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  • キリストは王として羊とヤギを裁く

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  • キリストは王として羊とヤギを裁く
  • イエス 道,真理,命
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イエス 道,真理,命
イ道 114章 264ページ–265ページ 3節
全ての国の人たちが天を見上げ,イエスの裁きを待っているところ

114章

キリストは王おうとして羊ひつじとヤギを裁さばく

マタイ 25:31-46

  • イエスは羊ひつじとヤギの例たとえ話ばなしを語かたる

イエスは,オリーブ山やまの上うえで10人にんの乙おと女めとタラントの例たとえ話ばなしを語かたったところです。自じ分ぶんの臨りん在ざいと体たい制せいの終しゅう結けつのしるしについての質しつ問もんに答こたえていたイエスは,最さい後ごに羊ひつじとヤギの例たとえ話ばなしをします。

その話はなしはこう始はじまります。「人ひとの子こが栄えい光こうを帯おびて来きて,全すべての天てん使しが共ともに来くると,その時とき,人ひとの子こは栄えい光こうの座ざに座すわります」。(マタイ 25:31)この例たとえ話ばなしの中ちゅう心しん人じん物ぶつはイエスです。イエスはこれまで何なん回かいも自じ分ぶんのことを,「人ひとの子こ」と呼よんでいるからです。(マタイ 8:20; 9:6; 20:18,28)

イエスが栄光の座に座り,忠実な人たちを羊として裁いているところ

この例たとえ話ばなしはいつ実じつ現げんしますか。イエスが天てん使したちと一いっ緒しょに「栄えい光こうを帯おびて来きて」,「栄えい光こうの座ざに」座すわる時ときです。イエスは少すこし前まえにも,天てん使したちと一いっ緒しょに「人ひとの子こが力ちからと大おおきな栄えい光こうを帯おびて天てんの雲くもに乗のって来くる」と話はなしたことがあります。それはいつのことでしょうか。「患かん難なんのすぐ後あと」のことです。(マタイ 24:29-31。マルコ 13:26,27。ルカ 21:27)ですからこの例たとえ話ばなしは,将しょう来らいイエスが栄えい光こうを帯おびて来くる時ときに実じつ現げんします。その時とき,イエスは何なにをするのでしょうか。

イエスはこう説せつ明めいします。「人ひとの子こが栄えい光こうを帯おびて来き[ると,]全すべての国くにの人ひと々びとが彼かれの前まえに集あつめられ,人ひとの子こは,羊ひつじ飼かいが羊ひつじをヤギから分わけるように,人ひと々びとを分わけます。そして羊ひつじを自じ分ぶんの右みぎに,ヤギを自じ分ぶんの左ひだりに置おきます」。(マタイ 25:31-33)

羊ひつじはどうなりますか。イエスはこう言いいます。「それから王おうは,右みぎにいる人ひとたちに言いいます。『さあ,私わたしの父ちちに祝しゅく福ふくされた人ひとたち,世よが始はじまって以い来らいあなたたちのために用よう意いされている王おう国こくを受うけなさい」。(マタイ 25:34)羊ひつじが王おうからの恵めぐみを受うけるのはなぜでしょうか。

王おうは次つぎのように説せつ明めいします。「私わたしが飢うえると食たべ物ものを与あたえ,喉のどが渇かわくと飲のみ物ものを与あたえてくれたからです。よそから来くると温あたたかく迎むかえ,裸はだかでいると服ふくを与あたえてくれました。病びょう気きになると世せ話わをし,牢ろう屋やにいると訪ほう問もんしてくれました」。それを聞きいた羊ひつじつまり「正ただしい人ひとたち」は,自じ分ぶんたちがいつ王おうにそのようなことをしたか尋たずねます。すると王おうは,「これら私わたしの兄きょう弟だいのうち最もっとも目め立だたない人ひとの1人ひとりにしたのは,それだけ私わたしにしたのです」と答こたえます。(マタイ 25:35,36,40,46)正ただしい人ひとたちは,そうした良よいことを天てんで行おこなったのではありません。天てんでは病びょう気きになったり飢うえたりしないからです。ですから王おうは,羊ひつじが地ち上じょうにいるキリストの兄きょう弟だいたちにしたことを言いっているのです。

ヤギとして裁かれた不忠実な人たち

では左ひだりに置おかれたヤギはどうなりますか。イエスの説せつ明めいはこうです。「それから王おうは,左ひだりにいる人ひとたちに言いいます。『災わざわいを宣せん告こくされた人ひとたち,私わたしから離はなれ,悪あく魔まと邪じゃ悪あくな天てん使したちのために用よう意いされた永えい遠えんの火ひに入はいりなさい。私わたしが飢うえても食たべ物ものを与あたえず,喉のどが渇かわいても飲のみ物ものを与あたえてくれなかったからです。よそから来きても温あたたかく迎むかえず,裸はだかでいても服ふくを与あたえず,病びょう気きであったり牢ろう屋やにいたりしても世せ話わをしてくれませんでした』」。(マタイ 25:41-43)ヤギは地ち上じょうにいるキリストの兄きょう弟だいたちに親しん切せつであるべきでしたが,そうしなかったので,このような裁さばきを受うけるのも当とう然ぜんです。

使し徒とたちは,将しょう来らい行おこなわれるこの裁さばきが1回かい限かぎりで,その結けっ果かは永えい遠えんに続つづくものであることを知しります。イエスは彼かれらに次つぎのように話はなします。「その時とき,王おうは[言いい]ます。『実じつのところ,これら最もっとも目め立だたない人ひとの1人ひとりにしなかったのは,それだけ私わたしにしなかったのです』。この人ひとたちは永えい遠えんの死しを迎むかえ,正ただしい人ひとたちは永えい遠えんの命いのちを受うけます」。(マタイ 25:45,46)

使し徒とたちの質しつ問もんに対たいするイエスの答こたえから,イエスの弟で子しである全すべての人ひとは多おおくのことを学まなべます。そして,自じ分ぶんの態たい度どや行こう動どうがどのようなものか考かんがえさせられます。

  • 羊ひつじとヤギの例たとえ話ばなしに出でてくる「王おう」とは誰だれのことですか。この例たとえ話ばなしが実じつ現げんするのはいつのことですか。

  • 裁さばきの時ときに羊ひつじが王おうからの恵めぐみを得えるのはなぜですか。

  • ある人ひとたちがヤギとして裁さばかれるのはなぜですか。羊ひつじとヤギにはそれぞれどんな結けっ果かが待まっていますか。

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