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  • 塔研19 07月号 14–19ページ
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  • 「行って……弟子とし」なさい
  • エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2019
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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2019
塔研19 07月号 14–19ページ

研究記事29

「行いって……弟で子しとし」なさい

「行いって,すべての国くにの人ひと々びとを弟で子しとし」なさい。マタイ 28:19

60番ばんの歌うた 命いのちを意い味みする知しらせ

何なにを学まなぶかa

1-2. (ア)マタイ 28章しょう18-20節せつのイエスの命めい令れいによると,クリスチャン会かい衆しゅうの主おもな務つとめは何なんですか。(イ)この記き事じではどんな点てんを考かんがえますか。

山さん腹ぷくに集あつまった使し徒とたちは期き待たいに胸むねを膨ふくらませていたことでしょう。復ふっ活かつしたイエスから,そこに来くるよう言いわれていたのです。(マタ 28:16)イエスが「一いち度どに五ご百ひゃく人にん以い上じょうの兄きょう弟だいに現あらわれ」たのは,その時ときだったのでしょう。(コリ一いち 15:6)イエスが弟で子したちをその場ば所しょに呼よんだのはなぜでしたか。「行いって,すべての国くにの人ひと々びとを弟で子しと[する]」という務つとめを与あたえるためでした。実じつに壮そう大だいな務つとめです。(マタイ 28:18-20を読よむ。)

2 イエスの言こと葉ばを聞きいた弟で子したちは,1世せい紀きのクリスチャン会かい衆しゅうに加くわわりました。会かい衆しゅうの主おもな務つとめは,多おおくの人ひとをキリストの弟で子しとすることでした。b 今こん日にち,世せ界かい中じゅうの10万まん以い上じょうの会かい衆しゅうも同おなじ務つとめを果はたしています。この記き事じでは,4つの点てんを考かんがえます。人ひと々びとを弟で子しとすることが大たい切せつなのはなぜか,人ひと々びとを弟で子しとするために何なにをしなければならないか,クリスチャン全ぜん員いんが人ひと々びとを弟で子しとすることに貢こう献けんしていると言いえるのはなぜか,この務つとめを果はたすのに辛しん抱ぼう強づよさが必ひつ要ようなのはなぜか,という点てんです。

人ひと々びとを弟で子しとすることが大たい切せつなのはなぜか

3. ヨハネ 14章しょう6節せつと17章しょう3節せつによると,人ひと々びとを弟で子しとする務つとめが大たい切せつなのはなぜですか。

3 人ひと々びとを弟で子しとすることが大たい切せつなのはなぜですか。キリストの弟で子しだけが神かみの友ともになれるからです。また,キリストに従したがうなら,今いま,充じゅう実じつした生いき方かたができ,将しょう来らい,永えい遠えんに生いきることができます。(ヨハネ 14:6; 17:3を読よむ。)イエスから与あたえられた務つとめは本ほん当とうに重じゅう要ようです。しかし,わたしたちだけで果はたすわけではありません。使し徒とパウロは自じ分ぶんと仲なか間またちについて,「わたしたちは神かみと共ともに働はたらく者もの」であると述のべました。(コリ一いち 3:9)不ふ完かん全ぜんな人にん間げんにとって何なんと光こう栄えいなことでしょう。

4. イバンとマティルデの経けい験けんから何なにを学まなべますか。

4 人ひと々びとを弟で子しとする活かつ動どうは大おおきな喜よろこびをもたらします。コロンビアのイバンとマティルデという夫ふう婦ふの例れいを考かんがえましょう。2人ふたりがダビエルという若わかい男だん性せいに聖せい書しょについて話はなしたところ,ダビエルは「このままじゃだめなのは分わかっているけど,どうにもならない」と言いいました。ダビエルはボクサーで,麻ま薬やくを使つかい,大おお酒ざけを飲のみ,ガールフレンドのエリカと一いっ緒しょに暮くらしていました。イバンはこう述のべています。「ダビエルは遠とおくの村むらに住すんでいたので,家いえを訪ほう問もんするには,ぬかるんだ道みちを自じ転てん車しゃで何なん時じ間かんもかけて進すすまなければなりませんでした。エリカはダビエルの良よい変へん化かを見みて,聖せい書しょレッスンに同どう席せきするようになりました」。やがてダビエルは麻ま薬やくとお酒さけとボクシングをやめました。エリカとも結けっ婚こんしました。マティルデはこう言いいます。「2016年ねんにダビエルとエリカがバプテスマを受うけた時とき,ダビエルがかつて『このままじゃだめなのは分わかっているけど,どうにもならない』と言いっていたのを思おもい出だし,涙なみだが止とまりませんでした」。確たしかに,キリストの弟で子しとなるよう人ひと々びとを助たすけるなら,深ふかい喜よろこびを味あじわえます。

人ひと々びとを弟で子しとするためには何なにをしなければならないか

5. 人ひと々びとを弟で子しとするための最さい初しょのステップは何なんですか。

5 人ひと々びとを弟で子しとするための最さい初しょのステップは,真しん理りを知しりたいと思おもっている人ひとを「捜さがし出だ[す]」ことです。(マタ 10:11)区く域いきで会あう人ひとすべてに真しん理りを伝つたえるよう努つとめるなら,自じ分ぶんが本ほん当とうにエホバの証しょう人にんであることを実じっ証しょうできます。伝でん道どうするようにというキリストの命めい令れいに従したがう,本ほん当とうのクリスチャンであることを示しめせるのです。

6. 真しん理りを伝つたえるうえで,どんなことが役やく立だちますか。

6 聖せい書しょの真しん理りをぜひ学まなびたいという人ひともいますが,多おおくの人ひとは初はじめのうち興きょう味みを示しめしません。ですから,興きょう味みを抱いだかせる必ひつ要ようがあります。そのためにはよく準じゅん備びしなければなりません。相あい手てが興きょう味みを持もちそうな話わ題だいを選えらび,どのように話はなしを切きり出だすかを考かんがえてください。

7. どのように話はなしを切きり出だせますか。相あい手ての話はなしをよく聞きき,見み方かたを尊そん重ちょうすることが大たい切せつなのはなぜですか。

7 例たとえば,家いえの人ひとにこう尋たずねることができます。「一ひとつの点てんをお尋たずねしています。最さい近きんのいろいろな問もん題だいは世せ界かい中じゅうの人ひとに影えい響きょうを与あたえています。そういう問もん題だいを解かい決けつするには,世せ界かい全ぜん体たいを治おさめる政せい府ふが必ひつ要ようだと思おもいませんか」。その後ご,ダニエル 2章しょう44節せつを読よんで,説せつ明めいします。近きん所じょの人ひとにこう尋たずねることもできます。「礼れい儀ぎ正ただしい子こどもに育そだてるためには何なにが大たい切せつだと思おもいますか」。それから申しん命めい記き 6章しょう6,7節せつを読よんで,話はなしを進すすめます。どんな話わ題だいを選えらぶにしても,話はなす相あい手てについて考かんがえてください。聖せい書しょの教おしえを知しることが,どれほどその人ひとのためになるかを想そう像ぞうしましょう。相あい手ての話はなしをよく聞きき,見み方かたを尊そん重ちょうすることも大たい切せつです。そうすれば,相あい手てをよく理り解かいすることができます。相あい手てもあなたの話はなしをよく聞きいてくれるでしょう。

8. 辛しん抱ぼう強づよく再さい訪ほう問もんする必ひつ要ようがあるのはなぜですか。

8 聖せい書しょレッスンを取とり決きめるまでには,何なん度ども訪ほう問もんする必ひつ要ようがあるでしょう。訪ほう問もんしても留る守すだったり忙いそがしかったりすることがあるからです。たとえ会あえたとしても,1度どや2度どではなく,何なん度ども会あってやっと心こころを開ひらき,聖せい書しょを学まなび始はじめる人ひともいます。植しょく物ぶつが成せい長ちょうするには,定てい期き的てきに水みずをやることが必ひつ要ようです。同どう様ように,エホバとキリストに対たいする家いえの人ひとの愛あいが成せい長ちょうするには,聖せい書しょを使つかって定てい期き的てきに話はなし合あうことが必ひつ要ようです。

人ひと々びとを弟で子しとする活かつ動どうにだれが貢こう献けんしているか

男性が空港で,エホバの証人のカートからパンフレットを持っていく。旅先で,エホバの証人が公の証言をしているところを見かける。自宅に戻った後,家に来た伝道者の話を聞いている。

世せ界かい中じゅうのエホバの証しょう人にんが,真しん理りを知しりたいと思おもっている人ひとを探さがす活かつ動どうに加くわわっている。(9-10節せつを参さん照しょう。)c

9-10. 真しん理りを知しりたいと思おもっている人ひとを見みつける活かつ動どうにクリスチャン全ぜん員いんがかかわっている,と言いえるのはなぜですか。

9 真しん理りを知しりたいと思おもっている人ひとを探さがす活かつ動どうには,クリスチャン全ぜん員いんがかかわっています。この活かつ動どうは迷まい子ごを捜さがすことに似にています。ある3歳さいの男おとこの子こは,一人ひとりで家いえの外そとに出でて迷まい子ごになってしまいました。500人にんほどの人ひとたちが捜そう索さく活かつ動どうに加くわわりました。約やく20時じ間かん後ご,あるボランティアがトウモロコシ畑ばたけにその子こがいるのを見みつけました。そのボランティアは,子こどもを見みつけたことを自じ分ぶんの手て柄がらにしようとはしませんでした。こう言いいました。「何なん百びゃく人にんもの人ひとたちが協きょう力りょくして捜さがしたから見みつかったんです」。

10 今こん日にち,多おおくの人ひとはある意い味みでこの迷まい子ごのような状じょう況きょうにあります。希き望ぼうがなく,助たすけを必ひつ要ようとしています。(エフェ 2:12)800万まん人にん以い上じょうのエホバの証しょう人にんが,そのような人ひとたちを探さがしています。あなた自じ身しんは,聖せい書しょを学まなびたいという人ひとに出で会あったことがないかもしれません。しかし,同おなじ区く域いきで伝でん道どうしている他たの兄きょう弟だい姉し妹まいが,聖せい書しょの真しん理りを学まなぼうとする人ひとを見みつけるかもしれません。そのようにして見みつかった人ひとがキリストの弟で子しになったなら,探さがした人ひとたち全ぜん員いんが喜よろこべます。

11. 研けん究きゅう生せいがいなくても,どうすれば人ひと々びとを弟で子しとする活かつ動どうに貢こう献けんできますか。

11 今いま,研けん究きゅう生せいがいなくても,人ひと々びとを弟で子しとする活かつ動どうに貢こう献けんできます。例たとえば,王おう国こく会かい館かんに来くる新あたらしい人ひとを歓かん迎げいし,親したしくなることができます。新あたらしい人ひとは,わたしたちが愛あいを表あらわす本ほん物もののクリスチャンだと感かんじることでしょう。(ヨハ 13:34,35)集しゅう会かいで,たとえ短みじかくても心こころからコメントするなら,新あたらしい人ひとも,自じ分ぶんの信しんじていることを誠せい実じつに敬けい意いをこめてコメントしよう,と思おもうかもしれません。新あたらしい伝でん道どう者しゃと一いっ緒しょに宣せん教きょうを行おこない,聖せい書しょを使つかって人ひと々びとと話はなし合あえるよう助たすけることもできます。そのようにして,新あたらしい人ひとがキリストに倣ならうよう教おしえることができます。(ルカ 10:25-28)

12. 人ひと々びとを弟で子しとするために特とく別べつな才さい能のうは必ひつ要ようですか。説せつ明めいしてください。

12 イエスの弟で子しとなるよう人ひと々びとを教おしえるために,特とく別べつな才さい能のうは必ひつ要ようありません。なぜそう言いえますか。ボリビアに住すむファウスティナという女じょ性せいの例れいを考かんがえましょう。ファウスティナはエホバの証しょう人にんと会あったころ,字じが読よめませんでした。その後ご努ど力りょくし,幾いくらか読よみ書かきができるようになりました。バプテスマを受うけ,今いまでは他たの人ひとに聖せい書しょを教おしえることを楽たのしんでいます。毎まい週しゅう,5件けんの聖せい書しょレッスンを行おこなっています。ほとんどの研けん究きゅう生せいはファウスティナよりも読よみ書かきが上じょう手ずです。それでも,ファウスティナは6人にんの研けん究きゅう生せいがバプテスマを受うけるよう援えん助じょすることができました。(ルカ 10:21)

13. たとえ忙いそがしくても,人ひと々びとを弟で子しとする活かつ動どうを行おこなうなら,どんな喜よろこびを味あじわえますか。

13 多おおくのクリスチャンは忙いそがしい毎まい日にちを送おくっています。行おこなうべきことがたくさんあるからです。それでも,時じ間かんを取とって聖せい書しょレッスンを行おこない,大おおきな喜よろこびを味あじわっています。アラスカに住すむメラニーという姉し妹まいの例れいを考かんがえましょう。メラニーは8歳さいの娘むすめを一人ひとりで育そだてていました。フルタイムの仕し事ごとをしており,がんにかかった父ちち親おやを世せ話わしていました。メラニーは人ひと里ざと離はなれた町まちで唯ゆい一いつのエホバの証しょう人にんでした。寒さむさに耐たえられるようエホバに祈いのり,伝でん道どうに出でかけていました。聖せい書しょレッスンに興きょう味みを持もつ人ひとに会あいたいと心こころから願ねがっていたのです。ある日ひ,サラという女じょ性せいに会あいました。サラは,神かみに名な前まえがあることを知しって感かん動どうしました。しばらくして,サラとの聖せい書しょレッスンが始はじまりました。メラニーはこう言いいます。「金きん曜よう日びの夕ゆう方がたにはいつも疲つかれ切きっていましたが,娘むすめと一いっ緒しょにサラの家いえに行いき,聖せい書しょレッスンをしました。娘むすめにとってもわたしにとっても大たい切せつな時じ間かんでした。サラから受うけた質しつ問もんについて娘むすめと調しらべるのも楽たのしいことでした。やがてサラはエホバの友ともになりました。本ほん当とうにうれしかったです」。サラは周しゅう囲いの反はん対たいの中なか,教きょう会かいを脱だっ退たいし,バプテスマを受うけたのです。

人ひと々びとを弟で子しとすることに辛しん抱ぼう強づよさが求もとめられるのはなぜか

14. (ア)人ひと々びとを弟で子しとする活かつ動どうは,どんな点てんで漁りょうと似にていますか。(イ)テモテ第だい二に 4章しょう1,2節せつにあるパウロのアドバイスをどのように当あてはめることができますか。

14 自じ分ぶんの宣せん教きょうが成せい果かを挙あげていないように思おもえても,弟で子しになる見み込こみのある人ひとをあきらめずに探さがしましょう。イエスは,人ひと々びとを弟で子しとする活かつ動どうを漁りょうに例たとえました。漁りょう師しは魚さかなを取とるために多おおくの時じ間かんを費ついやします。夜よる遅おそく,あるいは朝あさ早はやく漁りょうに出でかけます。船ふねで遠とおくに行いくこともあります。(ルカ 5:5)クリスチャンも人ひと々びとを弟で子しとするために多おおくの時じ間かんを費ついやします。様さま々ざまな時じ間かんにいろいろな場ば所しょで“漁りょう”を行おこなうのです。なぜでしょうか。人ひと々びとに会あうためです。一いっ生しょう懸けん命めいに努ど力りょくすると,聖せい書しょのメッセージに興きょう味みを持もつ人ひとに会あう可か能のう性せいが高たかまります。あなたは人ひと々びとにもっと会あうために,時じ間かんや場ば所しょを変かえて伝でん道どうすることができますか。(テモテ第だい二に 4:1,2を読よむ。)

同じ男性がエホバの証人と聖書レッスンを始める。バプテスマを受ける。

研けん究きゅう生せいが進しん歩ぽするよう辛しん抱ぼう強づよく助たすけましょう。(15-16節せつを参さん照しょう。)d

15. 聖せい書しょを教おしえることに辛しん抱ぼう強づよさが求もとめられるのはなぜですか。

15 聖せい書しょを教おしえることに辛しん抱ぼう強づよさが求もとめられるのはなぜですか。一ひとつには,研けん究きゅう生せいが聖せい書しょの教おしえを知しり,愛あいするよう助たすけるだけではなく,聖せい書しょの著ちょ者しゃエホバを知しり,愛あいするよう助たすける必ひつ要ようがあるからです。また,イエスが弟で子したちに何なにを求もとめているかだけではなく,クリスチャンとしてどのように生いきるべきかを教おしえる必ひつ要ようもあります。研けん究きゅう生せいが聖せい書しょの教おしえをなかなか当あてはめられないなら,辛しん抱ぼう強づよく助たすけなければなりません。数すうか月げつで考かんがえ方かたや行こう動どうを変かえる人ひともいますが,もっと時じ間かんがかかる人ひともいます。

16. ラウルの経けい験けんからどんなことを学まなべますか。

16 ペルーの宣せん教きょう者しゃの経けい験けんから,辛しん抱ぼう強づよさの大たい切せつさを学まなべます。その宣せん教きょう者しゃはこう述のべています。「ラウルという聖せい書しょ研けん究きゅう生せいと2冊さつの本ほんを学まなびました。でも,ラウルは依い然ぜんとして大おおきな問もん題だいを抱かかえていました。妻つまとの仲なかが険けん悪あくで,汚きたない言こと葉ばを使つかい,子こどもたちにも尊そん敬けいされていませんでした。でも,集しゅう会かいには定てい期き的てきに出しゅっ席せきしていたので,訪ほう問もんを続つづけ,ラウルと家か族ぞくを助たすけました。最さい初しょに会あった時ときから3年ねん後ご,ラウルはバプテスマを受うけました」。

17. 次つぎの記き事じではどんなことを考かんがえますか。

17 イエスは「行いって,すべての国くにの人ひと々びとを弟で子しとし」なさい,と命めいじました。この務つとめを果はたすには,自じ分ぶんとは考かんがえ方かたが全まったく違ちがう人ひとと話はなす必ひつ要ようもあります。中なかには,宗しゅう教きょうや神かみを信しんじていない人ひともいます。次つぎの記き事じでは,そうした人ひとにどのように良よい知しらせを伝つたえることができるかを考かんがえます。

どのように答こたえますか

  • 人ひと々びとを弟で子しとすることが大たい切せつなのはなぜですか。

  • 人ひと々びとを弟で子しとする活かつ動どうにクリスチャン全ぜん員いんが貢こう献けんしている,と言いえるのはなぜですか。

  • 人ひと々びとを弟で子しとすることに辛しん抱ぼう強づよさが求もとめられるのはなぜですか。

68番ばんの歌うた 王おう国こくの種たねをまく

a クリスチャン会かい衆しゅうの主おもな務つとめは,キリストの弟で子しになるよう人ひと々びとを助たすけることです。この記き事じでは,その務つとめを果はたすうえで役やく立だつアドバイスが与あたえられます。

b 語ご句くの説せつ明めい: キリストの弟で子しは,イエスの教おしえを学まなぶだけではなく,学まなんだことを実じっ践せんします。イエスの歩あゆみ,つまり手て本ほんにできる限かぎりしっかり従したがうよう努ど力りょくします。(ペテ一いち 2:21)

c 写しゃ真しんや挿さし絵え: 休きゅう暇かで旅りょ行こうに出でかけようとしている男だん性せいが,空くう港こうでエホバの証しょう人にんからパンフレットを受うけ取とる。その後ご,旅たび先さきで観かん光こう中ちゅうに他たのエホバの証しょう人にんが公おおやけの証しょう言げんをしているところを見みかける。旅りょ行こうを終おえて自じ宅たくに戻もどった後のち,家いえに来きた伝でん道どう者しゃと話はなしている。

d 写しゃ真しんや挿さし絵え: 同おなじ男だん性せいがエホバの証しょう人にんと聖せい書しょレッスンを始はじめ,やがてバプテスマを受うける。

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