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エホバの清い崇拝 ついに回復される!
清 第1章 6–14ページ
イエスが石だらけのユダヤの荒野で座って黙想している。

第1章

「あなたが崇すう拝はいすべきなのはエホバ神かみ」

マタイ 4:10

ポイント: 清きよい崇すう拝はいが回かい復ふくされる必ひつ要ようがあるのはなぜか

1,2. 西せい暦れき29年ねんの秋あきに,イエスはどのような経けい緯いでユダヤの荒こう野やに来きましたか。そこでどんなことがありましたか。(冒ぼう頭とうの挿さし絵えを参さん照しょう。)

西せい暦れき29年ねんの秋あきの初はじめのことです。イエスは死し海かいのすぐ北きたにある,ユダヤの荒こう野やにいます。バプテスマを受うけてメシアとなった後あと,神かみの聖せいなる力ちからに導みちびかれてこの場ば所しょに来きました。幾いくつもの峡きょう谷こくがあるこの岩いわだらけの荒あれ地ちで,イエスは40日にちの間あいだ,断だん食じきし,祈いのり,黙もく想そうして静しずかに時ときを過すごしました。もしかしたらこの期き間かんに,エホバはご自じ分ぶんの子こであるイエスと意い思しを通かよわせ,これから起おきる事こと柄がらに備そなえさせたのかもしれません。

2 イエスは空くう腹ふくで弱よわっています。そこへ,サタンがやって来きます。続つづく出で来き事ごとにより,重じゅう要ような問もん題だいが浮うき彫ぼりになります。その問もん題だいには,あなたを含ふくめ,清きよい崇すう拝はいを愛あいする人ひと全すべてが関かん係けいしています。

「神かみの子こなら」

3,4. (ア)サタンは最さい初しょの2つの誘ゆう惑わくをどんな言こと葉ばで切きり出だしましたか。イエスに天てんの父ちちへのどのような疑ぎ念ねんを抱いだかせようとしたと考かんがえられますか。(イ)サタンは今いまでもどんな手て口ぐちを使つかいますか。

3 マタイ 4:1-7を読よむ。サタンは最さい初しょの2つの誘ゆう惑わくを,「神かみの子こなら」という巧こう妙みょうな言こと葉ばで切きり出だしました。イエスが神かみの子こであることを疑うたがっていたのでしょうか。そうではありません。かつて天てん使しとして神かみに仕つかえていたサタンは,イエスが神かみの初はつ子ごであることを十じゅう分ぶん承しょう知ちしていました。(コロ 1:15)また,イエスのバプテスマの時ときにエホバが天てんから語かたった,「これは私わたしの愛あいする子こ,私わたしはこの子このことを喜よろこんでいる」という言こと葉ばも知しっていたことでしょう。(マタ 3:17)もしかしたらサタンはイエスに天てんの父ちちへの不ふ信しん感かんを抱いだかせ,気き遣づかってくださっていることを疑うたがわせようとしたのかもしれません。1つ目めの誘ゆう惑わくで,石いしをパンに変かえるようにと言いうことにより,サタンはいわばこう尋たずねていました。「あなたが神かみの子こなら,なぜ天てんの父ちちはあなたを不ふ毛もうの荒こう野やで食たべ物ものもないままにしておくのか」。2つ目めの誘ゆう惑わくで,神しん殿でんの最もっとも高たかい所ところから飛とび降おりるよう唆そそのかすことにより,いわばこう言いっていました。「あなたは神かみの子こなのだから,天てんの父ちちが守まもってくれることを確かく信しんしているはずではないか」。

4 誘ゆう惑わく者しゃサタンは,今いまでも同どう様ようの手て口ぐちを使つかいます。(コリ二に 2:11)エホバを崇すう拝はいする人ひとたちが弱よわったり落おち込こんだりする時ときを狙ねらって,よく巧こう妙みょうな方ほう法ほうで攻こう撃げきを仕し掛かけます。(コリ二に 11:14)私わたしたちをだまし,エホバは私わたしたちを愛あいすることも良よいと認みとめることもしない,と思おもわせようとします。また,エホバは信しん頼らいできず,聖せい書しょにある約やく束そくを守まもらない,と信しんじ込こませようとします。しかし,それはひどいうそです。(ヨハ 8:44)どうすればそうしたうそを退しりぞけられるでしょうか。

5. 最さい初しょの2つの誘ゆう惑わくにイエスはどう反はん応のうしましたか。

5 最さい初しょの2つの誘ゆう惑わくにイエスがどう反はん応のうしたかを考かんがえてください。イエスは天てんの父ちちに愛あいされていることを全まったく疑うたがわず,父ちちを全ぜん面めん的てきに信しん頼らいしていました。それで,ためらうことなく,父ちちが記しるさせた聖せい書しょの言こと葉ばを引いん用ようしてサタンを退しりぞけました。引いん用ようしたのは適てき切せつにも,神かみの名なエホバが含ふくまれる聖せい句くでした。(申しん 6:16; 8:3)神かみの子こが父ちちを信しん頼らいしていることを示しめす上うえで,父ちちの名なを使つかうこと以い上じょうに優すぐれた方ほう法ほうはありません。その唯ゆい一いつ無む二にの名なは,エホバが約やく束そくを全すべて果はたすことを保ほ証しょうするものだからです。a

6,7. どうすればサタンの巧こう妙みょうな攻こう撃げきに抵てい抗こうできますか。

6 私わたしたちも,エホバの言こと葉ばを思おもい起おこし,神かみの名なの意い味みをよく考かんがえることにより,サタンの巧こう妙みょうな攻こう撃げきに抵てい抗こうできます。聖せい書しょによればエホバは,ご自じ分ぶんを崇すう拝はいする人ひとたち,とりわけ気き落おちしている人ひとたちを,愛あいし気き遣づかってくださいます。そのように述のべる聖せい句くが自じ分ぶんにも当あてはまることを理り解かいするなら,エホバは私わたしたちを愛あいすることも良よいと認みとめることもしないというサタンのうそを退しりぞけられます。(詩し 34:18。ペテ一いち 5:8)また,エホバが常つねにご自じ分ぶんの名なの意い味みの通とおりに行こう動どうしてくださることを念ねん頭とうに置おくなら,目もく的てきを果はたす方かたを疑うたがったりせず,全ぜん面めん的てきに信しん頼らいできるでしょう。(格かく 3:5,6)

7 では,サタンは結けっ局きょくのところ何なにを目め指ざしているのでしょうか。私わたしたちがどうすることを望のぞんでいますか。その答こたえは,サタンがイエスに3つ目めの誘ゆう惑わくを仕し掛かけた時ときに明あきらかになります。

「ひれ伏ふして私わたしを崇すう拝はいするなら」

8. 3つ目めの誘ゆう惑わくで,サタンはどのように述のべて,自じ分ぶんが求もとめているものをはっきりさせましたか。

8 マタイ 4:8-11を読よむ。3つ目めの誘ゆう惑わくで,サタンは巧こう妙みょうな言いい方かたをやめ,何なにを求もとめているかをはっきりさせました。世よの中なかの腐ふ敗はいは隠かくして,「世せ界かいの全すべての王おう国こくとその栄えい光こう」を(おそらく幻まぼろしによって)イエスに見みせてから,「ひれ伏ふして私わたしを崇すう拝はいするなら,これら全すべてをあげましょう」と言いったのです。b 崇すう拝はいこそ,サタンが求もとめていたものでした。イエスに望のぞんだのは,天てんの父ちちを捨すて,サタンを神かみと認みとめることでした。楽らくに思おもえる道みちをイエスに示しめし,あなたはいばらの冠かんむりやむち打うちや苦くるしみの杭くいによる苦く痛つうを味あじわうことなく,国くに々ぐにの権けん力りょくや富とみを全すべて手てにできる,とほのめかしました。これはうそではありませんでした。サタンが全ぜん世せ界かいの政せい府ふを支し配はいしていることに,イエスは異い議ぎを唱となえませんでした。(ヨハ 12:31。ヨハ一いち 5:19)天てんの父ちちへの清きよい崇すう拝はいからイエスを引ひき離はなすためなら,サタンは何なんでも差さし出だしたことでしょう。

家族の崇拝を行っている家族

囲かこみ 1A: 崇すう拝はいとは何なにか

9. (ア)サタンは,正ただしい崇すう拝はいを行おこなう人ひとたちがどうすることを望のぞんでいますか。どのように誘ゆう惑わくしようとしますか。(イ)崇すう拝はいにはどんなことが関かん係けいしていますか。(「崇すう拝はいとは何なにか」という囲かこみを参さん照しょう。)

9 サタンは今いまでも,私わたしたちがどんな形かたちであれサタンを崇すう拝はいすることを望のぞんでいます。「今いまの体たい制せいの神かみ」はサタンなので,世せ界かい中じゅうの間ま違ちがった宗しゅう教きょうによる崇すう拝はいは全すべてサタンに対たいするものです。(コリ二に 4:4)しかし,間ま違ちがった崇すう拝はいを行おこなう人ひとが何なん十じゅう億おく人にんいようと,サタンは満まん足ぞくせず,正ただしい崇すう拝はいを行おこなう人ひとたちを誘ゆう惑わくしてエホバに背そむかせようとします。クリスチャンとして「正ただしいことのために苦くるしむ」生いき方かたをする私わたしたちを快こころよく思おもわず,サタンの世よの中なかで富とみや権けん力りょくを追おい求もとめさせようとします。(ペテ一いち 3:14)もし私わたしたちが誘ゆう惑わくに負まけ,清きよい崇すう拝はいを捨すててサタンの世よに染そまってしまうなら,サタンにひれ伏ふして崇すう拝はいし,サタンを神かみとしていることになります。どうすればそのような誘ゆう惑わくに抵てい抗こうできるでしょうか。

10. イエスは3つ目めの誘ゆう惑わくにどう反はん応のうしましたか。そう反はん応のうできたのはなぜですか。

10 イエスが3つ目めの誘ゆう惑わくにどう反はん応のうしたかに注ちゅう目もくしてください。イエスはエホバを揺ゆるぎなく支し持じしていることを示しめし,「離はなれ去され,サタン!」と言いって即そく座ざにサタンを退しりぞけました。それから,最さい初しょの2つの誘ゆう惑わくの時ときと同おなじように,神かみの名なが含ふくまれる聖せい句くを申しん命めい記きから引いん用ようし,こう言いいました。「『あなたが崇すう拝はいすべきなのはエホバ神かみであり,この方かただけに神しん聖せいな奉ほう仕しをしなければならない』と書かいてあるのです」。(マタ 4:10。申しん 6:13)こうしてイエスは,つかの間までも高たかい地ち位いに就ついて苦くるしみのない楽らくな人じん生せいを送おくる,という誘ゆう惑わくを退しりぞけました。天てんの父ちちだけが崇すう拝はいを受うけるべきであり,サタンにひれ伏ふして1度ど「崇すう拝はいする」だけでサタンに服ふく従じゅうすることになる,ということを知しっていたのです。イエスは邪じゃ悪あくな誘ゆう惑わく者しゃを自じ分ぶんの神かみとすることを断だん固ことして拒こばみました。拒きょ絶ぜつされた悪あく魔まは,「イエスから離はなれ」ました。c

イエスが誘惑に抵抗している。1. イエスが石だらけのユダヤの荒野で座って黙想している。2. イエスが神殿の最も高い所に立っている。3. イエスが毅然と「離れ去れ,サタン!」と言っている。

「離はなれ去され,サタン!」(10節せつを参さん照しょう)

11. どうすればサタンやサタンの誘ゆう惑わくを退しりぞけることができますか。

11 私わたしたちもサタンやサタンの邪じゃ悪あくな世よからの誘ゆう惑わくに抵てい抗こうできます。イエスのように,自じ分ぶんがどうするかを選えらべるからです。エホバは私わたしたちに自じ由ゆう意い志しという貴き重ちょうな贈おくり物ものを下くださいました。ですから,私わたしたちに無む理りやり清きよい崇すう拝はいを捨すてさせることは誰だれにもできません。目めに見みえない強きょう力りょくで邪じゃ悪あくな誘ゆう惑わく者しゃでさえできないのです。私わたしたちが「揺ゆるぎない信しん仰こうを持もち,悪あく魔まに立たち向むか」うなら,「離はなれ去され,サタン!」と言いっていることになります。(ペテ一いち 5:9)イエスがきっぱりと退しりぞけた時ときに,サタンは離はなれていきました。聖せい書しょも,「悪あく魔まに立たち向むかってください。そうすれば,悪あく魔まは逃にげ去さります」と保ほ証しょうしています。(ヤコ 4:7)

兄弟姉妹が誘惑に抵抗している。1. ホテルの部屋を掃除している姉妹が,宿泊客の貴重品を目にする。2. 若い兄弟が学校で,自分を見ている2人の女の子から離れようとしている。3. 兄弟が,かつての仲間から飲酒や喫煙や賭け事に加わるよう誘われ,断っている。

私わたしたちはサタンの世よからの誘ゆう惑わくに抵てい抗こうすることを選えらべる。(11,19節せつを参さん照しょう)

清きよい崇すう拝はいの敵てき

12. エデンで,サタンは自じ分ぶんが清きよい崇すう拝はいの敵てきであることをどのように示しめしましたか。

12 最さい後ごの誘ゆう惑わくで,サタンは自じ分ぶんが清きよい崇すう拝はいの最さい初しょの敵てきであることをはっきり示しめしました。サタンがエホバへの崇すう拝はいに対たいする憎にくしみを初はじめてあらわにしたのは,何なん千ぜん年ねんも前まえのエデンの園そのでのことでした。エバを惑まどわし,次ついでエバがアダムを唆そそのかしてエホバの命めい令れいに背そむかせた結けっ果か,サタンは2人ふたりを自じ分ぶんの支し配はい下かに置おくことに成せい功こうしました。(創そう世せい 3:1-5を読よむ。コリ二に 11:3。啓けい 12:9)実じっ際さい,サタンは2人ふたりの神かみになり,2人ふたりは,自じ分ぶんたちを惑まどわしている者ものの正しょう体たいがよく分わかっていなかったとしても,サタンの崇すう拝はい者しゃになりました。サタンはエデンで反はん逆ぎゃくをあおることにより,エホバの主しゅ権けんつまり支し配はい権けんの正せい当とう性せいに異い議ぎを唱となえただけでなく,清きよい崇すう拝はいに対たいして攻こう撃げきを仕し掛かけました。どうしてそう言いえますか。

13. 主しゅ権けんの問もん題だいに清きよい崇すう拝はいが関かん係けいしていると言いえるのはなぜですか。

13 主しゅ権けんの問もん題だいには,清きよい崇すう拝はいが関かん係けいしています。崇すう拝はいを受うけるのにふさわしい方かたは,「全すべてのものを創そう造ぞうされた」真しんの主しゅ権けん者しゃエホバだけです。(啓けい 4:11)エホバは,完かん全ぜんな人にん間げんアダムとエバを創そう造ぞうし,エデンの園そのに置おきました。エホバの目もく的てきは,完かん全ぜんな人にん間げんが地ち球きゅう上じょうに満みち,エホバへの清きよい崇すう拝はいを清きよい心こころで自みずから進すすんで行おこなうことでした。(創そう 1:28)サタンがエホバの主しゅ権けんの正せい当とう性せいに異い議ぎを唱となえたのは,主しゅ権けん者しゃである主しゅエホバだけが受うけるべき崇すう拝はいを自じ分ぶんが受うけたかったからです。(ヤコ 1:14,15)

14. 清きよい崇すう拝はいに対たいするサタンの攻こう撃げきは成せい功こうしたと言いえますか。

14 清きよい崇すう拝はいに対たいするサタンの攻こう撃げきは成せい功こうしましたか。サタンはアダムとエバを神かみから引ひき離はなしました。それ以い来らい,攻こう撃げきを続つづけ,できる限かぎり多おおくの人ひとをエホバ神かみから引ひき離はなそうとしてきました。キリストが到とう来らいするまでの間あいだ,エホバの崇すう拝はい者しゃたちを誘ゆう惑わくする手てを緩ゆるめることなく,西せい暦れき1世せい紀きには,悪あく意いを持もって背はい教きょうを扇せん動どうしました。それによってクリスチャン会かい衆しゅうは腐ふ敗はいし,やがて清きよい崇すう拝はいは跡あと形かたもなくなったかに見みえました。(マタ 13:24-30,36-43。使し徒と 20:29,30)2世せい紀きになると,正ただしい崇すう拝はいを行おこなう人ひとたちは,世せ界かい中じゅうの間ま違ちがった宗しゅう教きょう全ぜん体たいを表あらわす「大おおいなるバビロン」にいわば捕とらわれ,その状じょう態たいが長ながい間あいだ続つづきました。(啓けい 17:5)しかし,サタンは清きよい崇すう拝はいに関かんする神かみの目もく的てきをくじくことには成せい功こうしていません。何なにものも,神かみが目もく的てきを果はたすのを阻はばむことはできません。(イザ 46:10; 55:8-11)神かみの名なが関かん係けいしており,エホバは常つねにご自じ分ぶんの名なの意い味みの通とおりに行こう動どうします。ご自じ分ぶんの目もく的てきを必かならず果はたすのです。

清きよい崇すう拝はいの擁よう護ご者しゃ

15. エホバは,反はん逆ぎゃくに対たい処しょし,ご自じ分ぶんの目もく的てきが必かならず果はたされるようにするために,エデンでどんな対たい策さくを講こうじましたか。

15 エホバは,反はん逆ぎゃくに対たい処しょし,ご自じ分ぶんの目もく的てきが必かならず果はたされるようにするために,エデンで直ただちに対たい策さくを講こうじました。(創そう世せい 3:14-19を読よむ。)反はん逆ぎゃくした3者しゃに,罪つみを犯おかした順じゅんに処しょ分ぶんを言いい渡わたしました。まずはサタンに,次ついでエバに,最さい後ごにアダムに対たいしてです。裏うらで糸いとを引ひいていたサタンに対たいする言こと葉ばの中なかで,エホバは反はん逆ぎゃくの影えい響きょうを全すべて取とり除のぞく「子し孫そん」が到とう来らいすることを予よ告こくしました。その約やく束そくの「子し孫そん」は,清きよい崇すう拝はいに関かんするエホバの目もく的てきを実じつ現げんさせる上うえで重じゅう要ような役やく割わりを果はたすことになります。

16. エデンでの反はん逆ぎゃくの後あとも,エホバはご自じ分ぶんの目もく的てきを推おし進すすめてきました。どのようにですか。

16 エデンでの反はん逆ぎゃくの後あとも,エホバはご自じ分ぶんの目もく的てきを推おし進すすめてきました。エホバの取とり決きめにより,不ふ完かん全ぜんな人にん間げんでも神かみに受うけ入いれられる崇すう拝はいを行おこなえるようになりました。その点てんは次つぎの章しょうで考かんがえます。(ヘブ 11:4–12:1)エホバは,イザヤ,エレミヤ,エゼキエルなど幾いく人にんかの聖せい書しょ筆ひっ者しゃを導みちびき,清きよい崇すう拝はいの回かい復ふくに関かんする感かん動どう的てきな預よ言げんを記しるさせました。清きよい崇すう拝はいの回かい復ふくは,聖せい書しょの重じゅう要ようなテーマの1つです。それに関かんする預よ言げんは全すべて,約やく束そくの「子し孫そん」によって実じつ現げんします。その「子し孫そん」とは,主おもにイエス・キリストであることがやがて分わかりました。(ガラ 3:16)3つ目めの誘ゆう惑わくに対たいする返へん答とうから明あきらかなように,イエスは清きよい崇すう拝はいの擁よう護ご者しゃです。イエスこそ,回かい復ふくに関かんする預よ言げんを実じつ現げんするためにエホバに選えらばれた方かたなのです。(啓けい 19:10)イエスは,大おおいなるバビロンに捕とらわれた状じょう態たいから神かみの民たみを救すくい出だし,清きよい崇すう拝はいをあるべき位い置ちに回かい復ふくさせます。

あなたはどうしますか

17. 聖せい書しょにある回かい復ふくの預よ言げんが私わたしたちにとって大だい事じなのはなぜですか。

17 聖せい書しょにある回かい復ふくの預よ言げんを調しらべると,胸むねが躍おどり,信しん仰こうが強つよめられます。それらは私わたしたちにとって大だい事じな預よ言げんです。私わたしたちは,天てんと地ちの全すべての者ものが一ひとつになって主しゅ権けん者しゃである主しゅエホバへの清きよい崇すう拝はいを行おこなうようになる時ときを心こころ待まちにしているからです。回かい復ふくの預よ言げんは私わたしたちに希き望ぼうも与あたえてくれます。聖せい書しょの中なかでもとりわけ心こころ温あたたまる保ほ証しょうの言こと葉ばが含ふくまれているからです。亡なくなった愛あいする人ひとたちが復ふっ活かつすること,地ち球きゅう全ぜん体たいがパラダイスになること,完かん全ぜんな健けん康こうと永えい遠えんの命いのちを楽たのしめることなど,エホバの約やく束そくの実じつ現げんを私わたしたちは切せつ望ぼうしているのではないでしょうか。(イザ 33:24; 35:5,6。啓けい 20:12,13; 21:3,4)

エゼキエル書の各章を表す四角形が,テーマごとに色分けされている。

囲かこみ 1B: エゼキエル書しょの概がい略りゃく

18. この本ほんではどんな点てんが取とり上あげられていますか。

18 この本ほんでは,エゼキエル書しょにある感かん動どう的てきな預よ言げんを取とり上あげます。その預よ言げんの多おおくは,清きよい崇すう拝はいの回かい復ふくに焦しょう点てんを当あてています。エゼキエルの預よ言げんが,他たの預よ言げんとどう関かん連れんしているか,どのようにキリストによって実じつ現げんするか,私わたしたちとどういう関かん係けいがあるかを考かんがえましょう。(「エゼキエル書しょの概がい略りゃく」という囲かこみを参さん照しょう。)

19. あなたはどんなことを決けつ意いしていますか。なぜですか。

19 西せい暦れき29年ねんのユダヤの荒こう野やで,サタンはイエスに清きよい崇すう拝はいを捨すてさせようとしたものの失しっ敗ぱいしました。では,私わたしたちはどうでしょうか。サタンは私わたしたちを正ただしい崇すう拝はいから引ひき離はなそうと,いよいよ必ひっ死しになっています。(啓けい 12:12,17)私わたしたちがこの本ほんを読よんで,邪じゃ悪あくな誘ゆう惑わく者しゃに抵てい抗こうする決けつ意いを強つよめることができますように。自じ分ぶんの言げん動どうによって,「あなたが崇すう拝はいすべきなのはエホバ神かみ」という言こと葉ばに心こころから同どう意いしていることを示しめしましょう。そうすれば,近ちかい将しょう来らい,エホバの壮そう大だいな目もく的てきがついに実じつ現げんするのを目まの当あたりにできるでしょう。その時ときには,天てんと地ちの全すべての者ものが一ひとつになり,エホバだけが受うけるべき清きよい崇すう拝はいを清きよい心こころで行おこなうのです。

a エホバという名なには「彼かれはならせる」という意い味みがあると考かんがえられています。創そう造ぞう者しゃであり,ご自じ分ぶんの目もく的てきを果はたす方かたである神かみにふさわしい名なです。

b サタンの言こと葉ばについて,ある聖せい書しょ注ちゅう釈しゃく書しょはこう述のべています。「アダムとエバが失しっ敗ぱいした最さい初しょの試こころみの場ば合あい……と同どう様ように,ここで問もん題だいになっているのは,サタンの意い志しと神かみの意い志しのどちらを選えらぶか,つまるところ,どちらを崇すう拝はいするか,ということである。サタンは,自じ分ぶんは唯ゆい一いつの神かみに代かわる神かみだと豪ごう語ごしている」。

c ルカの福ふく音いん書しょでは誘ゆう惑わくの順じゅん番ばんが異ことなっていますが,実じっ際さいに起おきた順じゅんに記しるしているのはマタイの方ほうだと考かんがえられます。そう言いえる理り由ゆうは3つあります。(1)マタイは2つ目めの誘ゆう惑わくを「次ついで」という言こと葉ばで書かき出だしており,この誘ゆう惑わくが前まえのものに続つづいて起おきたことを示し唆さしています。(2)「神かみの子こなら」という巧こう妙みょうな言こと葉ばで始はじまる誘ゆう惑わくが2つ続つづいた後あとに,十じっ戒かいの第だい1のおきてを破やぶらせようとするあからさまな誘ゆう惑わくが来くるのは,論ろん理り的てきと言いえます。(出しゅつ 20:2,3)(3)イエスの「離はなれ去され,サタン!」という言こと葉ばは,最さい後ごの3つ目めの誘ゆう惑わくの後あとに語かたられたと考かんがえるのが自し然ぜんです。(マタ 4:5,10,11)

清きよい崇すう拝はいとあなた

  1. イエスへの最さい初しょの2つの誘ゆう惑わくで,サタンはどんな手て口ぐちを使つかいましたか。私わたしたちにもどんな攻こう撃げきを仕し掛かけてきますか。

  2. イエスへの3つ目めの誘ゆう惑わくから分わかるように,サタンは私わたしたちがどうすることを望のぞんでいますか。どうすればサタンの誘ゆう惑わくに抵てい抗こうできますか。

  3. 「あなたが崇すう拝はいすべきなのはエホバ神かみ」という言こと葉ばに同どう意いしていることをどのように示しめせますか。

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