ものみの塔 オンライン・ライブラリー
ものみの塔
オンライン・ライブラリー
日本語
  • 聖書
  • 出版物
  • 集会
  • 塔研20 09月号 2–7ページ
  • 「魚ではなく人を集める漁師」になりますか

視聴できるビデオはありません。

申し訳ありません,ビデオをロード中にエラーが発生しました。

  • 「魚ではなく人を集める漁師」になりますか
  • エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2020
  • 副見出し
  • 関連する記事
  • 意欲を高める
  • 伝道の仕方を学ぶ
  • 勇気を持つ
  • 自分を甘やかさない
  • 遅らせない
  • わたしたちは「人をすなどる者」ですか
    わたしたちの王国奉仕 1980
  • 全世界ですなどれとの命令
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1968
  • 人をすなどる者として奉仕する
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1992
  • 「網をおろしてすなどれ」
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1968
もっと見る
エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2020
塔研20 09月号 2–7ページ

研究記事36

「魚さかなではなく人ひとを集あつめる漁りょう師し」になりますか

「恐おそれることはありません。今こん後ご,あなたは人ひとを生いきたまま捕とるのです」。ルカ 5:10

73番ばんの歌うた 私わたしたちに大だい胆たんさを与あたえてください

何なにを学まなぶかa

1. イエスは4人にんの漁りょう師しに何なんと言いいましたか。4人にんはどうしましたか。

ペテロ,アンデレ,ヤコブ,ヨハネは漁りょう師しでした。イエスから,「私わたしに付ついてきなさい。魚さかなではなく人ひとを集あつめる漁りょう師しbにしてあげましょう」と言いわれた時とき,驚おどろいたことでしょう。どうしましたか。「直ただちに網あみを捨すてて後あとに従したがった」と聖せい書しょは述のべています。(マタ 4:18-22)その決けっ定ていにより,彼かれらの生せい活かつは大おおきく変かわりました。魚さかなではなく「人ひとを生いきたまま捕とる」ことになったのです。(ルカ 5:10)現げん在ざいイエスは,真しん理りを愛あいする誠せい実じつな人ひとたちに同おなじように呼よび掛かけています。(マタ 28:19,20)あなたはその呼よび掛かけに応おうじて,人ひとを集あつめる漁りょう師しになりましたか。

2. 人ひとを集あつめる漁りょう師しになることを,時じ間かんをかけて決けっ定ていする必ひつ要ようがあるのはなぜですか。そのステップを踏ふむ上うえでどんなことが助たすけになりますか。

2 あなたは聖せい書しょを学まなんでよく進しん歩ぽし,伝でん道どう者しゃになることを考かんがえているかもしれません。なかなかその一いっ歩ぽを踏ふみ出だせないとしても,自じ分ぶんは駄だ目めだとは考かんがえないでください。慎しん重ちょうなのは,この決けっ定ていの大たい切せつさを理り解かいしている証しょう拠こなのかもしれません。聖せい書しょには,ペテロと仲なか間またちが網あみを「直ただちに」捨すてた,と書かかれています。でもペテロとアンデレはその場ばの勢いきおいで行こう動どうしたのではありません。イエスと出で会あってメシアと認みとめたのは,それより6カ月げつ以い上じょう前まえのことでした。(ヨハ 1:35-42)あなたもエホバとイエスについてすでに多おおくのことを学まなび,これからもエホバと親したしくなりたいと思おもっていることでしょう。それでも,伝でん道どう者しゃになることを決きめる前まえに,よく考かんがえる必ひつ要ようがあります。ペテロたちはなぜそのような決けっ定ていができましたか。

3. 何なにがあると,伝でん道どう者しゃになりたいという願ねがいが強つよまりますか。

3 イエスの最さい初しょの弟で子しになった4人にんの漁りょう師したちは,意い欲よくを持もち,漁りょうの仕し方かたに詳くわしく,勇ゆう気きがあり,自じ分ぶんを甘あまやかさない人ひとでした。こうした要よう素そは,人ひとを集あつめる漁りょう師しになる上うえでも役やく立だったに違ちがいありません。私わたしたちがイエスの弟で子しとして働はたらく上うえでも役やく立だちます。この記き事じでは,どうすればこうした点てんで成せい長ちょうできるかを考かんがえます。

意い欲よくを高たかめる

1. ペテロと3人の弟子たちが,魚でいっぱいになった網を一生懸命に引き上げている。2. 2人の姉妹が楽しそうに話しながら伝道している。

ペテロと仲なか間またちは人ひとを集あつめる漁りょう師しになった。この大たい切せつな活かつ動どうは現げん在ざいも行おこなわれている。(4-5節せつを参さん照しょう。)

4. ペテロは漁りょう師しの仕し事ごとをどう思おもっていましたか。

4 ペテロは家か族ぞくを養やしなうために魚さかなを集あつめました。でも漁りょうは単たんなる生せい計けいの手しゅ段だんではありませんでした。漁りょう師しの仕し事ごとに愛あい着ちゃくを抱いだいていたようです。(ヨハ 21:3,9-15)人ひとを集あつめる漁りょう師しとしての活かつ動どうにも愛あい着ちゃくを持もちました。エホバの助たすけにより,その活かつ動どうに熟じゅく達たつしました。(使し徒と 2:14,41)

5. ルカ 5章しょう8-11節せつによれば,ペテロが恐おそれたのはなぜですか。私わたしたちはどうすれば恐おそれの気き持もちを克こく服ふくできますか。

5 私わたしたちが伝でん道どうするのは,エホバを愛あいしているからです。それが伝でん道どうする何なによりの理り由ゆうです。エホバへの愛あいがあれば,自じ分ぶんには無む理りだという気き持もちを克こく服ふくできます。イエスは,人ひとを集あつめる漁りょう師しになるようペテロに勧すすめた時とき,「恐おそれることはありません」とも言いいました。(ルカ 5:8-11を読よむ。)ペテロは,イエスの弟で子しになったらどうなるのかと考かんがえて萎い縮しゅくしたのではありません。イエスの奇き跡せきによって魚さかなが大たい量りょうに捕とれたことに圧あっ倒とうされ,イエスと共ともに働はたらく資し格かくなどないと感かんじたのです。あなたの場ば合あいはどうですか。イエスの弟で子しになることに何なにが伴ともなうかを知しって,気き後おくれしていますか。もしそうであれば,エホバとイエスと隣りん人じんへの愛あいを強つよめましょう。そうすれば,イエスの呼よび掛かけに応こたえて人ひとを集あつめる漁りょう師しになりたいと思おもうでしょう。(マタ 22:37,39。ヨハ 14:15)

6. 私わたしたちはほかにもどんな理り由ゆうで伝でん道どうしますか。

6 ほかにもどんな理り由ゆうで私わたしたちは伝でん道どうしますか。「行いって,……人ひと々びとを弟で子しとしなさい」というイエスの命めい令れいに従したがいたいと思おもっています。(マタ 28:19,20)さらに,人ひと々びとが「痛いためつけられ,放ほうり出だされ」,神かみの王おう国こくについての真しん理りを切せつ実じつに必ひつ要ようとしているからです。(マタ 9:36)エホバはあらゆる人ひとが真しん理りの正せい確かくな知ち識しきを得えて救すくわれることを望のぞんでいます。(テモ一いち 2:4)

7. ローマ 10章しょう13-15節せつによれば,伝でん道どうが大たい切せつなのはなぜですか。

7 伝でん道どうによって何なにが成なし遂とげられるかを考かんがえるなら,命いのちを救すくう活かつ動どうに参さん加かするよう動うごかされます。漁りょう師しが魚さかなを集あつめるのは売うるか食たべるかするためですが,私わたしたちが人ひと々びとを集あつめるのはその人ひとたちの命いのちを救すくうためです。(ローマ 10:13-15を読よむ。テモ一いち 4:16)

伝でん道どうの仕し方かたを学まなぶ

漁に打ち込んでいる人を描いた3つの場面。8-12節で取り上げられている。

8-9. 漁りょう師しはどんなことを知しっていなければなりませんか。なぜですか。

8 イエスの時じ代だい,イスラエルの漁りょう師しは集あつめて良よいのはどんな魚さかなかを知しっていなければなりませんでした。(レビ 11:9-12)魚さかながどこにいるかも知しる必ひつ要ようがありました。魚さかなは,水すい質しつが合あい,餌えさがたくさんある所ところに生せい息そくします。いつ漁りょうに出でるかも重じゅう要ようです。太たい平へい洋ようのある島しまで奉ほう仕しする宣せん教きょう者しゃは,そのことを知しりました。地じ元もとの兄きょう弟だいから,一いっ緒しょに漁りょうに行いくよう誘さそわれました。それで,「明日あすの朝あさ9時じに行いきますね」と言いいました。すると地じ元もとの兄きょう弟だいから,「兄きょう弟だいは漁りょうのことが分わかっていないね。自じ分ぶんに都つ合ごうのいい時じ間かんではなく,魚さかなが捕とれる時じ間かんに行いかないと」と言いわれました。

9 1世せい紀きの,人ひとを集あつめる漁りょう師しも,“魚さかな”がいる場ば所しょに,会あえそうな時じ間かんに行いきました。例たとえばイエスの弟で子したちは,神しん殿でんや会かい堂どうや広ひろ場ばで,また家いえから家いえに行いって伝でん道どうしました。(使し徒と 5:42; 17:17; 18:4)私わたしたちも,区く域いきの人ひと々びとの生せい活かつスタイルに通つうじておきましょう。人ひとに合あわせ,人ひとがいそうな場ば所しょで,会あえそうな時じ間かんに伝でん道どうする必ひつ要ようがあります。(コリ一いち 9:19-23)

夜明けに1人の漁師が網を投げている。

漁りょうに打うち込こむ人ひとは… 1. 魚さかなが捕とれる時じ間かんに,捕とれる場ば所しょで働はたらく。(8-9節せつを参さん照しょう。)

10. エホバの組そ織しきはどんな道どう具ぐを用よう意いしていますか。

10 漁りょう師しは,どんな道どう具ぐが漁りょうに必ひつ要ようで,どう使つかうかを知しっていなければなりません。私わたしたちも,伝でん道どうに必ひつ要ような道どう具ぐを持もっていなければなりません。使つかい方かたも知しらなければなりません。イエスは,人ひとを集あつめるための明めい確かくな指し示じを弟で子したちに与あたえました。何なにを持もっていき,どこで伝でん道どうし,何なんと言いうかを教おしえました。(マタ 10:5-7。ルカ 10:1-11)現げん在ざい,エホバの組そ織しきは,使つかいやすい道どう具ぐを収おさめた宣せん教きょうツールボックスを用よう意いしています。c 各かく種しゅの道どう具ぐの使つかい方かたも教おしえています。使つかい方かたの訓くん練れんを受うけた私わたしたちは,自じ信しんを持もって上じょう手ずに使つかえるようになっています。(テモ二に 2:15)

夕暮れに2人の漁師が網を修理している。

漁りょうに打うち込こむ人ひとは… 2. 漁りょうに必ひつ要ような道どう具ぐの使つかい方かたを知しっている。(10節せつを参さん照しょう。)

勇ゆう気きを持もつ

11. 人ひとを集あつめる漁りょう師しに勇ゆう気きが要いるのはなぜですか。

11 漁りょう師しには勇ゆう気きが必ひつ要ようです。天てん候こうが急きゅうに変かわって海うみが荒あれることがあるからです。夜よるの暗くらい中なかで働はたらかなければならないこともあります。同おなじように,人ひとを集あつめる漁りょう師しにも勇ゆう気きが求もとめられます。伝でん道どうに出で始はじめてエホバの証しょう人にんであることを明あきらかにすると,家か族ぞくに反はん対たいされ,友とも達だちに冷ひやかされ,伝つたえようとしても断ことわられるかもしれません。“嵐あらし”の中なかにいるように感かんじるでしょう。でも,それは意い外がいなことではありません。イエスは,弟で子したちが敵てき対たいする人ひとたちの中なかで伝でん道どうすることになる,と予よ告こくしました。(マタ 10:16)

12. ヨシュア 1章しょう7-9節せつによれば,どうすれば勇ゆう気きを持もてますか。

12 どうすれば勇ゆう気きを持もてますか。まず,イエスが今いまもこの活かつ動どうを天てんから導みちびいていることを意い識しきしてください。(ヨハ 16:33。啓けい 14:14-16)さらに,あなたを必かならず助たすけるというエホバの約やく束そくに対たいする信しん仰こうを強つよめてください。(マタ 6:32-34)信しん仰こうが強つよまれば,勇ゆう気きも強つよまります。ペテロと仲なか間またちはイエスの弟で子しになるためにそれまでの仕し事ごとを辞やめて,強つよい信しん仰こうを示しめしました。あなたも,聖せい書しょレッスンを始はじめて集しゅう会かいに出しゅっ席せきし始はじめたことを友とも達だちや家か族ぞくに伝つたえた時とき,強つよい信しん仰こうを示しめしたのです。エホバの基き準じゅんに合あわせるために,行こう動どうや生せい活かつを大おおきく変かえてきたことでしょう。それにも信しん仰こうや勇ゆう気きが要いります。これからも勇ゆう気きを示しめしていくなら,「あなたがどこに行いっても,あなたの神かみエホバが共ともにいる」ということを実じっ感かんできるでしょう。(ヨシュア 1:7-9を読よむ。)

嵐の夜に2人の漁師が網を手繰り寄せている。

漁りょうに打うち込こむ人ひとは… 3. 海うみが荒あれても勇ゆう気きを持もって働はたらく。(11-12節せつを参さん照しょう。)

13. エホバの助たすけを思おもい巡めぐらし,祈いのると勇ゆう気きを持もてます。なぜそういえますか。

13 勇ゆう気きを持もつため,ほかにも何なにができますか。勇ゆう気きと大だい胆たんさを与あたえてください,と祈いのりましょう。(使し徒と 4:29,31)エホバは祈いのりに答こたえ,必かならずあなたのそばにいて,支ささえ続つづけてくださいます。エホバが過か去こにご自じ分ぶんに仕つかえる人ひとをどのように助たすけたかを思おもい巡めぐらしましょう。さらに,あなたが問もん題だいを乗のり越こえ,生せい活かつを改あらためるための力ちからをエホバが与あたえてくださったということも考かんがえてください。エホバはご自じ分ぶんの民たみが紅こう海かいを渡わたれるよう助たすけたのですから,あなたがイエスの弟で子しになるようにも助たすけてくださいます。(出しゅつ 14:13)次つぎのように述のべた詩し編へん作さく者しゃと同おなじ確かく信しんを持もちましょう。「エホバは私わたしの側がわにいてくださる。私わたしは恐おそれない。人ひとが私わたしに何なにを行おこなえるだろう」。(詩し 118:6)

14. 真まさ枝えと知とも余よの経けい験けんからどんなことを学まなべますか。

14 勇ゆう気きを持もつのに,もともと内うち気きだった人ひとが大だい胆たんに語かたれるようエホバがどのように助たすけたかを知しることも役やく立だちます。真まさ枝え姉し妹まいの経けい験けんを考かんがえてみてください。姉し妹まいは控ひかえめな人ひとで,信しんじていることを人ひとに話はなすなんてとてもできない,と思おもっていました。知しらない人ひとに話はなすことだけでも,自じ分ぶんでは登のぼれない壁かべのように感かんじました。それで姉し妹まいは,エホバと隣りん人じんに対たいする愛あいを深ふかめることを特とくに意い識しきしました。伝でん道どうが急きゅう務むであることを考かんがえ,伝でん道どうしたいという意い欲よくを抱いだけるよう助たすけてください,と祈いのりました。恐おそれを克こく服ふくし,正せい規き開かい拓たく奉ほう仕しを行おこなえるまでになりました。エホバは伝でん道どうを始はじめたばかりの人ひとが「勇ゆう気きを出だ」せるようにもしてくださいます。知とも余よ姉し妹まいの経けい験けんを取とり上あげましょう。初はじめて野や外がい奉ほう仕しに出でた時とき,戸と口ぐちに出でてきた女じょ性せいに「エホバの証しょう人にんとは関かかわりたくない」と怒ど鳴なられ,追おい返かえされてしまいました。でも,気きを落おとすどころか,一いっ緒しょにいた姉し妹まいに,「うれしいわ。何なにも言いわないのに,あの人ひとは私わたしがエホバの証しょう人にんだと思おもってくれた」と言いいました。知とも余よは現げん在ざい,正せい規き開かい拓たく奉ほう仕しをしています。

自じ分ぶんを甘あまやかさない

15. 自じ分ぶんを甘あまやかさない態たい度どがクリスチャンに必ひつ要ようなのはなぜですか。

15 漁りょう師しとして生せい計けいを立たてている人ひとは自じ分ぶんを甘あまやかしません。自じ分ぶんを甘あまやかさない人ひとは,すべき事ことをしっかり果はたします。漁りょう師しは朝あさ早はやく起おき,仕し事ごとを最さい後ごまで果はたし,天てん候こうが崩くずれても漁りょうを続つづけます。同おなじように,私わたしたちが伝でん道どうをしっかり続つづけ,最さい後ごまで果はたすには,自じ分ぶんを甘あまやかさない態たい度どが必ひつ要ようです。(マタ 10:22)

16. どうすれば難むずかしく感かんじる事こと柄がらをきちんと行おこなえますか。

16 私わたしたちには皆みな,自じ分ぶんに楽らくな道みちを選えらぶ傾けい向こうがあります。自じ分ぶんの力ちからだけでは,その傾けい向こうを克こく服ふくし,自じ分ぶんにとって難むずかしい事こと柄がらを最さい後ごまで行おこなうことはできません。自じ分ぶんを甘あまやかさないためには自じ制せいが必ひつ要ようです。エホバが聖せいなる力ちからによって助たすけてくださいます。(ガラ 5:22,23)

17. コリント第だい一いち 9章しょう25-27節せつでパウロは,自じ分ぶんを甘あまやかさないためにどんな努ど力りょくをしていると言いっていますか。

17 パウロは自じ分ぶんを甘あまやかすことはしませんでした。正ただしいことを行おこなうのに「自じ分ぶんの体からだを打うちたた」かなければならないことを認みとめていました。(コリント第だい一いち 9:25-27を読よむ。)パウロは他たの人ひとに,自じ分ぶんを甘あまやかさず,「全すべてのことを適てき正せいに,取とり決きめに沿そって行おこないましょう」と勧すすめました。(コリ一いち 14:40)私わたしたちも自じ分ぶんを甘あまやかさず,良よい知しらせを定てい期き的てきに伝つたえることも含ふくめ,エホバの崇すう拝はいをきちんと続つづけましょう。(使し徒と 2:46)

遅おくらせない

18. エホバはどんなことを成せい功こうと見みてくださいますか。

18 漁りょうの場ば合あい,成せい功こうの尺しゃく度どとなるのは集あつめた魚さかなの量りょうです。私わたしたちの場ば合あい,エホバの証しょう人にんになるよう何なん人にんの人ひとを助たすけたかによって成せい功こうが計はかられることはありません。(ルカ 8:11-15)良よい知しらせを伝つたえ,人ひと々びとを教おしえることを続つづける限かぎり,エホバは私わたしたちが成せい功こうしていると見みてくださいます。なぜですか。エホバとイエスに従したがっていることになるからです。(マル 13:10。使し徒と 5:28,29)

19-20. 今いま伝でん道どうに力ちからを入いれるどんな理り由ゆうがありますか。

19 国くにによっては,漁りょうが許きょ可かされているのは1年ねんのうち数すうカ月げつの間あいだだけです。そのような場ば合あい,漁りょうを行おこなえる時じ期きの終おわりが近ちかづくと,漁りょう師しはますます漁りょうに集しゅう中ちゅうします。人ひとを集あつめる漁りょう師しである私わたしたちにも,今いま一いっ層そう伝でん道どうに力ちからを入いれる理り由ゆうがあります。今いまの体たい制せいの終おわりが非ひ常じょうに近ちかいからです。命いのちを救すくう活かつ動どうを行おこなう期き間かんは限かぎられています。この重じゅう要ような活かつ動どうに参さん加かするのを遅おくらせたり,状じょう況きょうが整ととのうのを待まった方ほうがよいと考かんがえたりしないでください。(伝でん 11:4)

20 意い欲よくを高たかめ,聖せい書しょについて伝つたえる方ほう法ほうを学まなび,勇ゆう気きを持もち,自じ分ぶんを甘あまやかさない態たい度どを持もつため,今いま行こう動どうしましょう。人ひとを集あつめる漁りょう師しは,今いま800万まん人にん以い上じょういます。その人ひとたちに加くわわってください。そうすれば,エホバからの喜よろこびを経けい験けんできるでしょう。(ネヘ 8:10)伝でん道どうを十じゅう分ぶんに行おこない,エホバが良よいとご覧らんになるまで行おこない続つづけることを決けつ意いしましょう。次つぎの記き事じでは,人ひとを集あつめる漁りょう師しとして,王おう国こくについて伝でん道どうし続つづける決けつ意いを強つよめるための3つの方ほう法ほうを学まなびます。

どのようにできますか

  • 意い欲よくを高たかめる

  • 勇ゆう気きを持もつ

  • 自じ分ぶんを甘あまやかさない

66番ばんの歌うた 良よい知しらせを伝つたえる

a イエスは自じ分ぶんの弟で子しになるよう,謙けん遜そんで働はたらき者ものの漁りょう師したちを招まねきました。イエスは現げん在ざいでも,謙けん遜そんでよく働はたらく人ひとたちに,「魚さかなではなく人ひとを集あつめる漁りょう師し」になるよう勧すすめています。この記き事じは,聖せい書しょを学まなんではいても,イエスの勧すすめの通とおりに行こう動どうするのをためらっている人ひとが何なにをするとよいかを説せつ明めいしています。

b 語ご句くの説せつ明めい: 「魚さかなではなく人ひとを集あつめる漁りょう師し」とは,良よい知しらせを伝つたえ,イエスの弟で子しになるよう他たの人ひとを教おしえる人ひと全すべてのことです。

c 「ものみの塔とう」2018年ねん10月がつ号ごう11-16ページの「真しん理りを教おしえましょう」という記き事じを参さん照しょう。

    日本語出版物(1953-2026)
    ログアウト
    ログイン
    • 日本語
    • シェアする
    • 設定
    • Copyright © 2026 Watch Tower Bible and Tract Society of Pennsylvania
    • 利用規約
    • プライバシーに関する方針
    • プライバシー設定
    • JW.ORG
    • ログイン
    シェアする