けい験けんできます。

13-14. 忍にん耐たいはどんな良よい結けっ果かにつながりますか。それは希き望ぼうとどんな関かん係けいがありますか。(ローマ 5:4)

13 ローマ 5:4を読よむ。パウロは,忍にん耐たいすると「神かみから良よいと認みとめられる」と言いっています。でも,これは私わたしたちが試し練れんを経けい験けんするのをエホバが喜よろこぶという意い味みではありません。私わたしたちが忍にん耐たいし,忠ちゅう実じつに仕つかえ続つづける姿すがたを見みて,エホバは喜よろこんでくださるのです。これはとてもうれしいことではないでしょうか。(詩し 5:12)

14 この記き事じの初はじめで考かんがえた通とおり,アブラハムは試し練れんを経けい験けんしてもエホバに忠ちゅう実じつに仕つかえ続つづけたので,エホバに喜よろこばれました。エホバはアブラハムを正ただしい人ひとと見みなし,ご自じ分ぶんの友ともと呼よびました。(創そう 15:6。ロマ 4:13,22)私わたしたちについても同おなじことがいえます。エホバは,私わたしたちがどんな奉ほう仕しをどれぐらい行おこなうかに注ちゅう目もくしているのではありません。私わたしたちが信しん仰こうを持もって忍にん耐たいするなら喜よろこんでくれます。私わたしたちは年ねん齢れい,状じょう況きょう,能のう力りょくに関かかわりなく,忍にん耐たいしてエホバに喜よろこんでもらうことができます。あなたは今いままさに忍にん耐たいしながらエホバに仕つかえていますか。もしそうなら,エホバがあなたのことを喜よろこんでいるということを忘わすれないでください。エホバから良よいと認みとめられているという自じ覚かくがあるなら,エホバが将しょう来らいの約やく束そくを自じ分ぶんのために必かならず果はたしてくれるという確かく信しんを深ふかめていくことができるでしょう。

希き望ぼうへの確かく信しんをこれからも強つよめていく

15. パウロはさらにどんなことを言いっていますか。そのことについてどんなふうに思おもう人ひともいるかもしれませんか。

15 パウロが言いっている通とおり,私わたしたちは苦く難なんを忍にん耐たいするなら,エホバから良よいと認みとめてもらうことができます。さらにパウロはこう言いっています。「神かみから良よいと認みとめられると希き望ぼうを持もてます。その希き望ぼうが失しつ望ぼうに至いたることはありません」。(ロマ 5:4,5)パウロは,ローマ 5章しょう2節せつでローマのクリスチャンがすでに希き望ぼうを持もっていると言いっていました。「神かみによって栄えい光こうに輝かがやくという希き望ぼう」です。それで,「希き望ぼうを持もっているクリスチャンにパウロが改あらためて希き望ぼうを持もてると言いったのはどうしてだろう」と思おもう人ひともいるかもしれません。

先ほどの兄弟姉妹。1. 若い姉妹がクラスメートに聖書からの良い知らせを伝えている。2. 怒鳴られていた姉妹が,聖書を読んでじっくり考えている。3. 賄賂を断った兄弟が,集会でコメントしている。4. 独房に入れられている兄弟が祈っている。

希き望ぼうに対たいする確かく信しんや感かん謝しゃはさらに強つよめていくことができる。(16-17節せつを参さん照しょう。)

16. 希き望ぼうに対たいする確かく信しんはどのように強つよくなっていきますか。(写しゃ真しんも参さん照しょう。)

16 希き望ぼうに対たいする確かく信しんは強つよくすることができる,という点てんを考かんがえるなら,パウロの言こと葉ばの意い味みをよく理り解かいできます。聖せい書しょの素す晴ばらしい希き望ぼうについて初はじめて学まなんだ時ときのことを思おもい出だしてみてください。地ち球きゅうがパラダイスになり,そこでいつまでも生いきられるというのは夢ゆめみたいだ,と思おもったかもしれません。でも,エホバや聖せい書しょの約やく束そくについてよく知しるにつれて,その希き望ぼうが実じつ現げんするという確かく信しんは強つよくなっていったことでしょう。

17. 献けん身しんしてバプテスマを受うけてからも,希き望ぼうに対たいする確かく信しんはどのように強つよまっていきますか。

17 献けん身しんしてバプテスマを受うけてからも,エホバについてさらに学まなび,エホバをもっと愛あいするようになり,希き望ぼうに対たいする確かく信しんは強つよくなってきたはずです。(ヘブ 5:13–6:1)ローマ 5章しょう2-4節せつに書かいてある通とおりだと実じっ感かんしてきたことでしょう。大たい変へんな状じょう況きょうを経けい験けんしても,それを忍にん耐たいし,神かみに喜よろこんでいただいているということを実じっ感かんしてきました。エホバが自じ分ぶんを愛あいしてくれているので,将しょう来らい自じ分ぶんのためにも約やく束そくを実じつ現げんしてくださる,ともっと確かく信しんできるようになったでしょう。初はじめの頃ころよりも,希き望ぼうはますます現げん実じつ的てきなものになりました。家か族ぞくにどのように接せっするか,どんな決けっ定ていをするか,どのように時じ間かんを使つかうかなど,生せい活かつのいろいろな場ば面めんに影えい響きょうがあったはずです。

18. エホバはどんなことを保ほ証しょうしていますか。

18 パウロは,神かみから良よいと認みとめられた後あとに持もつことができる希き望ぼうについて,大たい切せつなことを教おしえています。その希き望ぼうが必かならず実じつ現げんするということです。その点てんについてパウロは,聖せいなる力ちからに導みちびかれて次つぎの保ほ証しょうの言こと葉ばを語かたりました。「その希き望ぼうが失しつ望ぼうに至いたることはありません。私わたしたちに与あたえられた聖せいなる力ちからによって,神かみの愛あいが心こころの中なかに注そそがれているからです」。(ロマ 5:5)ですから,私わたしたちはエホバが与あたえてくださった希き望ぼうが必かならず実じつ現げんすると確かく信しんできます。

19. どんなことを確かく信しんできますか。

19 エホバがアブラハムにした約やく束そくや,エホバがアブラハムのことを正ただしい人ひとと認みとめ,友ともと呼よんだことについてじっくり考かんがえましょう。アブラハムの希き望ぼうが失しつ望ぼうに終おわることはありませんでした。アブラハムの辛しん抱ぼうは報むくわれたのです。聖せい書しょには,「アブラハムは辛しん抱ぼうした後のち,そのように約やく束そくされました」とあります。(ヘブ 6:15; 11:9,18。ロマ 4:20-22)私わたしたちもエホバに忠ちゅう実じつに仕つかえ続つづけるなら,希き望ぼうが実じつ現げんするのを見みることができます。ですから,希き望ぼうによって喜よろこぶことができます。(ロマ 12:12)パウロはこう書かきました。「希き望ぼうを与あたえる神かみが,信しん仰こうを持もつ皆みなさんをあらゆる喜よろこびと平へい和わで満みたしてくださり,皆みなさんが聖せいなる力ちからによって希き望ぼうに満みちあふれますように」。(ロマ 15:13)

どのように答こたえますか

  • ローマ 5章しょう2節せつでパウロはどんな希き望ぼうについて語かたっていましたか。

  • ローマ 5章しょう3,4節せつによると,苦く難なんを忍にん耐たいするとどんな良よいことがありますか。

  • 真しん理りを学まなび始はじめた時ときと比くらべて,希き望ぼうに対たいするあなたの確かく信しんはどのように強つよまっていますか。

139番ばんの歌うた 新あたらしい世せ界かいを見みつめて

a この記き事じでは,クリスチャンがどんな希き望ぼうを持もっているか,その希き望ぼうが実じつ現げんすると確かく信しんできるのはどうしてかを考かんがえます。また,ローマ 5章しょうから,私わたしたちが今いま持もっている希き望ぼうは真しん理りを学まなび始はじめた時ときと比くらべてどんな意い味みで違ちがっているかも学まなびます。

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