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  • 「見よ,わたしは……いつの日もあなた方と共にいるのです」
    ものみの塔 2013 | 7月15日
    •  6. (イ)マラキの預言は,大規模にはどう成就しますか。(ロ)イエスはいつからいつまで霊的神殿を検分しましたか。(注記も参照。)

      6 このマラキの預言は,大規模にはどう成就するのでしょうか。1914年までの数十年間,C・T・ラッセルとその親しい仲間たちが,バプテスマを施す人ヨハネと同じ業を行ないました。その重要な業には,聖書の真理を回復することが含まれます。聖書研究者たちは,キリストの贖いの犠牲の真の意味を教え,地獄の火の教理の偽りを暴露し,来たるべき異邦人の時の終わりを宣明しました。それでもキリストの追随者と唱える宗教グループは数多くあり,それらのうちどのグループが小麦なのか,という重要な質問の答えが必要でした。イエスはその問題を解決するため,1914年に霊的神殿の検分を始めます。その検分と清めの業はある長さの時間をかけて,つまり1914年から1919年の初めごろまで行なわれました。c

      検分と清めの時期

       7. 1914年に検分を始めたイエスは,何を見いだしましたか。

      7 検分を始めたイエスは,何を見いだしたでしょうか。活発な伝道活動のために,優に30年以上にわたって力と財を費やしてきた熱心な聖書研究者の少人数の一団です。d 比較的少数ながら,サタンの雑草に阻まれなかったそれら丈夫な小麦を見いだして,イエスとみ使いたちは大いに喜んだに違いありません。それでも,「レビの子ら[油そそがれた者たち]を……清くする」ことが必要になりました。(マラ 3:2,3。ペテ一 4:17)なぜでしょうか。

       8. 1914年以降,どんな事態の進展がありましたか。

      8 1914年の終わりごろ,ある聖書研究者たちは,天に行けなかったことで落胆していました。1915年から1916年にかけては,組織外からの反対により,宣べ伝える活動のペースが落ちました。なお悪いことに,1916年10月にラッセル兄弟が亡くなると,組織内からも反対が生じました。ものみの塔聖書冊子協会の7人の理事のうち4人が,ラザフォード兄弟を会長とする決定に反旗を翻したのです。彼らは兄弟たちの間に分裂をもたらそうとしましたが,1917年8月には,ベテルを去りました。まさに清めです! 聖書研究者たちの中には人への恐れに屈した人もいましたが,全体としては,イエスによる清めの業に進んでこたえ応じ,必要な変化を遂げました。そのためイエスは,彼らを真のクリスチャンの小麦として裁き,キリスト教世界の諸教会にいる者たちを含め,偽クリスチャンすべてを退けました。(マラ 3:5。テモ二 2:19)

  • 「見よ,わたしは……いつの日もあなた方と共にいるのです」
    ものみの塔 2013 | 7月15日
    • c 6節: 理解が調整されました。以前は,イエスによる検分は,1918年に行なわれたと考えていました。

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