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  • 塔研18 01月号 7–11ページ
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  • 「神は疲れた者に力を与えておられる」
  • エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2018
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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2018
塔研18 01月号 7–11ページ
ある姉妹が医師と話している。世俗の仕事をしている。年配の家族を世話している。聖書を読んでいる。

「神かみは疲つかれた者ものに力ちからを与あたえておられる」

2018年ねんの年ねん句く: 「エホバを待まち望のぞんでいる者ものは再ふたたび力ちからを得える」。イザ 40:31

歌うた: 152,67

今こ年としの年ねん句くの意い味みを理り解かいするうえで,次つぎの聖せい句くはどのように役やく立だちますか

  • イザヤ 40:26

  • マタイ 11:28-30

  • コリント第だい二に 12:9,10

1. わたしたちはどんな問もん題だいに対たい処しょしなければなりませんか。エホバはどんなことを喜よろこんでおられるはずですか。(冒ぼう頭とうの写しゃ真しんを参さん照しょう。)

この事じ物ぶつの体たい制せいで生せい活かつしていくのは本ほん当とうに大たい変へんです。重おもい病びょう気きに苦くるしんでいる兄きょう弟だい姉し妹まいは少すくなくありません。老ろう齢れいの家か族ぞくを介かい護ごしている人ひともいます。家か族ぞくを養やしなうために奮ふん闘とうしている人ひともいます。ぜいたくしようと思おもっているわけではありません。生せい活かつに必ひつ要ようなものを手てに入いれるだけで精せい一いっ杯ぱいなのです。多おおくの人ひとは,1つではなく幾いくつもの問もん題だいを抱かかえています。たくさんの時じ間かんを取とられ,精せい神しん的てきにもくたくたになります。お金かねもかかります。それでも,神かみの約やく束そくを確かく信しんし,明あかるい将しょう来らいがあることを信しんじています。エホバはそのような人ひとたちの信しん仰こうをとても喜よろこんでおられるに違ちがいありません。

2. イザヤ 40章しょう29節せつからどんな励はげみが得えられますか。わたしたちはどんな見み方かたを避さける必ひつ要ようがありますか。

2 あなたは生せい活かつ上じょうのプレッシャーに押おしつぶされそうになり,「もう限げん界かい」と感かんじることがありますか。昔むかしの忠ちゅう実じつな人ひとたちもそのように感かんじたことがあります。(王おう一いち 19:4。ヨブ 7:7)でも,彼かれらはあきらめませんでした。エホバに力ちからを求もとめ,エホバは彼かれらを支ささえ続つづけました。神かみは「疲つかれた者ものに力ちからを与あたえて」くださるのです。(イザ 40:29)残ざん念ねんなことに,兄きょう弟だい姉し妹まいの中なかには,生せい活かつしていくのが大たい変へんなので「エホバの証しょう人にんをお休やすみする」しかないと考かんがえる人ひともいます。クリスチャンの活かつ動どうが喜よろこびではなく重おも荷にであると感かんじるのかもしれません。聖せい書しょを読よむのをやめ,集しゅう会かいに行いかなくなり,野や外がい奉ほう仕しにも参さん加かしなくなってしまいます。これはサタンの思おもうつぼです。

3. (イ)どうすればサタンの思おもうつぼにならずにすみますか。(ロ)この記き事じではどんなことを考かんがえますか。

3 わたしたちはクリスチャンの活かつ動どうを行おこなうと強つよくなります。悪あく魔まはそのことをよく知しっており,何なんとかしてわたしたちを弱よわめようとします。ですから,身しん体たい的てきにも精せい神しん的てきにもくたくただと感かんじる時とき,エホバから決けっして離はなれてはなりません。むしろ,神かみにいっそう近ちかづいてください。「神かみは……あなた方がたを確かっ固ことした者もの,強つよい者ものとしてくださる」からです。(ペテ一いち 5:10。ヤコ 4:8)この記き事じでは,神かみへの奉ほう仕しの妨さまたげとなる2つの状じょう況きょうを取とり上あげ,聖せい書しょの原げん則そくを当あてはめることがどのように役やく立だつかを考かんがえます。まず,イザヤ 40章しょう26-31節せつから,わたしたちを強つよめるエホバの力ちからについて学まなびましょう。

エホバを待まち望のぞんでいる者ものは再ふたたび力ちからを得える

4. イザヤ 40章しょう26節せつからどんなことが分わかりますか。

4 イザヤ 40:26を読よむ。宇う宙ちゅうの星ほしをすべて数かぞえることのできる人ひとはいません。科か学がく者しゃたちは,天あまの川がわ銀ぎん河がだけでも4000億おく個この恒こう星せいがあると考かんがえています。エホバはその星ほし一ひとつ一ひとつに名な前まえを付つけておられます。どんなことが分わかるでしょうか。エホバは命いのちのない創そう造ぞう物ぶつにも深ふかい関かん心しんを持もっておられます。そうであれば,義ぎ務む感かんではなく愛あいに動うごかされて神かみに仕つかえるあなたに,はるかに深ふかい関かん心しんを抱いだいておられるはずです。(詩し 19:1,3,14)天てんの父ちちはあなたのことを細こまかな点てんまでご存ぞんじです。「あなた方がたの頭あたまの毛けまでがすべて数かぞえられているのです」。(マタ 10:30)詩し編へん作さく者しゃも「エホバはとがのない者ものたちの日ひ々びを知しっておられ[る]」と述のべています。(詩し 37:18)エホバはあなたの抱かかえる問もん題だいをご存ぞんじであり,それを乗のり越こえる力ちからを与あたえてくださいます。

5. エホバは問もん題だいを乗のり越こえるための力ちからを与あたえることができる,と言いえるのはなぜですか。

5 イザヤ 40:28を読よむ。エホバは膨ぼう大だいな活かつ動どう力りょくつまりエネルギーの源みなもとです。神かみは太たい陽ようにどれほどのエネルギーを与あたえておられるでしょうか。サイエンス・ライターのデービッド・ボダニスはこう述のべています。「毎まい秒びょう,太たい陽ようから放ほう出しゅつされるエネルギーは,[何なん十じゅう億おく個こもの原げん子し]爆ばく弾だんのエネルギーに相そう当とうする」。別べつの研けん究きゅう者しゃの計けい算さんによると,太たい陽ようは「世せ界かい中じゅうの人ひとが必ひつ要ようとする20万まん年ねん分ぶんのエネルギーを毎まい秒びょう放ほう出しゅつして」います。太たい陽ようにエネルギーを供きょう給きゅうしておられる神かみは,わたしたちがどんな問もん題だいでも乗のり越こえられるよう,必ひつ要ような力ちからを与あたえてくださいます。

6. イエスのくびきは心ここ地ちよいと言いえるのはなぜですか。

6 イザヤ 40:29を読よむ。エホバに仕つかえるなら大おおきな喜よろこびを味あじわえます。イエスは弟で子したちに「わたしのくびきを負お[い]なさい」と勧すすめ,こう言いいました。「あなた方がたは自じ分ぶんの魂たましいにとってさわやかなものを見みいだすでしょう。わたしのくびきは心ここ地ちよく,わたしの荷には軽かるいのです」。(マタ 11:28-30)この言こと葉ばのとおりだと思おもいませんか。わたしたちは集しゅう会かいや野や外がい奉ほう仕しに出でかける前まえ,とても疲つかれていることがあります。でも,帰かえる時ときにはどうですか。さわやかにされ,問もん題だいに立たち向むかおうという気き持もちになっています。イエスのくびきは本ほん当とうに心ここ地ちよいものです。

7. マタイ 11章しょう28-30節せつの言こと葉ばが真しん実じつだと言いえる経けい験けんを述のべてください。

7 ケーラ(仮か名めい)という姉し妹まいは慢まん性せい疲ひ労ろう症しょう候こう群ぐんとうつ病びょうと片へん頭ず痛つうを患わずらっています。集しゅう会かいに行いくのがつらい時ときもあります。でも,頑がん張ばって公こう開かい集しゅう会かいに出しゅっ席せきした後のち,こう書かきました。「落らく胆たんに関かんする講こう演えんでした。親しん切せつに思おもいやり深ぶかく話はなしてくださったので,涙なみだがあふれました。やっぱり集しゅう会かいに行いかないと,と思おもいました」。努ど力りょくして集しゅう会かいに出しゅっ席せきしたケーラは本ほん当とうにさわやかにされました。

8,9. パウロはどんな意い味みで「わたしが弱よわいとき,その時ときわたしには力ちからがある」と述のべましたか。

8 イザヤ 40:30を読よむ。どんなに能のう力りょくのある人ひとでも,自じ分ぶんの力ちからで行おこなえることには限げん界かいがあります。だれもがそのことを認みとめなければなりません。有ゆう能のうな人ひとだった使し徒とパウロも限げん界かいがあり,自じ分ぶんのしたいことすべてを行おこなえたわけではありませんでした。神かみに自じ分ぶんの気き持もちを伝つたえると,「わたしの力ちからは弱よわさのうちに全まっとうされる」と告つげられました。パウロは神かみのお考かんがえを理り解かいし,こう述のべました。「わたしが弱よわいとき,その時ときわたしには力ちからがあるからです」。(コリ二に 12:7-10)パウロはどんな意い味みでそう述のべたのでしょうか。

9 パウロは,力ちからの源みなもとである神かみの助たすけがどうしても必ひつ要ようであることを認みとめていました。弱よわさを感かんじた時とき,神かみの聖せい霊れいによって力ちからを得えることができました。それだけではありません。聖せい霊れいによって,自じ分ぶんの力ちからでは決けっして果はたせないような務つとめを果はたすこともできました。わたしたちも,エホバが力ちからを与あたえてくださるなら,本ほん当とうに強つよくなることができます。

10. エホバはダビデが問もん題だいに立たち向むかえるよう,どのように助たすけましたか。

10 詩し編へん作さく者しゃダビデは神かみの聖せい霊れいの力ちからを何なん度ども経けい験けんしました。こう述のべています。「あなたによって,わたしは略りゃく奪だつ隊たいに向むかって走はしることができ,わたしの神かみ[または,神かみの力ちから]によって,城じょう壁へきをよじ登のぼることができ[ま]す」。(詩し 18:29)わたしたちも,自じ分ぶんの力ちからでは「よじ登のぼる」ことのできない城じょう壁へきつまり問もん題だいにぶつかる時とき,エホバの後あと押おしが必ひつ要ようです。

11. 問もん題だいにぶつかった時とき,聖せい霊れいはどのように助たすけになりますか。

11 イザヤ 40:31を読よむ。鷲わしは自じ分ぶんの力ちからだけで舞まい上あがり,長ちょう距きょ離りを滑かっ空くうするわけではありません。上じょう昇しょう気き流りゅうの力ちからが必ひつ要ようです。そのおかげでエネルギーを保たもち続つづけることができます。大おおきな問もん題だいにぶつかったなら,鷲わしのことを思おもい出だしましょう。「助たすけ手て,つまり聖せい霊れい」の力ちからをエホバに祈いのり求もとめてください。(ヨハ 14:26)24時じ間かんいつでも,必ひつ要ような時ときに聖せい霊れいを祈いのり求もとめることができます。特とくにどんな時とき,神かみの助たすけが必ひつ要ようだと感かんじるでしょうか。会かい衆しゅうの兄きょう弟だい姉し妹まいとの間あいだで不ふ和わが生しょうじる時ときかもしれません。なぜそのような不ふ和わが生しょうじるのでしょうか。

12,13. (イ)クリスチャンの間あいだで不ふ和わが生しょうじるのはなぜですか。(ロ)ヨセフの例れいからエホバについてどんなことを学まなべますか。

12 不ふ和わが生しょうじるのは,わたしたちがみな不ふ完かん全ぜんだからです。兄きょう弟だい姉し妹まいの言げん動どうによっていらいらさせられることもあれば,自じ分ぶんの言げん動どうが兄きょう弟だい姉し妹まいに嫌いやな思おもいをさせることもあります。これはとても難むずかしい状じょう況きょうです。でも,エホバへの忠ちゅう誠せいを実じっ証しょうする機き会かいでもあります。神かみは,不ふ完かん全ぜんではあってもご自じ分ぶんに献けん身しんした人ひとたちを愛あいしておられます。わたしたちは,そのような仲なか間まと一いっ致ちして奉ほう仕しすることにより,神かみへの忠ちゅう誠せいを実じっ証しょうできます。

投獄されているヨセフ

エホバはヨセフを見捨てなかった。あなたのことも決して見捨てない。(13節を参照。)

13 エホバはご自じ分ぶんの僕しもべが難むずかしい状じょう況きょうに置おかれるままにされることがあります。ヨセフの例れいを考かんがえましょう。ヨセフは若わかいころ,ねたみを抱いだいた異い母ぼ兄きょう弟だいたちに奴ど隷れいとして売うられ,エジプトに連つれて行いかれました。(創そう 37:28)エホバは,ご自じ分ぶんの友ともである忠ちゅう実じつなヨセフがそうした扱あつかいを受うけるのをご覧らんになり,悲かなしまれたに違ちがいありません。それでも,事じ態たいに介かい入にゅうされませんでした。後のちにヨセフがポテパルの妻つまをレイプしようとしたと訴うったえられ,投とう獄ごくされた時ときにも,介かい入にゅうされませんでした。エホバはヨセフを見み捨すてられたのでしょうか。そのようなことはありません。「[ヨセフ]の行おこなうことをエホバ[は]成せい功こうさせておられた」と聖せい書しょは述のべています。(創そう 39:21-23)

14. 「怒いかりをやめ」るべきなのはなぜですか。

14 神かみの友ともダビデの例れいも考かんがえましょう。ダビデは非ひ常じょうにひどい扱あつかいを受うけましたが,怒いかりに満みたされることはありませんでした。こう述のべています。「怒いかりをやめ,激げき怒どを捨すてよ。激げきこうし,そのためにただ悪あくを行おこなうことになってはならない」。(詩し 37:8)「怒いかりをやめ」るべきなのはなぜでしょうか。最さい大だいの理り由ゆうは,「わたしたちの罪つみに応おうじてわたしたちを扱あつかうことをされなかった」エホバに倣ならえるからです。(詩し 103:10)「怒いかりをやめ」ることには様さま々ざまなメリットもあります。怒いかりは,高こう血けつ圧あつや呼こ吸きゅう器き系けいの問もん題だいなどを引ひき起おこすことがあります。肝かん臓ぞうやすい臓ぞうに影えい響きょうを与あたえ,消しょう化か器き系けいの問もん題だいの原げん因いんにもなります。怒おこっていると冷れい静せいに考かんがえることができません。怒いかりを爆ばく発はつさせた後のち,抑よくうつ状じょう態たいが長ながく続つづくこともあります。他た方ほう,「穏おだやかな心こころは身しん体たいの命いのちであ[る]」と聖せい書しょは述のべています。(箴しん 14:30)では,兄きょう弟だい姉し妹まいから傷きずつけられた時とき,どうすべきでしょうか。どうすれば仲なか直なおりできるでしょうか。聖せい書しょの賢けん明めいなアドバイスに従したがうことが大たい切せつです。

兄きょう弟だいたちにがっかりさせられる時とき

15,16. 兄きょう弟だい姉し妹まいに感かん情じょうを傷きずつけられた時とき,どんな努ど力りょくを払はらえますか。

15 エフェソス 4:26を読よむ。わたしたちはエホバに仕つかえない人ひとたちから厳きびしい扱あつかいを受うけることがあっても,それほど驚おどろきません。でも,会かい衆しゅうの兄きょう弟だい姉し妹まいや家か族ぞくから深ふかく傷きずつくようなことを言いわれたりされたりすると,大おおきなショックを受うけます。なかなか忘わすれることができない場ば合あい,どうしますか。何なん年ねんも怒いかりを抱いだき続つづけますか。それとも,聖せい書しょのアドバイスに従したがい,すぐに問もん題だいを解かい決けつしますか。先さき延のばしにすればするほど,仲なか直なおりするのは難むずかしくなります。

16 あなたがある兄きょう弟だいから感かん情じょうを傷きずつけられ,すぐに忘わすれることができないとしましょう。仲なか直なおりするためにどんなステップを踏ふめますか。まず,エホバに熱ねつ烈れつに祈いのってください。相あい手てと友ゆう好こう的てきに話はなし合あえるよう助たすけてください,と祈いのることができます。その兄きょう弟だいもエホバの友ともの一人ひとりなのです。(詩し 25:14)神かみはその兄きょう弟だいを愛あいしておられます。エホバは友ともに親しん切せつに接せっします。わたしたちがそうすることも望のぞんでおられます。(箴しん 15:23。マタ 7:12。コロ 4:6)次つぎに,相あい手てにどのように話はなすかを考かんがえてください。「あの兄きょう弟だいはわたしをわざと傷きずつけた」と考かんがえないようにしましょう。悪わる気ぎはなかったのかもしれません。自じ分ぶんにも非ひがあったかもしれない,ということを認みとめましょう。例たとえば,次つぎのように話はなしを切きり出だすことができます。「わたしがちょっと気きにし過すぎなのかもしれませんが,兄きょう弟だいが昨日きのうわたしに話はなされた時とき,……と感かんじたんです」。話はなし合あっても期き待たいしていたような結けっ果かにならなかったなら,どうすればよいでしょうか。仲なか直なおりする別べつの機き会かいを探さがしましょう。その間かん,エホバがその兄きょう弟だいを祝しゅく福ふくしてくださるよう祈いのってください。相あい手ての良よい点てんに注ちゅう目もくできるよう助たすけてください,と祈いのることもできます。どんな結けっ果かになるとしても,エホバは,その兄きょう弟だいと仲なか直なおりするための誠せい実じつな努ど力りょくを喜よろこんでくださるに違ちがいありません。その兄きょう弟だいも神かみの友ともだからです。

罪ざい悪あく感かんに苦くるしめられる時とき

17. エホバは重じゅう大だいな罪つみを犯おかした人ひとをどのように助たすけてくださいますか。その助たすけを活かつ用ようすべきなのはなぜですか。

17 重じゅう大だいな罪つみを犯おかしたために,自じ分ぶんにはエホバに仕つかえる資し格かくがないと感かんじている人ひともいます。罪ざい悪あく感かんは喜よろこびや力ちからを奪うばいます。罪ざい悪あく感かんと闘たたかっていたダビデはこう言いいました。「わたしが黙だまっていると,わたしの骨ほねはわたしが一いち日にちじゅううめくために疲つかれ果はてました。あなたのみ手てが昼ひるも夜よるもわたしの上うえに重おもくのしかかっていたからです」。幸さいわい,ダビデは神かみに喜よろこばれる方ほう法ほうで問もん題だいに対たい処しょしました。こう書かいています。「わたしはついに自じ分ぶんの罪つみをあなたに告こく白はくし[ました]。すると,あなたがわたしの罪つみのとがを赦ゆるしてくださいました」。(詩し 32:3-5)あなたが重じゅう大だいな罪つみを犯おかしたとしても,エホバはあなたがご自じ分ぶんとの良よい関かん係けいを取とり戻もどせるよう助たすけてくださいます。しかし,そのためには,神かみが長ちょう老ろうたちを通とおして与あたえてくださる助たすけを受うけ入いれなければなりません。(箴しん 24:16。ヤコ 5:13-15)すぐに行こう動どうしてください。永えい遠えんの命いのちがかかっているのです。では,罪つみが許ゆるされてから長ながい期き間かんがたっても,罪ざい悪あく感かんに苦くるしめられる場ば合あいはどうしたらよいでしょうか。

18. 過か去この過あやまちについて思おもい悩なやんでいる人ひとは,パウロの例れいからどんな励はげみを得えられますか。

18 パウロも過か去この過あやまちについて思おもい悩なやんだことがあったようです。こう言いっています。「わたしは使し徒とのうち最もっとも小ちいさな者もので,使し徒とと呼よばれるに値あたいしないのです。わたしは神かみの会かい衆しゅうを迫はく害がいしたからです」。それでもこう述のべています。「しかし,わたしが今いまあるのは,神かみの過か分ぶんのご親しん切せつによります」。(コリ一いち 15:9,10)エホバは,悔くい改あらため忠ちゅう実じつに奉ほう仕ししていたパウロをご自じ分ぶんの僕しもべとして受うけ入いれておられました。パウロにもその点てんを確かく信しんしてほしいと願ねがっておられました。あなたが以い前ぜんに罪つみを犯おかしたとしても,誠せい実じつに悔くい改あらため,エホバに告こく白はくし,長ちょう老ろうたちから必ひつ要ような援えん助じょを受うけたなら,エホバは許ゆるしてくださいます。ですから,エホバの言こと葉ばを信しんじ,神かみが許ゆるしてくださっていることを確かく信しんしてください。(イザ 55:6,7)

19. 2018年ねんの年ねん句くは何なんですか。この聖せい句くが適てき切せつなのはなぜですか。

19 この事じ物ぶつの体たい制せいの終おわりが近ちかづくにつれ,生せい活かつ上じょうのプレッシャーはますます強つよくなるでしょう。しかし,エホバは「疲つかれた者ものに力ちからを与あたえ」,「活かつ動どう力りょくのない者ものにみなぎる偉い力りょくを豊ゆたかに与あたえてくださる」方かたです。忠ちゅう実じつに奉ほう仕しし続つづけるために必ひつ要ような力ちからをあなたにも与あたえてくださいます。(イザ 40:29。詩し 55:22; 68:19)2018年ねん中ちゅう,王おう国こく会かい館かんでの集しゅう会かいに出しゅっ席せきするたびに,次つぎの年ねん句くを見みてその大たい切せつな真しん理りを思おもい出だすことができます。「エホバを待まち望のぞんでいる者ものは再ふたたび力ちからを得える」。(イザ 40:31)

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