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その信仰に倣う
イ倣 記事3
ヨナタン

その信仰に倣う | ヨナタン

固かたい友ゆう情じょうで結むすばれた2人ふたり

戦たたかいは終おわり,エラの谷たには静しずけさに包つつまれていました。軍ぐんのキャンプ地ちでは穏おだやかな風かぜが吹ふき,テントがパタパタ揺ゆれています。サウルは部ぶ下かを集あつめます。そこには長ちょう男なんのヨナタンと,戦たたかいについて生いき生いきと報ほう告こくする羊ひつじ飼かいの少しょう年ねんがいました。その少しょう年ねんはダビデです。ダビデは熱ねつ意いにあふれていました。サウルはその話はなしを一いっ心しんに聞きいています。しかし,ヨナタンはその様よう子すをどう感かんじたでしょうか。ヨナタンは長なが年ねんエホバの軍ぐんで戦たたかい,たくさんの勝しょう利りを勝かち取とってきました。しかし,この日ひの勝しょう利りはヨナタンではなく,少しょう年ねんダビデの手て柄がらです。ダビデが巨きょ人じんゴリアテを打うち倒たおしたのです! ヨナタンは称しょう賛さんを浴あびるダビデを見みて,ねたましく思おもったでしょうか。

ヨナタンの反はん応のうは意い外がいなものでした。こうあります。「彼かれがサウルと話はなし終おえるや,ヨナタンの魂たましいがダビデの魂たましいと結むすび付つ[いた]」。2人ふたりは強つよい友ゆう情じょうで結むすばれたのです。ヨナタンは自じ分ぶんの戦たたかいの装そう備びをダビデに贈おくりました。なんと,弓ゆみもです。これは特とく別べつな贈おくり物ものです。ヨナタンは凄すご腕うでの射い手てだったからです。さらに,2人ふたりは契けい約やくを交かわします。友ゆう人じんとして互たがいを支ささえ合あうという厳げん粛しゅくな誓ちかいを立たてたのです。(サムエル第だい一いち 18:1-5)

聖せい書しょに記き録ろくされた強つよい友ゆう情じょうの物もの語がたりはこうして始はじまりました。神かみに信しん仰こうを持もつ人ひとたちにとって友ゆう情じょうは大たい切せつです。人ひととの関かん係けいが希き薄はくな今いまの時じ代だいにあって,友ゆう人じんを賢かしこく選えらび,自じ分ぶんも良よい友ともになるなら,信しん仰こうを強つよめ合あうことができます。(箴しん言げん 27:17)では,ヨナタンから友ゆう情じょうについて何なにを学まなべるでしょうか。

友ゆう情じょうの土ど台だいになったもの

2人ふたりがすぐにこれほど強つよい友ゆう情じょうを持もてたのはなぜでしょうか。それには土ど台だいがありました。少すこし背はい景けいを考かんがえましょう。ヨナタンは難むずかしい状じょう況きょうにありました。父ちち親おやのサウルが年としと共ともに性せい格かくが悪わるくなっていたのです。かつては謙けん遜そんで従じゅう順じゅんな信しん仰こうの人ひとでしたが,今いまではごう慢まんで不ふ従じゅう順じゅんな王おうになっています。(サムエル第だい一いち 15:17-19,26)

父ちち親おやと仲なかの良よかったヨナタンは,こうした変へん化かを見みてつらく感かんじたに違ちがいありません。(サムエル第だい一いち 20:2)ヨナタンは,サウルがエホバの民たみにどんな悪あく影えい響きょうを与あたえるのか,心しん配ぱいしたかもしれません。王おうの不ふ従じゅう順じゅんによって民たみはエホバの好こう意いを失うしなってしまうのでしょうか。ヨナタンのような信しん仰こうの人ひとにとって,確たしかに難むずかしい時じ期きだったと言いえるでしょう。

このような背はい景けいは,ヨナタンが若わかいダビデを友ともとした理り由ゆうを知しる手てがかりになります。ヨナタンはダビデの強つよい信しん仰こうを目めにしました。サウルのほかの兵へい士したちとは違ちがい,ダビデは巨きょ大だいなゴリアテを見みてもひるみませんでした。エホバの名なによって戦たたかえば,武ぶ装そうしたゴリアテにも負まけるはずはないと考かんがえました。(サムエル第だい一いち 17:45-47)

何なん年ねんも前まえ,ヨナタンも同おなじように考かんがえたことがありました。武ぶ具ぐ持もちの従じゅう者しゃと2人ふたりだけで,敵てきの守しゅ備び隊たい全ぜん員いんを打うち倒たおせると考かんがえたのです。なぜですか。ヨナタンは「エホバにとっては……何なんの妨さまたげもない」と言いいました。(サムエル第だい一いち 14:6)確たしかに,ヨナタンとダビデには共きょう通つう点てんがあります。エホバへの強つよい信しん仰こうと深ふかい愛あいです。それが2人ふたりの友ゆう情じょうの確たしかな土ど台だいとなりました。50歳さいになろうとしている勇ゆう敢かんな王おう子じヨナタンと,まだ20歳さいにもならないただの羊ひつじ飼かいだったダビデでしたが,2人ふたりにとってその差さは何なんの問もん題だいにもなりませんでした。a

2人ふたりが交かわした契けい約やくにより,友ゆう情じょうは守まもられました。どのようにでしょうか。ダビデは自じ分ぶんがエホバから次つぎのイスラエルの王おうに選えらばれたことを知しっていました。ダビデは,そのことをヨナタンに隠かくしませんでした。強つよい友ゆう情じょうに,コミュニケーションは大たい切せつです。うそや隠かくし事ごとのない,何なんでもオープンに話はなし合あえる関かん係けいの上うえに築きずかれるものです。では,ダビデが王おうになることを知しらされたヨナタンはどう感かんじたのでしょうか。それは分わかりません。自じ分ぶんがいつか王おうになって,父ちち親おやの不ふ手て際ぎわを正ただしてやろうと策さくを巡めぐらすことなどあったでしょうか。聖せい書しょはそのことについて何なにも記しるしていません。むしろ,ヨナタンの揺ゆるぎない愛あいと信しん仰こうという大たい切せつな事こと柄がらだけを記しるしています。ヨナタンはエホバがダビデと共ともにいることを知しっていたはずです。(サムエル第だい一いち 16:1,11-13)ヨナタンは引ひき続つづき誓ちかいを守まもり,ライバルではなく親しん友ゆうとしてダビデと接せっしました。エホバの望のぞむことがどのように果はたされるのかを見みたい,と思おもっていたのです。

ヨナタンとダビデの友ゆう情じょうにはエホバ神かみへの強つよい信しん仰こうと深ふかい愛あいという土ど台だいがあった。

2人ふたりの友ゆう情じょうは大おおきな祝しゅく福ふくにつながりました。わたしたちはヨナタンの信しん仰こうから何なにを学まなべますか。神かみに仕つかえる人ひとは友ゆう情じょうの大たい切せつさを知しっている必ひつ要ようがあります。たとえ年ねん齢れいや背はい景けいが違ちがっていても,神かみへの強つよい信しん仰こうを持もっている友ゆう人じんは,わたしたちにとって心こころ強づよい存そん在ざいになってくれるでしょう。ヨナタンとダビデはいつも互たがいを励はげましました。2人ふたりにはそのような助たすけが必ひつ要ようでした。大おおきな困こん難なんに直ちょく面めんすることになっていたからです。

どちらの側がわを支し持じすべきか

サウルは当とう初しょ,ダビデのことを気きに入いっており,ダビデに軍ぐんの指し揮きを任まかせていました。しかしほどなくして,強きょう力りょくな敵てきに屈くっしてしまいます。サウルはその犠ぎ牲せいとなりましたが,ヨナタンはそうなりませんでした。それはねたみという敵てきです。ダビデはイスラエルの敵てきフィリスティア人じんを次つぎ々つぎと打うち倒たおしていき,称しょう賛さんの的まとになりました。イスラエルの女じょ性せいたちは「サウルは千せんを討うち倒たおし,ダビデは万まんを」と歌うたいました。サウルは不ふ愉ゆ快かいになって,「その日ひ以い降こう,絶たえずダビデを疑うたぐるように見みて」いました。(サムエル第だい一いち 18:7,9)そしてダビデが自じ分ぶんの王おう権けんを奪うばうのではないかと恐おそれました。それは愚おろかな考かんがえでした。確たしかにダビデは,自じ分ぶんが次つぎの王おうになることを知しっていましたが,エホバに選えらばれ今いまも王おうとして治おさめているサウルの立たち場ばを力ちからづくで奪うばおうとは考かんがえもしなかったからです。

サウルはダビデを戦せん死しさせようと画かく策さくしますが,うまくいきません。むしろ,ダビデは戦たたかいで勝しょう利りを収おさめていき,人ひと々びとの注ちゅう目もくの的まとになります。それで,今こん度どは家け来らいたち全ぜん員いんや長ちょう男なんと共きょう謀ぼうしてダビデを殺ころそうとします。そのような父ちち親おやを見みてヨナタンがどれほど心こころを痛いためたか,想そう像ぞうできるでしょうか。(サムエル第だい一いち 18:25-30; 19:1)ヨナタンはサウルによく従したがってきましたが,ダビデの親しん友ゆうでもありました。でも,今いまや両りょう方ほうを支し持じするわけにはいきません。どちらの側がわについたらよいのでしょうか。

ヨナタンはこう切きり出だします。「王おうがその僕しもべダビデに対たいして罪つみをおかしませんように。彼かれはあなたに対たいして罪つみをおかしていませんし,彼かれの業わざはあなたにとって非ひ常じょうに良よいものとなっておりますので。そして,彼かれは自じ分ぶんの魂たましいをそのたなごころに置おいてあのフィリスティア人じんを討うち倒たおしたので,エホバは全ぜんイスラエルのために大おおいなる救すくいを施ほどこされました。あなたはそれをご覧らんになって,歓よろこばれるようになりました。それなのに,どうして故ゆえなくダビデを殺ころして,罪つみのない者ものの血ちに対たいして罪つみをおかしてよいのでしょうか」。意い外がいにもサウルはヨナタンの言いうことを聞きき,ダビデに悪わるいことはしないと約やく束そくさえしました。しかし,サウルは約やく束そくを守まもるような人ひとではありません。ダビデが成せい功こうを収おさめていくと,サウルはねたみと憎にくしみに満みたされ,ダビデに槍やりを投なげつけます! (サムエル第だい一いち 19:4-6,9,10)ダビデは命いのちからがらサウルの宮きゅう廷ていから逃にげます。

あなたもどちらにつけばいいのか迷まよったことがありますか。それはつらい経けい験けんだったでしょう。「家か族ぞくを何なによりも大たい切せつにすべきだ」と言いわれたかもしれません。でもヨナタンはそうした考かんがえが間ま違ちがっていることに気き付づいていました。エホバを従じゅう順じゅんに支し持じしているダビデを見み捨すてて,どうして父ちち親おやの側がわにつけるでしょうか。ヨナタンはエホバの側がわにつくことにしました。それで,父ちち親おやの前まえでダビデを擁よう護ごしました。ヨナタンはエホバを第だい一いちにしましたが,父ちち親おやも助たすけました。父ちち親おやが喜よろこびそうなことを言いうのではなく,父ちち親おやの間ま違ちがいを率そっ直ちょくに伝つたえました。ヨナタンに倣ならうなら,良よい結けっ果かになるでしょう。

友ともへの揺ゆるぎない愛あい

ヨナタンは,サウルがダビデと良よい関かん係けいとなるよう再ふたたび努ど力りょくします。しかしサウルは耳みみを傾かたむけようともしません。ダビデはひそかにヨナタンと会あい,自じ分ぶんの命いのちが危き険けんにさらされていることを伝つたえ,こう言いいます。「わたしと死しとの間あいだにはただ一いっ歩ぽの隔へだたりしかありません!」それを聞きいたヨナタンは,父ちちの気き持もちを探さぐること,そしてその結けっ果かをダビデに知しらせることを約やく束そくします。隠かくれているダビデに,ヨナタンは弓ゆみ矢やを使つかってメッセージを伝つたえることにします。ヨナタンが求もとめたのは,ただダビデがヨナタンの家いえの者ものにずっと愛あいを示しめし続つづけることでした。それに対たいしダビデはヨナタンの家いえの者ものたちをいつも見み守まもり,世せ話わすることを約やく束そくします。(サムエル第だい一いち 20:3,13-27)

ヨナタンはサウルにダビデの良よい点てんについて話はなそうとしますが,それがサウルの怒いかりを買かいます。ヨナタンを「反はん逆ぎゃくの女おんなの息子むすこ」呼よばわりし,ダビデへの忠ちゅう誠せい心しんは家か族ぞくの恥はじだと侮ぶ辱じょくします。サウルはヨナタンの利り己こ心しんに訴うったえようとし,「エッサイの子こが地ち上じょうに生いきている限かぎり,お前まえとお前まえの王おう権けんが堅かたく立たてられることはないのだ」と言いいます。それでもヨナタンは動どうじることなく父ちち親おやに懇こん願がんします。「なぜ彼かれは殺ころされるべきなのでしょうか。彼かれが何なにをしたというのですか」。ついにサウルは怒いかりを爆ばく発はつさせます。年としはとっていてもサウルは依い然ぜん,強きょう力りょくで腕うでの良よい戦せん士しでした。自じ分ぶんの息子むすこに向むかって槍やりを投なげつけたのです! 当あたりはしなかったものの,深ふかく傷きずつき,屈くつ辱じょくを受うけたヨナタンは怒いかって立たち去さります。(サムエル第だい一いち 20:24-34)

ヨナタンは友ゆう情じょうを守まもり抜ぬいた。

次つぎの日ひの朝あさ,ヨナタンはダビデが隠かくれている野の原はらへ出でかけていきます。約やく束そく通どおり矢やを放はなち,サウルがまだダビデを殺ころそうとしていることを知しらせます。それからヨナタンは従じゅう者しゃを町まちに帰かえらせます。2人ふたりきりになると,ヨナタンとダビデは言こと葉ばを交かわします。2人ふたりとも涙なみだを流ながします。ヨナタンはこれから逃とう亡ぼう者しゃとして生いきていかなければならない若わかい友ともとの別わかれを嘆なげきます。(サムエル第だい一いち 20:35-42)

ヨナタンは友ゆう情じょうを守まもり抜ぬきました。忠ちゅう実じつな人ひとすべての敵てきサタンは,ヨナタンがサウルのように権けん力りょくや名めい声せいを何なによりも優ゆう先せんするのを見みたかったに違ちがいありません。サタンが,人にん間げんの利り己こ心しんに訴うったえてくることを忘わすれてはなりません。最さい初しょの人にん間げんアダムとエバはその罠わなにかかりました。(創そう世せい記き 3:1-6)しかしヨナタンには通つう用ようしませんでした。サタンはどれほど悔くやしがったことでしょう。あなたは利り己こ心しんに屈くっしないように抵てい抗こうしますか。今いまは自じ分ぶんファーストな人ひとがたくさんいます。(テモテ第だい二に 3:1-5)ヨナタンに見み倣ならって無む私しの愛あいを示しめしますか。

ヨナタンがダビデに危険を知らせるため矢を放つところ

忠ちゅう実じつな友ともとして,ヨナタンはダビデの身みを守まもるために危き険けんを知しらせた。

「あなたはわたしにとって非ひ常じょうに快こころよい人ひとだった」

ダビデへの憎にくしみはサウルの中なかで激はげしさを増ましてゆきました。サウルが狂きょう気きに取とりつかれ,軍ぐん隊たいを集しゅう合ごうさせて荒こう野やへと進しん軍ぐんし,一人ひとりの罪つみのない男だん性せいを殺ころそうとしているのを知しっても,ヨナタンにはなすすべがありませんでした。(サムエル第だい一いち 24:1,2,12-15; 26:20)ヨナタンはその軍ぐん隊たいに加くわわったのでしょうか。興きょう味み深ぶかいことに,ヨナタンがこうした間ま違ちがった軍ぐん事じ行こう動どうに加くわわったという記き述じゅつは聖せい書しょ中ちゅうにありません。エホバ,ダビデ,そして友ゆう情じょうの誓ちかいに忠ちゅう実じつだったので,そうはできなかったのです。

ダビデに対たいするヨナタンの気き持もちは決けっして変かわりませんでした。やがて,ダビデに再ふたたび会あう方ほう法ほうを考かんがえ出だします。「樹じゅ木もくの茂しげった所ところ」という意い味みのホレシャで会あうことにしたのです。ホレシャはヘブロンから何なんキロか南なん東とうにある荒あれ果はてた山さん地ちです。どうしてヨナタンは逃とう亡ぼう中ちゅうのダビデにあえて会あおうとしたのでしょうか。「神かみに関かんして彼かれ[ダビデ]の手てを強つよめる」よう助たすけるためだった,と聖せい書しょにはあります。(サムエル第だい一いち 23:16)どのようにそうしましたか。

ヨナタンはこう言いって力ちからづけます。「恐おそれてはなりません。わたしの父ちちサウルの手てはあなたを見みいだすことがないからです」。どうしてそう言いえたのでしょうか。エホバの目もく的てきは必かならず実じつ現げんするという深ふかい信しん仰こうがあったからです。そして,「あなたはイスラエルの王おうとな[る]」と言いいます。これは預よ言げん者しゃサムエルによって何なん年ねんも前まえに予よ告こくされていたことでした。ヨナタンはエホバの言こと葉ばはいつでも信しん頼らいできるということを思おもい起おこさせていたのです。ではヨナタンは,自じ分ぶんは将しょう来らいどうなると考かんがえていましたか。「わたしはあなたに次つぐ者ものとなる」と語かたります。すばらしい謙けん遜そんさです。30歳さいも年とし下したのダビデの右みぎ腕うでとして喜よろこんで仕つかえるのです。それからヨナタンは「わたしの父ちちサウルもまた,そうなることを知しっているのです」と言いいます。(サムエル第だい一いち 23:17,18)サウル自じ身しんも,次つぎの王おうに定さだめられていたダビデと戦たたかっても,勝かてないということを知しっていたのです。

ヨナタンがダビデに話している

ヨナタンはダビデが大たい変へんな時ときに力ちからづけた。

その後のちの年ねん月げつ,ダビデはきっとこの日ひのことを何なん度ども懐なつかしく思おもい返かえしたことでしょう。2人ふたりが会あったのはその日ひが最さい後ごでした。残ざん念ねんなことに,ダビデに次つぐ者ものとして仕つかえるというヨナタンの願ねがいがかなう日ひは来きませんでした。

ヨナタンは父ちち親おやと共ともに,公こう然ぜんとイスラエルに敵てきするフィリスティア人じんとの戦たたかいに出でかけます。父ちち親おやと一いっ緒しょに戦たたかうことに良りょう心しんのとがめを感かんじません。父ちち親おやがどんな間ま違ちがいを犯おかしたとしても,エホバに仕つかえることを第だい一いちにしているからです。ヨナタンは,これまでと同おなじように勇ゆう敢かんかつ忠ちゅう実じつに戦たたかいましたが,イスラエルは劣れっ勢せいになります。サウルは,律りっ法ぽう下かでは死し刑けいとなる心しん霊れい術じゅつを行おこなうまでに身みを落おとしていたので,エホバの祝しゅく福ふくを得えていませんでした。ヨナタンを含ふくめサウルの3人にんの息子むすこは戦せん死ししました。サウルは傷きずを負おい,自みずから命いのちを絶たちました。(サムエル第だい一いち 28:6-14; 31:2-6)

「あなたはイスラエルの王おうとなり,わたしはあなたに次つぐ者ものとなるのです」とヨナタンは言いった。(サムエル第だい一いち 23:17)

ダビデは悲かなしみに打うちひしがれます。懐ふところの深ふかいダビデは,自じ分ぶんを惨みじめで困こん難なんな生せい活かつに追おいやったサウルのためにも嘆なげきます! そして,サウルとヨナタンのために哀あい歌かを書かきます。愛あいする助じょ言げん者しゃであり友ともであったヨナタンに対たいする次つぎの言こと葉ばは,本ほん当とうに心こころを打うちます。「わたしの兄きょう弟だいヨナタン,わたしはあなたのために苦くるしんでいる。あなたはわたしにとって非ひ常じょうに快こころよい人ひとだった。あなたの愛あいはわたしにとって女おんなの愛あいよりもすばらしかった」。(サムエル第だい二に 1:26)

ダビデはヨナタンとの誓ちかいを決けっして忘わすれませんでした。何なん年ねんか後のち,ヨナタンの息子むすこで体からだが不ふ自じ由ゆうだったメピボセテを探さがし出だし,世せ話わをしました。(サムエル第だい二に 9:1-13)ダビデがヨナタンの忠ちゅう実じつさ,敬けい意い,犠ぎ牲せいを払はらっても友ともに示しめす揺ゆるぎない愛あい情じょうから多おおくのことを学まなんでいたことは明あきらかです。わたしたちも教きょう訓くんを学まなぶことができますか。ヨナタンのような友ともを見みつけ,わたしたち自じ身しんも固かたい友ゆう情じょうを示しめすことはできるでしょうか。友ともがエホバへの信しん仰こうを築きずき強つよめるよう助たすけ,エホバへの揺ゆるぎない愛あいを第だい一いちにし,自じ己こ中ちゅう心しん的てきにならずにエホバと友ともに対たいし忠ちゅう実じつであるなら,ヨナタンのような友ともになることができます。その信しん仰こうに倣ならいましょう。

性せい的てきな関かん係けいがあったか

研けん究きゅう者しゃたちの中なかには,ダビデとヨナタンの関かん係けいは同どう性せい愛あい的てきなものだったと言いう人ひとがいます。聖せい書しょはこの考かんがえを支し持じしていますか。次つぎの点てんを考かんがえてみましょう。

  • 根こん拠きょとされる聖せい句くは,性せい的てき関かん係けいを示し唆さしていない。よく引ひき合あいに出だされるのは,ヨナタンに関かんするダビデの次つぎの言こと葉ばです。「あなたの愛あいはわたしにとって女おんなの愛あいよりもすばらしかった」。(サムエル第だい二に 1:26)また,2人ふたりが口くちづけしている記き述じゅつを例れいに挙あげる人ひともいます。(サムエル第だい一いち 20:41)しかし,同どう性せいの間あいだでのそうした言こと葉ばや愛あい情じょうの表ひょう現げんは,聖せい書しょ時じ代だいにおいて,また古こ代だい中ちゅう東とうの文ぶん化かにおいて一いっ般ぱん的てきであり,性せい的てきな含ふくみを全まったく持もたないものでした。(サムエル第だい一いち 10:1。サムエル第だい二に 19:39)

  • 結けっ婚こんしていて子こどもがいた。ダビデには幾いく人にんかの妻つまがおり,子こどもも大おお勢ぜいいました。(サムエル第だい二に 5:13–16)ヨナタンの妻つまの名な前まえは記き録ろくされていませんが,メピボセテ,またはメリブ・バアルとも呼よばれる息子むすこがいました。(サムエル第だい二に 4:4。歴れき代だい第だい一いち 8:34)

  • 神かみの律りっ法ぽうをよく守まもっていた。ヨナタンとダビデの友ゆう情じょうにはエホバ神かみへの信しん仰こうと愛あいという土ど台だいがありました。実じっ際さい,「エホバの名なにおいて」友ゆう情じょうを誓ちかっています。(サムエル第だい一いち 20:41,42)ですから,エホバへの従じゅう順じゅんは2人ふたりにとって最もっとも重じゅう要ようなことでした。神かみの律りっ法ぽうは同どう性せい愛あい行こう為いを含ふくむ,あらゆる種しゅ類るいの性せい的てき不ふ道どう徳とくをはっきりと禁きんじています。(レビ記き 18:22; 20:13)もしダビデとヨナタンが同どう性せい愛あい者しゃだったとすると,真しんの友ゆう情じょうの土ど台だいは根こん底ていから崩くずれ去さることになります。

聖せい書しょには,ヨナタンとダビデが同どう性せい愛あい的てきな傾けい向こうを持もっていたとか,友ゆう情じょうに性せい的てきな含ふくみがあったという記き述じゅつはありません。2人ふたりが同どう性せい愛あい者しゃだという主しゅ張ちょうは,深ふか読よみだと言いわざるを得えません。

a 聖せい書しょが最さい初しょにヨナタンについて記き録ろくしているのは,サウルが統とう治ちを始はじめた時ときです。その時ときヨナタンは軍ぐんを指し揮きしていたので,少すくなくとも20歳さいに達たっしていたと思おもわれます。(民みん数すう記き 1:3。サムエル第だい一いち 13:2)サウルは40年ねん間かん治おさめました。ですからサウルが死しんだ時とき,ヨナタンはおよそ60歳さいになっていたと思おもわれます。その時ときダビデは30歳さいでした。(サムエル第だい一いち 31:2。サムエル第だい二に 5:4)ですから,ヨナタンは30歳さいほどダビデより年とし上うえでした。

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