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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2025
塔研25 02月号 2–7ページ

研究記事 6

18番ばんの歌うた 贖あがないに感かん謝しゃする

エホバが許ゆるしてくださることに心こころから感かん謝しゃする

「神かみは,自じ分ぶんの独ひとり子ごを与あたえるほどに人じん類るいを愛あいした」。ヨハネ 3:16

ポイント

エホバがどんな根こん拠きょに基もとづいて罪つみを許ゆるしてくださるかをよく理り解かいし,感かん謝しゃを深ふかめましょう。

1-2. 私わたしたちの状じょう況きょうは,1節せつに出でてくる青せい年ねんとどんな点てんで似にていますか。

想そう像ぞうしてみてください。裕ゆう福ふくな家か庭ていで育そだったある青せい年ねんが突とつ然ぜん悲ひ劇げきに見み舞まわれます。両りょう親しんが事じ故こで亡なくなってしまったのです。この青せい年ねんはひどくショックを受うけます。でも,さらに衝しょう撃げき的てきな事じ実じつを知しることになります。両りょう親しんが財ざい産さんを使つかい果はたし,多た額がくの借しゃっ金きんを残のこしていたのです。青せい年ねんは財ざい産さんどころか負ふ債さいを受うけ継つぐことになり,返へん済さいを求もとめられます。自じ分ぶんの力ちからで負ふ債さいを返かえすことは到とう底ていできそうにありません。

2 私わたしたちもこの青せい年ねんと同おなじような状じょう況きょうにいます。祖そ先せんであるアダムとエバは完かん全ぜんな人ひとで,美うつくしいパラダイスに住すんでいました。(創そう 1:27; 2:7-9)幸しあわせな生せい活かつがずっと続つづく見み込こみがありました。でもある時とき,事じ態たいは一いっ変ぺんします。パラダイスという住すまいも,永えい遠えんに生いきる見み込こみも失うしなってしまいました。アダムの子し孫そんは何なにを受うけ継つぐことになったでしょうか。聖せい書しょにはこうあります。「1人ひとりの人ひと[アダム]によって人じん類るいに罪つみが入はいり,罪つみによって死しが入はいり,こうして,全すべての人ひとが罪つみ人びとになったために,死しが全すべての人ひとに広ひろがった」。(ロマ 5:12)私わたしたちはアダムから罪つみを受うけ継つぎ,死しぬようになりました。この罪つみは,誰だれも支し払はらうことのできない巨きょ額がくの負ふ債さいのようです。(詩し 49:8)

3. 私わたしたちの罪つみが「負ふ債さい」に似にているといえるのはどうしてですか。

3 聖せい書しょで罪つみは「負ふ債さい」に例たとえられています。(マタ 18:32-35)私わたしたちは罪つみを犯おかす時とき,エホバに対たいして負ふ債さいを負おうことになるといえます。それで,その負ふ債さいを返へん済さいしなければいけない状じょう況きょうにいます。それができなければ,死しという代だい償しょうを払はらうしかありません。(ロマ 6:7,23)

4. (ア)罪つみを犯おかした人ひとは皆みな,誰だれかに助たすけてもらわなければどうなってしまいますか。(詩し編へん 49:7-9)(イ)聖せい書しょで「罪つみ」という言こと葉ばは何なにを指さしていますか。(「罪つみ」の囲かこみを参さん照しょう。)

4 アダムとエバが失うしなったものを全ぜん部ぶ取とり戻もどすことはできるのでしょうか。自じ分ぶんたちの力ちからではできません。(詩し編へん 49:7-9を読よむ。)誰だれかに助たすけてもらわなければ,将しょう来らいの命いのちの希き望ぼうも復ふっ活かつの希き望ぼうも持もつことはできません。動どう物ぶつと同おなじように,死しんだらそれで終おわりということになります。(伝でん 3:19。ペテ二に 2:12)

罪つみ

聖せい書しょの中なかで「罪つみ」という言こと葉ばは,次つぎのような意い味みで使つかわれています。

  • 原げん罪ざい,つまりアダムがエホバ神かみに対たいして犯おかした最さい初しょの違い反はん。(創そう 3:17-19。ロマ 5:14,17)

  • 良よくないことを考かんがえたり行おこなったりしてしまう傾けい向こう。アダムが罪つみを犯おかした結けっ果かとして子し孫そんに受うけ継つがれたもの。(詩し 51:5)

  • 受うけ継ついだ傾けい向こうのせいでしてしまうことがある悪わるい行おこない。意い図と的てきなものも,そうでないものもある。(ヨハ 8:34。ヤコ 1:14,15)

5. 受うけ継ついだ罪つみという負ふ債さいの返へん済さいを可か能のうにするために,愛あい情じょう深ぶかいお父とうさんエホバはどんなことをしてくださっていますか。(挿さし絵えを参さん照しょう。)

5 最さい初しょに出でてきた青せい年ねんのことを考かんがえてみてください。ある裕ゆう福ふくな人ひとから負ふ債さいを全すべて払はらってあげると言いわれたなら,その青せい年ねんはどう感かんじると思おもいますか。きっと心こころから感かん謝しゃし,その親しん切せつな申もうし出でを受うけ入いれることでしょう。同おなじように,愛あい情じょう深ぶかいお父とうさんエホバは,アダムから受うけ継ついだ罪つみという負ふ債さいの支し払はらいを可か能のうにしてくださいました。イエスはこう説せつ明めいしています。「神かみは,自じ分ぶんの独ひとり子ごを与あたえるほどに人じん類るいを愛あいしたのです。そのようにして,独ひとり子ごに信しん仰こうを抱いだく人ひとが皆みな,滅ほろぼされないで永えい遠えんの命いのちを受うけられるようにしました」。(ヨハ 3:16)さらに,エホバがこのようにしてくださったおかげで,エホバとの良よい関かん係けいを持もつことができるようにもなりました。

1. 夜イエスが話している。2. ローマ兵たちがイエスの遺体を杭から下ろしている。

イエスは,エホバが贖あがないを根こん拠きょにして許ゆるしてくださるという良よい知しらせを広ひろめた。(ヨハ 3:16)そして自じ分ぶんの命いのちを贖あがないとして進すすんで捧ささげた。(5節せつを参さん照しょう。)


6. この記き事じでは,聖せい書しょに出でてくるどんな表ひょう現げんについて考かんがえますか。どうしてですか。

6 エホバがしてくださったことのおかげで,「負ふ債さい」ともいえる罪つみを許ゆるしてもらうことが可か能のうになりました。どのようにでしょうか。その答こたえを知しるため,和わ解かい,贖しょく罪ざい,贖あがない,買かい戻もどし,正ただしいと認みとめるといった表ひょう現げんが聖せい書しょでどのように使つかわれているかを調しらべます。この記き事じでは,こうした表ひょう現げんの意い味みを一ひとつ一ひとつじっくり考かんがえていきます。エホバがどんなことを根こん拠きょにして許ゆるしてくださるのか考かんがえると,感かん謝しゃが深ふかまるでしょう。

エホバの願ねがい: 和わ解かい

7. (ア)アダムとエバはほかに何なにを失うしないましたか。(イ)アダムとエバの子し孫そんである私わたしたちがどうしても必ひつ要ようとしていることは何なんですか。(ローマ 5:10,11)

7 アダムとエバは永えい遠えんに生いきる見み込こみだけでなく,天てんのお父とうさんエホバとの貴き重ちょうな関かん係けいも失うしないました。もともとアダムとエバはエホバの家か族ぞくでした。(ルカ 3:38)でもエホバに従したがわなくなり,その家か族ぞくから追おい出だされました。2人ふたりに最さい初しょの子こ供どもが生うまれたのはその後あとでした。(創そう 3:23,24; 4:1)それで,2人ふたりの子し孫そんである私わたしたちはエホバと和わ解かいする必ひつ要ようがあります。(ローマ 5:10,11を読よむ。)エホバとの関かん係けいを修しゅう復ふくする必ひつ要ようがあるということです。ある参さん考こう文ぶん献けんによると,ここで使つかわれている「和わ解かい」に当あたるギリシャ語ごは,「敵てきと友ともになる」ことを意い味みする場ば合あいがあります。エホバは私わたしたちと友ともになることを願ねがって,なんと自じ分ぶんの方ほうから行こう動どうしてくださいました。どんなことをしてくださったのでしょうか。

方ほう法ほう: 贖しょく罪ざい

8. 贖しょく罪ざいとは何なんですか。

8 エホバは罪つみ深ぶかい人じん類るいがご自じ分ぶんとの友ゆう情じょう関かん係けいを取とり戻もどせるよう,ある方ほう法ほうを取とりました。贖しょく罪ざいです。贖しょく罪ざいには,あるものをそれと同おなじ価か値ちの別べつのものと交こう換かんすることが関かん係けいしています。そのようにして,失うしなわれたものを取とり戻もどしたり,壊こわれたものを取とり換かえたりすることができます。ギリシャ語ご聖せい書しょでは,「贖しょく罪ざい」とよく似にた意い味みの償つぐないという言こと葉ばが使つかわれています。(ロマ 3:25)償つぐないによって,人にん間げんは神かみとの良よい関かん係けいを持もてるようになります。

9. イスラエル人じんの罪つみを許ゆるすため,エホバは一いち時じ的てきにどんな方ほう法ほうを取とりましたか。

9 エホバは一いち時じ的てきに,ある方ほう法ほうによってイスラエル人じんの罪つみを許ゆるし,ご自じ分ぶんとの良よい関かん係けいを持もてるようにしました。イスラエルでは年ねんに一いち度ど贖しょく罪ざいの日ひがあり,大だい祭さい司しは人ひと々びとのために動どう物ぶつの犠ぎ牲せいを捧ささげました。もちろん,動どう物ぶつの犠ぎ牲せいは誰だれの罪つみも完かん全ぜんに贖あがなうことはできませんでした。動どう物ぶつの命いのちの価か値ちは人にん間げんの命いのちの価か値ちに及およばなかったからです。でもイスラエル人じんが悔くい改あらためて,エホバから求もとめられている犠ぎ牲せいを捧ささげる限かぎり,エホバは進すすんでイスラエル人じんの罪つみを許ゆるしました。(ヘブ 10:1-4)贖しょく罪ざいの日ひに捧ささげられた犠ぎ牲せいや日ひ々びの罪つみの捧ささげ物ものは,自じ分ぶんたちが本ほん当とうに罪つみ深ぶかいことや,罪つみを完かん全ぜんに取とり除のぞくためにより優すぐれた解かい決けつ策さくが必ひつ要ようであることをイスラエル人じんに意い識しきさせました。

10. エホバは人じん類るいの罪つみを完かん全ぜんに許ゆるすためにどんなことをしましたか。

10 エホバは,人じん類るいの罪つみを完かん全ぜんに許ゆるすための方ほう法ほうを考かんがえていました。それは,ご自じ分ぶんの愛あいする子こイエスが「多おおくの人ひとの罪つみを負おうために一いち度ど限かぎり自じ分ぶんを捧ささげ」るというものでした。(ヘブ 9:28)イエスは「多おおくの人ひとと引ひき換かえる贖あがないとして自じ分ぶんの命いのちを与あたえ」ました。(マタ 20:28)贖あがないとは何なんでしょうか。

代だい価か: 贖あがない

11. (ア)聖せい書しょによると贖あがないとは何なんですか。(イ)贖あがないを支し払はらうことができるのはどんな人ひとだけでしたか。

11 聖せい書しょによると,贖あがないは贖しょく罪ざいや和わ解かいのために支し払はらわれる代だい価かのことです。a エホバにとって贖あがないは,失うしなわれたものを回かい復ふくさせる根こん拠きょとなります。どういうことでしょうか。アダムとエバは完かん全ぜんな命いのちといつまでも生いきる見み込こみを失うしないました。それで,贖あがないの代だい価かは失うしなわれたものと同おなじ価か値ちを持もつ必ひつ要ようがありました。(テモ一いち 2:6)その代だい価かを支し払はらうことができるのは,(1)完かん全ぜんで,(2)地ち上じょうでいつまでも生いきる見み込こみを持もち,(3)私わたしたちのために進すすんで命いのちを犠ぎ牲せいにしようとする,成せい人じんした男だん性せいだけでした。そのような人ひとの命いのちだけが,失うしなわれた命いのちの代かわりになることができました。

12. イエスが,必ひつ要ようとされている贖あがないの代だい価かを支し払はらうことができたのはどうしてですか。

12 イエスが贖あがないの代だい価かを支し払はらうことができた3つの理り由ゆうを考かんがえましょう。(1)イエスは完かん全ぜんで「罪つみを犯おか」しませんでした。(ペテ一いち 2:22)(2)そのためイエスには地ち上じょうでいつまでも生いきる見み込こみがありました。(3)イエスは私わたしたち人じん類るいのために自じ分ぶんの命いのちを進すすんで差さし出だしました。(ヘブ 10:9,10)完かん全ぜんな人ひととしてのイエスの命いのちと,罪つみを犯おかす前まえの最さい初しょの人にん間げんアダムの命いのちには,同おなじ価か値ちがありました。(コリ一いち 15:45)それで,イエスは自じ分ぶんの命いのちを犠ぎ牲せいにすることによってアダムの罪つみを贖あがない,アダムが失うしなったものを取とり戻もどすことができました。(ロマ 5:19)このようにして,イエスは「最さい後ごのアダム」になりました。別べつの完かん全ぜんな人ひとが,アダムが失うしなったもののためにさらに代だい価かを支し払はらう必ひつ要ようはありません。イエスは死しぬことによって,「一いち度どで永えい遠えんに有ゆう効こうな犠ぎ牲せいを捧ささげた」のです。(ヘブ 7:27; 10:12)

13. 贖しょく罪ざいと贖あがないはどう違ちがいますか。

13 贖しょく罪ざいと贖あがないはどう違ちがうのでしょうか。贖しょく罪ざいとは,人じん類るいが神かみと再ふたたび良よい関かん係けいになれるようにするために,神かみが取とった方ほう法ほうです。贖あがないは,罪つみ深ぶかい人じん類るいの贖しょく罪ざいを可か能のうにするために支し払はらわれる代だい価かのことです。この代だい価かは,イエスが私わたしたちのために注そそぎ出だした貴き重ちょうな血ちによって支し払はらわれました。(エフェ 1:7。ヘブ 9:14)

結けっ果か: 買かい戻もどされ,正ただしいと認みとめられる

14. これからどんなことを考かんがえますか。どうしてですか。

14 贖しょく罪ざいが行おこなわれると,どんな良よい結けっ果かになりますか。聖せい書しょでは,その点てんを際きわ立だたせる表ひょう現げんが幾いくつか使つかわれています。それらの表ひょう現げんは一いち部ぶ意い味みが重かさなる部ぶ分ぶんがありますが,許ゆるしを可か能のうにする贖しょく罪ざいの特とく定ていの面めんをそれぞれ強きょう調ちょうしています。そうした表ひょう現げんの意い味みを調しらべ,私わたしたち一人ひとり一人ひとりにどんな影えい響きょうがあるか考かんがえましょう。

15-16. (ア)聖せい書しょの中なかで「買かい戻もどし」という言こと葉ばはどんなことを指さしていますか。(イ)そのことを考かんがえると,どう感かんじますか。

15 聖せい書しょの中なかで買かい戻もどしという言こと葉ばは,贖あがないが支し払はらわれることによって解かい放ほうされたり無む罪ざいとされたりすることを指さしています。そのことを使し徒とペテロは次つぎのように説せつ明めいしています。「ご存ぞんじのように,父ふ祖そたちから受うけ継つがれてきたむなしい生いき方かたから皆みなさんが自じ由ゆうにされた[直ちょく訳やく,「贖あがなわれた」,「買かい戻もどされた」]のは,銀ぎんや金きんといった朽くちる物ものによるのではありません。傷きずも汚お点てんもない子こ羊ひつじの血ちのような貴き重ちょうな血ち,つまりキリストの血ちによるのです」。(ペテ一いち 1:18,19,脚きゃく注ちゅう)

16 贖あがないの犠ぎ牲せいのおかげで,私わたしたちは苦くるしみの原げん因いんとなっている罪つみと死しの支し配はいから自じ由ゆうになることができます。(ロマ 5:21)イエスの貴き重ちょうな血ちつまり命いのちによって買かい戻もどしていただいたことを考かんがえると,エホバとイエスに対たいして本ほん当とうに恩おん義ぎを感かんじるのではないでしょうか。(コリ一いち 15:22)

17-18. (ア)正ただしいと認みとめるとはどういう意い味みですか。(イ)そのことは私わたしたちにとってどんな意い味みがありますか。

17 正ただしいと認みとめるとは,負ふ債さいの請せい求きゅうを取とり下さげ,その記き録ろくを消けし去さって,なかったことにすることを意い味みしています。とはいえ,エホバがご自じ分ぶんの公こう正せいの基き準じゅんを曲まげるというわけではありません。エホバが私わたしたちを正ただしいと認みとめるのは,罪つみを大おお目めに見みるからでも,私わたしたちが何なにか優すぐれたことをしたからでもありません。私わたしたちが贖しょく罪ざいに対たいして信しん仰こうを持もっていることと,贖あがないの代だい価かが支し払はらわれたことに基もとづいて,負ふ債さいを取とり消けしてくださるのです。(ロマ 3:24。ガラ 2:16)

18 このことは私わたしたちにとってどんな意い味みがあるでしょうか。天てんでイエスと共ともに王おうになるよう選えらばれた人ひとたちは,すでに神かみの子こ供どもとして正ただしいと認みとめられています。(テト 3:7。ヨハ一いち 3:1)罪つみを許ゆるされ,その記き録ろくを取とり消けされているので,神かみの王おう国こくに入はいる資し格かくを持もっています。(ロマ 8:1,2,30)地ち上じょうで生いき続つづける希き望ぼうを持もつ人ひとたちは神かみの友ともとして正ただしいと認みとめられ,罪つみを許ゆるされています。(ヤコ 2:21-23)ハルマゲドンを通つう過かする大だい群ぐん衆しゅうには,決けっして死しぬことなくいつまでも生いき続つづけるという見み込こみがあります。(ヨハ 11:26)死しの眠ねむりに就ついている人ひとたちは,「正ただしい人ひと」も「正ただしくない人ひと」も復ふっ活かつします。(使し徒と 24:15。ヨハ 5:28,29)最さい終しゅう的てきに,地ち上じょうで神かみに仕つかえる従じゅう順じゅんな人ひとたちは皆みな,「神かみの子こ供どもの輝かがやかしい自じ由ゆうを得え」ます。(ロマ 8:21)贖しょく罪ざいによって本ほん当とうに素す晴ばらしいことが可か能のうになります。天てんのお父とうさんエホバと完かん全ぜんに和わ解かいできるのです。

19. 私わたしたちの状じょう況きょうはどのように変かわりましたか。(「私わたしたちにとってどんな意い味みがあるか」の囲かこみも参さん照しょう。)

19 この記き事じの冒ぼう頭とうに出でてきた青せい年ねんのことを思おもい出だしてください。その青せい年ねんは全すべてのものを失うしない,決けっして返かえすことのできない巨きょ額がくの負ふ債さいを受うけ継つぎました。私わたしたち人じん類るいの状じょう況きょうもそれと似にていました。でも,エホバが助たすけを差さし伸のべてくれました。エホバが設もうけてくださった贖しょく罪ざいと,贖あがないが支し払はらわれたおかげで,状じょう況きょうは変かわりました。イエス・キリストに信しん仰こうを持もつなら,買かい戻もどされて罪つみと死しから自じ由ゆうになることができます。また,私わたしたちが犯おかす罪つみも許ゆるされ,なかったことにしてもらえます。そして何なによりも,優やさしい天てんのお父とうさんエホバと良よい関かん係けいを持もてるようになりました。

1. いろいろな人種や国籍の人たち。2. イエスが苦しみの杭を運んでいる。

私わたしたちにとってどんな意い味みがあるか

和わ解かい: エホバが目め指ざしていること。エホバは不ふ完かん全ぜんな人にん間げんがご自じ分ぶんとの良よい関かん係けいを修しゅう復ふくできるように願ねがっている。

贖しょく罪ざい: 罪つみ深ぶかい人じん類るいがエホバとの良よい関かん係けいを取とり戻もどせるよう,エホバが取とった方ほう法ほう。

贖あがない: 贖しょく罪ざいを可か能のうにするために支し払はらわれた代だい価かのこと。つまり,イエスが流ながした血ち。

買かい戻もどし: 贖しょく罪ざいによって,罪つみという負ふ債さいから解かい放ほうし,無む罪ざいとすること。

正ただしいと認みとめる: 贖しょく罪ざいによって,罪つみを消けし去さり,なかったことにすること。

20. 次つぎの記き事じではどんな点てんについて考かんがえますか。

20 エホバとイエスが私わたしたちのためにしてくださったことについてじっくり考かんがえると,心こころは感かん謝しゃでいっぱいになります。(コリ二に 5:15)エホバとイエスのおかげで希き望ぼうを持もてるようになったのです。では,エホバが許ゆるしてくださることは,私わたしたち一人ひとり一人ひとりにとってはどんな意い味みがあるのでしょうか。次つぎの記き事じではその点てんについて考かんがえます。

どんなことを学まなびましたか

  • エホバはどんなことを願ねがって罪つみを許ゆるしてくださいますか。

  • エホバはどんな根こん拠きょに基もとづいて罪つみを許ゆるしてくださいますか。

  • エホバが罪つみを許ゆるしてくださるおかげでどんなことが可か能のうになりましたか。

10番ばんの歌うた 私わたしたちの神かみエホバを賛さん美びしましょう!

a 「贖あがない」という言こと葉ばを,「命いのちの代だい価か」や「支し払はらわれたもの」といった意い味みの表ひょう現げんに訳やくしている言げん語ごもあります。

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