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エホバに近づきなさい
近 第4章 37–46ページ
エリヤが洞窟から,エホバの力が表れている暴風や地震や火を見ている。

第4章

「エホバは……偉い大だいな力ちからを持もっている」

1-2. エリヤはどんな驚おどろくような経けい験けんをしましたか。後のちにホレブ山さんにある洞どう窟くつで,目めを見み張はるようなどんな出で来き事ごとを目もく撃げきしましたか。

エリヤは驚おどろくような経けい験けんを何なん度どもしました。例たとえば敵てきから身みを隠かくしていた時ときに,ワタリガラスが毎まい日にち2回かい食たべ物ものを運はこんできました。また,長ながく続つづいた飢き饉きんの間あいだ,麦むぎ粉この入はいったつぼと油あぶらの入はいったつぼが空からになることはありませんでした。神かみが祈いのりに答こたえて空そらから火ひを降ふらせたこともあります。(列れつ王おう第だい一いち 17,18章しょう)しかし,ある時ときエリヤは,かつてないほどインパクトのある光こう景けいを見みます。

2 ホレブ山さんにある洞どう窟くつの入いり口ぐちの所ところで,エリヤは目めを見み張はるような一いち連れんの出で来き事ごとを目もく撃げきしました。まず,暴ぼう風ふうが吹ふきます。山やま々やまを裂さき,大おお岩いわを砕くだくほどの強つよい風かぜだったので,耳みみをつんざくようなごう音おんがしたことでしょう。次つぎに,大おおきな地じ震しんが起おきます。それから火ひが生しょうじます。エリヤは焼やけるような熱ねつを感かんじたことでしょう。(列れつ王おう第だい一いち 19:8-12)

3. エリヤが見みたり経けい験けんしたりした出で来き事ごとには何なにが表あらわれていましたか。私わたしたちはそれをどんな時ときに感かんじますか。

3 エリヤが見みたり経けい験けんしたりしたさまざまな出で来き事ごとには,1つの共きょう通つう点てんがありました。どの場ば合あいにも,エホバ神かみの偉い大だいな力ちからが表あらわれていました。もちろん,神かみが大おおきな力ちからを持もっていることは,奇き跡せきを見みるまでもなく分わかります。神かみの力ちからは至いたる所ところに見みられるからです。聖せい書しょによれば創そう造ぞう物ぶつは,エホバが「永えい遠えんに力ちからを持もっていて,確たしかに神かみである」ことの証しょう拠こです。(ローマ 1:20)例たとえば,雷らい雨うの時ときの目めがくらむような稲いな光びかりやとどろく雷らい鳴めい,力ちから強づよく流ながれ落おちる大おおきな滝たき,無む限げんの広ひろがりを感かんじさせる星ほし空ぞらなどについて考かんがえると,神かみの力ちからを感かんじるのではないでしょうか。今いまの世よの中なかで神かみの力ちからについて正ただしく知しろうとする人ひとはあまりいませんが,その力ちからについて理り解かいすると,エホバに近ちかづきたいという気き持もちになります。このセクションでは,エホバの唯ゆい一いつ無む二にの力ちからについて詳くわしく調しらべます。

「エホバがそばを通とお[った]」

エホバの主おもな性せい質しつの1つ

4-5. (ア)聖せい書しょの中なかでエホバの名な前まえについてどんなことが言いわれていますか。(イ)雄お牛うしがエホバの力ちからを表あらわしているのは,なぜ適てき切せつだと言いえますか。

4 エホバは誰だれとも比くらべものにならない力ちからを持もっています。エレミヤ 10章しょう6節せつにはこう書かかれています。「エホバ,あなたのような方かたはいません。あなたは偉い大だいな方かた,あなたの名なは力ちから強づよく,偉い大だいです」。エホバの名なが力ちから強づよく,偉い大だいだと言いわれていることに注ちゅう目もくできます。エホバの名な前まえには「彼かれはならせる」という意い味みがあることを思おもい起おこしてください。エホバが何なんでも創そう造ぞうでき,自じ分ぶんの望のぞむどんなものにもなることができるのは,どうしてでしょうか。1つの理り由ゆうは,無む限げんの力ちからがあるからです。そのような力ちからがエホバの主おもな性せい質しつの1つだからこそ,エホバは望のぞむことを何なんでも行おこなえるのです。

5 神かみの力ちからの全ぜん貌ぼうは人にん間げんにはとうてい理り解かいできませんが,エホバは例たとえを使つかって自じ分ぶんの力ちからについて私わたしたちに分わかりやすく教おしえてくれています。すでに考かんがえた通とおり,聖せい書しょの中なかで雄お牛うしは神かみの力ちからの象しょう徴ちょうです。(エゼキエル 1:4-10)雄お牛うしは家か畜ちくであっても非ひ常じょうに大おおきくて力ちから強づよい動どう物ぶつなので,雄お牛うしが力ちからを表あらわしているのは適てき切せつだと言いえます。聖せい書しょ時じ代だいのパレスチナの人ひとたちは,雄お牛うしよりも強つよい動どう物ぶつを目めにすることはまずありませんでした。しかも,もっと恐おそろしい牛うしがいることも知しっていました。今いまでは絶ぜつ滅めつした,オーロックスという野や牛ぎゅうです。(ヨブ 39:9-12)ローマの支し配はい者しゃユリウス・カエサルはその野や牛ぎゅうについて,ゾウと同おなじぐらい大おおきく,力ちからがとても強つよく,足あしもとても速はやいと書かいています。そのような動どう物ぶつのすぐそばに立たったら,誰だれもが自じ分ぶんは小ちいさくてか弱よわい存そん在ざいだと思おもうことでしょう。

6. エホバだけが「全ぜん能のうの神かみ」と呼よばれているのはどうしてですか。

6 小ちいさくてか弱よわい人にん間げんと比くらべて,エホバははるかに強きょう大だいな力ちからを持もつ神かみです。エホバにとっては強つよい国くに々ぐにも「はかりの上うえのほこり」のようです。(イザヤ 40:15)無む限げんの力ちからがあるので,エホバだけが「全ぜん能のうの神かみ」と呼よばれています。a (啓けい示じ 15:3)エホバは「膨ぼう大だいな活かつ力りょくと驚きょう異い的てきな力ちから」を持もっています。(イザヤ 40:26)尽つきることがない豊ほう富ふな力ちからの源みなもとです。「力ちから[は]神かみのもの」と言いわれている通とおり,他たのエネルギー源げんに頼たよってはいません。(詩し編へん 62:11)では,エホバはどのように自じ分ぶんの力ちからを使つかうのでしょうか。

エホバはどのように力ちからを使つかうか

7. エホバの聖せいなる力ちからとは何なんですか。原げん語ごからどんなことが分わかりますか。

7 創そう世せい記き 1章しょう2節せつに書かかれている通とおり,聖せいなる力ちからは神かみが無む限げんに「送おくり出だす力ちから」です。「聖せいなる力ちから」と訳やくされているヘブライ語ごやギリシャ語ごの言こと葉ばは,聖せい書しょの中なかで「風かぜ」や「息いき」や「突とっ風ぷう」などと訳やくされることもあります。辞じ書しょ編へん集しゅう者しゃたちによるとその原げん語ごは,目めに見みえなくても作さ用ようしている力ちからを指さします。神かみの聖せいなる力ちからは風かぜのように私わたしたちの目めには見みえませんが,その力ちからが及およぼす影えい響きょうは確たしかに分わかります。

8. 聖せい書しょの中なかで神かみの聖せいなる力ちからはどのように呼よばれていますか。それが適てき切せつだと言いえるのはどうしてですか。

8 神かみの聖せいなる力ちからはまさに万ばん能のうです。エホバはそれを使つかって,自じ分ぶんが望のぞむどんなことでも行おこなえます。聖せい書しょの中なかで聖せいなる力ちからは適てき切せつにも,比ひ喩ゆ的てきな意い味みで神かみの「指ゆび」とか「力ちから強づよい手て」とか「伸のばした腕うで」と呼よばれています。(ルカ 11:20,脚きゃく注ちゅう。申しん命めい記き 5:15。詩し編へん 8:3)人にん間げんが自じ分ぶんの手てを使つかって力ちから仕し事ごとから緻ち密みつな作さ業ぎょうまでいろいろ行おこなえるように,神かみも自じ分ぶんの聖せいなる力ちからを使つかってありとあらゆることを行おこなえます。例たとえば,極きょく小しょうの原げん子しを創そう造ぞうしたり,紅こう海かいを分わけたり,1世せい紀きのクリスチャンがさまざまな言げん語ごを話はなせるようにしたりしました。

9. エホバはどれほどの権けん力りょくを持もっていますか。

9 エホバはさらに,宇う宙ちゅうの主しゅ権けん者しゃとしての権けん力りょくという力ちからも使つかいます。あなたは,自じ分ぶんの命めい令れい通どおりに動うごいてくれる何なん千ぜん万まんもの有ゆう能のうな部ぶ下かがいるのを想そう像ぞうできますか。エホバはそのような権けん力りょくを持もっています。神かみに仕つかえる人ひとたちは,聖せい書しょの中なかでよく軍ぐん隊たいに例たとえられています。(詩し編へん 68:11; 110:3)そして,人にん間げんよりはるかに強つよい天てん使しも神かみに仕つかえています。アッシリア軍ぐんが神かみの民たみを攻こう撃げきした時とき,たった1人ひとりの天てん使しが1晩ばんのうちに18万まん5000人にんのアッシリア兵へいを殺ころしたという例れいがあります。(列れつ王おう第だい二に 19:35)神かみの天てん使しはまさに「力ちからに満みちて」います。(詩し編へん 103:19,20)

10. (ア)エホバが大たい軍ぐんを率ひきいる神かみと呼よばれているのはどうしてですか。(イ)エホバが創そう造ぞうしたものの中なかで最もっとも力ちからのある方かたは誰だれですか。

10 天てん使しは実じっ際さいどれぐらいいるのでしょうか。預よ言げん者しゃダニエルは幻まぼろしの中なかで天てんの様よう子すを見みた時とき,エホバの王おう座ざの前まえに1億おくを優ゆうに超こえる天てん使しがいるのを目めにしました。しかも,それが天てん使し全ぜん員いんだったとは限かぎりません。(ダニエル 7:10)ですから,天てん使しは幾いく億おくもいるのかもしれません。エホバが大たい軍ぐんを率ひきいる神かみと呼よばれているのも納なっ得とくできます。その称しょう号ごうは,力ちから強づよい天てん使したちの大たい軍ぐんの司し令れい官かんとしてのエホバの立たち場ばを表あらわしています。そしてエホバは,最さい愛あいの子こで「全ぜん創そう造ぞう物ぶつの中なかの初はつ子ご」であるイエスを天てん使し長ちょうとしました。(コロサイ 1:15)セラフやケルブを含ふくむ全すべての天てん使しの長ちょうであるイエスは,エホバが創そう造ぞうしたものの中なかで最もっとも力ちからのある方かたです。

11-12. (ア)神かみの言こと葉ばはどのように力ちからを及およぼしますか。(イ)イエスはエホバについて何なんと言いいましたか。その言こと葉ばからエホバの力ちからについて何なにが分わかりますか。

11 エホバはほかにもどのように力ちからを表あらわしているでしょうか。ヘブライ 4章しょう12節せつには,「神かみの言こと葉ばは生いきていて,力ちからを及およぼ」すと書かかれています。神かみの言こと葉ばつまりメッセージは,聖せいなる力ちからの導みちびきによって聖せい書しょに記しるされました。あなたはその言こと葉ばの驚きょう異い的てきな力ちからを実じっ感かんしたことがありますか。神かみの言こと葉ばは私わたしたちを力ちからづけ,信しん仰こうを強つよめ,人じん格かくや生いき方かたを大おおきく変かえるよう助たすけてくれます。使し徒とパウロは,非ひ常じょうに不ふ道どう徳とくな生いき方かたをしている人ひとたちに注ちゅう意いするよう仲なか間まのクリスチャンに伝つたえた際さい,こう付つけ加くわえました。「皆みなさんの中なかには,以い前ぜんそのような人ひともいました」。(コリント第だい一いち 6:9-11)「神かみの言こと葉ば」はそのクリスチャンたちに「力ちからを及およぼし」,生いき方かたを変かえるように助たすけたのです。

12 エホバは計はかり知しれない力ちからを使つかって,望のぞんでいることを必かならず行おこないます。誰だれにもその邪じゃ魔まはできません。イエスが言いった通とおり,「神かみには全すべてのことが可か能のうです」。(マタイ 19:26)では,エホバはどんなことのために力ちからを使つかうのでしょうか。

神かみはどんなことのために力ちからを使つかうか

13-14. (ア)エホバは単たんなるエネルギーの塊かたまりのような存そん在ざいではないと言いえるのはどうしてですか。(イ)エホバはどんなことのために力ちからを使つかいますか。

13 すでに考かんがえたように,エホバは単たんなるエネルギーの塊かたまりのような存そん在ざいではありません。意い思しや感かん情じょうを持もつ神かみで,どんな物ぶつ理り的てきな力ちからよりもはるかに強きょう力りょくな聖せいなる力ちからを完かん全ぜんにコントロールしています。では,何なんのためにその力ちからを使つかうのでしょうか。

14 このセクションで考かんがえていきますが,神かみは,創そう造ぞうしたり,破は壊かいしたり,保ほ護ごしたり,回かい復ふくさせたりするために力ちからを使つかいます。自じ分ぶんが望のぞむことを果はたすのに必ひつ要ようなことを何なんでも行おこなうのです。(イザヤ 46:10)自じ分ぶんの性せい格かくや基き準じゅんについて重じゅう要ようなことを私わたしたちに教おしえるために力ちからを使つかうこともあります。何なによりも,メシアの王おう国こくによって自じ分ぶんの名な前まえを神しん聖せいなものとし,自じ分ぶんの治おさめ方かたが最もっとも優すぐれていることを示しめすために,力ちからを使つかいます。そのエホバの行こう動どうを妨さまたげられるものは何なにもありません。

15. エホバはどんなことのためにも力ちからを使つかいますか。エリヤの例れいからそのことがどのように分わかりますか。

15 エホバは私わたしたち一人ひとり一人ひとりのためにも力ちからを使つかってくれます。歴れき代だい第だい二に 16章しょう9節せつによると,「エホバは,心こころの全すべてがご自じ分ぶんに向むいている人ひとの力ちからになろうとして,世せ界かい中じゅうに目めを行いき届とどかせています」。この章しょうの冒ぼう頭とうで考かんがえたエリヤの経けい験けんは,その一いち例れいです。エホバが非ひ常じょうにインパクトのある方ほう法ほうで自じ分ぶんの力ちからをエリヤに見みせたのはどうしてでしょうか。悪わるい王おう妃ひイゼベルがエリヤを処しょ刑けいすると宣せん言げんしたため,エリヤは身みの危き険けんを感かんじて逃にげていました。それまでやってきたことが全すべて無む駄だだったように思おもえてがっかりし,孤こ独どくや恐きょう怖ふを感かんじていました。そんなエリヤを元げん気きづけるために,エホバは自じ分ぶんの力ちからを鮮せん明めいに思おもい起おこさせました。風かぜや地じ震しんや火ひによってエホバの力ちからを感かんじたエリヤは,宇う宙ちゅうで最もっとも強きょう大だいな方かたがそばにいるのを感かんじました。全ぜん能のうの神かみが味み方かたなのですから,イゼベルを恐おそれる必ひつ要ようは全まったくありませんでした。(列れつ王おう第だい一いち 19:1-12)b

16. エホバの無む限げんの力ちからについて考かんがえると元げん気きが出でるのはどうしてですか。

16 エホバは,現げん代だいでは奇き跡せきを行おこないませんが,エリヤの時じ代だいから変かわっていません。(コリント第だい一いち 13:8)自じ分ぶんに仕つかえる人ひとたちのために,ぜひ力ちからを使つかいたいと思おもっています。高たかい天てんにいますが,私わたしたちから遠とおく離はなれてはいません。無む限げんの力ちからを持もっているので,距きょ離りは関かん係けいありません。「エホバは,ご自じ分ぶんに呼よび掛かける全すべての人ひとの近ちかくにい」ます。(詩し編へん 145:18)預よ言げん者しゃダニエルがエホバに助たすけを求もとめて祈いのったところ,まだ祈いのり終おわらないうちに天てん使しが現あらわれたこともありました。(ダニエル 9:20-23)エホバは何なににも阻はばまれることなく,愛あいする人ひとたちを助たすけ,力ちからづけることができるのです。(詩し編へん 118:6)

力ちからがある神かみは近ちかづきにくい存そん在ざいか

17. 神かみの力ちからについて考かんがえるとどんな気き持もちになりますか。どんな感かん情じょうを抱いだく必ひつ要ようはありませんか。

17 力ちからがある神かみを畏おそれるのは,自し然ぜんなことです。神かみの偉い大だいな力ちからについて思おもい巡めぐらすと,前まえの章しょうで少すこし考かんがえたように神かみを心こころから敬うやまいたいという気き持もちになります。聖せい書しょにも,「知ち恵えはエホバを畏おそれることから始はじまる」と書かかれています。(詩し編へん 111:10)とはいえ,力ちからがあるからといって神かみに恐きょう怖ふを感かんじたり,近ちかづくのをためらったりする必ひつ要ようはありません。

18. (ア)多おおくの人ひとが権けん力りょく者しゃを信しん頼らいしていないのはどうしてですか。(イ)エホバが絶ぜっ対たいに力ちからを悪あく用ようしないと言いえるのはどうしてですか。

18 「力ちからは腐ふ敗はいしやすく,絶ぜっ対たい的てきな力ちからは絶ぜっ対たいに腐ふ敗はいする」。これは,1887年ねんに英えい国こくのアクトン卿きょうという人ひとが書かいた言こと葉ばです。この言こと葉ばが何なん度ども引いん用ようされてきたことからすると,その通とおりだと思おもっている人ひとが多おおいのでしょう。不ふ完かん全ぜんな人にん間げんが往おう々おうにして力ちからを悪あく用ようすることは,歴れき史しを通つうじて明あきらかです。(伝でん道どうの書しょ 4:1; 8:9)そのため,多おおくの人ひとは権けん力りょく者しゃを信しん頼らいせず,距きょ離りを置おいています。では,絶ぜっ対たい的てきな力ちからを持もつエホバは,その力ちからを悪あく用ようしたりするでしょうか。絶ぜっ対たいにしません。すでに考かんがえたように,エホバは聖せいなる方かたなので,決けっして悪あくに染そまることはありません。この腐ふ敗はいした世よの中なかで力ちからを持もっている不ふ完かん全ぜんな人ひとたちとは違ちがうのです。

19-20. (ア)エホバは力ちからを使つかう時とき,常つねにどんな性せい質しつも表あらわしますか。そのことを考かんがえると安あん心しんできるのはどうしてですか。(イ)エホバをどんな人ひとに例たとえられますか。エホバのどんなところに引ひき付つけられますか。

19 エホバは単たんに力ちからがある神かみなのではありません。公こう正せいさや知ち恵えや愛あいも持もっています。そして,機き械かい的てきに一いち度どに1つの性せい質しつしか表あらわせないような,柔じゅう軟なん性せいのない方かたではありません。続つづく幾いくつかの章しょうで考かんがえますが,力ちからを使つかう時ときにも常つねに公こう正せいさや知ち恵えや愛あいを表あらわします。さらに,世よの中なかで力ちからを持もっている多おおくの人ひととは違ちがい,自じ分ぶんを制せいすることができます。

20 とても体からだが大おおきくて強つよそうな権けん力りょく者しゃに会あったところを想そう像ぞうしてみてください。最さい初しょは怖こわそうだと感かんじますが,そのうち穏おだやかな人ひとだと分わかります。その人ひとはいつも,自じ分ぶんの力ちからで人ひと々びとを助たすけたい,特とくに弱よわい立たち場ばの人ひとを守まもりたい,と思おもっています。力ちからを悪あく用ようすることは決けっしてありません。中ちゅう傷しょうされても毅き然ぜんとしていて,品ひん位いがあり,親しん切せつです。力ちからがあるのに穏おだやかで自じ制せい心しんがあるそのような人ひとに,引ひき付つけられるのではないでしょうか。そうであれば,全ぜん能のうの神かみエホバにはなおのこと引ひき付つけられるはずです。この章しょうの主しゅ題だいの聖せい句くによると,「エホバはすぐに怒いからず,偉い大だいな力ちからを持もって」います。(ナホム 1:3)エホバは力ちからがありますが,温おん和わで親しん切せつな方かたです。悪わるいことをする人ひとがいても,怒いかりに任まかせてすぐに処しょ罰ばつしたりはしません。人ひと々びとが何なん度ども悪あく事じを働はたらいたり反はん逆ぎゃくしたりしても「すぐに怒いから[ない]」ことが,歴れき史しからも分わかります。(詩し編へん 78:37-41)

21. エホバが人ひとを無む理りやり従したがわせたりしないのはどうしてですか。そのことからエホバについてどんなことが分わかりますか。

21 エホバが自じ分ぶんを制せいすることについて,別べつの角かく度どからも考かんがえてみましょう。人ひとは大おおきな力ちからを持もつと,他たの人ひとを従したがわせたくなるかもしれません。でもエホバは,無む限げんの力ちからがあるにもかかわらず,人ひとを無む理りやり従したがわせたりはしません。一人ひとり一人ひとりを尊そん重ちょうし,自じ分ぶんに仕つかえて永えい遠えんの命いのちを得えるかどうかを選えらべるようにしています。もちろん,選せん択たくを間ま違ちがえるとどうなるか,良よい選せん択たくをするとどんな報むくいがあるかを教おしえてくれていますが,選せん択たくそのものは私わたしたちに任まかせています。(申しん命めい記き 30:19,20)エホバは,人ひとが強きょう制せいされて嫌いや々いや仕つかえたり,圧あっ倒とう的てきな力ちからへの恐きょう怖ふ心しんから仕つかえたりすることを望のぞんでいません。愛あいの気き持もちから喜よろこんで仕つかえてほしいと思おもっています。(コリント第だい二に 9:7)

22-23. (ア)エホバが喜よろこんで他たの者ものに力ちからを与あたえることが,どんなことから分わかりますか。(イ)次つぎの章しょうではどんなことを考かんがえますか。

22 全ぜん能のうの神かみが近ちかづきにくい存そん在ざいではないと言いえる理り由ゆうを,最さい後ごにもう1つ考かんがえましょう。権けん力りょくを持もつ人ひとは,ほかの人ひとに権けん力りょくを与あたえることを渋しぶりがちです。でもエホバは,子こであるイエスにかなりの権けん威いを与あたえていて,自じ分ぶんを崇すう拝はいする忠ちゅう実じつな人ひとたちにも喜よろこんで権けん限げんを与あたえます。(マタイ 28:18)エホバが自じ分ぶんに仕つかえる人ひとたちにさらにどのように力ちからを与あたえるかについて,聖せい書しょにこう書かかれています。「エホバ,あなたは偉い大だいで力ちから強づよく,美うつくしくて輝かがやかしく,威い厳げんに満みちた方かたです。天てんと地ちにあるものは全すべてあなたのものです。……あなたの手てには力ちからと強つよさがあり,あなたの手てはあらゆるものを偉い大だいにして強つよくすることができます」。(歴れき代だい第だい一いち 29:11,12)

23 この聖せい句くにあるように,エホバは私わたしたちを強つよくしてくれます。「普ふ通つうを超こえた力ちから」を与あたえるとも約やく束そくしています。(コリント第だい二に 4:7)極きわめて強つよい力ちからをいつも愛あい情じょう深ぶかく理り性せい的てきに使つかう神かみに,引ひき付つけられるのではないでしょうか。次つぎの章しょうでは,エホバが創そう造ぞうするためにどのように力ちからを使つかうかに注ちゅう目もくします。

a 「全ぜん能のうの神かみ」と訳やくされているギリシャ語ごは,直ちょく訳やくすると「あらゆるものの支し配はい者しゃ」とか「あらゆる力ちからを持もつ方かた」という意い味みになります。

b 「エホバは風かぜの中なかに[も]地じ震しんの中なかにも……火ひの中なかにもいなかった」と聖せい書しょに書かかれています。自し然ぜんの中なかに神かみ々がみがいると考かんがえて崇すう拝はいする人ひとたちもいますが,エホバに仕つかえている人ひとたちはそのようには考かんがえません。神かみは自じ分ぶんが創そう造ぞうしたどんなものよりもはるかに偉い大だいな方かたなので,自し然ぜん界かいの力ちからの中なかにいるというようなことはありません。(列れつ王おう第だい一いち 8:27)

じっくり考かんがえたいこと

  • 歴れき代だい第だい二に 16:7-13 アサ王おうの例れいから,エホバの力ちからに頼たよることの大たい切せつさがどのように分わかりますか。

  • 詩し編へん 89:6-18 エホバの力ちからについて考かんがえると,どんな気き持もちになりますか。

  • イザヤ 40:10-31 この聖せい句くからエホバの偉い大だいな力ちからについてどんなことが分わかりますか。私わたしたちはその力ちからにどのように助たすけてもらえますか。

  • 啓けい示じ 11:16-18 エホバは自じ分ぶんの力ちからを使つかって将しょう来らいどんなことを行おこなうと約やく束そくしていますか。そのことで真しんのクリスチャンが安あん心しんできるのはどうしてですか。

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