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イエス 道,真理,命
イ道 123章 282ページ–283ページ 1節
ゲッセマネの園でイエスが祈っている間,ペテロとヤコブとヨハネが眠っている

123章

深ふかい悲かなしみの中なかで祈いのる

マタイ 26:30,36-46 マルコ 14:26,32-42 ルカ 22:39-46 ヨハネ 18:1

  • ゲッセマネの園そのでのイエス

  • イエスの汗あせが血ちのようになって滴したたり落おちる

イエスは忠ちゅう実じつな使し徒とたちとの祈いのりを終おえます。そして,「皆みなで賛さん美びの歌うたを歌うたってから,オリーブ山やまに出でて」いきます。(マルコ 14:26)イエスは使し徒とたちと東ひがしに向むかい,よく時じ間かんを過すごしたゲッセマネと呼よばれる園そのに行いきます。

オリーブの木きに囲かこまれた気き持もちの良よいこの場ば所しょに着つくと,イエスは恐おそらく園そのの入いり口ぐち付ふ近きんに,使し徒とたちのうち8人にんを残のこします。そして,「私わたしが向むこうに行いって祈いのりをする間あいだ,ここに座すわっていなさい」と言いいます。それから,ペテロとヤコブとヨハネを連つれてさらに進すすんでいきます。イエスはひどく苦く悩のうし,3人にんにこう言いいます。「私わたしは悲かなしみのあまり,死しんでしまいそうです。ここにとどまって,私わたしと共ともにずっと見み張はっていなさい」。(マタイ 26:36-38)

イエスは少すこし離はなれた所ところに行いき,地じ面めんに伏ふして祈いのり始はじめます。この緊きん迫ぱくした状じょう況きょうで何なにを祈いのるのでしょうか。イエスはこう言いいます。「父ちちよ,あなたには全すべてのことが可か能のうです。この杯さかずきを私わたしから取とり除のぞいてください。それでも,私わたしが望のぞむことではなく,あなたが望のぞまれることを」。(マルコ 14:35,36)これはどういう意い味みでしょうか。贖あがないになるという役やく割わりを果はたせないということですか。そうではありません。

イエスは,ローマ人じんが人ひと々びとをむごい仕し方かたで殺ころすのを天てんから見みてきました。今いま,イエスは地ち上じょうにいる人にん間げんです。恐おそれや不ふ安あんといった感かん情じょうがあり,痛いたみも感かんじます。ですから迫せまりくる死しを楽たのしみにしているはずがありません。しかしイエスを一いち番ばん苦くるしめているのは,卑ひ劣れつな犯はん罪ざい者しゃとして殺ころされるなら,天てんの父ちちの名なに非ひ難なんが浴あびせられるのではないかということです。あと数すう時じ間かんもすれば,神かみを冒ぼう瀆とくしたとして杭くいに掛かけられるのです。

イエスが長ながい祈いのりを終おえて戻もどると,使し徒とたちは3人にんとも眠ねむっています。イエスはペテロにこう言いいます。「私わたしと共ともに1時じ間かん見み張はっていることもできなかったのですか。ずっと見み張はっていて絶たえず祈いのり,誘ゆう惑わくに負まけないようにしていなさい」。しかしイエスは,彼かれらが大おおきなストレスを感かんじていて,夜よるも遅おそいことを考かんがえ,「もっとも,心こころは強つよく願ねがっていても,肉にく体たいは弱よわいのです」と言いいます。(マタイ 26:40,41)

イエスはもう一いち度ど離はなれた所ところに行いき,「この杯さかずき」を自じ分ぶんから取とり去さってくださるよう神かみに祈いのります。それから戻もどってくると,誘ゆう惑わくに負まけないよう祈いのっているべき3人にんがまたもや眠ねむっています。彼かれらはイエスから話はなし掛かけられても,「何なんと言いっていいか分わか」りません。(マルコ 14:40)イエスは3度ど目めにそこを離はなれ,膝ひざをついて祈いのります。

イエスがとても心しん配ぱいしているのは,犯はん罪ざい者しゃとして死しねば父ちちの名なに非ひ難なんをもたらすかもしれないということです。エホバはイエスの祈いのりを聞きいていました。それで,天てん使しを派は遣けんしてイエスを力ちからづけます。その後あともイエスは父ちちに祈き願がんをし,「さらに真しん剣けんに祈いのり続つづけ」ます。とてつもないストレスです。イエスの肩かたには重じゅう圧あつがのしかかっています。自じ分ぶん自じ身しんの永えい遠えんの命いのちと,イエスに信しん仰こうを抱いだく全すべての人ひとの永えい遠えんの命いのちがかかっているのです。「汗あせが血ちのようになって地じ面めんに滴したたり落おち」ます。(ルカ 22:44)

イエスが3度ど目めに使し徒とたちの所ところに戻もどってくると,使し徒とたちはやはり眠ねむっています。それでこう言いいます。「このような時ときに,あなたたちは眠ねむって休やすんでいます! さあ,人ひとの子こが裏うら切ぎられて罪つみ人びとたちに引ひき渡わたされる時ときが近ちかづきました。立たちなさい。行いきましょう。見みなさい,私わたしを裏うら切ぎる人ひとが近ちかづいてきました」。(マタイ 26:45,46)

イエスの汗あせは血ちのように滴したたった

医い師しのルカはどのようにイエスの「汗あせが血ちのようになって地じ面めんに滴したたり落おちた」かを説せつ明めいしていません。(ルカ 22:44)ルカは,汗あせが滴したたる様よう子すを傷きずから血ちが滴したたる様よう子すに例たとえたのかもしれません。別べつの見み方かたもあります。「アメリカ医い師し会かいジャーナル」(JAMA)誌し(英えい語ご)の中なかでウィリアム・D・エドワーズ博はか士せはこう述のべています。「ごくまれな現げん象しょうではあるが,感かん情じょうが非ひ常じょうに高たかぶった場ば合あい……,血けつ液えきの混まじった汗あせ(血けっ汗かん症しょう)が出でることもある。汗かん腺せんに血けつ液えきが入はいり込こむことで,皮ひ膚ふは破やぶれやすくなる」。

  • イエスは階かい上じょうの部へ屋やを出でた後あと,使し徒とたちとどこへ向むかいましたか。

  • イエスが祈いのっている間あいだ,3人にんの使し徒とたちは何なにをしていましたか。

  • イエスの汗あせが血ちのように滴したたり落おちたことから,イエスの感かん情じょうについてどんなことが分わかりますか。

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