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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2021
塔研21 11月号 2–7ページ

研究記事44

エホバの揺ゆるぎない愛あいとあなた

「[エホバ]の揺ゆるぎない愛あいは永えい遠えんに続つづく」。詩し編へん 136:1

108番ばんの歌うた 神かみの揺ゆるぎない愛あい

何なにを学まなぶかa

1. エホバは私わたしたちにどんなことを願ねがっていますか。

エホバは揺ゆるぎない愛あいを大たい切せつにしています。(ホセ 6:6)そして,ご自じ分ぶんに仕つかえる人ひとたちが同おなじようにすることを願ねがっています。預よ言げん者しゃミカを通とおして,「揺ゆるぎない愛あいを抱いだ」くよう私わたしたちに強つよく勧すすめています。(ミカ 6:8)でも,そうするためには揺ゆるぎない愛あいとは何なにかをまず知しる必ひつ要ようがあります。

2. 揺ゆるぎない愛あいとは何なんですか。

2 揺ゆるぎない愛あいとは何なんでしょうか。「揺ゆるぎない愛あい」という表ひょう現げんは「新しん世せ界かい訳やく聖せい書しょ」に約やく240回かい出でてきます。「新しん世せ界かい訳やく」の「聖せい書しょ用よう語ご集しゅう」には,揺ゆるぎない愛あいについてこう述のべられています。「対たい象しょうから離はなれることなく一いっ貫かんして支し持じする,変かわらない深ふかい愛あい情じょうのこと。神かみが人にん間げんに示しめす愛あいとして言げん及きゅうされる場ば合あいが多おおいが,人にん間げん同どう士しでも示しめされる」。エホバは揺ゆるぎない愛あいを示しめす点てんで最さい高こうの手て本ほんです。この記き事じでは,エホバが人にん間げんに対たいしてどのように揺ゆるぎない愛あいを示しめすかを取とり上あげます。そして次つぎの記き事じでは,神かみに仕つかえる私わたしたちが互たがいに揺ゆるぎない愛あいを示しめす点てんでどのようにエホバに倣ならえるかを考かんがえます。

エホバは「揺ゆるぎない愛あいに満みち」ている

3. エホバはご自じ分ぶんについてモーセにどんなことを語かたりましたか。

3 イスラエル人じんがエジプトから脱だっ出しゅつしてから程ほどなくして,エホバはモーセにご自じ分ぶんの名な前まえや性せい質しつについてこう語かたりました。「エホバ,エホバ,憐あわれみ深ぶかく,思おもいやりがある神かみ,すぐに怒いからず,揺ゆるぎない愛あいに満みち,常つねに信しん頼らいできる。揺ゆるぎない愛あいを幾いく千せん代だいまでも示しめし,過あやまちと違い反はんと罪つみを許ゆるす」。(出しゅつ 34:6,7)エホバはこの心こころ温あたたまる言こと葉ばの中なかで,ご自じ分ぶんの揺ゆるぎない愛あいについての注ちゅう目もくすべき点てんをモーセに明あきらかにしました。それは何なんでしょうか。

4-5. (ア)エホバはご自じ分ぶんについて何なんと述のべていますか。(イ)これからどんな質しつ問もんについて考かんがえますか。

4 エホバはここでご自じ分ぶんについて,揺ゆるぎない愛あいを持もっているとではなく,「揺ゆるぎない愛あいに満みち」ていると述のべました。この表ひょう現げんは聖せい書しょの中なかにほかにも10回かい出でてきます。(民みん 14:18。ネヘ 9:17。詩し 86:15; 103:8; 145:8。哀あい 3:32。ヨエ 2:13。ヨナ 4:2。啓けい 15:4; 16:5)そして,どの場ば合あいにもエホバだけに使つかわれています。人にん間げんには一いち度ども使つかわれていません。エホバがご自じ分ぶんの揺ゆるぎない愛あいをこれほどまでに強きょう調ちょうしているのは,注ちゅう目もくすべきことではないでしょうか。エホバが揺ゆるぎない愛あいを重じゅう要ようなものと考かんがえていることは明あきらかです。b ダビデ王おうが次つぎのように声こえを上あげたのもうなずけます。「エホバ,あなたの揺ゆるぎない愛あいは天てんにまで達たっします。……神かみよ,あなたの揺ゆるぎない愛あいは何なんと貴とうといのでしょう。人ひと々びとはあなたの翼つばさの陰かげに避ひ難なんします」。(詩し 36:5,7)私わたしたちも,ダビデと同おなじように神かみの揺ゆるぎない愛あいを貴き重ちょうなものと見みているでしょうか。

5 揺ゆるぎない愛あいについてもっとよく知しるために,次つぎの2つの質しつ問もんについて考かんがえましょう。エホバは誰だれに対たいして揺ゆるぎない愛あいを示しめしますか。エホバの揺ゆるぎない愛あいの行おこないの結けっ果か,私わたしたちはどんな祝しゅく福ふくを経けい験けんしますか。

エホバは誰だれに対たいして揺ゆるぎない愛あいを示しめすか

6. エホバは誰だれに対たいして揺ゆるぎない愛あいを示しめしますか。

6 エホバは誰だれに対たいして揺ゆるぎない愛あいを示しめしますか。聖せい書しょに述のべられている通とおり,私わたしたちはさまざまなものを愛あいすることができます。例たとえば,「ぶどう酒しゅと油あぶら」,「指し導どう」,「知ち識しき」,「知ち恵え」などです。(格かく 12:1; 21:17; 29:3)このように,愛あいは人ひと以い外がいのものに対たいしても示しめされます。それに対たいして,揺ゆるぎない愛あいは人ひとに対たいしてのみ示しめされるものです。しかし,エホバは全すべての人ひとに対たいして揺ゆるぎない愛あいを示しめすわけではありません。ご自じ分ぶんと固かたい絆きずなを持もっている人ひとたちに対たいしてそれを示しめすのです。エホバはご自じ分ぶんの友ともたちを裏うら切ぎることは決けっしてありません。ご自じ分ぶんの友ともたちのために素す晴ばらしい将しょう来らいを用よう意いしています。そして彼かれらを見み捨すてることは決けっしてありません。

さまざまな人種や年齢の人々。エホバの愛の表れ。1. 日光や雨。2. 花や草木。3. 贖いの恩恵を受ける機会。

エホバは,ご自じ分ぶんを崇すう拝はいしていない人ひとたちを含ふくめ,人じん類るい全ぜん体たいにさまざまな良よいものを与あたえている。(7節せつを参さん照しょう。)c

7. エホバは人じん類るい全ぜん体たいに対たいしてどのように愛あいを示しめしてきましたか。

7 エホバは人じん類るい全ぜん体たいに対たいして愛あいを示しめしてきました。イエスはニコデモという男だん性せいにこう言いいました。「神かみは,自じ分ぶんの独ひとり子ごを与あたえるほどに人じん類るいを愛あいしたのです。そのようにして,独ひとり子ごに信しん仰こうを抱いだく人ひとが皆みな,滅ほろぼされないで永えい遠えんの命いのちを受うけられるようにしました」。(ヨハ 3:1,16。マタ 5:44,45)

1. ダビデ王がたて琴を弾きながら歌っている。2. 預言者ダニエルが巻物を読んでいる。

ダビデ王おうと預よ言げん者しゃダニエルの言こと葉ばによると,エホバは,ご自じ分ぶんを知しり,畏おそれ,愛あいし,ご自じ分ぶんのおきてを守まもる人ひとたちに揺ゆるぎない愛あいを示しめす。(8-9節せつを参さん照しょう。)

8-9. (ア)エホバがご自じ分ぶんに仕つかえる人ひとたちに揺ゆるぎない愛あいを示しめすのはなぜですか。(イ)次つぎにどんなことを考かんがえますか。

8 先さきほど考かんがえた通とおり,エホバが揺ゆるぎない愛あいを示しめすのは,ご自じ分ぶんに仕つかえる人ひとたち,つまりご自じ分ぶんと固かたい絆きずなを持もっている人ひとたちだけです。このことはダビデ王おうと預よ言げん者しゃダニエルの言こと葉ばから分わかります。ダビデはこう言いいました。「あなたを知しる人ひとに揺ゆるぎない愛あいを示しめし続つづけてください」。「エホバの揺ゆるぎない愛あいは永えい遠えんにわたって,神かみを畏おそれる人ひとたちに示しめされる」。またダニエルはこう述のべました。「真しんの神かみエホバ,あなたは……あなたを愛あいしてあなたのおきてを守まもる人ひとたち[に]揺ゆるぎない愛あいを示しめす方かたです」。(詩し 36:10; 103:17。ダニ 9:4)聖せいなる力ちからに導みちびかれて書かかれたこれらの言こと葉ばによると,エホバがご自じ分ぶんに仕つかえる人ひとたちに揺ゆるぎない愛あいを示しめすのは,彼かれらがエホバを知しり,畏おそれ,愛あいし,エホバのおきてを守まもるからです。エホバは揺ゆるぎない愛あいをご自じ分ぶんを正ただしく崇すう拝はいする者ものたちだけに示しめすのです。

9 私わたしたちは,エホバに仕つかえるようになる前まえからエホバが人じん類るい全ぜん体たいに示しめしている愛あいを受うけてきました。(詩し 104:14)しかし今いまでは,エホバを崇すう拝はいする者ものとしてエホバの揺ゆるぎない愛あいも受うけています。エホバはご自じ分ぶんに仕つかえる人ひとたちに対たいして,「あなたに対たいする私わたしの揺ゆるぎない愛あいが取とり除のぞかれることはな[い]」と約やく束そくしています。(イザ 54:10)ダビデが実じっ際さいに経けい験けんした通とおり,「エホバ[は]ご自じ分ぶんに尽つくす人ひとを特とくに大たい切せつにしてくださる」のです。(詩し 4:3)エホバからの特とく別べつな祝しゅく福ふくを受うけている私わたしたちは,どんな行こう動どうを取とるよう動うごかされるでしょうか。詩し編へん作さく者しゃはこう述のべています。「賢かしこい人ひとはこれらのことに心こころを向むけ,エホバの揺ゆるぎない愛あいの行おこないについてじっくり考かんがえる」。(詩し 107:43)エホバからのこのアドバイスを思おもいに留とめて,エホバに仕つかえる人ひとたちがエホバの揺ゆるぎない愛あいの行おこないの結けっ果か,どんな祝しゅく福ふくを得えているか,3つの点てんを考かんがえてみましょう。

エホバの揺ゆるぎない愛あいの行おこないによってもたらされる祝しゅく福ふく

人類の中で,エホバに仕えている人たちだけに光が当たっている。エホバの揺るぎない愛の表れ。1. 永遠に続く愛。(宇宙に輝くたくさんの星と地球で描かれている。)2. 許し。(祈っている姉妹で描かれている。)3. 保護。(都市を守る城壁で描かれている。)4. 日光や雨。5. 花や草木。6. 贖い。

エホバは,ご自じ分ぶんを崇すう拝はいする人ひとたちには,ほかにも祝しゅく福ふくを与あたえている。(10-16節せつを参さん照しょう。)d

10. 神かみの揺ゆるぎない愛あいが永えい遠えんに続つづくことは,どのように私わたしたちの祝しゅく福ふくとなっていますか。(詩し編へん 31:7)

10 神かみの揺ゆるぎない愛あいは永えい遠えんに続つづく。この点てんは詩し編へん 136編ぺんで26回かい述のべられています。1節せつにはこうあります。「エホバに感かん謝しゃせよ。神かみは善よい方かた。神かみの揺ゆるぎない愛あいは永えい遠えんに続つづく」。(詩し 136:1)そして2節せつから26節せつで,「神かみの揺ゆるぎない愛あいは永えい遠えんに続つづく」という表ひょう現げんが繰くり返かえされています。私わたしたちはこの詩し編へんを読よむと,エホバが揺ゆるぎない愛あいをさまざまな方ほう法ほうで途と切ぎれることなく示しめしていることに感かん動どうせずにはいられません。「神かみの揺ゆるぎない愛あいは永えい遠えんに続つづく」という表ひょう現げんが繰くり返かえされていることから,神かみがご自じ分ぶんに仕つかえる人ひとたちに対たいして示しめす愛あいは変かわらないものであることが分わかります。エホバがご自じ分ぶんに仕つかえる人ひとたちを簡かん単たんに諦あきらめたりはしないということを知しると,本ほん当とうに心こころ強づよく感かんじます。エホバはご自じ分ぶんに仕つかえる人ひとたちに愛あい情じょうを示しめし,難むずかしい時ときでさえ彼かれらから離はなれることはないのです。得えられる祝しゅく福ふく。エホバが私わたしたちから離はなれないということを知しっているなら,喜よろこびや力ちからが得えられます。それによって,難むずかしい状じょう況きょうに立たち向むかい,命いのちに至いたる道みちを歩あゆみ続つづけることができます。(詩し編へん 31:7を読よむ。)

11. 詩し編へん 86編ぺん5節せつによると,エホバは何なにに動うごかされて快こころよく許ゆるしてくださいますか。

11 神かみは揺ゆるぎない愛あいに動うごかされて快こころよく許ゆるしてくださる。エホバは,罪つみを犯おかした人ひとが悔くい改あらためて罪つみ深ぶかい生いき方かたをやめるのを見みると,揺ゆるぎない愛あいに動うごかされてその人ひとを快こころよく許ゆるします。詩し編へん作さく者しゃダビデはこう述のべました。「エホバは……私わたしたちの罪つみに応おうじて私わたしたちを扱あつかうことはしなかった。過あやまちの当とう然ぜんの報むくいを私わたしたちにもたらさなかった」。(詩し 103:8-11)ダビデは,良りょう心しんにひどく責せめられるのがどれほど大たい変へんなことかをつらい経けい験けんを通とおして知しりました。しかし同どう時じに,エホバが「快こころよく許ゆるしてくださ」ることも知しりました。エホバは何なにに動うごかされて快こころよく許ゆるしてくださるのでしょうか。答こたえは詩し編へん 86編ぺん5節せつに書かかれています。(読よむ。)ダビデが祈いのりの中なかで述のべている通とおり,エホバが快こころよく許ゆるしてくださるのは,ご自じ分ぶんに呼よび掛かける人ひと全すべてに揺ゆるぎない愛あいを豊ゆたかに示しめす方かただからです。

12-13. 過か去この間ま違ちがいのせいで罪ざい悪あく感かんに押おしつぶされそうになる時とき,何なにが助たすけになりますか。

12 罪つみを犯おかした場ば合あい,そのことを後こう悔かいするのは,正ただしいことであり良よいことでもあります。そうした気き持もちは,悔くい改あらためて間ま違ちがった行おこないを正ただすよう私わたしたちを動うごかすからです。とはいえ,神かみに仕つかえる人ひとたちの中なかには,過か去この間ま違ちがいのせいで罪ざい悪あく感かんにひどく苦くるしめられている人ひともいます。自じ分ぶんを責せめるあまり,どれほど悔くい改あらためてもエホバに許ゆるしてもらうことなどできない,と考かんがえるのです。そうした気き持もちと闘たたかっているなら,神かみがご自じ分ぶんに仕つかえる人ひとたちに揺ゆるぎない愛あいを進すすんで示しめしてくださることについて考かんがえることが助たすけになるでしょう。

13 得えられる祝しゅく福ふく。私わたしたちは不ふ完かん全ぜんではあっても,やましいところのない良りょう心しんを持もって喜よろこんでエホバに仕つかえることができます。それは私わたしたちが「神かみの子こイエスの血ちによって全すべての罪つみから清きよめられ」ているからです。(ヨハ一いち 1:7)自じ分ぶんの不ふ完かん全ぜんさにがっかりする時ときには,エホバが悔くい改あらためる人ひとを喜よろこんでしかも心こころから許ゆるしたいと思おもっていることを思おもい出だしてください。ダビデは揺ゆるぎない愛あいと許ゆるしに関かんして,次つぎのように述のべました。「天てんの高たかさは地ちとは比くらべものにならない。神かみがご自じ分ぶんを畏おそれる人ひとたちに示しめす揺ゆるぎない愛あいの大おおきさも計はかり知しれない。日ひの出では日ひの入いりから遠とおく離はなれている。同おなじように,神かみは私わたしたちの違い反はんを私わたしたちから遠とおくに離はなしてくださった」。(詩し 103:11,12)エホバはいつも「寛かん大だいに許ゆるしてくださる」のです。(イザ 55:7)

14. ダビデは,神かみの揺ゆるぎない愛あいが私わたしたちの保ほ護ごとなることをどのように表ひょう現げんしましたか。

14 神かみの揺ゆるぎない愛あいは私わたしたちの保ほ護ごとなる。ダビデはエホバに向むかってこう祈いのりました。「あなたは私わたしの隠かくれ場ば。苦く難なんの時ときに保ほ護ごしてくださる。救きゅう出しゅつの歓かん声せいで私わたしを囲かこんでくださる。……エホバに頼たよる人ひとは,神かみの揺ゆるぎない愛あいに包つつまれる」。(詩し 32:7,10)古こ代だいの都と市しを囲かこんでいた城じょう壁へきが住じゅう民みんを保ほ護ごしたように,エホバの揺ゆるぎない愛あいの行おこないは私わたしたちを包つつみ,エホバとの絆きずなを弱よわめるものから私わたしたちを保ほ護ごします。さらに,エホバは揺ゆるぎない愛あいに動うごかされて私わたしたちを引ひき寄よせてくださいます。(エレ 31:3)

15. エホバの揺ゆるぎない愛あいは,どんな点てんで避ひ難なん所じょやとりでと似にていますか。

15 ダビデは,神かみに仕つかえる人ひとたちが味あじわっている保ほ護ごを描えがくために別べつの表ひょう現げんも使つかいました。こう述のべています。「[あなたは]私わたしの安あん全ぜんな避ひ難なん所じょ。私わたしに揺ゆるぎない愛あいを示しめす神かみ」。また,エホバについてこうも述のべました。「神かみは私わたしに揺ゆるぎない愛あいを示しめす方かた,私わたしのとりで,私わたしの安あん全ぜんな避ひ難なん所じょ,私わたしを救すくい出だす方かた,私わたしの盾たて,私わたしをご自じ分ぶんのもとに避ひ難なんさせてくださる方かた」。(詩し 59:17; 144:2)ダビデがエホバの揺ゆるぎない愛あいと避ひ難なん所じょやとりでを結むすび付つけたのはなぜでしょうか。私わたしたちが地ち球きゅうのどこに住すんでいるとしても,エホバに仕つかえている限かぎり,エホバは私わたしたちに必ひつ要ような保ほ護ごを全すべて与あたえてくださいます。そのおかげで,私わたしたちはエホバとの貴き重ちょうな絆きずなを守まもることができます。エホバが保ほ護ごしてくださるということは,詩し編へん 91編ぺんにも述のべられています。こう書かかれています。「私わたしはエホバに言いう。『あなたは私わたしの避ひ難なん所じょ,私わたしのとりで』」。(詩し 91:1-3,9,14)モーセは同おなじような表ひょう現げんを使つかって,エホバが私わたしたちを保ほ護ごしてくださることについて述のべました。(詩し 90:1,脚きゃく注ちゅう)また,死しぬ少すこし前まえには,心こころ温あたたまる別べつの表ひょう現げんを用もちいました。こう述のべています。「神かみは昔むかしから避ひ難なん所じょであり,神かみの永えい遠えんの腕うでがあなたを支ささえる」。(申しん 33:27)「神かみの永えい遠えんの腕うでがあなたを支ささえる」という表ひょう現げんから,エホバについて何なにが分わかるでしょうか。

16. 私わたしたちはどんな2つの祝しゅく福ふくを得えることができますか。(詩し編へん 136:23)

16 エホバが避ひ難なん所じょになってくださると,私わたしたちは安あん心しんできます。でも,時ときには気き分ぶんが落おち込こんで,そうした気き持もちからなかなか抜ぬけ出だせないことがあるかもしれません。そうした時とき,エホバはどのように私わたしたちを助たすけてくださるでしょうか。(詩し編へん 136:23を読よむ。)ご自じ分ぶんの腕うでで私わたしたちを支ささえ,優やさしく起おき上あがらせ,立たち直なおれるように助たすけてくださいます。(詩し 28:9; 94:18)得えられる祝しゅく福ふく。神かみがいつでも支ささえてくださることを知しっているなら,次つぎの2つの点てんを確かく信しんできます。第だい一いちに,どこに住すんでいるとしても安あん全ぜんな避ひ難なん所じょを見みいだすことができます。第だい二にに,愛あい情じょう深ぶかい天てんのお父とうさんエホバは,私わたしたちに深ふかい気き遣づかいを示しめしてくださいます。

神かみの揺ゆるぎない愛あいは私わたしたちに力ちからを与あたえる

17. 私わたしたちはどんなことを確かく信しんできますか。(詩し編へん 33:18-22)

17 ここまでで考かんがえてきた通とおり,私わたしたちが試し練れんに遭あう時ときにも,エホバはご自じ分ぶんとの絆きずなを守まもれるよう私わたしたちを必かならず助たすけてくださいます。(コリ二に 4:7-9)預よ言げん者しゃエレミヤはこう述のべました。「エホバの揺ゆるぎない愛あいのおかげで,私わたしたちは滅ほろびませんでした。神かみの憐あわれみは決けっして絶たえません」。(哀あい 3:22)私わたしたちは,エホバが揺ゆるぎない愛あいを示しめし続つづけてくださることを確かく信しんできます。詩し編へん作さく者しゃがこう述のべているからです。「エホバの目めは神かみを畏おそれる人ひとに向むけられている。神かみから揺ゆるぎない愛あいを示しめされるのを待まつ人ひとに」。(詩し編へん 33:18-22を読よむ。)

18-19. (ア)どんなことを覚おぼえておくべきですか。(イ)次つぎの記き事じではどんなことを考かんがえますか。

18 次つぎのことを忘わすれないようにしましょう。私わたしたちは,エホバに仕つかえるようになる前まえからエホバが人じん類るい全ぜん体たいに示しめしている愛あいを受うけてきました。しかし今いまでは,エホバを崇すう拝はいする者ものとしてエホバの揺ゆるぎない愛あいも受うけています。エホバは揺ゆるぎない愛あいに動うごかされて,ご自じ分ぶんの腕うでで私わたしたちを支ささえ,保ほ護ごしてくださっています。いつも私わたしたちのそばにいて,私わたしたちのために素す晴ばらしい将しょう来らいを実じつ現げんしてくださいます。エホバは私わたしたちがいつまでも幸しあわせに暮くらすことを望のぞんでいます。(詩し 46:1,2,7)ですから,私わたしたちがどんな試し練れんに遭あうとしても,エホバはご自じ分ぶんとの絆きずなを守まもれるよう私わたしたちに力ちからを与あたえてくださるのです。

19 この記き事じでは,エホバがご自じ分ぶんに仕つかえる人ひとたちにどのように揺ゆるぎない愛あいを示しめしているかを考かんがえました。エホバは,私わたしたちも互たがいに揺ゆるぎない愛あいを示しめすことを望のぞんでいます。どうすればそうできるでしょうか。この大たい切せつな点てんを次つぎの記き事じで考かんがえましょう。

どのように答こたえますか

  • 揺ゆるぎない愛あいとは何なんですか。

  • エホバは誰だれに対たいして揺ゆるぎない愛あいを示しめしますか。

  • エホバの揺ゆるぎない愛あいに感かん謝しゃできるのはなぜですか。

136番ばんの歌うた エホバは「十じゅう分ぶんに報むくいて」くださる

a 揺ゆるぎない愛あいとは何なんでしょうか。エホバは誰だれに対たいして揺ゆるぎない愛あいを示しめしますか。その揺ゆるぎない愛あいを受うける人ひとたちはどんな祝しゅく福ふくを経けい験けんしますか。この記き事じと次つぎの記き事じでは,揺ゆるぎない愛あいについて取とり上あげ,こうした質しつ問もんについて考かんがえます。

b 神かみが揺ゆるぎない愛あいに満みちているということは,聖せい書しょのほかの箇か所しょでも示しめされています。(ネヘミヤ 13:22,詩し編へん 69:13; 106:7を参さん照しょう。)

c 写しゃ真しんや挿さし絵え: エホバは,ご自じ分ぶんに仕つかえる人ひとたちを含ふくめ,人じん類るい全ぜん体たいに愛あいを示しめしている。丸まるの中なかには神かみの愛あいの表あらわれが描えがかれている。最もっとも素す晴ばらしいのは,贖あがないの恩おん恵けいを受うける機き会かい。

d 写しゃ真しんや挿さし絵え: エホバに仕つかえるようになり,贖あがないに信しん仰こうを持もつ人ひとたちは,エホバからほかの仕し方かたでも愛あいを示しめされる。エホバが人じん類るい全ぜん体たいに対たいして示しめしている愛あいに加くわえて,揺ゆるぎない愛あいも受うけている。幾いくつかの例れいが丸まるの中なかに描えがかれている。

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