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  • 塔研22 11月号 2–7ページ
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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2022
塔研22 11月号 2–7ページ

研究記事45

エホバに助たすけていただき,伝でん道どうをやり遂とげる

「彼かれらは……自じ分ぶんたちの中なかに預よ言げん者しゃがいたことを知しることになる」。エゼキエル 2:5

67番ばんの歌うた 「神かみの言こと葉ばを広ひろめなさい」

何なにを学まなぶかa

1. 私わたしたちはどんなことを予よ期きしていますか。それでも,どんなことを確かく信しんできますか。

私わたしたちは伝でん道どうを行おこなう時とき,反はん対たいされることを予よ期きしています。これから先さき,こうした反はん対たいはますます増ふえていくことでしょう。(ダニ 11:44。テモ二に 3:12。啓けい 16:21)でも,エホバは私わたしたちに必ひつ要ような助たすけを必かならず与あたえてくださいます。なぜそう確かく信しんできるでしょうか。エホバはご自じ分ぶんに仕つかえる人ひとたちが務つとめを果はたせるよう,これまでいつも助たすけてきたからです。どれほど難むずかしい務つとめであっても果はたせるようにしてきました。一いち例れいとして,預よ言げん者しゃエゼキエルのことを考かんがえてみましょう。エゼキエルは,バビロンで捕ほ囚しゅうにされていたユダヤ人じんたちに伝でん道どうしました。

2. エゼキエルが伝でん道どうした人ひとたちのことをエホバは何なんと言いいましたか。この記き事じではどんなことを考かんがえますか。(エゼキエル 2:3-6)

2 エゼキエルはどんな人ひとたちに伝でん道どうしたのでしょうか。エホバはそれらの人ひとたちのことを「反はん抗こう的てき」,「心こころが固かたい」,「反はん逆ぎゃく的てき」と言いいました。いばらのように厄やっ介かいで,サソリのように危き険けんな人ひとたちだったのです。エホバがエゼキエルに対たいして,「恐おそれてはいけない」と何なん度ども言いったのも当とう然ぜんのことでした。(エゼキエル 2:3-6を読よむ。)それでもエゼキエルは,伝でん道どうをやり遂とげることができました。それはエゼキエルが,(1)エホバから遣つかわされ,(2)聖せいなる力ちからによって強つよめられ,(3)神かみの言こと葉ばによって信しん仰こうを強つよめられていたからです。これら3つの点てんは,エゼキエルにとってどのように助たすけとなったのでしょうか。現げん代だいの私わたしたちにとってはどうですか。

エゼキエルはエホバから遣つかわされた

3. エゼキエルはどんな言こと葉ばを聞きいて力ちからづけられたに違ちがいありませんか。エホバがエゼキエルを必かならず助たすけると保ほ証しょうしていたことは,どんなことから分わかりますか。

3 エホバはエゼキエルに対たいして,「私わたしはあなたを遣つかわす」と言いいました。(エゼ 2:3,4)この言こと葉ばを聞きいたエゼキエルは,力ちからづけられたに違ちがいありません。エゼキエルは,エホバがモーセやイザヤを預よ言げん者しゃに任にん命めいした時ときに,同おなじような言こと葉ばを言いったことを思おもい出だしたかもしれません。(出しゅつ 3:10。イザ 6:8)そして,エホバがモーセやイザヤを助たすけて問もん題だいを乗のり越こえられるようにしたことも知しっていました。ですから,エホバから「私わたしはあなたを遣つかわす」と2回かい言いわれた時とき,エホバが必かならず助たすけてくださると確かく信しんできたはずです。また,エゼキエル書しょには,「エホバが私わたしに語かたり掛かけてこう言いった」という表ひょう現げんが繰くり返かえし出でてきます。(エゼ 3:16)「エホバが再ふたたび私わたしに語かたり掛かけてこう言いった」という表ひょう現げんも何なん度ども登とう場じょうします。(エゼ 6:1)それでエゼキエルは,自じ分ぶんがエホバから遣つかわされているということを確かく信しんできたでしょう。さらに,エゼキエルの父ちち親おやは祭さい司しだったので,エホバがいつの時じ代だいにもご自じ分ぶんの預よ言げん者しゃたちに必かならず助たすけを与あたえると保ほ証しょうしたことをエゼキエルに教おしえていたことでしょう。エホバは,イサク,ヤコブ,エレミヤに,「私わたしはあなたと共ともにいる」と言いいました。(創そう 26:24; 28:15。エレ 1:8)

4. エゼキエルはどんな言こと葉ばから慰なぐさめられ,力ちからづけられたに違ちがいありませんか。

4 イスラエル人じんの多おおくは,エゼキエルの言こと葉ばにどう反はん応のうしたでしょうか。エホバはこう言いいました。「イスラエル国こく民みんはあなたの言いうことに耳みみを傾かたむけない。私わたしの言いうことに耳みみを傾かたむけようとしないのである」。(エゼ 3:7)イスラエル人じんはエゼキエルを退しりぞけることによって,実じっ際さいにはエホバを退しりぞけていました。エゼキエルは,エホバの言こと葉ばを聞きいて,人ひと々びとから退しりぞけられるとしても預よ言げん者しゃとしての務つとめをきちんと果はたせなかったわけではない,ということを理り解かいできました。また,エホバはエゼキエルに別べつの点てんも伝つたえました。エゼキエルが伝つたえた裁さばきがまさにその通とおりになる時とき,イスラエル人じんは「自じ分ぶんたちの中なかに預よ言げん者しゃがいたことを知しることになる」のです。(エゼ 2:5; 33:33)エゼキエルはこうした言こと葉ばを聞きいて慰なぐさめられ,自じ分ぶんの務つとめをやり遂とげるよう力ちからづけられたに違ちがいありません。

私わたしたちもエホバから遣つかわされている

1. エゼキエルが伝道を行っている。ほとんどの人はエゼキエルの話を聞こうとしていないが,1人の男性は耳を傾けている。2. 夫婦が娘と一緒に伝道を行っている。ほとんどの人は話を聞こうとしていないが,1人の女性は耳を傾けている。

エゼキエルのように,私わたしたちも無む関かん心しんな人ひとや反はん対たいする人ひとに会あうことがある。それでもエホバは共ともにいてくださる。(5-6節せつを参さん照しょう。)

5. イザヤ 44章しょう8節せつのどんな言こと葉ばから力ちからを得えられますか。

5 私わたしたちも,自じ分ぶんたちがエホバから遣つかわされているということを理り解かいするなら,力ちからを得えることができます。エホバは,私わたしたちのことをご自じ分ぶんの「証しょう人にん」と呼よんでくださっています。(イザ 43:10)本ほん当とうに名めい誉よなことではないでしょうか。エホバは,エゼキエルに対たいして「恐おそれてはいけない」と言いったように,私わたしたちに対たいしても「あなたたちは恐おそれてはならない」と言いってくださっています。そうであれば,反はん対たい者しゃを恐おそれる必ひつ要ようなど少すこしもありません。私わたしたちもエゼキエルと同おなじように,エホバから遣つかわされていて,必かならず助たすけていただくことができます。(イザヤ 44:8を読よむ。)

6. (ア)エホバはどんなことを保ほ証しょうしてくださっていますか。(イ)どんなことを知しると,慰なぐさめられ,力ちからづけられますか。

6 エホバは私わたしたちのことを助たすけると保ほ証しょうしてくださっています。「あなたたちは私わたしの証しょう人にんである」という言こと葉ばの少すこし前まえで,こう言いいました。「あなたが水みずの中なかを通とおるとき,私わたしはあなたと共ともにいる。川かわを渡わたるとき,あなたが水みずにのまれることはない。火ひの中なかを歩あるいても,あなたは焼やかれず,炎ほのおに焦こがされることもない」。(イザ 43:2)私わたしたちは伝でん道どうを行おこなっている時とき,洪こう水ずいのように思おもえる問もん題だいや火ひのように思おもえる試し練れんにぶつかることがあります。それでも,エホバは私わたしたちが伝でん道どうを続つづけられるように助たすけてくださいます。(イザ 41:13)エゼキエルの時じ代だいと同おなじように,現げん代だいでもほとんどの人ひとは私わたしたちのメッセージを聞きこうとしません。それでも,次つぎの点てんを覚おぼえておきましょう。人ひと々びとから退しりぞけられるとしても,私わたしたちが神かみの証しょう人にんとしての務つとめをきちんと果はたせていないというわけではありません。忠ちゅう実じつに伝でん道どうを続つづけるなら,エホバは喜よろこんでくださいます。そのことを知しると,慰なぐさめられ,力ちからづけられるのではないでしょうか。パウロが言いっている通とおり,「それぞれがその働はたらきに応おうじて報むくわれます」。(コリ一いち 3:8; 4:1,2)長なが年ねん開かい拓たく奉ほう仕しをしてきた1人ひとりの姉し妹まいもこう言いっています。「エホバが努ど力りょくに報むくいてくださるのは本ほん当とうにうれしいことです」。

エゼキエルは聖せいなる力ちからによって強つよめられた

エゼキエルは,エホバの天てんの兵へい車しゃの幻まぼろしを見みた。それによって,伝でん道どうの務つとめをやり遂とげられるようエホバが助たすけてくださる,という確かく信しんが強つよまった。(7節せつを参さん照しょう。)

7. エゼキエルは自じ分ぶんが見みた幻まぼろしについて考かんがえるたびにどんな気き持もちになりましたか。(表ひょう紙しの絵えを参さん照しょう。)

7 エゼキエルは,聖せいなる力ちからがどれほど強つよいものであるかを見みました。幻まぼろしの中なかで,強きょう力りょくな天てん使したちや天てんの兵へい車しゃの巨きょ大だいな車しゃ輪りんに聖せいなる力ちからが働はたらく様よう子すを目もく撃げきしました。(エゼ 1:20,21)エゼキエルはどう反はん応のうしたでしょうか。その時ときのことについて,こう書かいています。「それを見みた時とき,私わたしはひれ伏ふした」。エゼキエルは,畏い敬けいの気き持もちに満みたされて地じ面めんにひれ伏ふしたのです。(エゼ 1:28)エゼキエルはこの印いん象しょう的てきな幻まぼろしについて考かんがえるたびに,神かみの聖せいなる力ちからの助たすけがあれば自じ分ぶんの務つとめをやり遂とげることができる,という確かく信しんを深ふかめたことでしょう。

8-9. (ア)エゼキエルはエホバの言こと葉ばを聞きいて,どうすることができましたか。(イ)エホバはエゼキエルが難むずかしい区く域いきで伝でん道どうできるよう,さらにどのように助たすけましたか。

8 エホバはエゼキエルに対たいして,「人ひとの子こよ,立たち上あがりなさい。あなたに話はなすことがある」と言いいました。この言こと葉ばを聞きいたエゼキエルは,聖せいなる力ちからの助たすけで,起おき上あがることができました。こう書かいています。「聖せいなる力ちからが私わたしに入はいり,私わたしを立たち上あがらせた」。(エゼ 2:1,2)その後ご,伝でん道どうを行おこなっている間あいだずっとエゼキエルはエホバの聖せいなる力ちからに助たすけられました。(エゼ 3:22; 8:1; 33:22; 37:1; 40:1)そのおかげで自じ分ぶんの務つとめをやり遂とげることができました。それは,「頭あたまが固かたく,心こころも固かたい」人ひとたちに伝でん道どうするという務つとめです。(エゼ 3:7)エホバはエゼキエルにこう言いいました。「私わたしは,あなたの顔かおを彼かれらの顔かおと同おなじように固かたくし,あなたの額ひたいを彼かれらの額ひたいと同おなじように固かたくした。あなたの額ひたいを火ひ打うち石いしよりも硬かたいダイヤモンドのようにした。彼かれらを恐おそれたり,彼かれらの顔かおを見みておびえたりしてはいけない」。(エゼ 3:8,9)エホバはいわばこう言いっていたのです。「人ひと々びとが頑がん固こだからといって,がっかりしてはいけない。私わたしがあなたを強つよくする」。

9 エゼキエルはエホバの聖せいなる力ちからによって,自じ分ぶんが伝でん道どうを行おこなう区く域いきへと運はこばれました。「エホバの力ちからが私わたしに強つよく働はたらいていた」と書かいています。エゼキエルが伝つたえるべきメッセージを理り解かいして,それを確かく信しんを込こめて語かたれるようになるまでに,1週しゅう間かんかかりました。(エゼ 3:14,15)その後ご,エホバによって谷たにあいの平へい原げんへと連つれていかれ,そこで「聖せいなる力ちからが[エゼキエル]に入はいり」ました。(エゼ 3:23,24)こうしてエゼキエルは,伝でん道どうを始はじめる準じゅん備びが整ととのいました。

私わたしたちも聖せいなる力ちからによって強つよめられている

先ほどの母親が,耳を傾けた女性に電話で伝道している。後ろにはエホバの天の兵車が見える。

エゼキエルの場ば合あいのように,私わたしたちが伝でん道どうをやり遂とげる上うえで,どんなことが助たすけとなるか。(10節せつを参さん照しょう。)

10. 私わたしたちが伝でん道どうをやり遂とげる上うえで,どんな助たすけが必ひつ要ようですか。なぜですか。

10 私わたしたちが伝でん道どうをやり遂とげる上うえで,どんな助たすけが必ひつ要ようでしょうか。この点てんに関かんしても,エゼキエルの例れいを考かんがえてみましょう。エゼキエルは伝でん道どうを始はじめる前まえに,聖せいなる力ちからによって強つよめられました。現げん代だいの私わたしたちも,伝でん道どうを行おこなうためには聖せいなる力ちからの助たすけが必ひつ要ようです。サタンが私わたしたちに敵てき対たいして,伝でん道どうをやめさせようとしているからです。(啓けい 12:17)人にん間げんの観かん点てんからすれば,サタンに勝かつことなどできないと思おもうかもしれません。でも,私わたしたちは伝でん道どうを行おこなうことによって,サタンに勝しょう利りを収おさめています。(啓けい 12:9-11)どうしてそう言いえるでしょうか。サタンを恐おそれてはいないことを示しめすことになるからです。それで私わたしたちは,伝でん道どうを行おこなうたびに,サタンに一いち撃げきを加くわえていることになるのです。反はん対たいに遭あっても伝でん道どうを続つづけられていることは,私わたしたちが聖せいなる力ちからによって強つよめられ,エホバに良よいと認みとめられていることの証しょう拠こなのです。(マタ 5:10-12。ペテ一いち 4:14)

11. 聖せいなる力ちからはどのように私わたしたちの助たすけとなりますか。どうすれば聖せいなる力ちからを頂いただくことができますか。

11 エホバがエゼキエルの顔かおと額ひたいをいわば固かたくしたことから,ほかにもどんなことを学まなべるでしょうか。聖せいなる力ちからの助たすけがあれば,伝でん道どうでどんな問もん題だいにぶつかるとしてもそれを乗のり越こえることができる,ということです。(コリ二に 4:7-9)では,どうすれば聖せいなる力ちからを頂いただくことができるでしょうか。祈いのり続つづけることです。エホバが必かならず聞きいてくださると確かく信しんして祈いのるのです。イエスも弟で子したちにこう教おしえました。「求もとめ続つづけなさい。……探さがし続つづけなさい。……たたき続つづけなさい」。そうすれば,エホバは「ご自じ分ぶんに求もとめている人ひとに聖せいなる力ちからを与あたえてくださるのです」。(ルカ 11:9,13。使し徒と 1:14; 2:4)

エゼキエルは神かみの言こと葉ばによって信しん仰こうを強つよめられた

12. エゼキエル 2章しょう9節せつから3章しょう3節せつによると,巻まき物ものはどこから来きましたか。そこには何なにが書かかれていましたか。

12 エゼキエルは聖せいなる力ちからによって強つよめられただけでなく,神かみの言こと葉ばによっても信しん仰こうを強つよめられました。エゼキエルは,幻まぼろしの中なかで巻まき物ものを持もった手てを見みました。(エゼキエル 2:9–3:3を読よむ。)この巻まき物ものはどこからやって来きたのでしょうか。そこには何なにが書かかれていましたか。エゼキエルは,この巻まき物ものによってどのように信しん仰こうを強つよめられたでしょうか。この巻まき物ものは,神かみの王おう座ざから来きました。エゼキエルが以い前ぜんに幻まぼろしで見みた4人にんの天てん使しのうちの1人ひとりがこの巻まき物ものを持もってきたようです。(エゼ 1:8; 10:7,20)そこには,裁さばきに関かんする神かみの言こと葉ばがたくさん書かかれていました。それは,捕ほ囚しゅうにされていた反はん逆ぎゃく的てきなイスラエル人じんにエゼキエルが伝つたえるべきものでした。(エゼ 2:7)そして,この巻まき物ものは,表おもてにも裏うらにも文も字じが書かかれていました。

13. エホバはエゼキエルにどんなことを命めいじましたか。エゼキエルが巻まき物ものを甘あまく感かんじたのはなぜですか。

13 エホバはエゼキエルに対たいして,この巻まき物ものを食たべ,「腹はらを満みたしなさい」,と命めいじました。エゼキエルは,この命めい令れいに従したがって巻まき物ものを全すべて食たべました。このことから何なにが分わかりますか。エゼキエルは自じ分ぶんが伝つたえるメッセージを十じゅう分ぶんに理り解かいする必ひつ要ようがあった,ということです。それをぜひとも伝つたえたい,という気き持もちになるほどに,確かく信しんする必ひつ要ようがありました。そして,驚おどろくべきことに,エゼキエルはこの巻まき物ものを「蜜みつのように甘あま」く感かんじました。(エゼ 3:3)どうしてでしょうか。エゼキエルにとって,エホバに代かわってメッセージを伝つたえることは,本ほん当とうに名めい誉よあることだったからです。甘あまい物ものを食たべた時ときのような幸しあわせを感かんじていたのです。(詩し 19:8-11)エゼキエルは,エホバが預よ言げん者しゃとしての務つとめを自じ分ぶんに任まかせてくれたことをとてもうれしく感かんじていました。

14. エゼキエルが伝でん道どうを始はじめる用よう意いを整ととのえる上うえで,どんなことが助たすけになりましたか。

14 その後ご,エホバはエゼキエルに,「私わたしがあなたに話はなす言こと葉ばを全すべて聞きき,心こころに留とめなさい」と言いいました。(エゼ 3:10)これはつまり,巻まき物ものの内ない容ようを覚おぼえてじっくり考かんがえるようにということです。そうすることによって,エゼキエルは信しん仰こうを強つよめることができました。また,人ひと々びとにどんなことを話はなすべきかを理り解かいすることもできました。(エゼ 3:11)エゼキエルは,エホバのメッセージをよく理り解かいし,確かく信しんすることができたので,伝でん道どうを始はじめてそれをやり遂とげる用よう意いが整ととのいました。(詩し編へん 19:14と比ひ較かく。)

私わたしたちも神かみの言こと葉ばによって信しん仰こうを強つよめられている

15. 伝でん道どうを粘ねばり強づよく行おこなっていくためには,どんなことを「心こころに留とめ」る必ひつ要ようがありますか。

15 私わたしたちも,伝でん道どうを粘ねばり強づよく行おこなっていくためには,神かみの言こと葉ばによって信しん仰こうを強つよめていく必ひつ要ようがあります。エホバの言こと葉ばを全すべて「心こころに留とめ」る必ひつ要ようがあるのです。現げん代だい,エホバは聖せい書しょを通とおして私わたしたちに語かたり掛かけています。では,どうすれば考かんがえ方かたや感かんじ方かたや動どう機きを聖せい書しょに沿そったものとすることができるでしょうか。

16. 聖せい書しょを理り解かいし信しん仰こうを強つよめるためには,どんなことをする必ひつ要ようがありますか。

16 この巻まき物ものの幻まぼろしを通とおして,どんなことを学まなべますか。食たべ物ものを食たべて消しょう化かすると力ちからを得えられるのと同おなじように,聖せい書しょを読よんでじっくり考かんがえるなら信しん仰こうを強つよめることができる,ということです。エホバは,私わたしたちが聖せい書しょの言こと葉ばで「腹はらを満みた」すこと,つまり聖せい書しょをよく理り解かいすることを願ねがっています。そのためには,祈いのって,聖せい書しょを読よみ,読よんだ内ない容ようをじっくり考かんがえる必ひつ要ようがあります。まず祈いのって,エホバの考かんがえ方かたに自じ分ぶんを合あわせることができるよう心こころを整ととのえます。次つぎに,聖せい書しょを読よみます。そして,読よんだ内ない容ようをじっくり考かんがえます。こうしたことを行おこなっていくなら,聖せい書しょをいっそうよく理り解かいできるようになり,信しん仰こうも強つよまっていきます。

17. 聖せい書しょを読よんでじっくり考かんがえることが大たい切せつなのはなぜですか。

17 聖せい書しょを読よんでじっくり考かんがえることが大たい切せつなのはなぜでしょうか。そうすることによって,今いま王おう国こくについてのメッセージを伝つたえるための力ちからや,将しょう来らい厳きびしい裁さばきについてのメッセージを伝つたえるための力ちからを得えることができるからです。また,エホバの素す晴ばらしい性せい質しつについてじっくり考かんがえるなら,エホバとの絆きずなをいっそう強つよめることができます。そうすれば,甘あまくておいしい物ものを食たべた時ときのような幸しあわせな気き持もちになるでしょう。穏おだやかな心こころや満まん足ぞく感かんを味あじわうことができるのです。(詩し 119:103)

終おわりまで粘ねばり強づよく行おこなう

18. 人ひと々びとはどんなことを認みとめなければならなくなりますか。なぜですか。

18 エゼキエルは預よ言げん者しゃでしたが,私わたしたちはそうではありません。とはいえ,エホバが聖せいなる力ちからを用もちいて書かかせた聖せい書しょのメッセージを伝つたえていく決けつ意いをしています。伝でん道どうが十じゅう分ぶんに行おこなわれたとエホバがご覧らんになる時ときまでそうします。裁さばきが行おこなわれる時とき,「自じ分ぶんは警けい告こくを受うけなかった」とか,「神かみは私わたしのことを見みていなかった」などと言いえる人ひとは,一人ひとりもいません。(エゼ 3:19; 18:23)それどころか,私わたしたちが伝つたえていたメッセージが神かみからのものであることを認みとめなければならなくなります。

19. 私わたしたちが伝でん道どうをやり遂とげる上うえで,どんなことが力ちからとなりますか。

19 私わたしたちが伝でん道どうをやり遂とげる上うえで,どんなことが力ちからとなるでしょうか。エゼキエルにとって力ちからになったのと同おなじ,3つの点てんです。私わたしたちは,エホバから遣つかわされていて,聖せいなる力ちからによって強つよめられ,聖せい書しょによって信しん仰こうを強つよめられているので,伝でん道どうを行おこない続つづけることができます。では,これからもエホバに助たすけていただきつつ,「終おわりまで」粘ねばり強づよく伝でん道どうを行おこなっていきましょう。(マタ 24:13)

次つぎの点てんを覚おぼえておくことが大たい切せつなのはなぜですか

  • エホバから遣つかわされていること

  • 聖せいなる力ちからによって強つよめられていること

  • 神かみの言こと葉ばによって信しん仰こうを強つよめられていること

65番ばんの歌うた 進しん歩ぽし続つづけよう

a エホバは,預よ言げん者しゃエゼキエルが伝でん道どうの務つとめを最さい後ごまでやり遂とげられるように助たすけました。この点てんについて考かんがえると,エホバが私わたしたちのことも助たすけてくださる,という確かく信しんが深ふかまります。エホバはエゼキエルをどのように助たすけたのでしょうか。この記き事じでは,3つの点てんを取とり上あげます。

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