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み使い聖書に対する洞察,第2巻
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人格的存在であるゆえに,み使いは互いに意思を通い合わせる力があり(コリ一 13:1),人間の色々な言語を話す能力や(民 22:32-35; ダニ 4:23; 使徒 10:3-7),エホバの栄光をたたえたりエホバを賛美したりする思考力を持っています(詩 148:2; ルカ 2:13)。確かにみ使いには性別がありませんが,それはエホバが彼らをそのように造られたからであり,み使いが人格特性を持たない力であるからではありません。み使いは一般に男性として表わされ,肉体を備えて現われる時は,いつも男性の形を取りました。それは,神とみ子が男性として述べられているからです。しかし,肉体を備えて現われたあるみ使いたちがノアの時代に性の快楽にふけった時,彼らはエホバの天廷から追放されました。これはみ使いに個性のあることを示すものです。なぜなら,彼らも人間と同じく,善悪を自分で選択する力を備えた倫理的に自由な行為者だからです。(創 6:2,4; ペテ二 2:4)大勢のみ使いは自らの選択によってサタンの反逆に加わりました。―啓 12:7-9; マタ 25:41。
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悪霊聖書に対する洞察,第1巻
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そのような悪霊は神によって創造されたのではありません。最初に自ら悪霊となったのは悪魔サタンであって(「サタン」を参照),サタンは,やはり自ら悪霊になった,神の子らである他のみ使いたちの支配者となりました。(マタ 12:24,26)ノアの時代に,それら不従順なみ使いたちは肉体を備えて現われ,女性と結婚し,ネフィリムとして知られる混血の子孫を生みましたが(「ネフィリム」を参照),やがて大洪水が起きた時,肉体を解いて見えなくなりました。(創 6:1-4)しかし,それらみ使いたちは霊の領域に戻りはしたものの,自分たちの元の高い立場を取り戻したわけではありません。というのは,ユダ 6節にこう述べられているからです。「自分本来の立場を保たず,そのあるべき居所を捨てたみ使いたちを,[神は]大いなる日の裁きのために,とこしえのなわめをもって濃密な闇のもとに留め置いておられます」。(ペテ一 3:19,20)ですから,それら悪霊たちの活動は,今ではそのような濃密な霊的な闇の状態の中に限定されているに違いありません。(ペテ二 2:4)悪霊たちは肉体を備えて現われることは差し止められているものと思われますが,依然として人間の思考や生活を支配する大きな力や影響力を持っており,人間や動物に入ってこれに取りつくことさえできます。事実の示すところによれば,悪霊は家や呪物やお守りなどの無生の物をも用います。―マタ 12:43-45; ルカ 8:27-33。「悪霊に取りつかれること」を参照。
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神々(男神,女神)聖書に対する洞察,第1巻
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散らされた人々は,どこであれ自分たちの偽りの宗教を携えて行き,新たな用語や新たな言語を使い,また新たな場所でそれぞれの宗教を奉ずるようになりました。人々が散らされたのはペレグの時代のことでした。ペレグは大洪水後,1世紀ほどたった後に生まれ,239歳で死にました。ノアとその子セムは二人共ペレグよりも長生きをしたので,この離散は,大洪水のような初期の出来事に関する事実を人々が知っていた時期に起きたことになります。(創 9:28; 10:25; 11:10-19)その知識は離散した人々の記憶の中に何らかの形で残っていたに違いありません。このことを示唆しているのは,古代文明人の神話が,わい曲された多神教的な形態であるにせよ,聖書の記録の様々な箇所と同じことを述べているという事実です。ある神々が蛇を打ち殺す者として描かれている伝説もありますし,また多くの古代民族の宗教には,地上で横死を遂げてから生き返らされて恩恵を施す者としての役目を与えられた神に対する崇拝も含まれていました。これは,そのような神が実際には,間違って“約束の胤”とみなされた,ある神格化された人間だったことを示唆しているのかもしれません。(創 3:15と比較。)種々の神話は,神々と地上の女たちとの情事やその混血の子孫の英雄的な行為について述べています。(創 6:1,2,4; ユダ 6と比較。)地上には世界的規模の洪水に関する伝説のない国民はほとんどないと言ってもよいほどで,同様に塔の建設に関する記述のこん跡も人類の種々の伝説の中に見いだされます。
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ギリシャ,ギリシャ人聖書に対する洞察,第1巻
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ギリシャ神話を考慮する際,考え得る,いやもっともとさえ思える起源を解明するのに聖書がどのように役立っているかを知るのは興味深いことです。創世記 6章1-13節にある通り,大洪水前,み使いであった神の子たちが肉体を備えて人間の姿で現われたものと思われますが,地上に来て魅力的な女たちと同棲しました。彼らは,ネフィリムもしくは倒す者たち,すなわち「他の者を倒れさせる者たち」と呼ばれた子らを産み出しました。霊の被造物がこのように不自然な仕方で人間と結合して,雑種の人種を産み出した結果,地は不道徳と暴虐で満たされました。(ユダ 6; ペテ一 3:19,20; ペテ二 2:4,5と比較。「ネフィリム」を参照。)大洪水後の時代の他の人々と同様,ギリシャ民族の先祖のヤワンも,大洪水前の時代と状況に関する記述について,多分,大洪水の生存者の一人である父ヤペテから聞いたに違いありません。では,ホメロスやヘシオドスの作とされている文書が何を明らかにしているかに注目してください。
これらの詩人が描写した数多くの男神や女神は人間の形をした大変美しい姿の神々でしたが,しばしば巨大で超人的な神々でした。彼らは食べたり飲んだり眠ったりし,互いに,または人間とさえ性交をし,家族として生活し,けんかや戦いをし,たぶらかしたり強姦したりしました。彼らは聖なる不滅の神々とされていますが,どんな欺瞞や犯罪をも行なうことができました。また,目に見える姿で,あるいは見えない姿をして,人間の間で動き回ることもできました。後代のギリシャ人の著述家や哲学者は,これらの神々が行なったとされる,さらに下劣な行為のあるものをホメロスやヘシオドスの記述から除去しようとしました。
それらの記述は,大いに拡張され,粉飾され,ゆがめられていますが,大洪水前の状態に関する創世記の信ぴょう性のある記述を反映しているのかもしれません。それ以上に驚くべき類似点は,ギリシャの伝説の中で,主要な神々のほかに,半神半人,あるいは神と人間双方の子孫だった英雄たちのことが描写されていることです。それらの半神半人は超人的な力を持っていましたが,死すべき者でした(不滅性を得る特権を与えられたのはヘラクレスだけでした)。したがって,半神半人には創世記の記述の中のネフィリムと著しく類似している所があります。
この基本的な類似点に注目した東洋学者E・A・スパイザーは,ギリシャ神話のテーマをメソポタミアまでたどるようになりました。(「ユダヤ民族の世界史」,1964年,第1巻,260ページ)メソポタミアはバビロンの所在地でしたし,人間の言語が混乱させられた後,人類がそこから広がった中心地でした。―創 11:1-9。
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