第2章
「末の日」に奉仕する
1,2 (イ)エレミヤは,自分が伝える預言的な宣告のテーマを示すどんな幻を見ましたか。(ロ)エレミヤの音信にわたしたちが関心を持つべきなのはなぜですか。
「あなたには何が見えるか」。任命されたばかりの預言者に,神はそうお尋ねになります。「吹きあおられている広口の料理なべが見えます。その口は北とは別の方を向いています」と若いエレミヤは答えます。その幻は,エレミヤがどんな種類の宣告を行なうかを示すものでした。(エレミヤ 1:13-16を読む。)比喩的な料理なべが吹きあおられています。冷ますためではなく,なべ底の火を燃え立たせるためです。災難が,煮えたぎる液体のようにこのなべからユダの地に注ぎ出されることを,エホバは予告しておられるのです。不忠実が広まっていたからです。なべの口が南に傾いていたのはなぜでしょうか。災難が北から来ること,つまりバビロンが北方から攻め込んでくることを意味していました。そして実際にそのとおりになりました。エレミヤは預言者としての奉仕期間中に,この煮え立つ料理なべの中身が幾度も注ぎ出されて,ついにはエルサレムが滅びるのを目撃しました。
2 バビロンはもはや存在していません。しかし,あなたもエレミヤの預言的な音信に関心を持つべきです。なぜでしょうか。今は「末の日」だからです。多くの人がクリスチャンを自称していますが,彼らもその教会も神の恵みを受けていません。(エレ 23:20)それとは対照的に,あなたと仲間の証人たちはエレミヤのように,裁きの音信だけでなく希望の音信も宣べ伝えています。
3 (イ)エレミヤ書の記述はどんな配列になっていますか。(ロ)この章の目的は何ですか。
3 エレミヤは,物事が生じた時にそれを記録したのではなく,預言者としての奉仕期間の後半になってから書記官に口述して筆記させたようです。(エレ 25:1-3; 36:1,4,32)エレミヤ書は年代順に記されてはいません。エレミヤはこの書の多くの部分を論題別に配列したからです。それで,エレミヤ書と哀歌の歴史的背景と出来事の順番を概観するのは有益です。19ページの年表をご覧ください。どの王がいつユダを治めていたか,ユダとその周辺で何が生じていたかを知ると,エレミヤの言葉や行動をよりよく理解できます。また,神の民にエレミヤがふれ告げた神の音信から,いっそう益を得ることができるでしょう。
エレミヤが生きた時代
4-6 エレミヤの預言者としての奉仕期間に先立つ数十年間,神の古代の民はどんな状況にありましたか。
4 エレミヤは激動の時代に預言しました。アッシリア,バビロン,エジプトが競い合っていた時代です。エレミヤが預言者としての奉仕を始めるより93年ほど前に,アッシリアは北のイスラエル十部族王国を打ち破り,住民の多くを強制移住させました。その同じ時代に,エホバはエルサレムと忠実なヒゼキヤ王をアッシリアの攻撃から守られました。敵兵18万5,000人を神が奇跡的に滅ぼされたことを,あなたもご存じでしょう。(王二 19:32-36)そのヒゼキヤの息子の一人がマナセで,マナセの55年間の治世中にエレミヤは生まれたようです。その時代にユダはアッシリアの支配下に置かれます。―代二 33:10,11。
5 エレミヤは列王記第一と第二も書きました。その記録によると,マナセは父親が打ち壊した高き所を再び築きました。バアルや天軍のための祭壇を立て,そのような祭壇をエホバの神殿の中にも築きました。さらに,罪のない大勢の人の血を流し,自分の息子を偽りの神への焼燔の犠牲としてささげました。『エホバの目に悪いことを大規模に行なった』のです。そうした多くの邪悪な行ないのゆえに,神は,サマリアとイスラエルのようにエルサレムとユダにも災いが臨む,と宣言なさいました。(王二 21:1-6,12-16)マナセの死後,息子のアモンは父親の偶像礼拝の歩みに倣います。しかし,変化が訪れようとしていました。2年後にアモンは殺され,8歳の息子ヨシヤが西暦前659年に即位します。
6 ヨシヤの31年間の治世中に,バビロンはアッシリアをしのぐようになります。ヨシヤはそれを,ユダが外国の支配から独立するための好機と見ます。父や祖父とは違い,ヨシヤはエホバに忠実に仕え,大々的な宗教改革を行ないました。(王二 21:19–22:2)統治の第12年にユダの各地で高き所や聖木,偽りの宗教の像を打ち壊した後,エホバの神殿の修理を命じます。(歴代第二 34:1-8を読む。)興味深いことに,エレミヤが神の預言者として任命されたのは,ヨシヤの治世の第13年(西暦前647年)のことでした。
あなたがエレミヤの時代に預言者だったなら,どう感じたと思いますか。
7,8 (イ)ヨシヤ王の治世は,それ以前のマナセやアモンの治世とはどのように異なっていましたか。(ロ)ヨシヤはどんな人でしたか。(20ページの囲みを参照。)
7 良い王ヨシヤの治世の第18年,神殿の修復中に大祭司が「律法の書」を見つけました。ヨシヤはその書を書記官に朗読させます。王は民のとがに気づき,女預言者フルダを通してエホバの導きを求めます。そして臣民に,神のおきてを守るようにと強く勧めました。フルダはヨシヤに,エホバが不忠実なユダの人々に「災い」をもたらすことを告げます。しかし,清い崇拝に対するヨシヤの良い態度のゆえに,その災いは彼の生涯中には生じないでしょう。―王二 22:8,14-20。
8 ヨシヤ王は,偶像礼拝に関係した物品を一掃する運動を再開しました。かつて北のイスラエル王国が支配していた地域にまで赴き,高き所とベテルの祭壇を取り壊します。さらに,大きな過ぎ越しの祝いも取り決めました。(王二 23:4-25)エレミヤはどれほどうれしく思ったことでしょう。とはいえ,民に歩みを改めさせるのは容易ではありません。マナセとアモンが俗悪な偶像崇拝を持ち込んでいたため,人々の霊性は低下していました。ヨシヤは改革を推し進めますが,神はエレミヤに,ユダの神々の数はその都市の数と同じほど多いという点を指摘させます。ユダの人々は不忠実な妻のようでした。エホバを捨てて異国の神々に身を売っていたのです。エレミヤはこう告げます。「あなた方は恥ずべきもののために,エルサレムの街路と同じほど多くの祭壇を置いた。バアルに犠牲の煙を立ち上らせるための祭壇である」。―エレミヤ 11:1-3,13を読む。
9 ヨシヤの治世の末期に,どんな国際的な事件が生じましたか。
9 このような音信をエレミヤが伝えたにもかかわらず,ユダの人々は歩みを改めませんでした。周辺諸国民も相変わらず覇権をめぐって争い合っていました。西暦前632年,バビロニアとメディアの連合軍はアッシリアの首都ニネベを征服しました。3年後,エジプトのファラオ・ネコは,窮地に立つアッシリア人を助けるため北に進軍します。ヨシヤは,聖書に記されていない何らかの理由でエジプト軍をメギドで撃退しようとし,致命傷を負います。(代二 35:20-24)この悲しい出来事は,ユダにどんな政治的また宗教的な変化をもたらすでしょうか。エレミヤはどんな新たな試練に直面しますか。
宗教事情の変化
10 (イ)ヨシヤの死後の時代は現代とどのように似ていましたか。(ロ)エレミヤの行動を調べると,どんな益が得られますか。
10 ヨシヤの死を知って,エレミヤはどれほど悲しんだことでしょう。悲嘆の気持ちをこめて,王の死を悼む歌を詠唱しました。(代二 35:25)不安な時代が続いており,不穏な国際情勢がユダにとって重圧となっています。エジプト,アッシリア,バビロンという対立する強国がユダの支配を狙っています。ヨシヤの死により,ユダ国内の宗教事情も変化しました。エレミヤの活動におおむね好意的だった政権が終わり,敵対的な政権が始まったのです。現代の兄弟姉妹の多くも同様の変化を経験しています。比較的自由に崇拝を行なえていた国で迫害や禁令が生じることがあります。だれしもそうした変化を経験する可能性があるのではないでしょうか。そのような時にわたしたちはどんな影響を受けますか。どうすれば忠誠を保てるでしょうか。こうした点を考えつつ,エレミヤが乗り越えた試練に注目すると,励みが得られます。
11 ヨシヤの死後,ユダでどんなことが生じましたか。
11 ユダの住民はエルサレムでヨシヤの子エホアハズを即位させます。しかし,シャルムとも呼ばれるエホアハズの統治は3か月しか続きません。バビロニアとの戦いを終えて北方から戻って来たファラオ・ネコが,この新しい王を退位させ,エジプトに連れて行ったのです。エホアハズは『もはや帰って来ることはない』と,エレミヤは言います。(エレ 22:10-12。代二 36:1-4)ネコは,エホアハズの代わりにヨシヤの別の息子エホヤキムを王位に就けます。エホヤキムは父親の良い手本に倣いません。父親の始めた改革を続けるどころか,偶像礼拝を行ないます。―列王第二 23:36,37を読む。
12,13 (イ)エホヤキムの治世の初め,宗教事情はどうなっていましたか。(ロ)ユダの宗教指導者たちはエレミヤをどう扱いましたか。
12 エホヤキムの治世の初め,エホバはエレミヤに,神殿に行ってユダの人々の邪悪さを厳しく糾弾するようにとお命じになります。人々はエホバの神殿を,自分たちを保護してくれるお守りのようにみなしていました。しかし彼らが,『盗みを働き,殺人を犯し,姦淫を行ない,偽って誓い,バアルに犠牲の煙を立ち上らせ,ほかの神々に従って歩む』といったことをやめないなら,エホバは神殿をお見捨てになります。神殿で崇拝を行なっている偽善者たちもお見捨てになります。大祭司エリの時代にシロの幕屋をお捨てになったのと同じです。ユダの地は「ただの荒れ廃れた所となる」でしょう。(エレ 7:1-15,34; 26:1-6)a そのような音信を伝えるのにエレミヤがどれほど勇気を必要としたか,考えてみてください。おそらく,影響力のある著名な人々の前で伝えたことでしょう。現代の兄弟姉妹も,街路証言をしたり裕福な人や高位の人に話しかけたりするには勇気が必要だと感じることがあります。そのような時,次の点を確信できます。エレミヤの場合と同様,神は必ずわたしたちを支えてくださいます。―ヘブ 10:39; 13:6。
13 ユダの宗教事情と政治情勢は先ほど見たとおりです。宗教指導者たちはエレミヤの言葉にどう反応するでしょうか。エレミヤ自身がこう述べています。「祭司と預言者とすべての民は[わたし]を捕らえて言った。『あなたは必ず死ぬ』」。彼らは激怒し,「この人は死の裁きに当たります」と言います。(エレミヤ 26:8-11を読む。)とはいえ,敵対者たちの思いどおりにはいきません。エホバがこの預言者と共にいて救い出してくださいます。エレミヤも,敵対者たちの数や恐ろしげな様子にひるんだりはしません。あなたもきっとそうでしょう。
マナセ,アモン,ヨシヤの治世中の状況は,どのように異なっていましたか。エレミヤが難しい割り当てに取り組んだことから,あなたは何を学べますか。
『あなたは言葉を,全部書き記さなければならない』
14,15 (イ)エホヤキムの治世の第4年,エレミヤと書記官バルクはどんな仕事に取りかかりましたか。(ロ)エホヤキムはどんな人でしたか。(25ページの囲みを参照。)
14 エホヤキムの治世の第4年,エホバはエレミヤに,ご自分がヨシヤの日以来エレミヤに語った言葉を全部書き記すようにとお命じになります。そこでエレミヤは,それまでの23年間に神が語られたことすべてを書記官バルクに口述して,筆記させます。エレミヤの裁きの音信には,王と王国が20ほど関係していました。エレミヤは,その巻き物をエホバの家で読み上げるようバルクに命じます。何のためでしょうか。エホバはこう言われました。「もしかすると,ユダの家の者たちは,わたしが彼らに行なおうと考えているすべての災いを聴いて,各々その悪い道から立ち返り,わたしが彼らのとがと罪を実際に許すことがあるかもしれない」。―エレ 25:1-3; 36:1-3。
15 廷臣がその巻き物をエホヤキム王の前で読むと,王はそれを切り裂いて燃やしてしまいます。それから,エレミヤとバルクを連れて来るようにと命じます。「しかし,エホバは彼らを隠しておかれ」ました。(エレミヤ 36:21-26を読む。)エホヤキムの極めて悪い態度のゆえに,エホバはエレミヤを通して,この王が「雄のろばが埋められるように埋められる」ことを宣告されます。王は「引きずり回され,エルサレムの門外に投げ捨てられる」でしょう。(エレ 22:13-19)あなたは,この描写的な預言をエレミヤの誇張に過ぎないとして退けてよいと思いますか。
16 エレミヤはどんな明るい音信をふれ告げましたか。
16 エレミヤは,そのような裁きの音信を伝えなければなりませんでしたが,破滅だけを預言したわけではありません。希望の音信も告げました。エホバは,イスラエルの残りの者を敵から救い出して故国に戻し,そこに安らかに住まわせてくださいます。「新しい」契約つまり「定めなく存続する契約」をご自分の民と結び,ご自分の律法を彼らの心の中に書き記されます。彼らのとがを許し,彼らの罪をもはや思い出されません。さらに,ダビデの子孫の一人が『この地に公正と義を行ない』ます。(エレ 31:7-9; 32:37-41; 33:15)こうした預言は,何十年も何百年も後に成就することになっていました。わたしたちの生活に影響を及ぼす成就もあり,永遠にわたる輝かしい将来を指し示しています。しかしエレミヤの時代,ユダの敵たちは依然として,覇権をめぐって画策していました。―エレミヤ 31:31,33,34; ヘブライ 8:7-9; 10:14-18を読む。
バビロンの興隆
17,18 エホヤキムの統治の末期とゼデキヤの統治中には,国家間のどんな出来事がありましたか。
17 西暦前625年,エルサレムの北600㌔ほどの所にあるユーフラテス川近くのカルケミシュで,バビロニアとエジプトが決戦を行ないます。ネブカドネザル王はファラオ・ネコの軍を撃破し,その地域におけるエジプトの影響力を断ち切ります。(エレ 46:2)ネブカドネザルはユダを支配しはじめ,エホヤキムはその僕にならざるを得ません。しかしエホヤキムは,3年間の従属の後,反逆します。(王二 24:1,2)それに対してネブカドネザルは,西暦前618年にユダに進軍し,エルサレムを包囲します。神の預言者エレミヤにとってもどれほど厳しい時期だったか,想像してみてください。この攻囲期間中にエホヤキムは死んだようです。b 息子エホヤキンは,ユダの王位に就いてからわずか3か月後にバビロニア軍に降伏します。ネブカドネザルはエルサレムの富を奪い去り,エホヤキンを流刑に処します。エホヤキンの家族とユダの高貴な者たちの家族,ユダの力のある者たち,職人たちも流刑にされます。その中に,ダニエル,ハナニヤ,ミシャエル,アザリヤも含まれていました。―王二 24:10-16。ダニ 1:1-7。
18 ネブカドネザルは,ヨシヤの別の息子ゼデキヤをユダの王にします。ゼデキヤは,ダビデの家系の地上での最後の王となります。彼の統治は,エルサレムとその神殿が滅ぼされた西暦前607年に終わりました。(王二 24:17)ゼデキヤが統治した11年間,ユダでは社会的また政治的な極度の緊張状態が続きました。確かにエレミヤは,預言者としての任務を与えてくださった方を全く信頼する必要がありました。
19 ユダの人々はエレミヤの音信にどう反応しましたか。そのことにわたしたちが関心を抱くのはなぜですか。
19 あなたがエレミヤの立場だったら,どうでしょうか。エレミヤは,ヨシヤの時代以来,政治の変動と神の民の霊的退廃を目にしてきました。そして,事態がいっそう悪化することを知っていました。エレミヤの郷里の人々はエレミヤにこう言いました。「あなたはエホバの名によって預言してはならない。あなたがわたしたちの手にかかって死なないためだ」。(エレ 11:21)エレミヤの預言が成就した時でさえ,ユダの人々は,「あなたがエホバの名によってわたしたちに語った言葉に関しては,わたしたちはあなたの言うことを聴きません」と言いました。(エレ 44:16)しかし,人々の命が危険にさらされていました。今日でも同じです。あなたがふれ告げている音信は,エレミヤの場合と同様,エホバからのものです。ですから,エルサレム陥落までの期間中にエホバがどのようにエレミヤを保護されたかを調べると,宣教奉仕に対する熱意が強まります。
エホヤキムの治世中にエレミヤが取った態度から何を学べますか。エレミヤは,現代にもかかわるどんな際立った預言を告げ知らせましたか。
王朝の終焉
20 エレミヤにとって,ゼデキヤの治世中が特に難しい時期だったのはなぜですか。(29ページの囲みを参照。)
20 エレミヤが預言者として奉仕した期間の中で最も厳しかった時期は,おそらくゼデキヤの治世中でしょう。ゼデキヤはそれ以前の多くの王と同様,「エホバの目に悪いことを行ない続け」ました。(エレ 52:1,2)ゼデキヤはバビロニアの従属者でした。ネブカドネザルはゼデキヤに,バビロンの王への服従をエホバの名にかけて誓わせます。ところが,後にゼデキヤは反逆します。エレミヤの敵たちは,その反逆を支持するようエレミヤに強い圧力をかけました。―代二 36:13。エゼ 17:12,13。
21-23 (イ)ゼデキヤの治世中のユダでは,どんな二派が対立していましたか。(ロ)エレミヤはその姿勢ゆえにどんな仕打ちを受けましたか。そのことにあなたが関心を持つのはなぜですか。
21 ゼデキヤの治世の初期のことと思われますが,使者たちがエルサレムに到着します。エドム,モアブ,アンモン,ティルス,シドンの王たちからの使者です。ネブカドネザルに対抗する連合にゼデキヤを加わらせるためでしょう。しかしエレミヤは,バビロンに服従するようにとゼデキヤに強く勧めます。また使者たちにくびき棒を贈り,その国々もバビロニア人に仕えるべきである,ということを示します。(エレ 27:1-3,14)c そのような姿勢は,世間受けするものではありませんでした。そのうえハナニヤが,受けの良くない音信を伝えるエレミヤの務めをいっそう難しくしました。偽預言者であるハナニヤは,バビロンのくびきは砕かれる,と神の名によって公然と断言します。しかし,エレミヤを通して語られたエホバの言葉は,詐称者ハナニヤが1年以内に死ぬ,というものでした。その言葉どおりになります。―エレ 28:1-3,16,17。
22 ユダは,対立する二派に分かれます。バビロンへの服従に賛成する人々と反逆を唱える人々です。西暦前609年,ゼデキヤは反逆し,エジプトに軍事援助を求めます。エレミヤは,反逆支持派の熱狂的な国家主義と闘わなければなりませんでした。(エレ 52:3。エゼ 17:15)ネブカドネザルとその軍隊は反乱を鎮圧するためにユダに戻って来て,ユダのすべての都市を征服し,エルサレムを再び攻囲します。この危機的な時期にエレミヤはゼデキヤと民に,エルサレムはバビロニア軍によって陥落する,という音信を伝えます。エルサレムにとどまる人々は死ぬことになりますが,カルデア人のもとに出て行く人々は生き残るでしょう。―エレミヤ 21:8-10; 52:4を読む。
23 ユダの君たちは,エレミヤがバビロニア人の側に付いたと主張します。そうではないとエレミヤが言うと,ユダの君たちはエレミヤを打って留置場に入れます。(エレ 37:13-15)それでもエレミヤはエホバからの音信を和らげようとはしません。それで君たちは,エレミヤを死に処すようにとゼデキヤを説き伏せます。そして,エレミヤを空の水溜めに入れ,深い泥の中で死なせようとします。しかし,王の家で仕えるエチオピア人エベド・メレクがエレミヤを救出します。(エレ 38:4-13)現代のエホバの民も,良心ゆえに政治的な争いにかかわろうとしないため,危険にさらされることがあります。エレミヤの経験から,試練に立ち向かって乗り越えるための力が得られるでしょう。
24 西暦前607年にどんな出来事があったか,説明してください。
24 西暦前607年,バビロニア軍はついに城壁を突破し,エルサレムは陥落します。ネブカドネザルの軍隊はエホバの神殿を焼き,市の城壁を破壊し,ユダの高貴な者たちを打ち殺します。ゼデキヤは逃亡を試みますが,捕らえられてネブカドネザルの前に引き出されます。ゼデキヤの息子たちは父親の目の前で打ち殺され,その後,ネブカドネザルはゼデキヤを盲目にし,かせを掛けてバビロンへ連れて行かせます。(エレ 39:1-7)こうして,ユダとエルサレムに関するエレミヤの言葉は成就しました。しかし,この預言者は喜ぶどころか,同胞の災いを嘆き悲しみます。「哀歌」にはエレミヤの心情がつづられており,その書を読むと心を打たれます。
ユダの残りの者の中で活動する
25,26 (イ)エルサレムの陥落後,どんな出来事がありましたか。(ロ)エルサレムの滅びの後,ユダの人々はエレミヤの音信にどう反応しましたか。
25 こうした激動の時期に,エレミヤの身には何が生じたでしょうか。エルサレムの君たちはエレミヤを拘禁していましたが,征服者であるバビロニア人はエレミヤを親切に扱い,自由にします。その後エレミヤは,捕囚として連れて行かれるユダの人々と共にいましたが,解放されます。エレミヤには,なすべき神への奉仕がまだありました。生き残った人々の中で行なうべき仕事があったのです。ネブカドネザルはゲダリヤを征服地の総督に任じ,バビロンの王である自分に仕えるならユダの残っている人々は平和に過ごせると約束します。ところが,不満を抱く一部の人々がゲダリヤを暗殺します。(エレ 39:13,14; 40:1-7; 41:2)エレミヤはユダの残りの者たちに,その地に住みつづけなさい,バビロンの王を恐れてはならない,と勧めます。しかし,ユダの指導者たちはエレミヤをうそつき呼ばわりし,エレミヤとバルクを無理やり連れてエジプトに逃げます。エレミヤは,ネブカドネザルがエジプトも征服してユダの難民たちに災いをもたらすであろう,と預言します。―エレ 42:9-11; 43:1-11; 44:11-13。
26 この時も,ユダの人々は神の真の預言者の言うことを聴こうとしません。なぜでしょうか。こう考えたのです。「『天の女王』に犠牲の煙を立ち上らせ,これに飲み物の捧げ物を注ぎ出すことをやめたときから,わたしたちはすべてのものに不足し,剣と飢きんとによって終わりを迎えた」。(エレ 44:16,18)霊的になんと嘆かわしい状態でしょう。とはいえ,たいへん励みになる点もあります。不完全な人間が不忠実な人々の間でエホバへの忠実を保つことは可能なのです。
27 預言者エレミヤの晩年について,どんなことが分かっていますか。
27 エレミヤが記録した最後の出来事は,西暦前580年,ネブカドネザルの後継者エビル・メロダクがエホヤキンを獄から解放したことです。(エレ 52:31-34)そのころ,エレミヤは90歳ぐらいだったに違いありません。エレミヤの生涯の終わりに関する確かな情報はありませんが,エジプトで晩年を過ごし,忠実を保って亡くなったようです。それまでの約67年間,エホバへの特別な奉仕を行ないました。真の崇拝が推し進められた時期だけでなく,背教的な崇拝が広まっていた時期にも多年にわたり奉仕しました。神を恐れる人々は耳を傾けましたが,大多数の人はエレミヤの音信を退け,あからさまな敵意を表わすことさえありました。エレミヤの奉仕は失敗だったのでしょうか。そのようなことはありません。当初からエホバはこう告げておられました。『彼らは必ずあなたと戦うことになるが,あなたに打ち勝つことはない。「わたしがあなたと共にいるからである」』。(エレ 1:19)今日のエホバの証人の任務は,エレミヤの任務と似ています。ですから,わたしたちも同じような反応に直面するでしょう。(マタイ 10:16-22を読む。)では,エレミヤからどんな教訓を学べるでしょうか。宣教奉仕にどのように取り組むべきですか。こうした点を考えてみましょう。
エレミヤの音信を退けたゼデキヤと民はどうなりましたか。あなたはエレミヤについてどう思いますか。
a エレミヤ 7章1-15節と26章1-6節の記述は類似しているので,同じ出来事について述べていると考えられています。
b ダニエル 1章1,2節によると,エホヤキムはその第3年 ― おそらく従属者としての第3年 ― にネブカドネザルの手に渡されました。これは,攻囲期間中にエホヤキムが死んだことを意味しているのかもしれません。その後,攻囲は成功を収めました。ヨセフスは,ネブカドネザルがエホヤキムを殺し,死体を埋葬せずにエルサレムの城壁の外に投げ捨てさせた,と述べています。しかし,聖書にはその点を裏付ける記述はありません。―エレ 22:18,19; 36:30。
c エレミヤ 27章1節はエホヤキムに言及していますが,これは書写上の誤りかもしれません。3節と12節はゼデキヤに言及しているからです。