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「来て,私の弟子になりなさい」
追 第9章 87–97ページ

第9章

「行いって,……人ひと々びとを弟で子しとしなさい」

穀物が豊かに実り,収穫を待っている。

穀こく物もつが1人ひとりでは収しゅう穫かくし切きれないほど豊ゆたかに実みのったら,農のう家かの人ひとはどうしたらよいか

1-3. (ア)穀こく物もつが1人ひとりでは収しゅう穫かくし切きれないほど豊ゆたかに実みのった場ば合あい,農のう家かの人ひとはどうしますか。(イ)西せい暦れき33年ねんの春はるにイエスはどんな状じょう況きょうに直ちょく面めんしていましたか。どうしましたか。

農のう家かの人ひとが,よく実みのった穀こく物もつ畑ばたけを見み渡わたしています。数すうカ月げつ前まえに畑はたけを耕たがやし,種たねをまいてから,細さい心しんの注ちゅう意いを払はらって作さく物もつの成せい長ちょうを見み守まもってきました。種たねから芽めが出でて徐じょ々じょに大おおきくなり,ついに刈かり取とれるまでになりました。一いっ生しょう懸けん命めい働はたらいたかいがありました。でも,ここで問もん題だいにぶつかります。あまりにも豊ゆたかに実みのったので,1人ひとりでは収しゅう穫かくし切きれません。それで,人ひとを雇やとって手て伝つだってもらうことにします。大たい切せつな穀こく物もつを刈かり入いれる時じ間かんは限かぎられているのです。

2 西せい暦れき33年ねんの春はるに復ふっ活かつしたイエスも,同おなじような状じょう況きょうに直ちょく面めんしていました。地ち上じょうでの宣せん教きょう期き間かん中ちゅう,イエスは真しん理りの種たねをまきました。その結けっ果か,いわば作さく物もつが豊ゆたかに実みのり,収しゅう穫かくを待まっていました。真しん理りを受うけ入いれる可か能のう性せいのある人ひとが大おお勢ぜいいたので,弟で子しになるよう助たすける必ひつ要ようがあったのです。(ヨハネ 4:35-38)イエスはどうするでしょうか。天てんに昇のぼる少すこし前まえにガリラヤの山やまで,働はたらく人ひとを集あつめる任にん務むを弟で子したちに与あたえました。こう言いっています。「行いって,全すべての国くにの人ひと々びとを弟で子しとしなさい。……バプテスマを施ほどこし,私わたしが命めい令れいした事こと柄がら全すべてを守まもるように教おしえなさい」。(マタイ 28:19,20)

3 この任にん務むを行おこなう人ひとたちこそが,キリストの本ほん物ものの弟で子しだと言いえます。では,これから3つの点てんを考かんがえましょう。収しゅう穫かくのために働はたらく人ひとをもっと集あつめるようにとイエスが言いったのはどうしてでしょうか。働はたらく人ひとを見みつけられるよう,イエスはどのように弟で子したちを訓くん練れんしたでしょうか。現げん代だいの私わたしたちはこの任にん務むをどのように行おこなえるでしょうか。

働はたらく人ひとがもっと必ひつ要ようだったのはどうしてか

4-5. イエス1人ひとりでは伝でん道どう活かつ動どうをやり遂とげられなかったのはどうしてですか。イエスが天てんに戻もどった後あと,誰だれが活かつ動どうを続つづけることになりましたか。

4 イエスは,西せい暦れき29年ねんに伝でん道どうを始はじめた時とき,自じ分ぶん1人ひとりでその活かつ動どうをやり遂とげることはできないと分わかっていました。地ち上じょうで過すごせる時じ間かんは残のこりわずかで,回まわれる地ち域いきも,王おう国こくの良よい知しらせを伝つたえられる人にん数ずうも限かぎられていました。実じっ際さい,イエスは基き本ほん的てきに,「イスラエル国こく民みんの迷まよい出でた羊ひつじ」つまりユダヤ人じんと改かい宗しゅう者しゃだけに伝でん道どうしました。(マタイ 15:24)しかし,その「迷まよい出でた羊ひつじ」も広こう大だいなイスラエル全ぜん域いきに散ちらばっていました。さらに,いずれは世せ界かい中じゅうに良よい知しらせが伝つたえられる必ひつ要ようがありました。(マタイ 13:38; 24:14)

5 イエスは,自じ分ぶんの死し後ごも行おこなうべきことがたくさんあると分わかっていたので,11人にんの忠ちゅう実じつな使し徒とたちにこう言いいました。「はっきり言いっておきますが,私わたしに信しん仰こうを抱いだく人ひとも,私わたしがしていることを行おこないます。しかも,もっと大おおきなことを行おこないます。私わたしが父ちちのもとに行いくからです」。(ヨハネ 14:12)イエスが天てんに戻もどった後あとは,使し徒とたちだけでなく弟で子したち全すべてが伝でん道どうし教おしえる活かつ動どうを続つづけることになります。(ヨハネ 17:20)イエスが謙けん遜そんに認みとめた通とおり,弟で子したちはイエスより「もっと大おおきなこと」を行おこないます。そう言いえる理り由ゆうを3つ考かんがえましょう。

6-7. (ア)イエスの弟で子したちは,どんな意い味みでイエスより大おおきなことを行おこないますか。(イ)どうすればイエスの信しん頼らいに応こたえられますか。

6 1つ目めに,イエスの弟で子したちはもっと広ひろい範はん囲いを回まわります。現げん代だいでは,イエス自じ身しんが回まわった範はん囲いをはるかに超こえて,世せ界かい中じゅうで伝でん道どうしています。2つ目めに,もっと多おおくの人ひとに良よい知しらせを伝つたえます。イエスが弟で子しにした少しょう数すうの人ひとたちが伝でん道どうした結けっ果か,間まもなく弟で子しの数かずは何なん千ぜん人にんにも増ふえました。(使し徒と 2:41; 4:4)現げん在ざいでは何なん百びゃく万まん人にんにもなっており,毎まい年とし大おお勢ぜいの人ひとがバプテスマを受うけています。3つ目めに,弟で子したちはもっと長ながい期き間かんにわたって伝でん道どうします。イエスが伝でん道どうしたのは3年ねん半はんでしたが,その後あともおよそ2000年ねん間かんずっと活かつ動どうが続つづけられてきました。

7 弟で子したちが「もっと大おおきなこと」を行おこなうというイエスの言こと葉ばには,弟で子したちへの信しん頼らいが表あらわれています。イエスは,「神かみの王おう国こくの良よい知しらせ」を伝つたえて人ひと々びとを教おしえるという一いち番ばん大たい切せつにしていた活かつ動どうを,弟で子したちに任まかせました。(ルカ 4:43)弟で子したちがその任にん務むを忠ちゅう実じつに果はたしてくれることを確かく信しんしていたのです。そのことを考かんがえるとどんな気き持もちになりますか。現げん代だいの私わたしたちも,心こころを込こめて熱ねっ心しんに伝でん道どうすることによって,イエスの信しん頼らいに応こたえることができます。素す晴ばらしいことではないでしょうか。(ルカ 13:24)

イエスは弟で子したちを訓くん練れんした

姉妹がある店の店長に伝道している。

心こころからの愛あいを抱いだいて,人ひとがいればどこでも伝でん道どうする

8-9. イエスはどんな手て本ほんを残のこしましたか。イエスの手て本ほんに倣ならってどのように伝でん道どうできますか。

8 イエスは弟で子したちが伝でん道どう活かつ動どうを行おこなっていけるよう,よく訓くん練れんしました。イエスが示しめした完かん璧ぺきな手て本ほんから,弟で子したちはたくさんのことを学まなびました。(ルカ 6:40)前まえの章しょうで学まなんだ,伝でん道どうへのイエスの取とり組くみ方かたについて思おもい出だしてください。イエスは人ひとのいる所ところならどこででも伝でん道どうし,湖こ畔はんや丘おか,町まちや広ひろ場ば,家いえ々いえで話はなしました。宣せん教きょう旅りょ行こうに同どう行こうしていた弟で子したちは,イエスのそういう手て本ほんを見みることができました。(マタイ 5:1,2。ルカ 5:1-3; 8:1; 19:5,6)イエスが朝あさ早はやくから夜よるまで熱ねっ心しんに働はたらき続つづけているのも見みました。イエスが伝でん道どうをどれほど大たい切せつにしているかが伝つたわってきたことでしょう。(ルカ 21:37,38。ヨハネ 5:17)同どう情じょう心しんがにじみ出でたイエスの表ひょう情じょうを見みて,イエスが人ひと々びとを深ふかく愛あいしているからこそ伝でん道どうしているということも分わかったはずです。(マルコ 6:34)弟で子したちはイエスの手て本ほんからどんな感かん化かを受うけたと思おもいますか。あなたはイエスの手て本ほんについてどう感かんじますか。

9 私わたしたちはキリストの弟で子しとして,イエスの手て本ほんに倣ならって伝でん道どうします。良よい知しらせを「徹てっ底てい的てきに知しらせる」ために努ど力りょくします。(使し徒と 10:42)イエスのように,家いえにいる人ひとたちを訪たずねます。(使し徒と 5:42)必ひつ要ように応おうじて,人ひとが家いえにいそうな時じ間かんに訪ほう問もんできるように自じ分ぶんの予よ定ていを調ちょう整せいします。街がい路ろや公こう園えん,店みせ,仕し事ごと場ばなどでも,そこにいる人ひとに真しん理りを伝つたえる機き会かいを探さがします。私わたしたちは伝でん道どうの重じゅう要よう性せいを意い識しきして,「力ちからを尽つくし,努ど力りょくし」続つづけます。(テモテ第だい一いち 4:10)人ひと々びとを心こころから愛あいしているので,人ひとがいればいつでもどこでも伝でん道どうしたいと思おもっています。(テサロニケ第だい一いち 2:8)

イエスの弟子たちが伝道の成果についてうれしそうにイエスに報告している。

「70人にんが喜よろこびながら帰かえってき」た

10-12. イエスは弟で子したちを伝でん道どうに送おくり出だす前まえに,どんな大たい切せつなことを教おしえましたか。

10 イエスは具ぐ体たい的てきな指し示じを与あたえることによっても弟で子したちを訓くん練れんしました。12使し徒とを伝でん道どうに送おくり出だした時ときも,後のちに70人にんの弟で子したちを送おくり出だした時ときも,まず講こう習しゅう会かいのようなものを行おこないました。(マタイ 10:1-15。ルカ 10:1-12)素す晴ばらしい成せい果かがあり,ルカ 10章しょう17節せつによると70人にんは「喜よろこびながら帰かえってき」ました。では,イエスが教おしえた大たい切せつなことを2つ考かんがえてみましょう。当とう時じのユダヤ人じんの習しゅう慣かんを踏ふまえてイエスの指し示じを考かんがえると,イエスが教おしえたかったことが見みえてきます。

11 イエスが教おしえたことの1つは,エホバを信しん頼らいするということです。イエスはこう指し示じしました。「帯おびの中なかに金きんや銀ぎんや銅どうのお金かねを入いれてはならず,旅たびのための食しょく物もつ袋ぶくろ,替かえの衣い服ふく,サンダル,つえも手てに入いれてはなりません。働はたらく人ひとには当とう然ぜん,食しょく物もつが与あたえられます」。(マタイ 10:9,10)当とう時じの人ひとは大たい抵てい,お金かねを入いれられる帯おびを巻まき,食しょく物もつ袋ぶくろや替かえのサンダルを持もって旅りょ行こうしました。a そういうものについて心しん配ぱいしないよう教おしえることによって,イエスはいわばこう言いっていました。「エホバを100%信しん頼らいしなさい。必ひつ要ような物ものはエホバが与あたえてくださいます」。エホバは,良よい知しらせを聞きいて受うけ入いれた人ひとの心こころを動うごかして,弟で子したちに必ひつ要ような物ものを与あたえるようにするのです。訪ほう問もん客きゃくをもてなす習しゅう慣かんがあったイスラエルでは,それは自し然ぜんなことでした。(ルカ 22:35)

12 イエスは弟で子したちに,あまり重じゅう要ようではないことに時じ間かんを取とられないようにとも教おしえました。こう指し示じしています。「道どう中ちゅう,誰だれにもあいさつをしてはなりません」。(ルカ 10:4)あいさつをしないなんて失しつ礼れいではないか,と思おもうかもしれません。でもイエスが言いっていたのは,一ひと言こともあいさつの言こと葉ばを交かわしてはならないということではありません。当とう時じはあいさつといえば幾いくつもの儀ぎ礼れいや作さ法ほうがあって,長なが々ながと会かい話わするのが普ふ通つうでした。ある聖せい書しょ学がく者しゃはこう説せつ明めいしています。「オリエントの人ひと々びとが交かわすあいさつは,我われ々われがするような軽かるい会え釈しゃくや握あく手しゅではなく,何なん度ども抱ほう擁ようし,お辞じ儀ぎし,さらには地じ面めんに平へい伏ふくするというものであった。こうしたことすべてを行おこなうにはかなり時じ間かんがかかった」。イエスはそのような儀ぎ礼れい的てきなあいさつをしないよう指し示じすることによって,いわばこう言いっていました。「時じ間かんを有ゆう効こうに使つかいなさい。良よい知しらせを緊きん急きゅうに伝つたえる必ひつ要ようがあるからです」。b

13. イエスが1世せい紀きの弟で子したちに与あたえた指し示じを心こころに留とめている人ひとは,どんな生いき方かたをしますか。

13 私わたしたちも,イエスが1世せい紀きの弟で子したちに与あたえた指し示じを心こころに留とめます。伝でん道どうするに当あたって,エホバを100%信しん頼らいします。(格かく言げん 3:5,6)「王おう国こく……をいつも第だい一いちに」するなら,生せい活かつに必ひつ要ような物ものは全すべて与あたえられると確かく信しんしています。(マタイ 6:33)世せ界かい中じゅうの全ぜん時じ間かん奉ほう仕し者しゃたちが実じっ際さいに経けい験けんしてきた通とおり,大たい変へんな時ときにもエホバは必かならず助たすけてくれます。(詩し編へん 37:25)私わたしたちは,あまり重じゅう要ようではないことに時じ間かんを取とられないようにも気きを付つけます。注ちゅう意いしていないと,世よの中なかのものにすぐ気きを散ちらされてしまいかねません。(ルカ 21:34-36)人ひと々びとの命いのちが懸かかっていますから,良よい知しらせを緊きん急きゅうに伝つたえる必ひつ要ようがあります。(ローマ 10:13-15)そのことをいつも意い識しきし,宣せん教きょうに使つかえるはずの時じ間かんや体たい力りょくをほかのものに奪うばわれてしまうことがないようにしましょう。収しゅう穫かくは多おおいですが,残のこされている時じ間かんは短みじかいのです。(マタイ 9:37,38)

現げん代だいの私わたしたちにとっても大たい切せつな任にん務む

14. マタイ 28章しょう18-20節せつに書かかれている任にん務むがキリストの弟で子し全すべてに与あたえられていると言いえるのはどうしてですか。(脚きゃく注ちゅうも参さん照しょう。)

14 復ふっ活かつしたイエスは,「行いって,……人ひと々びとを弟で子しとしなさい」と言いい,弟で子したちに重じゅう要ような務つとめを与あたえました。その時ときにガリラヤの山やまにいた弟で子したちだけに与あたえたのではありません。c イエスは「全すべての国くにの人ひと々びと」に伝でん道どうするよう命めいじ,その活かつ動どうは「体たい制せいの終しゅう結けつまで」続つづくと言いいました。ですからこの任にん務むは,現げん代だいの私わたしたちを含ふくめ,キリストの弟で子し全すべてに与あたえられています。では,マタイ 28章しょう18-20節せつのイエスの言こと葉ばを詳くわしく見みてみましょう。

15. 人ひと々びとを弟で子しとするようにというイエスの命めい令れいに従したがうのが大たい切せつなのはどうしてですか。

15 イエスは任にん務むを与あたえる前まえにこう言いいました。「私わたしには天てんと地ちにおける全すべての権けん威いが与あたえられています」。(18節せつ)イエスは確たしかに大おおきな権けん威いを持もっています。天てん使し長ちょうとして,数かぞえ切きれないほどの天てん使したちを統とう率そつしています。(テサロニケ第だい一いち 4:16。啓けい示じ 12:7)「会かい衆しゅう……の頭かしら」として,地ち上じょうにいる弟で子したちを指し導どうしています。(エフェソス 5:23)1914年ねん以い来らい,メシアである王おうとして天てんで治おさめています。(啓けい示じ 11:15)さらに,イエスは亡なくなった人ひとを生いき返かえらせることができるので,墓はかに眠ねむっている人ひとを死しから解かい放ほうする権けん威いも持もっています。(ヨハネ 5:26-28)イエスはまず自じ分ぶんにそれほどの権けん威いがあることに触ふれ,これから言いう命めい令れいに従したがってほしいと思おもっていることを強きょう調ちょうしました。イエスは神かみから権けん威いを与あたえられているのですから,イエスの命めい令れいに従したがうのは大たい切せつなことです。(コリント第だい一いち 15:27)

16. イエスは最さい初しょにどんなことを命めいじていますか。その命めい令れいに従したがってどんなことができますか。

16 次つぎにイエスは,「行いって」という言こと葉ばで任にん務むの説せつ明めいを始はじめます。(19節せつ)王おう国こくの良よい知しらせを伝つたえるために人ひと々びとの所ところへ行いきなさい,と命めいじているのです。その命めい令れいに従したがう方ほう法ほうはいろいろあります。家いえを1軒けんずつ訪たずねて伝でん道どうすることは,人ひととじかに会あうとても効こう果か的てきな方ほう法ほうです。(使し徒と 20:20)毎まい日にちの生せい活かつの中なかで人ひとに会あういろいろな機き会かいにも,会かい話わして良よい知しらせを伝つたえることができます。具ぐ体たい的てきにどのように伝でん道どうするかは場ば所しょや状じょう況きょうによって変かわってきますが,次つぎのことは変かわりません。私わたしたちは「行いって」,弟で子しになる見み込こみのある人ひとを探さがすのです。(マタイ 10:11)

17. どうすれば人ひとをイエスの「弟で子し」とすることができますか。

17 それからイエスは何なにを目め指ざしてほしいかを伝つたえ,「全すべての国くにの人ひと々びとを弟で子しとしなさい」と言いいます。(19節せつ)どうすれば人ひとをイエスの「弟で子し」とすることができるでしょうか。弟で子しとは学まなぶ人ひと,教おしえを受うける人ひとのことですが,単たんに情じょう報ほうを知しってもらえばよいというわけではありません。関かん心しんがある人ひとと聖せい書しょレッスンをするときに私わたしたちが目め指ざすのは,キリストに従したがうようその人ひとを助たすけることです。できるだけイエスの手て本ほんを際きわ立だたせ,学まなんでいる人ひとがイエスに付ついていきたいと思おもえるようにします。イエスに倣ならった生いき方かたをし,イエスと同おなじ活かつ動どうをしてほしいからです。(ヨハネ 13:15)

18. バプテスマがキリストの弟で子しにとって人じん生せいで一いち番ばん大たい切せつなステップだと言いえるのはどうしてですか。

18 この任にん務むで大だい事じなことの1つは,「父ちちと子こと聖せいなる力ちからの名なによってバプテスマを施ほどこ」すことです。(19節せつ)バプテスマはキリストの弟で子しにとって人じん生せいで一いち番ばん大たい切せつなステップです。神かみへの心こころからの献けん身しんを表あらわすものであり,救すくわれるために欠かかせないからです。(ペテロ第だい一いち 3:21)バプテスマを受うけた弟で子しは,ベストを尽つくしてエホバに仕つかえ続つづけるなら,間まもなく来くる新あたらしい世せ界かいでいつまでも祝しゅく福ふくを味あじわうことができます。あなたは,バプテスマを受うけてキリストの弟で子しになるよう誰だれかを助たすけたことがありますか。クリスチャンとして伝でん道どうしていて,それ以い上じょうにうれしいことはありません。(ヨハネ第だい三さん 4)

19. 新あたらしい人ひとにどんなことを教おしえる必ひつ要ようがありますか。バプテスマの後あともどんなことを教おしえられますか。

19 イエスはさらに,「私わたしが命めい令れいした事こと柄がら全すべてを守まもるように教おしえなさい」と言いいました。(20節せつ)イエスは,神かみを愛あいしなさい,隣りん人じんを愛あいしなさい,人ひと々びとを弟で子しとしなさい,といった命めい令れいを与あたえました。私わたしたちは新あたらしい人ひとたちに,そうした命めい令れいに従したがうよう教おしえます。(マタイ 22:37-39)また,聖せい書しょの真しん理りを説せつ明めいしたり,自じ分ぶんの信しん仰こうについて人ひとに話はなしたりできるよう,少すこしずつ教おしえていきます。学まなんでいる人ひとが会かい衆しゅうの伝でん道どう活かつ動どうに参さん加かできるようになったら,一いっ緒しょに行おこない,どうすれば上じょう手ずに伝でん道どうできるかを教おしえて手て本ほんを見みせます。その人ひとがバプテスマを受うけたらもう教おしえなくていいというわけではありません。バプテスマを受うけたばかりの人ひとは,キリストの弟で子しとしてぶつかる問もん題だいをどうやって乗のり越こえたらいいか,さらに教おしえてもらう必ひつ要ようがあるでしょう。(ルカ 9:23,24)

「私わたしは……いつの日ひもあなたたちと共ともにいる」

20-21. (ア)イエスから与あたえられた任にん務むを果はたすときに恐おそれる必ひつ要ようがないのはどうしてですか。(イ)今いまペースを落おとすべきでないのはどうしてですか。あなたはどんなことを決けつ意いしていますか。

20 イエスは任にん務むを与あたえた時とき,次つぎのとても心こころ強づよい言こと葉ばで締しめくくりました。「私わたしは体たい制せいの終しゅう結けつまでいつの日ひもあなたたちと共ともにいるのです」。(マタイ 28:20)イエスが弟で子したちに与あたえた任にん務むは決けっして楽らくなものではありません。任にん務むを行おこなう人ひとたちは激はげしい反はん対たいに遭あうこともあります。(ルカ 21:12)それでも,恐おそれる必ひつ要ようはありません。リーダーであるイエスは,私わたしたちが自じ分ぶんの力ちからだけでは任にん務むを果はたせないということをよく分わかってくれています。「天てんと地ちにおける全すべての権けん威い」を持もつ方かたが共ともにいて助たすけてくれると思おもうと,本ほん当とうに安あん心しんできるのではないでしょうか。

21 イエスは弟で子したちに,「体たい制せいの終しゅう結けつ」までずっと宣せん教きょうをサポートすると言いいました。私わたしたちは終おわりが来くるまで,イエスから与あたえられた任にん務むを行おこなっていかなければなりません。今いまはペースを落おとしてよい時ときではありません。大だい々だい的てきな収しゅう穫かくの真まっただ中なかで,大おお勢ぜいの人ひとが真しん理りを受うけ入いれて集あつめられています。ぜひ,キリストの弟で子しとして,この重じゅう大だいな任にん務むを果はたすことを固かたく決けつ意いしましょう。自じ分ぶんの時じ間かんや体たい力りょくや持もっている物ものを惜おしみなく使つかって,「行いって,……人ひと々びとを弟で子しとしなさい」というキリストの命めい令れいに従したがいましょう。

a 当とう時じの帯おびの中なかには,袋ふくろ状じょうの部ぶ分ぶんに硬こう貨かを入いれて運はこべるものがあったようです。食しょく物もつ袋ぶくろは,肩かたに掛かけて食たべ物ものなどを持もち運はこぶための大おおきな袋ふくろで,大たい抵ていは革かわ製せいでした。

b 預よ言げん者しゃエリシャも同おなじような指し示じを与あたえたことがあります。息子むすこを亡なくした女じょ性せいの家いえに従じゅう者しゃのゲハジを先さきに行いかせた時とき,「誰だれかに会あってもあいさつしてはいけません」と言いいました。(列れつ王おう第だい二に 4:29)至し急きゅう行いく必ひつ要ようがあり,時じ間かんを無む駄だにできなかったからです。

c イエスの弟で子しのほとんどはガリラヤにいたので,復ふっ活かつしたイエスが「500人にん以い上じょうの」人ひとたちの前まえに現あらわれたのは,マタイ 28章しょう16-20節せつに書かかれている出で来き事ごとがあった時ときだったのかもしれません。(コリント第だい一いち 15:6)イエスが人ひと々びとを弟で子しとするようにという任にん務むを与あたえた時とき,その場ばにはそれぐらいの数かずの人ひとがいたと考かんがえられます。

イエスの弟で子しとして考かんがえたいこと

  • 王おう国こくの良よい知しらせを伝つたえる時とき,どのように人ひとに接せっするべきですか。(マタイ 10:11-13。ルカ 10:5)

  • 伝でん道どうしていて迫はく害がいに遭あったとき,イエスの言こと葉ばはどのように力ちからになりますか。(マルコ 13:9-13)

  • 良よい知しらせを聞きこうとしない人ひとに会あったら,イエスのアドバイスをどう当あてはめられますか。(ルカ 10:10,11)

  • 生せい活かつの中なかで伝でん道どうを優ゆう先せんするなら,どんなことを確かく信しんできますか。(ルカ 12:22-31)

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