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  • カルケミシュ
    聖書に対する洞察,第1巻
    • 次いで,アッシリアの首都ニネベの陥落後,ファラオ・ネコはアッシリア人を助けるため,軍を率いて北に向かいました。ユダのヨシヤ王は愚かにもエジプトの軍勢をメギドで退却させようとして,その作戦中(西暦前629年ごろ)に殺されました。(代二 35:20-24)西暦前625年には,カルケミシュでエジプト軍とバビロニア軍との間の決戦が行なわれました。ネブカドネザルはバビロニア人を率いてファラオ・ネコの軍勢に対して大勝利を収め,シリアとカナンを席けんしました。この戦いで,これらの地域におけるエジプトの帝国としての力は終わりを告げました。聖書のエレミヤ 46章2節の記述は,バビロニア年代記(大英博物館 21946)の記述と対応しており,いずれもエジプト軍の敗北を描写しています。

  • エホヤキム
    聖書に対する洞察,第1巻
    • 列王第二 24章1節の示すところによれば,ネブカドネザルがこのユダの王に圧力を加えたので,『エホヤキムは三年間彼の僕[または,従属者]となりました。ところが,彼[エホヤキム]は翻って,これ[ネブカドネザル]に背きました』。ダニエルがダニエル 1章1節で言及しているのは,バビロンに仕える属国の王としてのエホヤキムのこの第3年のことであろうと思われます。それはエホヤキムのユダに対する11年間の治世の第3年だったとは考えられません。当時,エホヤキムはバビロンではなく,エジプトのファラオ・ネコの従属者だったからです。ネブカドネザルは,ユダを支配したエホヤキムの第4年になって初めて,カルケミシュでの勝利によってシリア-パレスチナに対するエジプトの覇権を覆した(西暦前625年[ニサン以後であろうと思われる])のです。(エレ 46:2)エホヤキムは約11年間王座に就いた後,バビロンに背いたために失墜したのですから,バビロンに対する従属者としての3年間が始まったのは,その支配の第8年の終わりごろ,つまり西暦前620年の初頭であったに違いありません。

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